海風が施設で一晩を過ごした翌朝。宣言通り悪夢を見ることなく、妹の温もりのおかげで孤独も感じることが無かった春雨が目を覚ます。すぐ傍にはまだ眠っている海風の顔。脚まで消した状態だったからか、ちょうどいい抱き枕にされていたため、ガッチリとホールドされていた。
余程疲れていたのか、心身共に癒されるために深く深く眠っているのがよくわかる。春雨が拘束から抜け出すためにモゾモゾと動いても、目を覚ます気配が無い。
「そろそろ鎮守府では総員起こしの時間かな……でも、ここならいつまで寝ててもいいからね」
窓からは日の光が差し込み、今日もいい天気である。艦娘、そして提督との対話を外でやる予定だったので、気持ちいいくらいの晴天になったのは、それが大成功を収める予兆にも思えた。
なんとか抜け出した春雨は、義脚を構築した後にいつもの制服姿に変化。そのまま部屋を出るのは自殺行為なので、海風が目を覚ますまでジッと待っていることにした。
自分のためにこの1週間奔走し続けてくれた妹には、正直頭が上がらないとまで考えている春雨。この場所から離れることは出来ないだろうが、何か望みがあれば叶えてあげたいとまで考えていた。今すぐでなくとも、また次の機会があれば。
この時には、鎮守府のことを
「ありがとうね、海風」
眠る海風の頭をやんわりと撫でる。見た目は春雨の方が幼いため、知らない者が見たらどちらが姉かわからないくらい。
「ん……んん……もう朝……?」
「おはよう、海風。今日もいい天気だよ」
頭を撫でたことがきっかけになってしまったか、ここで海風も目を覚ます。疲れが全て取れるほどの熟睡だったからか、ぼんやりした目で身体を起こしつつ、小さく欠伸。
あまりにも無防備な姿に、春雨は何だか嬉しくなっていた。深海棲艦の巣窟とも言えるこの施設で、ここまでリラックス出来ているのだから、この施設に対しての感情はもう言うまでも無い。
朝から施設の外では対話の準備が進められていた。おそらく6人の部隊が来ると考えられているが、10人来るかもと考えて、テーブルと椅子もそれ相応のものが用意され、まるで庭でのお茶会のような体裁になりつつある。昨日からリシュリューとコマンダン・テストを筆頭にしたお茶菓子も次々と作られ、テーブルに並べられていった。
艦娘と深海棲艦の対話という、今までの戦いでは前代未聞の出来事。それをなるべくリラックスして進められるようにと、中間棲姫も飛行場姫もおもてなしの精神を前面に押し出している。
「な、なんだか大事に」
「だって艦娘さんとこんなに親身になってお話しすることなんて初めてなんだもの。こちらも誠意を見せなくちゃねぇ」
ニコニコしながら中間棲姫が椅子を並べていく。その光景に、春雨は海風と共に目を丸くしていた。
今回はほぼ全員が参加するくらいで考えているらしく、これだけの深海棲艦が一箇所に集結しているのに、侵略はおろか、その存在すら今までひた隠しにし続けてきたのだという証明をするとのこと。
真面目な話もあるのだが、あくまでも目的は交流。そのため、お茶会形式にした。1日ここで生活した海風という証人もいるため、信用度はさらに増すことだろう。
「妹ちゃんが迎えに行ってるけど、来るのならそろそろなのかしらぁ?」
「はい、おそらく。あの場所からここまでの時間を考えれば、朝イチに出港したならそろそろではないかと」
春雨はここから鎮守府までの航路を知らないため、海風が説明する。片道でもそれなりに時間がかかることは言うまでもなく、だからこそ長い時間を隠住出来ていた。
「……あの、姉姫……さん」
「はぁい、何かしらぁ?」
「昨日は申し訳ありませんでした。正気では無かったとはいえ、あんな失礼なことを」
海風が謝罪するのは当然、見境なしに殺意を込めた攻撃を放ったことだ。中間棲姫の余りある力のおかげで全くの無傷で済んでいたが、万が一にも怪我を負わしていたら、こんな関係になっていなかったかもしれない。そう考えると、自分の行いがとても恐ろしいものに思えた。
そんな海風に対して、中間棲姫は何も気にしていないような表情。笑顔を絶やさず、安心させる口調で慰める。その母性は施設の者だけではなく、知った者全てに対して発揮するようだ。
