雨降る深夜、施設に対する襲撃は、全員捕獲というカタチで幕を閉じる。しかし、既に泥を吐き出して正気に戻っているのは大鳳1人だけ。コロラドは艤装大破と過労から気を失い、潜水艦姉妹はリシュリューの艤装により拘束中。完全に終わったとは到底言えない状態である。
「そっちも終わったようね」
大鳳とコロラドを掴み上げた戦艦棲姫が合流。勿論、白露や叢雲、薄雲も一緒。叢雲は疲労から薄雲に曳航してもらっている程である。
大鳳を支えている方の手のひらはどうしても血塗れになっていたが、白露直伝の止血方法で、大鳳の流血はある程度止まっていた。特に一番危険であろう腕の切断面は、艤装の展開により蓋をするようにされており、春雨の一撃で折られた骨なども同じように固定して痛みを極力抑えられている状態。
それでも眠ったら終わりの可能性もあるので、深海棲艦特有の自然治癒能力で死を確実に乗り越えられるところまで来るまでは激痛により意識を保っている。
「う……やっぱり
「コマさん、ごめんなさい。大鳳さんをこうしたのは、私なんです。自分達の身を守るためにここまで容赦なくやってしまって……」
春雨の攻撃によってここまで傷付いている大鳳を見てまた発作を起こしかけるコマンダン・テストだったが、先程に大きな発作を起こしたおかげか、まだ少し緩め。その怪我を負わせた張本人が目の前にいても、それが確実に正当防衛であることがわかっているのだから、怒りの発散と称した仲間割れがまた引き起こされることはない。
それに、今ここにいるということは、瀕死の状態であってもそのまま死に向かうことは無い。それが安心出来るところだった。大鳳の気力次第ではあるのだが、生きようとする意志が見えるため、コマンダン・テストは落ち着くことが出来た。
「この子達、まだ泥を吐いてないのだけれど、どうするのがいいかしら」
尻尾を掲げて悩むリシュリュー。少し強めに巻き付けることで、確実に脱出出来ないようにしつつ、さらに締め上げて体力を奪っている。反撃をすることは許さず、今はもう2人ともグッタリとしていた。
魚雷による自爆の恐れもあったものの、それをしなかったのはやはり、依頼が『生きて帰る』だからだろう。そういうところで融通が利かないのがこの姉妹のよろしくないところである。
「施設で縛り付けておくのがいいと思いますが、ひとまずは持ち帰って姉姫様に聞くのがベストじゃないかと」
そこに春雨が口を出した。それが正しいかどうかはさておき、ここでやれることなんて施設に連れ帰って泥を吐かないことを祈りながら鎮守府に連絡することくらいである。
こんな雨の中で外に放置しているのも酷だし、そもそも大鳳は今以上の治療が必要だ。春雨自身がやってしまったことであるため、すぐにでも施設に戻って看病したいと望む。
「それしか無いわよね。大鳳、それでいいわね?」
戦艦棲姫の問いかけに、まともに話せない大鳳は痛みを堪えながら首を縦に振る。唯一正気に戻っている大鳳がそう答えたので、それでも安全であろうと判断した。
増殖する特別な悪意の塊は、ここにいる大鳳を除く3人には入っていないらしい。強いて言うなら高高度を陣取っていた泥を散布する艦載機の内部に仕込まれていたのだが、それを扱っていた大鳳が斃れた今、それも今頃は消滅しているはずだ。
「で、ソイツは何者なのよ」
薄雲に曳航されて合流した叢雲が指を差しながら問う。触れてはいけないことかもしれないとなかなか話題に出さなかった戦艦棲姫と白露としては、叢雲のこの発言は大助かりだった。
明らかに見たことのない
「あれ、ミシェルちゃん」
「……は?」
「だから、ミシェルちゃん」
春雨の言葉に叢雲は素っ頓狂な声を上げる。薄雲もキョトンとしており、戦艦棲姫と白露は春雨の言葉でも信じられなかった。
「いくら春雨でも、そんな馬鹿馬鹿しい冗談は面白くないわよ」
「冗談なんて言ってないよ。私達は本当に見たんだもん」
