鎮守府。施設で一泊してきた調査隊が帰投。すぐにその成果から次の段階へと進んでいく。
「明石が開発した泥対策は現状全て効果的であると」
「はい、私もこの目で見てきましたので」
泥が全て取り除かれたことで通信が出来ているため、昨日の段階からそれについては聞いていたが、帰投した大淀から改めてそれを聞いて安心する提督。これならば、もしまた鎮守府近海に泥がばら撒かれるようなことがあっても即座に対応出来る。
念のため毎日鎮守府内を全て確認しているが、今は泥の反応は一切無い。
「なら、大将に連絡していいな。明日にでも、大塚鎮守府に向かえるようにしたいところだ」
この発明が完成し、その効果も確認出来たということで、それを大将に連絡。問題ないと判断されれば、それをそのまま大塚鎮守府に持っていき、対談という流れになる。
善は急げと、早速大将へと連絡を取る提督。待ってましたと言わんばかりにすぐに大将は電話に応答し、提督から話を聞く。
「はい、施設側の泥の駆除と、侵蝕された艦娘……既に深海棲艦化していましたが、3人を治療することが出来ました。その3人と、以前の手段の通り瀕死になったことにより泥を吐き出したもう1人を含めた4人は、現在施設に滞在中ということです」
『そう、なら後から私からも姉姫に連絡させてもらいましょうか。食糧問題もまだ抱えているはずだものね』
今の施設の一番の問題がそこだ。遠征に行きたくても行けない状況下で、畑が失われてしまったのは大きすぎる痛手。ならば、それを救うのが協力者たる者の役目と、大将もやる気満々である。
施設の者達がいなければ、泥の存在も無ければ敵の手段などもわからずに終わっていた。しかも、より強い力まで得ていた可能性もある。それを食い止めてくれたのは、紛れもなく施設の者達の力だ。
その者達を労うことに抵抗は無い。それが深海棲艦だとしても、目指している場所が同じなのだから、協力しない理由がない。
『2日3日くらいで手続きを終えて、すぐにでも食糧が渡せるようにしておくわ』
「ありがとうございます。助かります」
『いいのよ。こういう時に私の力を使わなくちゃいけないわよね』
大将という立場を使い、一番の協力者にはそれなりの恩恵を与える。職権濫用と言われてしまったら何も言い返せないのだが、施設は今回の事件を解決するにあたって、敵の戦力を激減させているいわば
『それについても直接話をしておくわ。貴方は貴方で準備をしておいてちょうだい。大塚鎮守府へは、明日の朝イチに出向します。数人護衛を連れていくこと。いいわね?』
「はい、選出しておきます。それと、今回開発された装備も」
『ええ。いくつかは彼の鎮守府に置いておけるようにお願いね』
大将との連絡はこれで終わり。明日の早朝に大将が一度鎮守府に来て、そこからさらに大塚鎮守府に向かうことになる。
その際、流石に提督1人で向かうわけにはいかない。誰かしらを護衛としてつける必要がある。
「五月雨、ついてきてもらえるか」
「了解です、提督。秘書艦ですから、大将の吹雪ちゃんと同じように、全力でサポートさせていただきますね!」
「ああ、頼りにしている。あと最低1人くらいは連れていくいくべきだが……誰にするか」
ただの対談ならば、五月雨1人がいれば充分だろう。大将も基本的には吹雪しか連れてこないのだから、それに倣えばいいはずだ。しかし、万が一のことを考えればもう1人か2人、
古鷹の件から考えると、大塚鎮守府の付近に黒幕が潜んでいる可能性は否定出来ない。そして、そうであるならば、大塚鎮守府そのものが危険になる。もしかしたら、既に泥に侵蝕された艦娘が潜んでいるかもしれないのだ。
「万が一を考えれば、小回りが利く方がいいな。なら駆逐艦の誰かになるんだが……妥当なのは山風、いや、江風か。最悪室内での戦闘も覚悟しなくてはいけない」
疑いすぎるのはよろしくないのだが、覚悟だけは必要だ。なんと言っても、可能性がある場所に、鎮守府のトップが赴くのだから。
江風ならば、今は鍛え上げたことによって格闘が出来るようになっている。狭い空間で砲撃をすることなく相手をノックアウト出来るのは、こういう場では非常に有用。
「そうですね。私も江風がいれば大丈夫だと思います。もう1人つけるなら涼風ですね。あの子、北上さんに鍛えられて、すごく視野が広くなったんですよ」
「空間把握能力の拡張だったか。確かに、今回の状況にはもってこいかもしれないな。じゃあそれで決定だ」
これで何もありませんでしたとなったところで、何も問題はない。むしろ無い方が望ましい。
「五月雨、2人に伝えて来てもらえるかな。僕は明石の方に話をつけてくる」
「了解です。2人は今ちょうど休んでるくらいですよね。部屋にいるかな?」
「ああ、帰投後の入渠はもう終わってるはずだ。頼んだよ」
小さく敬礼して執務室を出て行く五月雨。途中何も無いところで躓きかけたが、何とか転倒だけはしないでそそくさと向かった。
これでこそ五月雨と感心しつつも、提督は提督で明日のための準備に入る。ただ行くだけではなく、装備をいくつか持参しての出向だ。何事もないとしても、海域調査のためにその装備を置いてくるくらいしなくてはならないため、その件を明石と話す必要がある。
「大淀、明石のことなら君にもついてきてもらうべきだな」
「ですね。行かせてもらいます。昨日の晩も徹夜まがいのことをしていまして……今もおそらく休むことなく働いていると思うので」
「注意しておかなくてはな……」
話が終わったらすぐにでも休ませる必要があるなどと思いつつ、提督は大淀と共に工廠へと向かった。