「貴女のしたことは、艦娘としては間違いじゃないわぁ。まぁもう少し話を聞いていてくれれば嬉しかったけど、もう過ぎたことだもの。私は気にしていないから、貴女も気にしないでちょうだいねぇ」
「……はい、貴女がそう言ってくれるのなら」
これでもう水に流しましょうと、その話題はすぐに終了。続けていても海風が落ち込んでいくだけ。
「お姉、来たわよ」
そうこうしている内に、鎮守府からの部隊が到着。飛行場姫を先頭に、昨日見た面々がこちらに向かってきていた。今回は交戦しないことが大前提であるため、陸に上がった時点で艤装は消している。昨日はまだ海沿いで留まっていたが、今回は施設に近い陸地にまで来ているため、まるで田舎者のようにキョロキョロしながらである。
そうなるのも無理はない。昨日もそうだったが、ここがあまりにも陸上施設型深海棲艦の陣地とは思えないのだ。駆逐艦はまだしも、大人の外見である千歳と千代田もここは流石に興味と警戒で周囲を見回している。
そして、海風がここに滞在したため、今回の部隊には五月雨が参加していた。提督に対してもそのように伝えているため、部隊の面々は納得している。海風も何となく五月雨が追加されるのではと想像はしていた。
だが、春雨はその辺りに思考が向かっていなかったようで、五月雨の姿を見た途端に大きな声を上げてしまう。
「五月雨!」
「みんなが言ってた通りだ……生きててよかった……!」
駆けてくる五月雨を抱きしめようと春雨が構える。が、その寸前で何もないところで躓き、抱きつくどころか体当たりをぶちかますように突撃してしまった。秘書艦を務めているときでもちょくちょく出してしまうドジっ子気質を、この一番重要なところで発揮し、春雨に渾身の一撃を入れてしまう。
その勢いでゴロゴロ転がってしまうが、回転が止まったところで2人して笑い合った。こうなるのも艦娘の時には一度や二度ではない。春雨としては喰らい慣れた一撃。
「あはは、やっぱり五月雨はこうで無くちゃね」
「もしかしてこうなること予想してた……?」
「勿論。だって五月雨だよ? 要所でドジるのが五月雨だよね」
「もーう! 私だってちゃんと成長してますー!」
そんな光景も微笑ましい。春雨の隣にいた海風も、それを見てクスクス笑っていた。
「海風姉……元気になった?」
「山風、うん、少し落ち着けた。心配させちゃってゴメンね」
昨日とはまるで違う海風の表情に、山風のみならず江風と涼風もホッとしていた。
あれだけ顔色が悪く、憔悴しきっていた海風が、今は全盛期と言えるほどの落ち着きよう。これでこそ海風と納得出来るところまで回復している。この施設の効果は絶大だということを証明することとなった。
「準備は殆ど出来ているから、好きなところに腰掛けてちょうだいねぇ。今回はちゃんと腰を据えてお話しした方がいいでしょうから」
春雨と五月雨の再会をある程度見届けてから、中間棲姫が艦娘側にも指示を出す。深海棲艦から艦娘に何かを言うなんてことは本来あり得ないのだが、中間棲姫の存在そのものがあり得ないようなものなので、これだけではもう驚かなくなっていた。
既に中間棲姫と面識のある者はその指示に従い、その場に並んだ椅子へと次々と腰掛けていく。警戒はまだ解いていないが、海風がここまで回復しているところを見たことで、信用度は昨日から随分と上がっている。
その様子を確認したからか、五月雨も一旦信用する方向で考えた。目の前にいるのは最悪の姫、中間棲姫と同一個体。警戒するに越したことは無いのだが、聞いていた通りの雰囲気であるため、仲間としての感覚で今は接する。
「お気遣い感謝します。あ、私は鎮守府の提督秘書艦、五月雨と言います」
「あらあら、ご丁寧にどうも」
「あと、提督も貴女と直にお話ししたいと言っていたのですが、流石にここまで連れてくることは出来ず、後から通信上で申し訳ないのですけど、参加させてもらっても」
「全然構わないわぁ。人間さんと話すのは本当に初めてだもの。私からもお願いしたいくらいよぉ」
秘書艦としての責務を全うする五月雨は、さっきのドジっ子気質が何処かに行ってしまったかのように凛としている。これがずっと続けばいいのにと思ったものの、五月雨もそこは気にしているので、春雨は考えるだけに留まった。