春雨はその時に見たままを叢雲に説明。敵の攻撃を受けかけたジェーナスを庇って飛び込んだミシェルが、その泥を被ったことで駆逐イ級の姿から孵化し、今に至っているのだと。
まともに聞いても信じられないことなのだが、こんな戦いの直後にそんな冗談が言えるほど、春雨の心は図太くない。ただでさえ目の前には自分が容赦なく傷付けた大鳳の姿もあるのだ。御伽噺で場を和ませようとかそういう考えには行けない。
「私も見ましたし、春雨姉さんが嘘を言うわけありませんからね。今のは全て真実です。姉さんを疑う前に、本人に聞いてみればいいのでは?」
「アンタねぇ……まぁお互い様か」
春雨を疑ったことに反応した海風に突っ掛かられるが、叢雲は海風の性質も理解しているため、はいはいと受け流す。
いつもの叢雲ならここから怒りが溢れてもおかしくないのだが、コロラドとの戦闘で怒りを発散しているおかげで、こういうところではいつも以上に冷静。喧嘩腰の言葉も無く、若干柔らかい態度。むしろそんな態度の叢雲に、海風が疑問を持つ始末。
「Michelle、みんなに
「服って身体にくっつけてるヤツぴょんね。じゃあ、ジェーナスちゃんみたいなのを〜、ぴょーん!」
掛け声と共に服を作ろうとしたミシェルだったが、やはり概念的に理解していないからすぐには作れず、今は駆逐イ級時代に身体に纏っていたシーツが身体に巻きつく程度で終わってしまった。服の体裁すらなっていない。
これにはジェーナスも苦笑し、この世界でヒトのカタチとして生きていく常識を正しく教えていかなくてはと決意する。
「ああ、うん、ミシェルだってことはよくわかったわ。何も知らないヤツが服作ろうとしてシーツ身体に巻き付けるとか考えないもの」
叢雲も納得したようで、本当にミシェルが生まれ変わったのだと認識した。
そうなると、ここからどうしていこうかとなるのは白露である。今は戦闘後なので
しかし、タイミング悪くミシェルの視線が合流した者達へと向いた。当然ながら白露も視界に入る。見た目を変える前だったため、白露は大慌て。
「ヒトのカタチになれたミシェルっぴょん! 改めて、よろしくお願いしまっす!」
元気よくお辞儀。白露を見ても何の反応もしなかった。
以前に見つけた三日月の形をした髪飾りを見た時は、疑問が溢れ過ぎて涙を流すことになったが、卯月からミシェルへと変わるきっかけを作った者の記憶は、より深いところに封じられているようだった。
自分が何者かという記憶より、
むしろ、白露の雰囲気がその当時とまるで違うから、理解出来ないというのもあるかもしれない。
「もしかして、白露ちゃんぴょん? ミシェルと話してた時とは、大分違うっぴょんね〜」
「あー、そうそう、ほら、さっきまであたしも戦ってたからさ。いろいろ乱れちゃって」
「なるほどぴょん。そっちも似合ってるぴょーん」
普通の姿で話せることに安堵しつつも、いつ思い出してしまうかわからないためにヒヤヒヤしている白露。忘れているのなら忘れたままでいてもらいたいものである。
「……白露姉さんはこの程度で済んでるけど、古鷹さんは大丈夫かな……」
「ですね……白露姉さんはあまり変わってませんけど、古鷹さんは総入れ替えしてるようなものですし……」
そこは不安要素。白露でこれならば古鷹も大丈夫かと言いたいところだが、村雨の変装をしている白露と違って、鈴谷の変装をしている古鷹は見た目が大きく異なる。
そもそも古鷹と顔を合わせた回数が少ないため、ギリギリ違和感を覚えないかもしれないが、こればっかりは会ってみなければわからない。
「それで思い出したんだけど、施設の逆側、大丈夫なのかな。今古鷹さん達が確認しに行ってるんだよね」
現在、春雨達は当事者である者達の対処に出ていたが、その裏側で何かが起きていないかを松竹姉妹と古鷹が確認をしに向かっている。
実はここで捕獲出来た4人が全て陽動で、裏側から本命が来ているという可能性も無くはないのだ。
