海上でいざこざが起きている間、伊47は潜水艦姉妹と激戦を繰り広げていた。
上からの援護が突然止まってしまった理由は、コマンダン・テストの乱入であることはその目で確認している。
「コマさん……?」
と、コマンダン・テストが来たことがわかった瞬間、海中に無差別に魚雷が放たれた。明らかな暴走、敵味方の区別なく撃ち込まれるそれに、伊47も驚きながら対処する。
「ヨナのことが、わかってない……?」
明らかに鏖殺の雰囲気があるこの雷撃に、伊47は違和感を覚えたものの、コマンダン・テストの特性を正しく理解している伊47は、これに関しては仕方ないと納得した。
ミシェルを見たことで発作を起こしてしまったことは、今まで聞いてきた話から察することは出来る。それで正気を失っているのも理解出来る。
「回避優先」
「うん、回避」
潜水艦姉妹も、伊47だけでなく海上からの魚雷は流石にまずいと考えたか、一旦攻撃をやめて回避に専念する。
味方諸共自分達を始末しようとする気概は、姉妹も納得出来た。自分達があちらにとって邪魔であることは、考えるまでもなく明らか。感情が無くとも、むしろそうであるが故に、その行動に対して驚きも怒りも無い。
伊47が少し驚いた顔をしているのをチラリと確認したため、そちら側でも想定外の戦術なのだろう。しかし、理に適っているのだから文句は無い。
姉妹の考え方は、あまりにも機械的で合理的。これが最善なのだと勝手に理解して勝手に納得する。そして、学ばない。
「コマさん……落ち着いて……っ」
伊47には願うことしか出来ない。ここで姉妹から目を離すことは出来ず、だからといってこのままが続いてもジリ貧。最悪、コマンダン・テストの魚雷に直撃して終わってしまう。
それだけは絶対避けなければいけない。自分が死ぬことより、コマンダン・テストがそれで再起不能になることがよろしくないと。
伊47は溢れた感情が『諦め』であるため、自分の
「あっ」
そしてこの辺りでリシュリューの乱入。コマンダン・テストの魚雷の乱射はストップ。海上での大喧嘩が始まる。
攻撃が止んだことで、伊47も姉妹も一瞬気が抜けてしまった。キョトンとした表情で海上を眺めてしまうが、すぐに気を取り直して攻撃を再開。コマンダン・テスト乱入前の状況に戻る。
ここで仲間同士がいざこざを起こしてしまっていることがバレたのは、あまりよろしくない。伊47はそれだけを恐れた。
「上で何か起きてる」
「何か起きてる。でも、依頼とは関係ない。報告だけする」
幸いにも、潜水艦姉妹の依頼の中には、施設側の戦力を
しかし、リシュリューとコマンダン・テストが争っていることは依頼主、つまりは黒幕に報告するということは、次からはそこを弱点として突いてくる可能性が非常に高い。そうなると、尚のことこの姉妹を逃がすわけにはいかなくなる。
「絶対に逃がさないヨナ」
「無事に帰るまでが依頼だから」
「邪魔をするなら排除」
伊47に対しては結果的に依頼を邪魔する者としての認識で固定された。ここで排除しておかなければ、今後の依頼も邪魔をされる。感情は無くても、それくらいの考えは出来るようである。
しかし、怒りを露わにするとか、嫌そうな顔をするとか、逆に楽しそうにするなんてことは一切無い。完全に無表情に徹している。感情が無いのだから、表情も作らないのだろう。そもそもがシュノーケルで顔の下半分が隠れているのだから、尚更無表情に見えるものである。
「……厄介ヨナ」
魚雷同士のぶつかり合いは、お互いに無傷のままの不毛な戦いが続くため、伊47は忌々しそうに溢した。
伊47は1人で2人と互角な雷撃を繰り出し続けられるものの、逆に姉妹側は2人でやっている分消耗が少ない。それならば、他の連中と同じようにスタミナ切れを待つというのもあるのだが、困ったことにこの姉妹は他の敵と違い、スタミナ不足という弱点が無かった。
これはやはり、混ぜられたモノが同じ艦種であったことが理由である。
古鷹や大鳳には戦艦が、龍驤には駆逐艦や軽巡洋艦が、そしてコロラドには同じ艦種ではあるが
この潜水艦姉妹は、白露と同じで同種の艦娘が混ぜられたモノであるため、デメリットを回避。代わりに感情が失われて心が壊れているのだが、黒幕にとってはデメリットとも感じない不具合。
「このままじゃ……多分どうにもならない。でも、どうにかしなくちゃ……」
伊47は考える。魚雷の撃ち合いだけではどうにもならないならば、自分に出来ることは何か。
そして、ちょうどこの時にジェーナスからの援護が再開された。雷撃による競り合いのおかげで姉妹の動きが緩慢になっているため、爆雷による海上からの攻撃も当たりやすくはなっているはずだ。
しかし、姉妹は器用に爆雷を避けながらも伊47に向けて雷撃を続けていた。やはり目が2人分あるというのは大きく、魚雷の量は2人で伊47とトントンくらいではあるが、視界の数はそれを覆す。
「このまま撤退する」
「うん、撤退する」
姉妹はもう撤退を目論んでいる。ある程度やることはやったため、もう依頼は達成しているということにもなるようだ。
だが、チラリと別方向を確認したことで動きが変わる。
「大鳳さんがやられた」
「コロラドさんも危ない」
この戦場から見れば、大鳳とコロラドの戦いは伊47でも目視は出来ない場所。海上からですら夜の暗さと雨のせいで見えない。それを海中から完全に見通していた。
これがあるから、鎮守府での戦いや荒潮の時の遭遇でも龍驤を引きずって撤退することが出来た。施設を発見するのも、この視野の広さが決め手である。
