空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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その足の先に

 工廠に現れた川内と長波を追い詰める島風と江風。島風が早速持ち前の速さを全力で発揮し、江風と連携することで長波を瞬殺。今の長波は薬の効果により床をのたうち回っている状態。

 しかし、その際に島風のスピードを川内に見せてしまっているため、簡単には当たらないと構える。川内が握るのは、特殊仕様の魚雷。それを逆手に握り、まるでクナイを構える忍者の如く島風を見据えた。

 

「もしかして、同じタイプなのかな」

 

 島風もストレッチを終えて再びクラウチングスタートの構え。先程はここから爆発的な速さを一気に発揮することで長波を吹っ飛ばし、そのまま宙を舞わせた。

 だが、その()()()があることで心構えが出来てしまうのが、この必殺技の難点である。今から突撃するぞと宣言しているのだから、その進路から立ち退こうとするのは至極当然。それに、川内は迎え撃とうとしている程だ。あの速さにも目を追い付かせることが出来る可能性が非常に高い。

 

「かもね。私もどちらかといえば、スピードで押し込むタイプだから」

 

 そんな島風に対して、川内はグッと前傾姿勢となる。見た目は殆ど獣のような構えではあるが、その両手に魚雷を握り締め、島風の速さに対応しようと眼を光らせた。

 

「こりゃまずいな。長波、ちょっとズラすぜ」

 

 薬の効果で治療され、ビクンビクン震えている長波を、江風はどうにか工廠の端に運ぶ。2対1という数的優位を維持したいところだが、長波を放置していたらこの戦闘に巻き込まれてしまうだろう。せっかく救われたのに、怪我を負う羽目になっても気分が悪いし、最悪の場合、川内がもう一度泥を流し込む可能性もあるのだ。なるべく離しておいた方がいいに決まっている。

 こうしている間にも、長波の治療は完了。特に大きな嬌声が響いたところで脱力した。こうなると運ぶのも少し楽になり、艤装のパワーアシストもあってサクッと安全そうな端、今は明石が隠れている工廠の裏側へ。明石はまだ侵蝕されていないことは確認済み。

 

「悪ぃな明石さン、コイツ見てやってくンねぇかな」

「は、はい、大丈夫です。介抱しておきますね」

「頼ンます!」

 

 未だに震える長波を明石に押しつけて、江風は戦場へと戻った。ここの明石ならばまともに介抱してくれるだろう。

 

 

 

 

 江風が戦場となる工廠に戻ると同時に、2人は動き出した。島風の強烈な踏み込みで地を抉り、目にも留まらぬ速さで突撃。川内はそれを迎え撃つために同じように地を蹴り、魚雷を構えて突撃。

 先程の長波に対しては速さに任せた体当たりという原始的な攻撃手段をぶちかましたが、川内にはそれはしない。一度見せているため、直接身体をぶつけてくる攻撃に対しては確実に対策をしてくる。

 

 例えば、その瞬間を狙って()()()()とか。

 

「ぺっ」

 

 島風が向かってくるそのライン上に、まるで唾を吐くかのように泥を吐き出した。少量でも付着してしまえば人肌の温度で増殖し、取り払う暇もなく口の中に飛び込んで一気に侵蝕することになるだろう。

 

「わかってるよ、そういうことをすることくらい」

 

 だから直接向かわなかった。泥に触れないように回避し、すり抜け様に砲撃。泥と同じように、薬入りの模擬弾は少量でも付着してしまえば泥に反応してそれを駆逐し、取り払う暇も与えずにその身体を治療することになるだろう。

 

 クラウチングスタートからの突撃は、一直線に突き進むための驚異的な力。今のように回避行動を取れば、その爆発力は一気に失われる。突っ込んでくるように見せて即座に方向を変えたので、MAXの力は失われた。それでも充分に速く、風になることは出来ずとも普通ならば簡単には対応は出来ない。

 

「それに当たらなきゃいいんでしょ」

 

 しかし、川内はそれにすら即座に反応してくる。掠めるのも良くないと感じ、軽いステップで小さな飛沫すら当たらないような大振りの回避。

 一度見ているから対応出来るというのは、以前に白露が見せた技能。見れば見るほど、戦えば戦うほど瞬時に成長していく。同じ技は通用しないという厄介な力である。島風のやることなすことを次々と吸収していき、即対応してしまうために、時間をかける程に不利になっていく。

 

 そこからさらに魚雷の投擲。それこそクナイの如く、島風の足を止めるために腹に目掛けて。少しでも動きが止まってしまえば、そこに泥を浴びせかけるだけで勝ち。それを避けられても始末するだけなのだから、勝利条件の優位性は川内にある。

 

「それ、私知ってるんだよね」

 

