空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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笑顔を守る者

 施設が休息に入った頃、鎮守府。山風からの定期的な連絡もあり、徹夜で施設のことに当たっていた姉妹姫が休息に入ったと聞いてようやく安心出来た提督。大きく息を吐いて、背もたれに身体を預けた。

 

「彼女らも一度大きく休んだ方がいいな。これはいい機会かもしれない」

「提督がそれ言います?」

 

 五月雨の容赦ないツッコミに、提督は苦笑しか返せない。

 

 今の鎮守府は半分休暇状態。いつもの調査隊の遠征だけならまだしも、そこに大淀と明石がついていっているため、工廠の稼働率が著しく下がっているからである。

 ここで艤装を壊そうものなら、すぐに復帰が不可能。工廠にいるのが明石だけというわけではないのだが、メインがいないとどうしてもすぐに修復は出来ない。そのため、出来ることなら面倒事は増やさない方面。

 

「どうせなんですから、提督も休んでください。昨日の今日かもしれないですけど、半日休むくらいなら誰も咎めませんし」

「いやいや、昨日しっかり休ませてもらったんだ。今日は業務をさせてもらうよ。とはいえ、今はいつもよりは軽めにしているから許してくれ」

「もう……じゃあ、休憩を多めにしましょう。私、お茶淹れてきますから」

 

 小さく溜息を吐きつつ、気を取り直してお茶を淹れに行く五月雨。実際、提督の言う通り今日の業務は比較的軽めになっているため、お茶を飲む余裕はある。

 それくらいは問題ないかと書類を眺めながら、五月雨が戻ってくるのを待つ提督だった。

 

 

 

 

 鎮守府が半分休暇状態となっているが、それはあくまでも()()である。こんな状況でも訓練に勤しんでいる者だっていた。

 それが荒潮。今日は北上と大井に鍛えられ、その練度をメキメキと上げていた。全てはジェーナスと直接顔を合わせるため。施設への遠征が許されるようになるために、日夜努力を続ける。

 

 荒潮を知る者ならば、ここまで一生懸命に、それこそ死に物狂いで練度を上げる姿は、あまりにも珍しい。

 いつも飄々とし、努力をヒトに見せないような何処か掴みどころがない性格というのが艦娘荒潮なのだが、ここの荒潮はひっそり隠れて努力するなんてことはせず、堂々と仲間の力も借りて効率よくいち早く目的を達成しようとしていた。そのためには見栄えなんて気にしない。手段を選んでいられない。

 それは悪いことではない。根幹に下心があるにしても、その姿勢は褒められてもいいくらいだ。それで身体を壊しているわけでも無いのだから、むしろ新人としては最上級とすら思える。

 

「おし、ちょい休憩しな」

「は〜い。結構疲れちゃったぁ」

 

 大井に教わっている荒潮に、近くで見ている北上が一旦止める。荒潮も疲れているようで、止まったらすぐにストレッチしていた。

 

 荒潮の成長を見ているとだんだん楽しくなってきているようだが、そんな態度は微塵も外に出さず、いつも通りの態度で接していた。

 駆逐艦ウザいと言いながらも、この荒潮の特訓は自分から言い出しているのだから、本心がどんなものかはよくわかる。

 

「アンタは雷撃よか砲撃の方が得意そうだねぇ」

「北上さんもそう思いますか。実は私もそんな気はしていました」

 

 荒潮自身にはそういうことはピンと来ないため、教えてくれている仲間の言葉を信じるしかない。

 実際、荒潮はどちらかといえば砲撃の方が呑み込みが早かった。だからといって雷撃が下手というわけでもない。非常に器用であり、かつ器用貧乏でもない。天才肌とすら言えるだろう。

 

「そうなると、あたしらよりは他の連中に鍛えてもらったほうがいいかもしれないねぇ」

「とはいえ、雷撃も駆逐艦には重要な技能だから、ちゃんと覚えてもらいます。私と北上さんが直々に教えるんだもの。スペシャリストとまでは言わずとも、並以上に使いこなせるようになってもらいますから」

 

 荒潮も2人の話を聞きつつ、自分の今後の鍛え方を考えていた。

 出来ることならば全てやれるようにしておきたい。そうなれば練度もすぐに上がり、改二改装にまで辿り着けるはず。もしジェーナスと共闘するような事態に陥っても、絶対に足を引っ張りたくないから、誰とでもタッグを組んで戦えるくらいに出来ることを全て完璧にやれるようにしたい。

