深夜の戦いが終わり、春雨と海風が先行して戻ってきた時には、中間棲姫は自分の艤装を施設に戻し、電力を復旧させた後だった。松竹姉妹と古鷹も、姉妹姫と共に春雨達を出迎える。
「こちらは全て終わりました。私達は先行して戻ってきましたが、4人の敵を全員捕獲、うち1人は泥も吐き出した後です。代わりに重傷を負わせてしまっているので、すぐにでも応急処置をします」
「わかったわぁ。部屋はまだ空いているから、そこに入れてちょうだい。残りの3人はまだ泥を?」
「はい、そのままなので、リシュリューさんが締め上げて身動き出来ない状態にしています」
簡単な状況説明から、戦いは勝利でおわり、戦場に出ていった仲間達は無事にここに戻ってくることが確約された。それに関しては一安心と言わんばかりに大きく息を吐いた。
誰一人として欠けることなく、さらには黒幕の侵蝕によって加害者にされている被害者達も救うことが出来るならば、それは喜ばしいこと。施設の仲間が増えることも、姉妹姫としては嫌なことでは無い。
「こちらは何事も無かったですか」
「ええ、誰も怪我は無いわぁ。裏側から挟み撃ちなんてことも無かったもの。でも……畑が少しまずいことになっちゃったみたいなのよぉ」
悲しそうな笑みを浮かべる。この施設の生命線とも言える畑が、あの泥の雨のせいで一部に泥が付着してしまったと聞き、春雨もショックを受けた。
育てている野菜の中には、春雨が初めて種を蒔くところから始めた物も含まれている。成長が早く、時期的にももう少しで収穫出来るかもしれないというところまで来たのに、敵のせいでそれがダメになってしまったとなれば、悲しみも大きい。
「松ちゃんと竹ちゃんが言うには、降り掛かっちゃってるように見えたってことなのよねぇ。朝になったらちゃんと確認するつもりだけれど、探照灯を使って確認してるから、多分本当にそうなっちゃってると思うわぁ」
その泥がここから増殖するかはわからないが、そうなったらまずい。そうでなくとも、育てている野菜に染み渡ってしまった可能性もあり、結局のところ野菜は全てダメになっていると考えなくてはならないかもしれない。
「そう……ですか。じゃあ……」
「ええ。私や妹ちゃんがもしそれを確認したら、私の手で畑を壊そうと思ってるの。その後は、また畑の作り直しねぇ。その泥が無くなったことは確認しなくちゃいけないし、もしかしたら土壌汚染の可能性もあるから、すぐには農作業は出来ないかもしれないわぁ」
今まで積み立ててきたものが、この夜に全て台無しになってしまう可能性が出てきてしまった。
だが、なるべくならば泥が被っていない野菜はそのままにしておきたいとも思っている。それが正しく確認出来るのは、雨が止んだ後、明るい時間がいい。
「それはまた考えるわぁ。春雨ちゃんも海風ちゃんも陸に上がってちょうだい。そろそろ他の子達も戻ってくるのよね?」
「あ、は、はい。そうだ、もう1つご報告が……。ミシェルちゃんのことで」
「そうだ、ミシェル! あの子あれだけ重傷だってのに、アタシ達が目を離した隙にアンタ達のところに行ってたのね!?」
飛行場姫が声を荒げる。なんでも、高高度の艦載機に集中しなくてはならないタイミングが出来てしまったらしく、その時にミシェルから2人とも目を離してしまったらしい。アレだけの重傷を負っていたのだから、流石に動くことはないだろうと高を括ってしまっていたようだ。
「あの子、大丈夫なの? 酷い傷だったじゃないの」
これに対して、春雨も海風も言葉を濁す。まさかヒトのカタチになって戻ってくるなんて、いくら姉妹姫でもまず予想出来ないこと。
何て答えようか迷っているうちに、白露を先頭に残った仲間達が戻ってくる。
リシュリューの尻尾に絡め取られた潜水艦姉妹も、この時には流石にぐったりではなく気を失っていた。そして、戦艦棲姫の艤装が運ぶコロラドもしっかり気を失ったまま。
しかし、その中に1人、見慣れない少女を見つける。そして、重傷でも出て行ったミシェルの姿が見えない。そうなれば、中間棲姫ならすぐに察することが出来る。
「……春雨ちゃん。まさか……」
