空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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心の休息

 施設全体の休息が終わったのは、殆ど日が暮れているような時間。調査隊の野営が確定したため、既に準備を終えていた。

 護衛ということで施設周辺を哨戒したり警戒したりとしていたが、流石に昨晩から今は時間も殆ど経っていないため、何も起きなかったようである。あちらも異変に気付くのはもう少し先になるはず。

 

 大将の艦隊である武蔵とサラトガも、この野営には思った以上に乗り気。大将の鎮守府で野営というのはなかなか出来ないらしく、するとしても宗谷率いる調査隊による長期遠征くらいである。それ故に基本調査隊の宗谷や、一時的に調査隊メインに活動していた島風はそれなりに経験があるが、調査隊の手伝い自体が今回初めてくらいの武蔵とサラトガは、こういう和やかな野営の経験自体が初めてみたいなもの。

 

「ふむ、こうやって仲間と共に野営というのも、なかなかどうして面白いものだ」

「はい、サラも楽しいです」

 

 一番の戦力がこれを楽しんでいるからか、この野営も非常に和やか。誰も俯いているような者はおらず、心を落ち着けて夕食の準備をしているくらい。

 ちなみに料理担当は金剛と比叡。比叡は生粋のアレンジャーであるために料理に関しては危惧されていたが、金剛が余計なことをやらせないようにすることで上手いこと回す。

 

 昨晩に夜襲を受けているため、実際この野営も危険と隣り合わせではあるが、なるべく施設の近くでやらせてもらっているというのと、テントで屋根をしっかり作ることで対策をした。

 岸に近いとモロに襲撃を受ける可能性があるためそこから離れ、屋根があればまた上空から泥を散布するという手段を取られたとしてもいきなり侵蝕ということは防ぐことが出来る。

 

「んー、雨に紛れて散布っていうくらいだし、あの波長を空にぶつけられるようにするのもアリかな。そうしたら、万が一の時に完全に防げるし、いざって時は対空砲火みたいに出来るんじゃないかな。最大出力を真上にぶっぱ、多分艦載機もバッタバッタ薙ぎ倒すレベルになる気がするんだよなぁ」

「……それ、本当に大丈夫なの?」

「やってみないとわからないけど、そもそも最高出力はちょっとねぇ。あ、でも雨のことはさておき、薬の改良案があって、戻ったらすぐに作るつもりなんだけど、ほら、飲ませなくても効く薬。液状にして模擬弾に入れてぶっかけるっていう」

 

 こうしている時も、明石は今の研究の次の段階を考えていた。宗谷のコントロールする大発動艇に研究道具も積み込んできているため、むしろ今も野営の端で作業をしていたりする。

 今回を前例とし、より使いやすく効果的なモノにするべく、改良に改良を重ねる。例えば、泥を吹き飛ばす草刈機の予備パーツを使って、このテントの屋根側に微弱に波長を流すことで降り積もった泥を即座に消滅させる装置をその場で作り上げてしまった。これで万が一また同じことをされたとしても対策が出来ていることになる。

 

 一度上手く行ったなら、そのノウハウを即座に活かしてくる。それがこの明石。

 

「あれ、そういや山風の姉貴は?」

「さっき施設ん中入って行ったぜ。海風姉が起きたんじゃないの?」

 

 野営の準備中ではあったが、山風がいないことに気付いた江風がキョロキョロと周りを見回すが、痕跡が何処にも見当たらず。涼風は山風の行動をしっかりと把握しており、コソッと行ったわけではないので放置していた。

 

 山風は休息を終えた施設の者達の様子を確認して、それを鎮守府に伝えるために動いている。

 中に入ったのは、先程まで少し薄暗かった施設内に電気が点き始めたから。少なくとも誰かが目を覚ましたということに繋がるため、話を聞きに行こうとしていた。

 

「あ……」

 

 施設内で出会ったのは飛行場姫。その両サイドにはしっかりと潜水艦姉妹が付いている。

 結局、潜水艦姉妹は今は飛行場姫の秘書艦のように付き従うように行動していた。『楽しく生きる』という依頼の内容がまだよくわかっていないのだろう。今は飛行場姫の側で施設のことを知りつつ、少しずつでも慣れていくことに専念している状態。

 

「ああ、山風。護衛ありがとう。おかげでグッスリ眠れたわ」

「よかった……姉姫さんは」

「まだ寝てる。熟睡してるわよ」

 

