執務室に呼び出されたことで早速治療された雷からの情報で、練習巡洋艦鹿島から侵蝕を受けたことを知った部隊は、早速鎮守府内にいる鹿島を探し出し、治療するために動き出した。
前衛は江風と島風、後衛に涼風と望月、そしてその中心に電を配置したほぼ輪形陣で鎮守府内を突き進む。基本的には望月が泥の反応を確認し、涼風がそこに何人いるかなどを説明し、そこから電が最短ルートを導き出して案内。
反応だけで見るならば、誰が鹿島かはわからない。しかし、ここまで来たら望月もしっかりと分析をしており、残りの人数は5人、比較的バラバラに動いているが、執務室のドアノブに泥を付着させる罠を仕掛けたであろう2人は組んでいることが判明している。
「うちの鎮守府よりちょい大きいくらいか。人数も結構多いね」
「なのです。効率よく戦えるようにするため、司令官が戦力の拡張をしたのです。おかげでみんなが程よく休息も貰えていて、万全な態勢でいつも過ごせているのです」
電が軽く説明しながら進軍。いつも万全で過ごせるということは、今から戦わなくてはならない者達も万全の状態の艦娘であると言える。フルパワーで襲いかかってくる艦娘を、なるべく無傷で鎮守府を傷付けることも控えつつ倒さなくてはいけないというのはかなり難しい。
万全なのはこちらも同じだと言いたいところではあるが、堀内鎮守府からここまで航行しているというのがあるため、十全とは言えない。多少なり疲労はある。それに対してあちらはホームグラウンドで待ち構えていたようなもの。最初から若干不利ではある。
とはいえ、こちらが違うのは薬入りの模擬弾。鎮守府に傷がつくことはまず有り得ない。水浸しになる程度であり、あちらの泥が付着するだけでもよろしくないのと同様、薬の成分も肌に浸透して直接治療が出来る。もう当たったモノ勝ちなのはお互い様。
「反応近い。そこ曲がったらすぐ右」
話しながらでも望月は泥の反応を見続けており、涼風も電探の反応からそこに1人だけであることを確認済み。
「あの、穏便に……してもらえるのですか」
電がおずおずと尋ねる。侵蝕されているとはいえ、相手は元々仲間である。本人だって、最初から裏切ろうと思って潜伏しているわけではなく、事件に巻き込まれたせいでそうなってしまっているだけなのだ。そんな相手に傷なんて負わせたくない。
それに対して、江風が当たり前だと返す。誰も傷を負わせることなく、今回の件を終わらせてやると、とても良い笑顔を見せた。
そして、望月が話した曲がり角、右を向いた瞬間にいた艦娘に対し、そちらを見るまでもなく主砲を展開して放った。先程の雷に対する望月の砲撃と同じ。構える隙すら与えず、そこにいると認識した瞬間にはもう模擬弾が顔面に直撃していた。
「こっちは電探増し増しでやってるけど、そっちは江風達の居場所とか気付いてないもンな。ある意味隠密ってヤツになンのか?」
「いいんじゃね? だからわざわざ主砲にサイレンサーとか意味あるのか無いのかわからないのまで付けてきたんだから」
撃った瞬間の砲撃の音すら隠し、自分達の居場所を悟られないようにしながら仕事をこなす。1人目の雷は都合よく誰もいない執務室に来てくれたから楽であり、今回のこの艦娘に対してもありがたいことに周囲に誰もいなかったため、一切躊躇なく砲撃を放つことが出来ている。
そして、それは他の侵蝕された艦娘達にはバレていないだろう。望月が感知で確認しても、今撃ったからと言って慌ただしくなるようなことはない。涼風の電探に入る情報も変わらずである。
「っと、流石に鹿島さんってヒトじゃあ無いか」
薬をぶち撒けられたことで、あられも無い姿を見せる羽目になっているのは鹿島ではなく、またもや駆逐艦。今回は夕雲型のネームシップ夕雲。