先に出た五月雨は江風の部屋に来たものの、そこにはおらず。お風呂に行っても既に出た後。時間的にはまだ昼食までは早く、念のため食堂に行ってもいなかったため、首を傾げながら居場所を探していた。
「あと行きそうなところ……海に出てるわけじゃ無さそうだし……」
江風だけでなく、涼風どころか山風も部屋にいなかったため、3人で行動しているのはわかっている。しかし、その3人で行きそうな場所は大概見たつもりだったが、何処にもいない。念のため工廠も見たが、そこにもいなかった。
「うーん……ん、例えば……」
ここで少し思い当たるものがあった。最近の山風達は、北上と大井に鍛えられているのは知っており、そのおかげで違う方向性の戦い方を手に入れている。江風は格闘戦、涼風は空間把握、そして山風は超速の砲撃。基本的にはそれを海上で鍛えられているが、もしかしたら陸で何かしているのかもしれない。
この鎮守府で何か出来る場所はと考えてみれば、工廠とは違う場所にある堤防の辺り。誰かが何かに使うというわけでは無いのだが、散歩コースにしている艦娘はちょくちょくいるという場所。一応敷地内であるため、定期的に整備され、雑草などが茂っているわけでもない、運動などに使おうと思えば都合のいい場所でもある。
「そこにいたりして」
まぁ一応と五月雨はその場所に足を運んでみる。すると、普通なら聞こえない声が聞こえてきた。一番わかるのは、江風のギャーギャー言う声。その次が同じように騒ぎ立てる涼風の声。
「本当にここにいた」
ここは普通に考えると頭から外れる場所だ。そんな場所で何をやっているのかとコソッと覗いてみる。
「はいもっちょー」
「ぐぬぬぬぬぬ、ど根性ぉぉぉ!」
「いいねぇ、痺れるねぇ」
早速見えたのは、背中に北上を乗せた状態で腕立て伏せをする江風。
「うぉぉぉ! 山風姉なら北上さんより軽いはずだぁぁ!」
「……艤装出す?」
「それは勘弁してくれい!」
その横には、同じように背中に山風を乗せた状態で腕立て伏せをする涼風。
このあまりヒトが来ない場所で何をやっているのかと思えば、かなりハードな筋トレである。そのためか、江風と涼風の2人はいつもの制服ではなく運動着姿である。
江風は近接戦闘で腕を壊したという経験があるため、それをなるべく抑えるためにも腕をメインに筋力を上げたいと、涼風は空間把握能力だけ持っていても身体が動かなければ意味がないため、全身を今以上に鍛えたいと考えた。結果がコレである。
「あら、五月雨。ここまで来るなんて珍しいわね」
そんな筋トレ風景を眺めている五月雨に大井が気付いたようで、ちょいちょいと手招き。小さくお辞儀しながら、パタパタと大井に近寄る五月雨。
「こんなところでやってたんですね」
「ええ、相手が陸上施設型なのはわかってることだし、一応島の上で戦えるようにってことで、北上さんがね。私達は格闘技のことは完全に門外漢だけど、こういうトレーニングくらいならわかるもの」
本来筋トレは武蔵の専門分野のようだが、その武蔵は荒潮を鍛えるのに忙しいということで、大井がメニューを聞いて江風と涼風に仕込んでいるらしい。
小さい身体でも最高の出力を出せるようにと考えられたメニューは、実に簡単なトレーニング。しかし、今のように大きな負荷を与えることでより短期間で効果を得ようとしている。普通ならダメそうな訓練でも、艦娘ならば効果的ということだ。
「ほい、じゃあ休憩ー。ちょっと休めたら次腹筋な」
「うーっす……」
北上が退いたことでその場にへたる江風。涼風は軽くストレッチしながら立ち上がるものの、やはり少しふらついていた。
「あれ、五月雨じゃん」
トレーニング中は必死だったから気付いていなかったようだが、心に余裕が出来ればすぐに涼風が気付く。
「江風と涼風を探してたの。明日、提督と一緒に別の鎮守府に出向するから、護衛としてついてきてほしくて」
端的に任務の内容を説明。明日向かう大塚鎮守府が、
「ンじゃあ、いざって時はその場で戦えるヤツってことで江風が選ばれたってことだ」
「あたいは周りがよく見えるからって感じかい。いいねぇ、やりがいがあるってもんだぜ」
すぐに理解してくれて何よりと五月雨は妹達の出来の良さに感心する。
「……あたしはお留守番、だね」
山風はついていけないことを悲観するかと思いきや、逆に行くことにならなくてよかったという表情を見せる。
元来、山風は人見知り。ここ最近は身も心も強くなっているおかげで大分改善されているかもしれないが、施設の深海棲艦達は顔見知りもいるおかげかやたらと取っ付きやすいというのがある。
しかし、明日向かうのはこことは違う鎮守府であり、しかも方針が正反対というどう接すればいいのかわからないタイプの場所である。言ってしまえば別にいつも通りでいいのだが、山風にはそれが難しいため、そういうカタチで関係を拡げることはあまり好まない。
「んじゃあ、午後からの訓練はやめておこうかね。明日のために万全で行きなよ。アンタ達、提督の命を預かることになんだからさ」
「うす。肝に銘じとくぜ」
「何も無けりゃあいいんだけどねぇ」
心配自体が無駄になるかもしれないが、心配しないわけにはいかない。常に最悪を考えて、
ある意味、明日は決戦になるかもしれない。取り越し苦労なら御の字である。
アニメの方ではこういう運動をする時って体操服にブルマという若干古い感じの描写でしたが、個人的には江風と涼風にはブルマより短パン、もしくはスパッツの方が似合うと思うので、ここの運動着はそっちであると思っていただければなと。