 

「大井っち、張り切ってんねぇ。荒潮には何か思うところある?」

「はい。なんというか、荒潮には頑張ってほしくて」

 

 早く強くなりたいという願望の根幹、施設に行けるようになりたいというところを、大井は応援していた。

 

 ジェーナスとの関係性は非常に複雑であり、ジェーナスからしたら開き直ると宣言したものの苦手意識は全く払拭されていない可能性がある。

 相手がそういう心境であることを、荒潮はちゃんと理解している。その上で、溢れんばかりの愛情を心のうちに秘めて、ジェーナスを泣かせない、悲しませないように、でも会いたいという気持ちだけは抑えない。

 そんな荒潮を、大井は()()()()()と感じ取っている。その第一印象は最悪であろうが、それでもその思いに殉じようとしている荒潮に対して、少しだけ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「勿論、頑張るわ〜。私の命はジェーナスちゃんに捧げるつもりなんだもの〜」

「向こうが迷惑に思わない程度にやんなよ。重い思いはただウザいだけの時もあるから」

「肝に銘じておくわ〜。でも、うふふふふ、せめてジェーナスちゃんと顔を合わせて同じ空気を感じながらお話がしたいわね〜」

 

 北上の忠告も聞いてはいるのだが、やはりどうしても愛情が先立ってしまうようである。荒潮の生き甲斐なのだから、ジェーナス自身にその姿を見せなければ何も問題は無いだろう。いつまで耐えられるかはわからないが。

 むしろ耐えておかなくては嫌われる可能性も考えると、荒潮は最後までその本性を隠し続けるだろう。ジェーナスを悲しませないため。辛い思いをさせないために。

 

「ジェーナスちゃんは笑っていなくちゃいけないの。あの可愛い笑顔を失わせるなんて絶対にあっちゃいけないの。それが私であってもダメなの。そんな顔を見るくらいなら、私は全部の想いを捨てちゃっても構わない」

 

 全てはジェーナスのために。荒潮の根幹はそれで出来ている。ジェーナスを悲しませる者は許さない。それが自分であってもだ。そのためなら、自分の想いなんて不要だとまで考えている。

 荒潮の気質は、どちらかと言えば海風に近い。心が壊れているわけではないので自分で制御が出来るジェーナス至上主義。その笑顔を守るため、一歩下がって見守る者。

 あわよくば話したい、触れ合いたい、イチャイチャしたいが、そんなことをしたらジェーナスが悲しむ、嫌がる。それは避けたいから、一定の距離を保つ。

 

「うふ、うふふふ、そうよ、私はジェーナスちゃんの笑顔を守るために戦うの。笑顔を消そうとする輩は許さない。私が、私が全部消してあげるわ〜……うふふふふふふ」

 

 そして妄想の世界へ。この辺りは訓練を繰り返しても簡単には治らないところであった。それが荒潮が努力出来る理由でもあるから、否定しづらいところでもある。

 

「はいはい、アンタの気持ちはよくわかったから、その思いを力にするんだよ。アンタがよくデキた奴なのはあたし達が理解してっから」

「無茶をしたらその分、ジェーナスが遠退くと思いなさいね。貴女は順調に、かつ誰よりも早く、その階段を上ってるんだから」

 

 この心持ちに若干の心配はあるものの、荒潮は正しい道をちゃんと選択出来ている。ジェーナスを悲しませないためにも、正しい道を選択し続ける。それだけは確信出来た。

 もしこれで道を踏み外しそうならば、痛みで以て後悔してもらうしかない。

 

 

 

 

 そのまま訓練終了。今日も格段に練度を上げた荒潮は、いつも通りお風呂でさっぱりした後、いつも通り執務室へ。もしかしたらジェーナスの新しい情報が入っているかもしれないと、定期的に提督に聞いているのだ。

 

「お邪魔しま〜す」

「あ、いらっしゃい荒潮ちゃん。今は山風から定期連絡来てるからちょっと待っててね」

 

 いつものことなので、五月雨も驚くことなく出迎える。毎日同じようにしていれば、誰だって慣れるもの。

 その提督は今、調査隊と通信中。時間的に1泊が決まったため、その後の動きはこの場で決めている様子。

 

「今頃、ジェーナスちゃんもお休み中なのかしら〜」

「うん、そうみたいだね。施設のヒト達は今全員が休んでる状態だからね。徹夜で戦って、そのあと施設のことをいろいろやってたみたいで」

 

