大将率いる対話の部隊が大塚鎮守府へと到着。海路を使って向かっていることと、宗谷のクルーザーを使うことは事前に伝えてあるため、鎮守府近海に入った時点で既に電が海上で待機していた。
「お疲れ様なのです。そのままこちらでお願いするのです」
電に言われ、クルーザー共々工廠の中へと入っていく。江風と涼風は、他の鎮守府に入るということ自体が初めてであるため、田舎者のようにキョロキョロと周囲を見回してしまう。
工廠というのは何処の鎮守府も似たような造りになっており、ここはここの明石が働いているのが見えたりした。そういうところで若干緊張が紛れる。ちなみに、ここの明石は
「大将、お待ちしておりました」
工廠で待っていた大塚提督が小さく礼をしながら出迎える。
「少しだけ遅れてしまったかしら」
「いえ、ほぼ定刻通りです」
事前に連絡した通りの時間にしっかり着いている辺り、大将の時間管理は完璧である。
吹雪の助けを借りつつ、大将が工廠へと降り立つ。少しだけフラつくものの、吹雪の支えで転倒は免れた。大塚提督と電が手を出そうとしたものの、吹雪のあまりにも的確で完璧な動きを認め、小さく動くだけに。
「私は知っての通りだけれど、今回は伝えている通り、堀内提督も連れてきているわ」
大将が降り立ったところを確認したところで、堀内提督も工廠へ。流石に支えは必要無かったが、五月雨が護衛としてしっかりと隣に立つ。
「君が大塚提督かい」
「ああ。貴方が堀内提督か。是非とも話がしたかった」
「僕もだよ」
先んじてこの事件の解決のために奔走し続けている堀内提督に対して強く興味を持っている大塚提督と、同じ境遇となってしまった大塚提督とならば共にやっていけると考えている堀内提督。
初対面であり、かつ方針が真逆の2人ではあるが今回の件では同志として、ガッチリと握手をした。反りが合わないとか、生理的に受け付けないみたいなことは、今のところ無い。まだ会って間もないのにそんなことがあっても困るのだが。
「早速だけれど、持ってきたモノを出して良かったかしら。例の装置なんだけれど」
「はい、よろしくお願いします」
「そこまで大きなものは無いけれど、一応数を用意しておいたから、置きやすい場所に置いておいてくれればいいわ」
大将が合図をすると、護衛ではない4人の艦娘が、泥を消滅させる草刈機、
そしてそれは、使い方を今は全く教えず、何に使うかも見た目だけではわからないものとなっている。そういうところも考えて明石は形状を考えていたのかもしれないが、おそらく偶然。やりやすいように欲望のままに作ったに過ぎない。
「また……見ただけでは何かがわかりませんね」
「ちゃんと説明するから安心してちょうだい」
工廠にいて運び込まれていく装置を眺めていた大塚提督の明石が、首を傾げながらその光景を眺めていた。同じ明石でも、ここまでのことをやる別個体がいるとは思っていなかったらしく、驚きや感心などいろいろな感情が入り混じった複雑な表情をしていた。
「明石、お前はここまでやらなくていい。今の仕事だけでも充分に頼りにしている」
「あっ、は、はい、そう言っていただけると工作艦冥利に尽きます」
明石が感じている思いを察したかのように、大塚提督は明石をフォロー。無論、心配しているからとかそういうのではなく、鎮守府全体のことを考えての行動である。
それもこれも、明石のパフォーマンスを今の状態から変えないようにするためである。
余計なことをしようとして、本来出来ていることが崩れられても困るということだ。必要以上の作業をさせて万が一のことが起きてしまったら取り返しがつかない。
「あのヒトはオッケー。ついでに、電もオッケー」
ボソリと望月が大将に伝える。内容は勿論、
秘書艦である電と、工作艦明石は、今のところは白。侵蝕されておらず、突然敵対するようなことは無いことは確定。
望月がこういうことを伝えるのだから察することが出来るのだが、やはりこの鎮守府の中から
しかし、大っぴらに動きすぎると、既に入り込んでいる侵蝕された者、いわゆる『
「それじゃあ、本題に入りましょうか」
「はい、こちらへ」
大塚提督に案内され、一行は纏まって鎮守府の奥へと向かっていった。その間も望月が周囲を確認しつつ、何かあったらまず一番近くにいる島風や江風、涼風に伝える。
「こっからじゃちょい小さめだけど、確実にいるよ。数えるのめんどくせーけど、多分6人……くらいかな」
「6人ねぇ……もしかして、哨戒部隊か何かか」
「じゃねーの? どっかで拾ってきたってのが妥当かなー。人数的にいつ拾ったかは知らないけど、増殖するんだっけ? あれがあるのかはわからないね」
望月と江風がボソボソと相談しているのに、大塚提督も気付いていた。その内容までは把握出来ていないが、その鎮守府に対して何らかの不信感を持っているような態度が感じ取れている。
そして秘書艦である電は、艦娘であるためにその会話の内容もしっかりと聞き取っていた。6人、哨戒部隊、拾ってきた、増殖──この4つのキーワードから、歩きながらもいろいろと思いを巡らせている。
大将一行が鎮守府にやってくるだけならまだしも、それに加えて他の提督までやってくるというのは、何処の鎮守府でも珍しいこと。そのせいか、道すがらに出会う艦娘達は、何処か緊張した面持ちで頭を下げてくる。
堀内提督の艦娘ならば、ここで立ち止まったり話しかけてしまったりと自由に行動しそうだが、ここは大塚鎮守府。余計なことはせず、感情を見せず、社交辞令的に頭を下げたのみ。それがここの艦娘には当たり前の行動。それなのに、ストレスを一切感じない。