 飛行場姫はいち早く目を覚ましたものの、中間棲姫は本当に疲れ果てていたようで、今もグッスリ眠っているとのこと。しかし、体調が悪そうとかそういうことはなく、夜に眠るように熟睡しているだけ。しかも、本当に気持ちよさそうに眠っているため、飛行場姫は起こすのを躊躇い、結果そのまま眠ってもらうことを選択した程である。

 時間が経てば自然と目を覚まして、いつものように戻ってくるだろう。今は100%まで回復出来るように、周りがサポートする時間。

 

「そっか……じゃあ、ひとまずは気を張らなくてよくなった……」

「ええ、そうね。ここから続々と目を覚ましてくるでしょ。アタシが一番だったかどうかは、部屋の中まで見てるわけじゃないからわからないけど」

 

 もしかしたら二度寝に興じている者もいるかもしれないし、既に目を覚ましているが部屋から出ていないだけかもしれない。

 休息は普段通りにすることに意義がある。切羽詰まった状況は、一時的に振り払うことが出来たのだから、それこそ自由に楽しく生きるためにのんべんだらりと生活することが大切。

 

「ああ、ちなみに春雨と海風の部屋は前から替わってないわよ」

 

 その名前を出されたことで、山風はドキリとした。飛行場姫の顔を見ると、少し意地が悪い笑みを浮かべていた。

 あわあわしたような山風だが、一礼だけしてそちらの方向へと駆け出した。やはり、山風が今一番求めているのは海風の存在。勿論、春雨もだし白露もだが、一番は海風。

 

「質問、今の発言の意図がわからない」

 

 そんな山風の背中を目で追いながら、潜水艦姉妹の姉が飛行場姫に尋ねる。妹の方も頷く。依頼を受けてその通りに行動することしか出来ないこの2人には、言葉の意味を察するということが出来ない。ただでさえ感情というものが消えてしまっているのだから尚更。

 対する飛行場姫はたった一言。

 

「そのうちわかるわよ。わかった時には、アンタ達は正しく元に戻っていると言えるでしょうね」

 

 その言葉の意味もわからず、2人揃って首を傾げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 その山風が向かった部屋、春雨と海風が休息を取る部屋では、ちょうど春雨が目を覚ましたところ。事前に多少休んでいたおかげで、これだけの時間でも随分と回復していた。残されていた疲れはほぼ完璧に取れている。

 小さく呻きながら身体を動かそうとするが、相変わらず海風にガッチリホールドされていて動かすことは出来ない。海風も相当疲れていたのだから、熟睡していてもおかしくないのだ。首だけ向けると、春雨の身体に顔を埋めるようにして寝息を立てる海風の姿がすぐにわかった。多少薄暗い程度なら、深海棲艦の眼ならそこまで支障が無いくらいに見える。

 

「……お疲れ様、海風。ありがとうね、いつも近くにいてくれて」

 

 寂しさなんて感じることも無い。今この部屋に意識ある者は1人かもしれないが、()()ではない。

 

「二度寝してもいいかな……でも時間がわからないし……」

 

 外が薄暗くなっているのだから、もう時間的には夕食時くらいと察する。しかし、いつも聞こえるであろう誰かしらの声も無ければ、食事を想起させるような匂いも無い。まだ施設は静まり返っていると言ってもいいだろう。

 遠くの方でパタパタと聞こえた気がしたが、それはおそらく外で野営の準備をしている調査隊の音。耳を澄ませば何を言っているかはわからずとも誰かが何を話しているようにも聞こえる。

 

「ん……」

 

 などと考察しているところに、海風も身を震わせて目を覚ます。

 

「おはよう海風。もう夜だけどね」

 

 春雨の声が聞こえたことで目をパチッと開いた海風は、寝起きだからか一瞬だらしない表情を見せかけた後、シャキッとして消していた右腕を展開。

 

「おはようございます春雨姉さん。疲れは取れましたか?」

「うん、バッチリ。気持ちよく眠れたよ」

「それは良かったです。私も100%回復したと言えます。これでまた姉さんを守ることが出来ます」

 

 言いながらも春雨への頬擦りは欠かさない。

 

「こんなに休めたのも、山風のおかげだね。私達を守ってくれるって提案してくれたから」

「そうですね……本当に、山風は成長してくれました」

 