 山風からの定期連絡で施設の状況は逐一鎮守府側でもわかるようにしているが、今もまだ施設は稼働していない状況。

 この時は夕暮れ時ではあるのだが、最初に行動を始めた飛行場姫もまだ目を覚ましていない時間帯。山風もこの時間まで誰も動いていないために宿泊を決定した。

 

「ああ、荒潮、すまないね。今日もいつものことかい」

 

 ここで通信終了。1泊から明日の朝イチに帰投する方向で決定したところで、次の定期連絡は明日の朝で構わないということに決定。鎮守府もこのまま業務終了となる。

 施設に派遣した調査隊も、このまま業務終了で自由に過ごしてもらう方針。そこが息抜きになるかどうかはわからないが、少なくとも山風には求めていた姉との交流という癒しがあるため、あちらにも休息というカタチになってくれるだろう。

 

「ジェーナスちゃんのこと、何か変わったりしたかしら〜」

「ああ、まぁ、少しね」

 

 ここで提督が少しだけ歯切れが悪い態度を見せる。荒潮もそれに気付いて首を傾げる。

 

「君は、ジェーナスに懐いていた駆逐イ級の存在を知っていたかな」

「ん〜……ちょっと知らないわね〜。私が施設のことで知っていることって、とっても少ないもの〜」

 

 ミシェルのことは、五月雨もあまり詳しくは知らなかったりする。五月雨が施設に行ったのは最序盤くらい。ミシェルという存在がいるというのは山風達から報告を貰って知ってはいたが、実物を見たことは実は無かったりする。

 

「その駆逐イ級……ミシェルと名付けられているのだが」

「あら〜、可愛いお名前。ジェーナスちゃんが付けたのかしら」

「ああ、そうなるんだが、そのミシェルがだね……ヒト型になったらしい」

 

 あまりにも突拍子もない言葉に、荒潮のみならず五月雨もポカーンとしてしまった。

 

「え、え〜っと、どういうことかしら」

「単純に言えば、駆逐イ級が殻を破って中からヒト型個体……実際のミシェルの元になったという艦娘卯月が外に出てきているとのことだ。この辺りは江風と涼風がジェーナス本人から聞いたそうだよ」

 

 言われてもなかなか理解出来ない。とにかく、駆逐イ級が艦娘に変化したとして納得するしかない。

 

「そのミシェルは、今ジェーナスの管理下でヒト型の生活について学んでいるらしい。なんでも、ようやく服が着られるようになったとか……」

「あ、あらあら、それはまた大変ね〜」

 

 ここで荒潮は察する。ミシェルの存在は、ジェーナスにとって最も身近で心安らぐ存在となっているのだろうと。第一印象が最悪な自分とは違い、ミシェルなら常にジェーナスを笑顔に出来ているのだろうと。

 

 しかし、荒潮はこの短期間でも凄まじい成長を見せていた。それは身体だけではない。心もである。

 

「でも、それでジェーナスちゃんが幸せなら、私も幸せよ〜。だって、今のジェーナスちゃんは落ち込んでいないのよね? 笑っているのよね?」

「実際に見たわけではないが……おそらくそうだろうね」

「私がその表情を引き出せないのは正直悔しいけれど、ジェーナスちゃんの笑顔が失われていないなら、私はもう大満足よ〜。むしろ、ミシェルちゃんが気になるわ〜」

 

 ジェーナスに笑顔を齎すミシェルがどのような存在なのかはとても気になる。それが納得の出来るような存在なら、荒潮も笑顔で見守るだろうが、そうで無かった場合……。

 

「だから、もっともっと頑張って、早く施設に向かえるくらいの練度になるわね〜」

「ああ、僕からは頑張ってくれとしか言えないが、なるべくそう出来るように力を貸そう。それに、仲間達が君を手伝ってくれているんだ。その期待に応えてあげないといけないね」

「ええ、勿論。ジェーナスちゃんのために戦うのが私なんだもの。早く強くなって、ジェーナスちゃんと直接会って、そして……うふ、うふふ、うふふふふ」

 

 わかりやすく妄想の世界に飛ぶが、これももういつものことなので提督も慣れたものである。

 

 

 

 

 荒潮は日夜努力を続ける。施設に直接向かうことが出来る日も、そう遠くない。

 




荒潮って何となくですが、人前ではマイペースでやりたいことを自由にやっているけど、隠れたところで必死に努力しているってイメージがあります。天才ではなく秀才。だから北上よりも大井の方が親身になる。
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