「すごいな……完璧な統率力だ。それでいて、全員がイキイキとしている。縛られているようでいない。適格な指示があってこそなのだろう」
自分とは違う方針であっても、ここまで綺麗に纏め上げていることに素直に感心している堀内提督。
「いや、俺としては貴方のやり方も感心している。艦娘達の感情のままにやらせても、誰も離叛を考えないということは、貴方がそれだけ信頼されている証拠だ。護衛の艦娘を見ればある程度はわかる」
対する大塚提督も、堀内提督の艦娘──五月雨、江風、涼風を見たことで、その方針にも間違いが無いことを理解している。
お互いにお互いのやり方を理解し、しかし自分のやり方は曲げない。それがこの2人の提督。自分はこのやり方が最も艦娘の力を引き出すことが出来るのだと確信しているからこそ、違う方針をその目にしても、自分を変えるつもりはない。むしろここで方針を変えたら艦娘が困惑するだろう。
そうこうしているうちに執務室の前に到着。ここで電がパタパタと早足になり、執務室の扉を開けようとするが。
「ストップ。その扉に触るなー」
それを望月が止めた。突然の言葉にビクンと震えるが、ドアノブを握ろうとした瞬間だったため、大急ぎで手を引っ込める。
「泥、ノブの裏側につけられてる。多分触ったらアウト。すぐにじゃないけど、ゆっくり侵蝕される」
望月に見えているのは、執務室に入るための唯一の扉のドアノブ。正面から見えないところに僅かに反応を見つけていた。これは確実に
「婆ちゃん、あたし一応泥刈機の小型版みたいなの貰ってるからさ、それで
「ええ、お願い。今のところはそこだけ?」
「みたいだね。多分大っぴらに動いてはいないんだと思う」
ドアノブに近付いた望月が袖を捲ると、そこに腕時計のような装置が装備されていた。明石が開発した例の泥を消滅させる装置の小型版であり、草刈機のサイズのものより出力は低いものの、ドアノブに付着した泥くらいなら駆除が出来る。
少し弄ってから装置をドアノブに翳すと、目に見えない波長が照射され、そのまま泥は消滅。望月の眼鏡にも反応が失われた。
「……つまり、我々の艦隊に既に侵蝕された者がいるということか」
この一連の流れを見て、大塚提督が歯軋り。電もショックが大きいようで、口元を手で押さえ目を見開いていた。
「まずは中に入りましょう。望月、部屋の中からの反応は?」
「無いねー。ここ、一応鍵かかってんじゃん。だから、中に仕込むことは出来なかったけど、こういうところにコソッと仕込んだって感じじゃね?」
「そうね。隙間から中に入れるにしても限界があるわ」
ドアノブを軽くハンカチで拭き取ったところ、泥らしきものも何も付着しなかったことが確認出来たため、改めて電がその扉を開く。
「涼風、電探を起動」
「あいよー。近くで見てるヤツがいないか見とくね」
念のためと、堀内提督が涼風に指示を出す。空間把握能力を最大限に利用出来る電探を起動し、執務室を中心とした周辺にこの泥を仕込んだものがあるかどうかを確認。
時間的にはたった今仕込まれたと考えてもいいだろう。そうでなければ電は既に侵蝕済みとなってもおかしくない。
「ここって結構というか艦娘の行動も結構統率されてるんだよね。休憩時間の奴は自由っぽいけど」
「ああ、そのように管理している」
「2人くらい、やけに早足でこの部屋から離れてる奴がいるね。多分そいつらが泥を仕込んだ奴だと思う」
この時間に動ける者は限られているはずだ。それを考えれば、侵蝕されてしまっている艦娘が誰かはすぐにでも把握が出来るだろう。
「まずは説明するわ。ただ、今回の泥は増殖の性質を持っている可能性が高いわね。その辺もちゃんと知ってもらわなくちゃいけないわね」
「了解しました。すぐにでも対処出来るように、まずは理解するところからですか」
「その間に侵蝕が進められるかもしれない。今は数人かもしれないが、聞いている話ではアレは時間経過でその数を増やす。放っておいたら、鎮守府内の艦娘が全員支配下に置かれてしまうということもある」
「なら、江風達に自由に動く権利くンない? 話すンのは、とりあえず提督達がいりゃあいいンだろ?」
江風から、鎮守府内にいるであろう侵蝕された艦娘を
「ならば、俺の艦隊から1人つける。それならば、鎮守府内を自由に動いてくれて構わない」
「りょーかい。江風と涼風、あと島風と望月、ンでそちらの誰かさンの5人で、鎮守府の大掃除と行こうぜ」
そうするためにも、大塚提督は執務室からすぐに頼れる艦娘の1人を呼び出した。全体放送というわかりやすく危険な行為ではあるのだが、背に腹はかえられない。
その者は、今日は休息日の者。本来ならば提督側からは不干渉で、自由に1日を過ごすことで明日からの業務に支障が出ないようにするのだが、緊急事態であるが故にその休息を一時的に解除することとなる。
そして少ししてから執務室にやってきたのは、1人の艦娘。
「はーい、司令官。何かお願い事? もっと頼ってくれてもいいのよ?」
駆逐艦、雷。秘書艦電の姉であり、この鎮守府では電と並んで古参の一角。今では前線に立つよりは、遠征に力を入れている頼れる駆逐艦である。感情を出さないようにと言ってはいるが、本人の
しかし、雷が執務室に現れた瞬間、
「悪いな。緊急事態なんだわ」
艤装を展開した望月が、抵抗させる隙を与えずに雷を撃った。