艦娘と深海棲艦の初対談が無事終了。今回はまず顔合わせということとなり、ある程度の話はしたものの詳細があまり理解出来ないという段階で幕を閉じた。
話の続きは翌日改めてということになり、艦娘達は一時帰投。しかし、中間棲姫からの要望により、その内の1人、海風が施設に残ることとなる。この施設がどういう場所であるかを、その身で体験してもらった方が話が早いというのが理由である。
実際は海風の精神状態を多少なりとも良くするためというのも含まれていた。飛行場姫が山風から伝えられた、海風からほんの少しだけ溢れ出た黒い泥の件を解消するために、一時的に常在戦闘の状況から離れてもらうという試み。
とはいえ、今まで敵対して戦い続けてきた深海棲艦の巣窟に1人残されるというのは、海風からしても、帰投中の仲間達からしても、気が気で無かった。中間棲姫や飛行場姫がとても好意的であることは対話でわかったが、それでも深海棲艦は深海棲艦。即座に気を許すことは出来やしない。
「海風……大丈夫かしら……」
「大丈夫だと思うけど……」
捜索部隊の隊長を引き継いだ千歳と千代田が、やはり心配そうに呟いた。帰投中も何度も何度も振り返り、遠のいていく陣地を眺めていたが、一応悪いことはされていないようだった。
そこに春雨も一緒にいたので、ほんの少しだけ安心は出来ている。しかし、その春雨自体も深海棲艦と化しているため、本当に安心していいのかはわからなかった。ああ見えて実は手遅れなんてことだってあり得るのではと、どうしても考えてしまう。
とはいえ、話している間は自分達の知る春雨だった。その姿はさておき、突然泣き出した時には何が起きたのかと思ったものの、それ以外はしっかりと春雨。ならば信じていいのかもしれない。
「大丈夫……海風姉は大丈夫。あの人達……信用出来るから」
こういう時にはまず発言をしない山風が、殆ど聞かないような力強い言葉で2人に返す。
中間棲姫と飛行場姫に対して、ある程度の信頼をいち早く置いていた山風。相手が深海棲艦であろうが関係ない。感情の機微に敏感な性質から、あの2人は本心から海風に対して心配していることも見抜いている。
だからこそ、真っ先に飛行場姫に相談したのだ。姿だけではなく、心まで見抜いていく山風は、今回のMVPとすら言えた。
「山風の姉貴がそこまで入れ込むってことは、マジで信用出来るのかもしンない、なら江風もあの深海棲艦は信用しておくぜ」
「だね。あたいも賛成。ありゃあ深海棲艦って考えない方がいいかもしれないよ」
山風に続いて、江風と涼風もそれに同調した。こうなってしまうと、表向きは信用している方向に向いておいた方がいいと判断した。
警戒だけは怠らず、しかしこうなってしまったものはもう覆せない。千歳も千代田も、この件を提督にさっさと話しておこうと、帰路につきながらも通信を開始した。
一方、施設に残された海風である。艤装を消すことを促された後、早速連れて行かれたのはダイニング。この施設にお客様をもてなすような場所は残念ながら存在していないため、そこが一番順当な場所。
そこには狙い澄ましたかのように施設内の全員が集合していた。幸せアレルギーの伊47もである。
部屋に入った瞬間、視線が一気に集中したため、思わずたじろいでしまう海風。だが、好奇心のみで敵意は無く、歓声が上がるわけではないが戦場では感じられないお客様大歓迎ムードだった。
新しい仲間が増えるのではなく、この施設ではまずあり得ない来客ということで、いつもよりも全員のテンションが高いようにすら思えた。しかも、ここで過ごしている間ではまず見られない艦娘である。過去、自分自身も艦娘だったにもかかわらず、その存在に物珍しさすら感じる模様。
「ほ、本当に……深海棲艦だらけ……」
「私もそうだしね」
孤独を感じたくない自分のためというのもあるが、海風が落ち着けるようにとずっと手を繋いでいる春雨。その温もりは知っている姉の温もりと同じであるため、海風としても多少は落ち着ける。しかし、ここがアウェーであることは変わらない。
海風もそれなりに長く戦場に立つ者。練度も高く、選ばれし者に施される強化、第二改装も受けた、名実ともに鎮守府の主戦力と言える者である。その経験から、深海棲艦と相対した時には、戦場特有の
先程までは冷静ではなく、精神的に追い詰められ続けていたので、そういったところは麻痺していたが、今ならそれも判断出来るくらいには落ち着いていた。