 いつも春雨の方向しか見ていない海風も、今は山風のことを思っていた。

 

「私が鎮守府を離れることになってしまって、少なからず不安だったんです。その、五月雨姉さんもいますけど、妹達は……未熟とは言いませんけど、山風は引っ込み思案で、あまり前に出られるような子じゃなかったので」

 

 しみじみと語る海風。その時の表情は、春雨のことを追いかけているような若干()()()モノではなく、妹を思う姉のモノであった。

 

 実際、海風がまともに鎮守府で生活している時の山風は、いつも海風の後ろについてくるような、前向きにはすぐになれないような艦娘だった。今でこそ調査隊の隊長をやっているものの、海風がいたら確実に海風に任せるようなタイプだし、今だって自分から前に出ずに戦場でもサポートを主にやるタイプだ。

 そんな山風が率先して自分から意見を出し、アレだけの人数を従えて班分けまでやってのけた。そして全員が山風に従って間違いのない作業をこなしている。誰が何と言おうと、あの山風は隊長、上に立つ器を持つまでに成長していた。

 

「なんだかそれが、すごく嬉しくて。私のせいで苦労をかけてるなって思うんですが、でも強く成長してくれましたから」

「そうだね。山風、なんだかすごく凛々しく見えたよ。私達のために率先して動いてくれて。話には聞いてたけど、戦力としてもすごく強くなってるんだよね」

「はい。敵の撃退に貢献しているんですよね。周りの皆さんの鍛え方もいいんだと思いますが、それに耐えて自分の力にしているのは紛れもなく山風ですから、山風自身にそれだけのことが出来る力が備わったということですよね」

 

 そんなことを話している部屋の外、その山風が扉の前にいた。飛行場姫から場所を伝えられたので、一応起きていないか確認しに来たらそんな話し声が聞こえたので、扉の前で硬直してしまっていたのだ。

 

 そして、それに春雨が気付かないわけが無かった。こういう時にも直感は働くモノである。

 

「じゃあさ、もっと労ってあげてもいいと思うよ」

「勿論、私は山風に感謝していますから、いくらでも労いますよ」

「だってさ、山風」

 

 扉の向こうに声をかける春雨。えっと海風が言葉が漏れた時、その扉が開いて山風の姿が。

 

「海風姉……」

「山風、さっきも言ったけど、本当にありがとう。私の後を継いでくれて、私達のことを第一に考えてくれて」

 

 ちょいちょいと手招き。山風もおずおずと近付くと、その手を軽く引っ張った後、優しく抱きしめた。

 自分が春雨にしてもらえたら嬉しいと思うことを山風にやってあげれば絶対に喜ぶと思い、即座に実行した。抱きしめて、その顔を胸に埋めて、頭を撫でて労う。海風が春雨にそれをしてもらえれば、少なくとも()()。むしろもっとやってほしいと身体を押し付けるレベル。

 

「今の私にはこれくらいしかお返し出来ないけれど、感謝の気持ちをこうやって示させてね、山風」

 

 山風は言葉も無かった。それこそ、海風が春雨にしてもらっているかのようにトリップ寸前だった。今までずっと抑え込んでいた感情が溢れ出しそうになる。それは負の感情でも何でもなく、いろいろな愛の感情。

 だが、山風はわかっている。海風は深海棲艦化したことで壊れてしまっている。自分に向けてこうしてくれるが、向いている方向は基本的には春雨。自分の仄かな気持ちは絶対に成就されないことを。

 でも、海風のことを大切に思う気持ちは捨てるつもりはない。たまにこうしてもらえるだけでも嬉しいし、春雨と接している時のイキイキとした表情を見るのも嬉しい。気持ちが明るくなるような気分だった。海風が幸せならば、山風も幸せ。

 

「もう少し……こうさせて」

「いいよ山風。春雨姉さん、いいですよね」

「勿論。気が済むまでやればいいよ。それで心が落ち着くんだから」

 

 

 

 

 そこから山風が海風から離れたのは、それなりに時間が経ってから。思う存分堪能しても心残りはあるものではあるが、またこの施設を守るための活力は充分すぎるほど貰えた。

 定期的にやってほしいなんていう下心も生まれているが、それを口に出すのは憚られた。欲だらけになっても、迷惑をかけてしまうから。

 




山風だって疲れてますからね。こういう癒しは必要。
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