「はい……あの子がミシェルちゃんです」
姉妹姫もだが、ここで待機していた松竹姉妹や古鷹も、今のミシェルの姿を見て声を上げて驚いた。
「やっぱりそうなのね……」
「はい……話せば長くなるんですが、端的に言えば、ミシェルちゃんはイ級となっていた繭を破って、完全に孵化しました」
詳細はまた後から聞くとしても、あまりにも違いすぎてこれ以上言葉も出なかった。
ひとまず全員が揃ったため、ここからの施設の方針を決める。リシュリューのこともあるので、今は施設内には入っていないのだが、緊急性のあるものはすぐに対処された。
大怪我を負っている大鳳は、すぐにまだ残っている空き部屋に入れられ、今までの白露や古鷹と同様にまずは持ち直すまで安静にさせられることになる。その看病はいつものようにコマンダン・テストがメインであり、今回は春雨と海風もその手伝いをするという。
痛みに耐えながらも、大鳳は生きる決意をしている。時間経過で自然治癒していくのは今までの経験からわかっているため、安定するまで側にいればその後は安泰。
泥が抜けていないコロラドと潜水艦姉妹は、目を覚ましたらそのまま敵対することが確定しているため、抜け出せないように縛り付けて戦艦棲姫が見張っている。潜水艦姉妹はリシュリューが締め上げることで同時に気を失ったため、コロラドと一緒に同じ場所で監視することに。いざとなったらまた締め上げられるように、基本的にはリシュリューも一緒に見張る。
ただし、締め上げるためにリシュリューが艤装を展開しなくてはいけないため、部屋ではなく外となる。まだ雨が止んでいないため、屋根の下になるべく陣取るつもりのようだが、残った時間を外で過ごすのはなかなかに酷。それでも買って出たリシュリューと戦艦棲姫に全員が感謝した。
姉妹姫は念のため、畑を見守り続けるとのこと。松竹姉妹の確認により、泥が一部付着しているわけだが、それがその場で増殖してしまわないか見ておく必要はある。
何も起きなければ起きないでいいのだが、何か起きたらその場で畑を焼き尽くす覚悟も必要。それは流石に他の者にやらせるわけにはいかない。中間棲姫が責任を持って対処する。
「春雨姉さん、あの力を発揮したということは、また目や脚に影響があるかもしれません。海風が側にいますので安心してください」
「確かにそうかもしれないね」
施設に到着した時点で気が抜けかけており、このままだとまた前回のように脚が消えてしまいそうなので、先に海風に支えてもらえるように近くにいてもらった。何も言わずとも近くにいるが。
「Michelleは大丈夫? 眠たくない?」
「大丈夫っぴょん! ジェーナスちゃんともっともっとお話ししたいっぴょーん」
ミシェルはミシェルでこれでもかというほどジェーナスに懐き、抱き付いては頬擦りしているほど。駆逐イ級だった頃は、この時間は独りで海に漂っているのだが、今は大好きな仲間達と一緒に居られるのが嬉しすぎるようで、絶賛興奮中。まるで大型犬である。
ジェーナスとしても、この夜を利用してミシェルに一般常識を教え込もうと決意している。今回フリーとなっている者とそれを手伝う方針だ。施設で生きていけるようになったのだから、それなりに体裁は整えておきたい。鎮守府の艦娘達や、タブレット越しに提督と話す可能性だってあるのだから。
まずは服から。そしてそこからヒトのカタチを持つ者に相応しい常識を手に入れてもらう。
「それじゃあ、みんな疲れていると思うけれど、よろしくお願いねぇ」
中間棲姫も流石に少し疲れた顔をしていた。肉体的にはまだまだ余裕はあるだろうが、施設が襲撃されたことと、丹精に育てた野菜達がやられたことで、精神的に参ってしまっている。
しかも、最悪畑そのものを焼き尽くさなければならないのだ。長年作ってきたものを自らの手で破壊するなんて、誰がやっても辛い。
全員持ち場についたところで、姉妹姫も外に出て畑を見に行く。今はまだ暗いが、飛行場姫が探照灯で照らしたことで、畑の全容が確認出来た。