目の前にいる深海棲艦達からは、そういったものは一切感じ取れない。そもそも戦うつもりがないのだから、海風に対して誰も敵意を持っていない。それは中間棲姫や飛行場姫も同じ。元艦娘だからではなく、この施設の者だからという特有の空気だった。
そのおかげでか、覚悟を決めたとはいえ、海風は多少気を許すことが出来た。戦うつもりがないのは再三言葉にされているし、空気もそうではない。落ち着かなくともこのまま生死を賭けた戦いに雪崩れ込むようなことは無いだろう。
「この子がハルサメの妹なのね。
「薄雲です。えぇと、海風さん、でよかったですよね。よろしくお願いします」
「薄雲ちゃん、海風は私の妹だから、私と同じように接してあげてよ」
「あ、確かにそうだね。じゃあ、海風ちゃん、よろしくね」
早速春雨の友人であるいつもの2人が海風に絡んでくるが、その姿はやはり深海棲艦。真っ白な肌と髪に、要所要所が深海棲艦の雰囲気を持っているため、握手を求められてもすぐに応じることが出来なかった。
仕方ないわよね、とジェーナスが苦笑しながら強引に手を取って握手をした。流石の海風もそれを振り払うことはしなかった。緊張で動くことが出来なかったとも言う。
「海風、リラックスしよ。みんな私と同じようなモノだし、とっても優しくて楽しい人達だから」
「は、はぁ……これでリラックスしろは無理があるのでは」
「みんな姿が違うだけで艦娘なんだから、大丈夫。心は何も変わってないんだよ。私と同じ」
そう言われてもと返そうとするものの、春雨は艦娘の時と同じ笑みを浮かべているのみ。
それを見たことで、やはりこの春雨は自分の知る春雨なのだと実感した。少し疑ってしまっていたところもあるので、それは心の中で謝罪する。
「……わかりました。私もここに残されたんですから、覚悟を決めます。1日だけですが、この施設の全貌を見て、本当に信用が出来るのかを見定めます」
「うん、それでいいよ。絶対に気にいるから。自信を持ってみんなを紹介出来るしね」
改めてジェーナスからの握手に応じる海風。その後は薄雲とも。2人はそれによって満足げに笑った。
薄雲は姉妹という関係に対してトリガーが引かれかけるのだが、ここでは発作は起こらず。ここに来た直後ならダメだったかもしれないが、中間棲姫と飛行場姫というわかりやすい姉妹が基礎にあるため、その辺りは多少慣れているようだ。
「明日また艦娘の部隊がここに来るのよね。なら、
今度はキッチンにいたリシュリューが表に。当然ながら敵意など無く、明日の艦娘との対話のことを見据えて、もてなすための準備をしたいと海風に質問。
「えっ、あ……っと、おそらく6人……かと」
「ふむ、部隊1つね。なら、それ以上になることも想定して10人分くらいは用意しておきましょう。Commandant Teste、今から取りかかった方がいいわね」
「Oui.
同じくキッチンにいたコマンダン・テストがリシュリューの言葉を受け、早速明日の準備に取り掛かる。
その光景を目にして、海風は少しだけ見惚れてしまった。緊張感はあるものの多少は気を許した結果、美形の女性2人がテキパキと動く姿はとても煌びやかに見えたようだ。誰が見てもそう見えたので、流石は春雨の妹だと納得した。春雨までも。
「なぁ、松姉ぇ、アイツちょっと
「なんとなくわかるわよね。同類だからかしら」
続いて松竹姉妹。海風の雰囲気から何かを感じ取ったらしく、こちらも自分から海風に仲良くしようと接近。
「俺は竹だ。で、こっちは松、俺の姉貴」
「よろしくね、海風さん」
こちらもジェーナスや薄雲と同じように握手を求めた。先程とは違い、今度はしっかりと握手に応じる。
しかし、その直後に竹が海風をグイと引っ張り、耳元で囁いた。
「なぁアンタ、春雨のこと……ちょっと、いや、かなり好きだろ」
「えっ、ちょっ」
「私達、そういうのわかるのよね。尊敬……かしら。でも、ちょっとその域を越えようとしてる感じ。初々しいわね」
春雨には聞こえないように、海風だけに聞こえるように。言われた途端、海風の顔が赤く染まっていく。それはもう図星であると証明しているようなものである。
海風は春雨のことを艦娘として心の底から尊敬していた。それが自分の姉であることに誇りもあった。だが、松竹姉妹に言われた通り、それ以上の感情を抱きつつもある。
