鎮守府から調査隊が出発したのは、施設になるべく早く到着出来るようにと朝食後すぐ。
隊長は相変わらず山風であり、残された白露型である江風と涼風も勿論同部隊。五月雨は基本的に秘書艦であるため、事が済んだ後に通信で結果を聞くことが出来れば良しとしている。山風には、海風と会いたいという若干下心が見え隠れしている目的もあるため、今回の遠征は是非ともという表情で歩み出たほどである。
他のメンバーも基本的にはいつも通り。空母枠としてちとちよ姉妹とサラトガ。戦力として金剛比叡に武蔵。そして、島風と宗谷。北上と大井はあえて鎮守府に残る方針となっている。理由は簡単、鍛えるという名目で練度がまだ足りない荒潮を鎮守府から移動させないようにするため。北上は相変わらず面倒臭そうな顔をしたものの、むしろ荒潮が早く強くなりたいという気持ちを汲んでいるのは間違いない。
そして今回はさらに追加で2人。1人は明石。施設のある島に泥が散布されたと聞いたことで、そもそも依頼するつもりであったにもかかわらず、明石から行かせてくれと言ってきた始末。それはもう目がキラキラと輝いていた。
もう1人はその明石の制御役である大淀。何かあった時に止められるのが大淀くらいであるため、今回の遠征には初めての便乗である。
「総勢13人の調査部隊……こンな大人数は初めてじゃね?」
江風が周りを見ながらボヤく。戦闘は念のため即座に最高戦力が戦えるように戦艦3人。一番後ろには常に哨戒機を飛ばしている空母3人。中間には宗谷のクルーザーとほぼ戦うことが出来ない明石を配置し、残りの者がそれを囲うようにして周辺警戒。
遠征にこんな人数を使うことはまず無い。普通の出撃でも限られた状況でしか無いだろう。しかもその中に非戦闘員が2人も含まれているのだ。こんな部隊で航行していること自体がレア中のレア。
「私が遠征に出ること自体初めてですので」
「だよねー。私だってそうだし」
大淀と明石はそもそもこういうカタチで任務に入ること自体が無い。大淀は軽巡洋艦なのでまだ普通に出撃することもあるが、明石は出撃ということをほぼしないような艦娘だ。遠征なんて以ての外。
極稀に泊地修理という出撃中にでも艦隊の艦娘の
「淀さンはまだしも、明石さんが出撃だもンなぁ。アレだろ、その大発の中にはいろンな発明品とかが載ってンだろ?」
「勿論。今回必要そうなものと、万が一の時に修理が出来るように工具やら材料やらをたんまりとね。いざって時は施設で泊まってもいいくらいに持ってきてるのさ」
ちなみにその大発動艇を動かしているのは宗谷である。クルーザーを操縦しつつも、艤装を展開して大発動艇まで扱っているという、相当器用なことをしている。
大発動艇が明石のモノで殆ど埋まっているため、施設への物資は宗谷のクルーザー側に。以前もそういうカタチで持ち運んでいるので慣れたモノだが、運べる容量には限度がある。今回は人数からも考えて、ひとまず3日分の米や携帯食料などなど。
「ところで大淀、そのメガネにもう泥を感知出来るシステム組み込んでるわけだけど、何か反応はある?」
早速発明した装備の使用感を聞く明石。センサーということで電探やソナーのようにしようかと考えたものの、こんなことで艤装側の負荷を増やしたくないと考えた結果、一種の増設装備に組み込めるようにメガネの形状にしたという。艦娘も深海棲艦も必要な時に艤装が展開出来るわけだが、外付けの増設であるため、最初から装備した状態で出撃。
で、大淀はいつも使っているメガネではなく、明石謹製のメガネで出撃していることになる。大淀のために作られているため、しっかりと度が入っている特別製。
「今のところは無いですね。確か、このレンズに情報と
「そうそう。電探みたいなものだから、侵蝕されてる艦娘や深海棲艦見てもちゃんと判別出来るようにしてあるから。まぁ今回が深海棲艦と見比べるのは初めてだけどね」