この鎮守府では堀内鎮守府でいう白露のような立ち位置にいる駆逐艦であり、戦場では八面六臂の活躍を見せるエースなのだが、廊下の曲がり角、しかも鎮守府という到底戦闘が行なわれないような場所での不意打ちには成す術も無かった。
「雷ちゃんに、夕雲ちゃん……侵蝕されているヒトが、的確過ぎるのです」
薬の効果で喘ぐ夕雲から真っ赤な顔で目を逸らしつつ、電が呟く。
大塚提督が何かと頼ることのある雷に、この鎮守府の駆逐艦としてはトップクラスの力を持つ夕雲。この人選は、鎮守府を熟知している者でしか出来ない。
そしてそれは、鹿島ならば可能だ。真っ先に電を狙うところなのであろうが、秘書艦ということで狙うのが難しかったか、まずは足回りを強化していき、最終的に全員を侵蝕してやろうという考えが透けて見えるようだった。しかも、電以外の主要となる艦娘を優先的に狙っている辺りがタチが悪い。
「後狙われそうなヤツって誰かいるの?」
望月が尋ねると、電は少し考える。雷がされたように、夜に訪れて突然という流れとなると、どんな艦種でも対象に出来るだろう。鎮守府内の不意打ちなんて、回避しようと思って回避出来るものではない。
「何人か思い付くのです。ドアノブに泥を付着させたのは2人組……なんですよね?」
「ああ、多分な。あの後に執務室から逃げていくみたいな動きが見えた。それが誰なのかまではわかんないんだけど」
「狙われそうで、そういう小さな罠を仕掛けつつ、2人で動きそうなヒトとなると……水雷戦隊を纏めている川内さんと、夕雲ちゃんの妹で
前者はこの鎮守府でも特に力のある水雷戦隊を束ねる隊長。そのトップクラスという夕雲達を率いる隊のさらに上に立つ者であるため、相当な実力者。さらには、忍者と呼ばれる程に隠密活動に長けているため、こういう罠を仕掛けるような作業はお手の物。
そして長波は、夕雲の妹にして夕雲と並んで駆逐艦のエースとされている者。夕雲が技で、長波は力でトップにいると考えればいい。その2人を有する駆逐隊であるため、鎮守府の駆逐艦はかなりの練度を誇っている。
「人数的にはあと1人だよね。残りは誰だと思う?」
今度は島風が尋ねると、電はさらに頭を悩ませる。ここまではヒントや答えがあったから導き出せたが、最後の1人は本当にわからない。少なくとも今まで望月が見ていない艦娘となると大分限られてくる。
「この鎮守府でのエース……何かと頼りにしているヒト……なのですよね。そうなると大分限られてくるのですが……」
と考えているうちに、望月がちょっと待てと表情を変える。
「ヤバい、さっさとやらないとまずいことになるよ。
望月の言葉に全員が目を見開いて驚く。こうしている間にも、何者かが暗躍して鎮守府の艦娘達を侵蝕していっているということだ。
今まではゆっくりと裏側で勢力を増やしていたが、雷、夕雲と立て続けにやられたところを確認出来たのか、今だと言わんばかりに突然動き出した。
「1人増えた。いや、2人、3人……こりゃまずいね。ネズミ算だ」
どのように増やしているかはわからない。それこそ雷の言っていた口移しなのか、ドアノブの罠のように付着させて感染させたか。
どちらにせよ、このままだとまずいのは確かだ。泥の増殖スピードが読めない分、短時間でも放っておいたら完全に孤立する。最悪、このメンバーの誰かすらも侵蝕される可能性があるのだ。
「四の五の言ってらンねぇな。体裁とかも気にしてらンねぇ。江風も眼鏡使うぜ」
「だねぇ。全員装備しといた方がいいと思う。あたしの指示なんて確実にタイムラグが出来るから、自分の目で見た方がいいよ」
こうなってしまっては、違和感なく眼鏡を使うだなんて言っていられない。全員が完全な装備で向かわなくては、それこそ何もかもが間に合わなくなる。