「あと、こちらも見てもらえる全員を出させてもらうわぁ。見ればわかると思うけれど」
艦娘が着席したところに、ジェーナスがすかさず紅茶を淹れて並べていった。昨日には見ていない深海棲艦の登場に、若干緩んでいた緊張感がまた戻ってきそうだったが、姉妹姫と春雨の仲間であるということを考えれば、そこまで深く考える必要はない。
「……何人もいるのは聞いていたけど、ここまで並ばれると壮観ね……」
「一斉に攻撃されたら絶対勝てないよねコレ……一応今回は戦える装備にしてきたけど」
「本当にね。友好的で本当に良かったわ」
千歳と千代田がコソコソと話すのも無理はない。目の前にいる深海棲艦は、大なり小なり全員が姫。春雨もその中に含まれる。
たった1人でも強大な力を持ち、艦娘が1対1で戦ってもまず勝利することが難しい存在が姫級だ。一番の新人である春雨ですら、今のスペックは艦娘時代を軽く凌駕するものになっているのだが、周りがコレなので本人は全く気付いていない程である。
それが今この場に10人。伊47は陸上では機能停止しているようなものなので数には入らないかもしれないが、だとしてもこんな敵部隊が現れようものなら、何処の鎮守府でも苦戦どころか呆気なく滅ぼされてしまうだろう。
「怖がらなくていいわよ。アタシ達はアンタ達を歓迎してるんだから。アタシとお姉はさておき、他の子達は全員、元々はアンタ達と同じ艦娘よ。それに、みんなその時の心は忘れてないんだから」
その呟きが耳に入ったか、飛行場姫が即座にフォロー。恐怖や警戒の中で話を聞いても昨日と同じになってしまう。もっとリラックスしてもらわないと困ると言わんばかりに、軽い態度で話していた。
「え、ええ、勿論。こうやってもてなされているんだもの。お互いを対等として扱うのが礼儀だと思います」
「よろしい。話し合う前に用意した甘いものでも食べてちょうだい。落ち着くために作ったんだもの」
言うが早いか、完全に無警戒で江風がクッキーを1つ口の中に放り込む。
「うわっ、うっめぇ! なンだコレ、間宮さンのと同じくらい……いや、それ以上かもしれねぇ!」
「マジで? じゃあ、あたいも1つ」
江風に倣って涼風も1つ摘んで食べる。すると、見る見るうちに顔が綻び、その味に歓喜していた。
「ここのものはRichelieuとCommandant Teste、あとはそこのお茶を淹れてる
「
重要なことを話すのは当然忘れていないのだが、お互いに警戒しあった状態では話も耳に入りづらい。それを緩和出来たのだから、おもてなしとしてお茶会を開いたのは大成功と言えるだろう。
また、ここにいる元艦娘の深海棲艦達とも交流をすることで、より和やかな空気にしていき、緊張感を薄れさせた。これだけお膳立てをしておけば、お互いのことをより知ることが出来るだろう。
「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうかぁ。五月雨ちゃん、そちらの提督さんとの通信をお願いしてもいいかしらぁ?」
「はい、すぐにやりますね」
お互い、いい感じにリラックス出来たところで中間棲姫が切り出した。この集まりをただのお茶会にしたいのはやまやまだが、人間には知りたいことが沢山あるはずだ。中間棲姫としても話せることは少ないのかもしれないが、話さないよりは役に立つだろうと全面的に協力していく。
五月雨がタブレットを取り出し操作をすると、その画面は鎮守府の執務室と繋がった。すぐにマイクとスピーカーの設定をした後、中間棲姫の方に向けてテーブルの上に立てる。
「あら、なかなかイイ男」
「妹ちゃんってば、ああいう
「そうなのかもしれないわね」
人間の顔を見ること自体が初めてである姉妹姫。逆に提督の方も、こういう形で深海棲艦の顔を見るのは初めてである。というか、人類の中に深海棲艦と対話をするために通信で顔を合わせた者など存在しない。
『こういう形での顔合わせで申し訳ない。僕はこの子達の……そして、君達に保護をしてもらった春雨の所属していた鎮守府を治める提督だ。このような場を設けてもらい、心より感謝する』
世界で初めての対談が始まる。この結果は、世界の命運がかかっているのかもしれない。
交流しながらも、松竹姉妹は千代田に自分達と同じ匂いを感じ取っていたのだった。