艦娘というのは色恋沙汰とは無縁ではあるのだが、心の内に秘める者がいないわけではない。海風がその中の1人であることは、松竹姉妹には簡単に見抜けるくらいのものだったようだ。
「そ、その、それ以上は」
「いやぁ悪い悪い。俺達ぁそういうの相談に乗れっから、仲良くしてくれよな」
「私達は共依存し合ってる仲だけど、それは誰にでも言えるくらいの恋愛感情だからね。もし何かあったら、私達が話を聞いてあげる」
このまま話し続けるとまずいと感じた海風は、握手を離してそそくさと一歩後ろへ。
「海風、何かあった?」
「な、なな、なんでも無いです。お二人も良い人だなと」
姉妹2人揃ってニマニマしながら椅子に戻っていくが、海風は違った意味で気が気じゃ無かった。
とはいえ、こんな会話をしたことで緊張が若干ほぐれたのもある。元艦娘とはいえ、深海棲艦にも色恋沙汰があるとわかったことで、親近感が湧くような存在に思えるようになった。
「最後はヨナ〜。ヨナはちょっとした事情であまり人前に出られないけど、仲良くしてくれたら……嬉しいな」
「ヨナさんは私を救ってくれた人なの。もし救われてなかったら、私は艦娘の心も忘れて侵略者になってたかもしれない。だから、恩人なんだ」
「そうなんですか……ヨナさん、姉を救ってくれて、ありがとうございます」
幸せアレルギーが故に挨拶もそこそこに部屋から出て行ってしまうが、春雨から伊47はそういう存在なのだと説明されて、納得せざるを得なくなった。
春雨自身も何かの弾みで突然泣きじゃくるようなことがあると知ったのだから、伊47もそういったことを何か抱えているのだと察することが出来た。そのため、何も言うことなく受け入れる。
「これで全員。姉姫様と妹姫様がこの施設の管理者で、私達は生活のお手伝いをしながらのんびり暮らしてたんだ。だから、艦娘には迷惑をかけないようにするし、戦いもしない。侵略なんて以ての外だよ」
「そうなんですね……その、まだ少しだけしか話していませんが、ここがどういう場所なのか、少しだけわかった気がします」
ここにいる者は確かに全員が深海棲艦だ。しかし、感覚は艦娘、むしろそれ以上の一体感があった。人数が少ないというのもあるのかもしれないが、全員が全員を思いやり、喧嘩などもなく、お互いに支え合って生きていく、一種の家族のような関係。
別に鎮守府が殺伐としているわけではない。海風が所属し、春雨が元々いた鎮守府は、どちらかと言えばアットホームな雰囲気の場所だろう。心身共に健康的に暮らすことで、戦いを最善に進めることが出来ると、あの提督もその空気感は大切にしている。艦娘にとっては、あの場所は帰るべき場所としては最高の場所であろう。
しかし、ここの雰囲気はそれ以上である。発作という負の要素を抱えている分、それ以外が全て正の要素とすら思えた。
「艦娘のみんな……提督にも、この施設がいい場所ってことを知ってもらえたら嬉しいな。こっちは不干渉を貫くから、深海棲艦だからって攻撃してこないでほしい」
「わかってます。私も今、自分の行いを激しく後悔しているところです」
この施設の在り方について理解し始めたことで、中間棲姫に対しての発砲が問題ある行為であることにすぐに気付く。それを軽々と受け止め、さらにはそこまでの悪態を不問にした中間棲姫の寛大さに、早くも屈服しかけていた。
強大な力を持つからこそ、人生に余裕を持てる。それを体現しているかのような存在。しかし、その力を一切振りかざさず、自分のためではなく他者のために使う中間棲姫は、人間にも艦娘にもなかなかいないくらいの聖人君子である。
「ここを知るために、よろしくお願いします。春雨姉さん」
「うん、よろしくね。出来れば手を握っててほしいかな。ほら、私……知ってると思うけど、独りになると壊れちゃうから」
「了解です。大丈夫です」
春雨の手をギュッと握って、小さく笑顔を返す。それは種族は違えどしっかり姉妹としての姿をしていた。
海風はここから、元艦娘の保護施設の実態を知ることになる。しかし、それは悪いことではない。活動の全てを見ることで、よりその良さを感じるだろう。
穏健派の深海棲艦がなんたるかを、他の艦娘達に伝える第一人者となる日も近いかもしれない。
施設の面々を見たことで、早速緊張感が薄れた海風ですが、松竹姉妹に何かを看破されてしまったようで。