電にも予備の眼鏡を渡して、使い方を教える。鎮守府の風景を見た瞬間、驚きが隠せなかった。泥の赤い反応がいくつも見えてしまったからだ。
「侵蝕されているヒトが見えているのです?」
「ああ、それにヒトだけじゃなくて、壁とか床にあるのも見えてるよ」
「……酷いのです……。みんな一緒に戦ってきた仲間なのに……」
泣きそうな声で呟いた後、拳を強く握る電。怒りと悲しみが溢れるようで、抑え付けていた感情も表に出てきてしまいそうだった。
それが鎮守府の方針から逸脱しているのはわかるし、ここで長年戦ってきたのだから、感情を抑えて冷静でいる方が戦果を挙げられたことも理解している。しかし、止められなかった。
「電も全力でお手伝いするのです。電には薬がありませんが、足止めとかは任せてほしいのです。模擬弾を使えばいいのですよね?」
「ああ、無傷で治療だけしたいからな」
電の眼光が鋭くなるのを見て、江風はヒューッと感心した。心優しい電からはなかなか見られない、徹底的にこの状況を打破するという意志を感じた。
「っ、ああ……」
そうこうしている内に、夕雲が薬の効果によりフラつきつつも立ち上がる。
「夕雲は……今まで何を……」
ビクビクと震えるものの、頭を押さえながら現状整理。
「夕雲ちゃん、夕雲ちゃんも鹿島さんにやられたのですか?」
「電さん……そ、そう、そうよ。鹿島さんが夜に部屋に来て……その時にいきなり……き、キスを」
雷の時と同じように口移しにより泥を流し込まれて侵蝕されたようだった。夜のうちに暗躍し、主要メンバーをゆっくりと引き込んでいく手腕。ここで電は鹿島が発端であると確信した。
鹿島が遠征に向かったのは今からおおよそ5日前。その遠征の管理をしていたのが電だから覚えている。その時は何も様子はおかしくなかったし、いつも通りの生活をしていた。違和感などなく、いつものように教鞭を執り、いつものように訓練を行い、いつものように生活をしていた。
しかし、それは全て演技だったわけだ。裏側でゆっくりと鎮守府を堕とすため、電を除いた主要となり得る艦娘を次々と自分のモノにしていった。
「今も雷さんの状況を見に行こうとしていたところなの。お呼び出しがされたんだもの」
「雷ちゃんは皆さんのおかげで先に治療されているのです。心配はいりません」
「よかった……夕雲だけ解放されているわけじゃないのね」
そこを先に安心する辺り、夕雲は雷より心が強かった。気を取り直すのが早く、現状打破のことを考えている。
ある意味、この鎮守府の在り方をしっかりと体現していた。余計な感情を取り払い、次に向けてすぐに歩き出す。そうしないと自分が崩れてしまいそうだからだろう。せめて今は心を強く持たなくては、他の者が解放されない。
「夕雲ちゃん、動けますか。今、みんなが次々とさっきまでの夕雲ちゃんみたいにされているのです。多分、鹿島さんが筆頭になって泥をばら撒いているのです」
「少しキツイけれど、大丈夫。夕雲も手伝います。すぐにでも鎮守府を元に戻さなくては」
まだ残っている薬の効果をどうにか振り払い、夕雲も仲間に加わる。これで部隊は6人となるのだが、あちら側はそれ以上に増えていっているため、容赦なく治療していかなくてはおそらく間に合わない。減らすより増える方が速いとなれば、最終的には数に押されてしまう。
「流石にもうジッとしてらんない。さっさと行こう。電、もう見えてるんだから、先陣切ってもらっていい?」
「了解なのです。すぐにみんなを元に戻すのです」
あちら側も手段を選ばなくなっている。ならば、こちら側も手段を選んでいられない。正々堂々なんて言っていたら、救えるものも救えない。