「あれはもうダメ」
「助からない」
その言葉は、魚雷同士がぶつかりあう爆発の中でも、僅かに伊47に聞こえていた。
この戦場に来ていた2人の敵は、仲間達がどうにかしてくれた。それがわかっただけでも力が増すような感覚に。
「なら、尚更撤退する」
「うん、撤退しないとダメ」
救っておかなくてはならない者がやられたことを見たため、本格的に撤退を考え始めていた。
2人への依頼の最も重要なところは、艦娘達の如く『生きて帰る』ことにほかならない。今でこそ排除排除と戦っているが、やらなくていい戦いは全力で回避する。何故なら、最優先がそれだからだ。
感情が無くとも、依頼が生きることならば、それこそ生に執着して徹底的に生きる道を掴み取る。それがまた施設側にとっては厄介極まりない。
故に、伊47は覚悟を決めた。ここで逃げられたら施設はさらに酷い目に遭う。それだけは嫌だと、歯を食いしばった。
幸せアレルギーで、仲間達とも仲良く出来ない不憫な身体なのに、それでも仲間だ友達だと言ってくれるみんなが大好きだからこそ、ここでその仲間達のために身体を張らなくてはならない。そう考えて。
「絶対に、逃がさないヨナ!」
ここで突然、魚雷を一切撃たなくなった。さらには、姉妹2人分の魚雷を前にして完全な無防備。
「なにを」
「なにを」
2人同時に伊47の行動に疑問を持つ。だが、その瞬間が命取り。
伊47の艤装が大きく口を開いたかと思えば、今までとは比べ物にならないサイズの魚雷を発射する。
数本分を1本にまとめ上げたかのようなそれは、爆発した瞬間に周囲の魚雷を全て巻き込んでとんでもない爆発を巻き起こした。
「撤退するなら今」
「うん、今しかない」
この爆発に乗じて本格的に撤退をしようと踵を返した瞬間、その爆発の向こう側から大質量の突撃を確認した。伊47が魚雷では無く自らを武器に突っ込んだのだ。
そのスピードは下手をしたら魚雷よりも速く、海中の爆発を霧散させるほどの勢いで姉妹の眼前に現れたかと思うと、艤装の豪腕により掬い上げるように捕らえようとした。
「逃がさないって言ったヨナ」
しかし、その手は姉妹に触れることも出来なかった。不意打ちに近い攻撃だったため、急浮上するように回避せざるを得なかったようだが、それと同時に真下に向けて雷撃まで放ってくる。
このままでは伊47に直撃するルートだったのだが、そこは熟練者、スピードを一切落とすことなく駆け抜けたことで、雷撃を回避。そして急旋回することでもう一度掴み上げようと豪腕を振るう。
「逃げるから」
「ここにはもう用がないから」
そのもう一撃も空振る。さらに浮上され、そして同じように魚雷を放つ。
同じことの繰り返しではあるのだが、戦闘している場所は徐々に海面に近付いていく。そのおかげで、フリーとなったジェーナスがかなり狙いやすい位置にまで来ていた。
「Niceよヨナ! もっともっと
海上のジェーナスが勢いよく爆雷を投下。もう逃げられないくらいの面積を埋めるように、ここから逃がさないように。
上から下からの攻撃により、姉妹も撤退が困難になってきていた。だからといって排除も厳しい。しかし、逃げなくては依頼が達成出来ない。
今の姉妹の最優先は、生きて依頼主の居場所に戻ること。どういう状況であっても、施設側が勝利を収めたとしても、今持っている情報を持ち帰ることが何よりも大切なことだ。
「
「うん、使おう」
そう言った瞬間、姉妹を中心に突然強すぎる光が放たれる。海中のみならず、海上にすら溢れ出したその光は、少なからずそこにいたものの目を眩ました。
隠密行動をする潜水艦がこんなことをしたら、自分の居場所をバラす以外に無い。しかも今は深夜であり、日中以上に目立つことになる。
だが、確実な撤退のために至近距離にある者達の目を潰し、一瞬だけでも隙を作ることで撤退の時間を強引に掴んだ。
攻撃することすらやめて、逃げることに特化したことで速度も上げる。そうなると、伊47の全力と同じくらいのスピードが出てしまう。
「あっ、に、逃げないで!」
眩んだ目でもその方向をどうにか捉えた伊47は、逃がすものかと魚雷を放つ。しかし、伊47の全力と同じくらいのスピードということは、魚雷よりも速い。渾身の一撃も、全く追いつくことが出来なかった。
だが、海面にまでその光が届いたということは、全員が潜水艦の居場所に気付いたということ。勿論それは、コマンダン・テストもである。
正気に戻ったコマンダン・テストを潜水艦の真上、いや、進行方向に向かわせるため、リシュリューは自らの尻尾にコマンダン・テストを乗せる。
「いいわね、Commandant Teste」
「Oui.
コマンダン・テストの意気込みを察したリシュリューは、尻尾を振り回して思い切り投擲。魚雷よりも速く泳ぐ潜水艦達を追い抜く速度で進行方向に着水した後、即座に海中に尻尾を突き入れて魚雷を放ち続けた。
「また来た」
「うん、さっきのヒト」
まるで海中に魚雷のカーテンが出来たかのように進行方向を塞がれ、急ブレーキをせざるを得なくなる。そうなると、今度は伊47が追い付いてくるため、進行方向を90度曲がることに。さらにそこにはジェーナスが陣取っていた。先程と同じように爆雷をばら撒き、魚雷までとはいかないものの爆発の壁を作り上げた。
撤退するための方向は、もう1方向しかなくなる。それは、
もう殆ど捕らえたようなもの。しかし、この2人には諦めるという言葉は無かった。そんな感情すらも、持ち合わせていないのだから。