その割には自信満々に発明品の出来を語る。それはもうイキイキと。聞いてもいないのに理論までペラペラ話しそうになるため、大淀は話半分になっていた。そもそも半分は明石のお目付役をしつつ開発を手伝っているのだから知っている。
「聞いても全っ然意味わかンねぇや。涼風は?」
「江風にわかんねぇモノをあたいがわかるわけないだろがい」
「だよなー」
大淀と明石以外はちんぷんかんぷんな話であった。
そこからしばらく行き、誰にでも施設が目視出来るくらいの場所までやってきた。念のため鎮守府に連絡を取ろうとしたものの、案の定通信妨害を受けてしまい、まともに連絡を取ることも出来なかった。
「だから春雨達はわざわざ海の上から通信してきたってことだよネー」
「本当に何も出来なくなるのだな。これは確かに厄介だ」
通信妨害の件を実際に見るのは初めてなので、武蔵は厄介と言いつつも逆に感心していた。よくもまぁここまで鎮守府に対して嫌なことばかりを突き詰められるのかと。
「ん……? 何処か……おかしい」
山風が突然言い出す。この違和感には、島風も勘付いていた。
「あれ、ミシェルは? いつもだったら私達のこと出迎えてくれるよね」
ここで春雨は1つだけ重大なミスを犯していた。深夜に襲撃を受けたことや施設に泥があること、最も辛い畑を失ったことを伝えるだけで終わっており、施設の中でもう1つ
それだけ春雨が疲れていたというのもあるし、あの時間帯は今回視察の者達は一晩徹夜で過ごした後であるため、寝不足だったというのもある。
つまり、ミシェルがヒトのカタチを得ていることが伝わっていないのである。
「もしかして、襲撃を受けたときにミシェルが……」
「施設の近くというか、哨戒機から見える限りの陸の上にも海の上にもイ級らしいものは無いらしいわ。何人かは外に出ているみたいだけど、その中にミシェルはいないみたい」
哨戒機からの情報をそのまま口にする千歳。千代田も同じようなものを見たらしい。
つまり、今見えるところにミシェルはいないということになる。施設の中に運び込まれているか、最悪の場合は──と考えている内に、今度は大淀がメガネに触れる。
「泥の反応あり。施設が目視出来るようになったからか、そちらの方に大量の泥が確認出来ました。おそらく、昨晩の襲撃で捕獲したという敵側の深海棲艦が原因でしょう。通信妨害が働いているのですから、これで確認出来ないわけがありませんでしたね」
大淀のメガネには、まだ水平線付近にしか見えない施設の島が
明石の発明品は、僅かな泥でも確実に拾う程の感度になっている。それは、艦娘や深海棲艦の体内にあるそれすらも検知出来てしまうほどに。既に侵蝕されて潜伏しているモノも炙り出せるように、かつ、深海棲艦であろうとも侵蝕されているかどうかを判断出来るように。
その結果がこれだ。既に侵蝕されている者が3人もいる施設は、その反応はとんでもなく大きい。遠くだから島全体が反応しているように見えるが、近付けばもっと具体的にわかるようになるだろう。
「施設に行く。大淀さん……海の中に反応は……?」
「今のところ無いみたいです。反応は全て施設のある島に集約されているようですね」
「じゃあ……急いで行く。ミシェルのこと……心配だから」
山風が合図をして、少しだけ速度を上げた。海に脅威は無いため、まずは島に近付くことが大事。
そして、施設に到着して度肝を抜かれることになる。
島に到着した調査隊は、早速泥の場所を確認する。岸から施設に向かうまでの道程には一片も付着していないことはわかった。そのため、警戒することなく島に上陸することが出来た。
それは中間棲姫がこの場所を基点に艦載機を発艦していたから。施設全体を守るための爆発ではあったが、やはり中心から離れれば離れる程ムラが出てしまうのは仕方ないことである。