「確かに。でも姉さんは悪寒とか無いんですよね? なら、そこまで大惨事にはなっていないと思いますけど」
「過信するなって言ってるでしょ。ちゃんとその目で見たものを信じないとね」
春雨は、施設に戻らなければならないという意思からここまで来て、潜水艦姉妹捕獲に尽力した。これがその意思を導き出したものなのかはわからないが、少なくとも今は施設が危険であるという直感は反応していない。
「私達は施設にすぐに向かいます。あとはよろしくお願いします」
それだけ言い残して、春雨は海風を連れてさらに進む。施設の安否を確認して、初めてこの戦いは終わりとなる。
「なんだか、春雨ってばものすごく頼もしくなっちゃったなぁ」
その後ろ姿を眺めて、白露がボソリと呟いた。言葉とは裏腹に、白露はとても嬉しそうではあった。
そして、施設。雨の中で泥を散布する艦載機は、大鳳が正気に戻ったことで消滅。代わりに溜め込んでいた泥が最後に大量に降ってきたのを、中間棲姫がしっかりと対処し、泥の脅威はこれによって全て失われた。
「ふぅ、これでおしまいかしらねぇ」
久しぶりに全力で艦載機を飛ばし続けたからか、中間棲姫は少し疲れ気味に息を吐いた。
「お疲れ、お姉。雨雲の上にあった艦載機は消えたみたいよ。結局最後まで逃げ回ってたわ……」
「妹ちゃんもお疲れ様ぁ。ひとまずここが守れたのは良かったわぁ」
姉妹姫が尽力したおかげで、施設に泥の一部が付着するようなことも無く終わらせることが出来た。
とはいえ、対処する前から降っていたとしたら、何処かに影響を与えている可能性はある。それに、爆発により全てを霧散させるくらいにはしたが、それで本当に対処出来たかはちゃんと確認しなければわからない。それこそ見えないところに実はコッソリと残っていて、それが増殖を繰り返している可能性だってあるのだ。
いくら島の上が全て認識可能であっても、目に見えない程ならば見落としも発生しかねない。しかも今は深夜で、ただ見て回るのも難しい。
「姉姫さん、妹姫さん、裏側見てきたっス」
ここで松竹姉妹と古鷹も戻ってくる。
「お疲れ様ぁ。そっちはどうだったかしらぁ」
「古鷹さんの哨戒機も使って確認しましたけど、近くに誰かいるような感じはありませんでした。私と竹でソナーも使って海中も確認しましたけど、潜水艦もいませんでしたね」
「すげぇ遠くにいるって言われたら何とも言えねぇけど、ある程度は古鷹さんが見てくれたんで、誰もいなかったってのは信用出来るっス」
挟撃ということは今回は無かったようだ。しかし、雨に紛れて何かをしようとしていた可能性は否定出来ない。
「ただ……」
「何かあったの?」
「畑がちょっとやられてしまっているように見えます。雨に紛れた泥が、育てていた野菜に降り掛かってしまった可能性が……」
中間棲姫がどうにか対処していた降り注ぐ泥は、やはり少しだけ影響を与えていた。一応探照灯で照らして確認し、一部に黒い何かが付着しているように見えたとのこと。
それがこの一晩で増殖する可能性は否めない。そうなると、この野菜達は全て廃棄しなくてはならなくなるだろう。
畑はこの施設の生命線だ。ただでさえ今回で4人捕獲し、食糧の消費が一気に増えるというところで、安定供給が出来ていた畑すら失うとなると、今後がかなり厳しくなる。
「そう……残念だけれど、今まで育ててきたお野菜は、廃棄するしか無いのかもしれないわねぇ……」
こればっかりはしっかり確認してからになるが、そうせざるを得なくなる可能性は非常に高い。中間棲姫としてもそれは大分悲しいようで、あまり見せない落ち込んだ表情を浮かべた。
戦いとしては大勝利なのだが、少なからず傷跡を残した深夜の襲撃。まだ畑がダメになったかどうかはわからない。朝まで待つかどうかは、姉妹姫が判断する。
敵を4人も救えたのはいいことだけど、それで畑が失われたとなると話は変わります。開墾も楽では無いので、早急な対処が必要でしょう。ここで役に立つのが……あのヒトですね。