松竹姉妹の言っていた通り、野菜の一部には黒い泥のような物が付着している。それ自体がこの場で蠢くようなことは無いのだが、そこに留まっているのは確かだ。それに、よく見てみると畑の土そのものにも少し付着しているのが見える。畑全体とは言えないが、半分近くはやられているだろう。
「……本当にやられてしまったのねぇ」
大きな溜息を吐く中間棲姫。今までこの施設を作り上げることを隣で手伝い続けた飛行場姫も、この有様にはショックが大きい。
これがただの泥だったら、洗い流せば済むことである。しかし、泥そのものに害があり、この野菜を食べたらそのまま侵蝕される可能性まであるのだから、廃棄以外には無いだろう。
むしろ、土に泥が付着していることも問題だ。染み込んでいくなんてことがあるかはわからないが、そうなった場合は深刻な土壌汚染となる。野菜そのものが育てた時点でアウトとなる可能性もあるため、畑そのものをどうにかしなくてはならない。
そして、その泥を手で掬い取ることはおろか、近付くのも怖い。今は畑からある程度離れているため大丈夫だが、畑に足を踏み入れたら、中間棲姫ですら侵蝕しようと襲いかかってくるかもしれないのだ。野菜に付着している程度の極々少量でも、侵蝕の意思を持っている可能性は充分にある。
「土がダメになっちゃっているなら、ココ一帯は爆撃で掘り返すべきよねぇ……その後に畑を作り直して、また植え直して……出荷する分が全部無くなっちゃうのよねぇ」
「そうね……そろそろ食糧も危険水域に近付いてるから、このタイミングでこれは少し厳しいわ」
普段ならもう少しは保つのだが、ここ最近で施設の仲間が一気に増えたため、食糧の消費量が格段に増えているのは間違いない。
春雨が仲間に加わった時はまだまだ余裕、叢雲や海風でもまだ良かった。白露が加わり、古鷹が助かりと徐々に消費量が増えていき、今回一気に4人増える。こうなると本格的に遠征も考えなければならない。
「今この状態で遠征に行ってもらうのは……それはそれで難しいわよねぇ」
「そうね。いつ何処に泥がばら撒かれてるかわからないような状態で、リシュリューとコマをこの施設から離れさせるのは少し怖いわね。あの子達まで侵蝕されたら、お姉は確実に倒れるわよ。心労で」
「否定出来ないわねぇ」
となると、今の一番の問題は食糧となる。春雨が来る前から考えると、ほぼ倍ほどに膨れ上がった仲間達を養っていくには、もう今の手持ちでは心許ない。
「朝になったら、提督くんに連絡してみるわぁ。申し訳ないけど、少し手助けしてもらえませんかって」
「そうね……こればっかりは手助けしてもらわないとまずいか。自分達のことは自分達でやってこれてたつもりだけど、今回に関しては外的要因だもの。頼れるモノは頼りたいわね」
本来なら外的要因の影響を受けることだってあり得なかったのだ。今回は本当に緊急事態。自分達だけならそこまで考えなくてもいいかもしれないが、養っていく仲間がいるのだからなりふり構っていられない。
「そもそも通信出来るのかしら。ほら、叢雲が艤装出しただけで通信妨害起きたじゃない」
泥に関連するモノがそこにあると通信が出来なくなるというのなら、今この畑に付着した泥や、捕縛しているコロラドと潜水艦姉妹が通信を阻害する可能性は充分にある。
「そこは試してみなくちゃわからないわねぇ。いざとなったら、誰かに島から少し離れてもらって通信してもらうわぁ。連絡が出来ればいいんだもの」
「まぁそうね。やってみなきゃわからないか。それも全部朝になってもらわないと無理ね」
飛行場姫も小さく溜息を吐いた。この数時間で心労が凄まじい。だが、すぐに気合を入れ直した。
「溜息吐いてたって何も変わらないわ。今は状況を良くするために頑張りましょ。お姉も疲れたならアタシに頼ってちょうだい」
「ふふ、ずっと頼りっぱなしよぉ。いつも助けてくれてありがとうねぇ」
少し疲れた笑みだったが、気を取り直そうとしているのは見て取れた。
ここで、雨は止む。
後は、夜が明けるのを待つのみ。
食糧危機を何とかするために、施設は鎮守府に手助けを求めることになります。あの提督なら喜んで提供しそうだけど、体裁としてはどんな感じになるんでしょうね。戦いに巻き込まれた者達への援助というカタチか。