「来てくれてありがとうねぇ。本当に助かるわぁ」
調査隊を出迎えてくれたのは勿論姉妹姫。近海に来た時点で叢雲が感知し、それに合わせて施設の外に出てきた。しかし、以前とは違って随分と疲れた表情をしている。
姉妹姫も他の者と同じように徹夜しており、しかもついさっきでは無いにしろ自分で丹精込めて育てていた畑を破壊したばかりなのだ。肉体的な疲労よりも、精神的な疲労の方が深刻であり、特に中間棲姫は見てわかるくらいに消耗している。
「初めまして、姉姫。私、工作艦明石です。早速ですが、泥──悪意の塊についての調査をしたいんですが、よろしいですか?」
初対面にもかかわらず、グイグイと行く明石に大淀は大きな溜息を吐く。
「貴女が春雨ちゃん達が話していた明石ちゃんねぇ。貴女なら、私達が困っていることをどうにかしてくれるって話だけれど」
「はい、お任せください! まずは島全体の調査で、泥の排除ですね。ヒトに試す前に、島の方に装備を使わせてもらいます。人間や艦娘は勿論、深海棲艦の身体にも影響を与えない特殊な波長を使って、泥のみを分解消滅させるものになります。ただし、若干出力が低めに設定してあるので、大淀に装備してもらっている泥を感知するセンサーとの併用で現場に向かい、直接波長をぶつけることで確実に消滅させるようにしています。そうじゃないと艦娘も深海棲艦も波長のせいで吹っ飛んじゃうかもしれませんからね!」
相変わらず物騒な研究結果。出力を小さくすることで身体に影響を与えずに泥のみを消滅させることが出来る。
その分ピンポイントで使わなくてはいけなくなっているらしく、本来なら島全体を波長で覆い尽くそうとしていたのだが、そんなことをしたらそこに住む全員が悪影響を受け、最悪の場合崩壊まであり得るという酷い仕様。
「ちゃんと正しく作用することは実験済みですので。コレの言動が信用出来なくとも、資料として問題ないことを証明していますので安心していただければ幸いです」
大淀がすぐさま補足を入れる。明石はそのまま喋らせると、信用出来そうなものも信用出来なくなってしまいそうなので、大淀のサポートはいろんな意味で必要不可欠。
「あ、そうそう、あと侵蝕されて捕まってるというヒト達も救えるように改良型の薬を作ってきましたのでご安心を! 荒潮を解放した薬とはまた違うタイプをいくつか作ってきましたので、試させてください。勿論、それを服用したら死ぬなんてことはありませんからね!」
いちいち言葉の端々に狂気のような何かが感じられるのは怖いところではあるが、確実に救えるアイテムを持ってきているというのと、あの提督が信用して送り出してきた存在であるため、まず施設に被害が出るようなことはしないと判断した。
「あの……ミシェルちゃんは……」
ここで山風がおずおずと尋ねる。施設に来る前からずっと気になっていたことであり、まさか被害に遭ったのではと不安にもなる要素。
その名前を出されたことで、姉妹姫は共に複雑な表情に。しかし、悪い意味ではなくただ見ればわかるというような態度。
「あー、山風ちゃんっぴょん!」
と、噂をすればとミシェルが施設から駆け出してきた。勿論その隣にはジェーナスがおり、さらには白露型姉妹も疲れた顔でついてきていた。
見たことのない少女から名前を呼ばれてビクッとした山風。他の者も誰だ誰だと騒めく。
「えーっと、信じられないとは思うのだけれど……この子がミシェルちゃんよぉ」
「ミシェルでっす! ヒトのカタチになれたんだぴょん! 改めてよろしくお願いしまっすぅ!」
元気よくお辞儀するミシェルに、全員島中に響き渡る程の驚きの声を上げた。
調査隊が島に到着したことで、ここから事態を好転させていく。
明石は相手が姉妹姫であろうがそのスタンスは崩しません。逆に怖いけど、信用に足る人物なので大丈夫、なはず。