 魚雷の投擲は、島風もよく知っていた。北上がよくやる戦術である。

 駆逐艦ウザいとよく言っているが間違いなく子供好きである北上が演習などなどを付き合っており、その時に島風にもこの魚雷投擲を繰り出しているため、避け方は身体に染み付いていた。

 川内が魚雷を投げた時にはもうその軌道の外に回避済み。そして砲撃をお返しとばかりに放ったものの、すぐに対応されて回避される。

 

 互いに掠めるだけでも致命傷になる戦い。素早く、しかし慎重に、その一撃を決めるために全神経を集中している。それこそ、お互いに周りが見えないくらいに。

 少しでも隙を見せてしまうと、そこから一気にたたみ込まれる。そうされたら終わりだ。目の前の敵だけに集中して、その一挙手一投足に細心の注意を払いながら次の一手を選択する。

 

「っ……ここまで追いついてこれるなんて」

 

 素早く動き回りつつ、牽制と直撃を織り交ぜながら川内を攻撃し続けているものの、決定打がなかなか放つことが出来ない。放った砲撃は掠めることなく、工廠の壁や床を濡らしていくだけ。

 川内からの攻撃も似たようなもの。魚雷による直接攻撃の合間に泥を吐き、始末と侵蝕どちらの手段も取ってくる。島風ならばそれを行動を見てから回避出来るので今はまだマシなのだが、川内のスピードは回数を重ねれば重ねるほどに速く鋭く成長していく。

 

「目が慣れてきたよ」

 

 徐々に川内の方が優位に変わっていくが、島風は全く折れない。むしろ、小さく笑みすら浮かべた。

 

「何がおかしいのさ。もしかして諦めた?」

「そんなわけないでしょ。なんかさ、()()()()()()()()()()()

 

 最初の上から目線のような嘲りから一点、この戦いが楽しいとまで言い出した島風に、川内はより顔を顰める。

 

 今のまま行けば、自分の勝利は揺るがない。圧倒的に有利だった島風の攻撃はもう完全に見切っており、何をされても当たる気はしなかった。砲撃だろうが体当たりだろうが、そうしてくる瞬間が手に取るようにわかるようだった。それでも自分からの攻撃は避けられるので、次はそちらを優先的に覚えていけば、最後には勝てると確信している。

 だが、そんな状況すらも島風は楽しみ、そしてそのステップは軽やかになっていった。攻撃は据え置きでも、回避は戦えば戦うほど精度を増していく。それだけを見れば、川内の泥による成長と同じくらいの成長速度。

 

「武蔵姉ちゃんが言ってたのってコレなのかな。戦えば戦うほど、何だか()()になっていくって。強敵と戦うことが、すごく楽しいって」

 

 島風には、自分の速さに追いついてくる者が誰一人としていなかった。だから調子に乗り、傲慢になり、最終的には大失敗をした。その経験があるからこそ、今の島風がある。速さだけが全てではないと気付き、結果的に社交性のバケモノへと成長した。

 しかし、艦娘にも深海棲艦にも、島風のトップスピードを見切れる者がいない。この速度を出せば、先程の長波のようにほぼ確実に瞬殺が出来る。無論、敵が戦艦だったりしたら通用しない可能性はあるのだが、そこは弁えて、通用する相手にのみ使うようにしている。

 だがそれ故に、ずっと島風は()()()()()()()。確実に通用するであろう艦娘の軽巡洋艦相手に、全力を出しても無傷を維持され続けている。そんなピンチが、島風は楽しくなっていた。もっともっと速く疾く駆け抜けたい。そんな気持ちが膨れ上がってくる。

 

「楽しい。疾ることって、本当に楽しい!」

 

 ニコッと笑みを浮かべた瞬間、クラウチングスタートをしたわけでもないのに地面が抉れ、川内の眼前に迫っていた。それは先程以上の速度であり、島風としても記録を叩き出す程のトップスピード。

 

「もしかして、私のこと下に見てるわけ?」

 

 自分との戦いを楽しいと言われた川内は、自分を格下と見ていると感じる。それが今の川内には気に入らない。

 その顔面を叩き潰してやろうと、魚雷を振りかぶって振り抜ける。

 

「そんなわけないでしょ! だって楽しいんだもん!」

 

 この魚雷に触れるのもまずいだろう。泥に塗れている可能性を加味し、その寸前で前に跳ぶのと同じ力で()()()()。その跳躍力は尋常ではなく、本来出せる高さの数倍は上へ。

 その時の脚への負荷は相当なものだが、島風は痛みに顔を顰めることなく真下に向けて主砲を構える。高く跳んだことで、今まで見えていなかった周囲がよく見えた。

 

「上に行くなんて狙ってくださいって言ってるようなもんでしょ。バカだねぇ!」

 

 対する川内も島風を目で追っていたため、すぐさま真上に主砲を構える。自分は撃って、島風からの砲撃は避ければいい、島風は姿勢を変えられるわけがないのだから撃てば当たる。先程の長波と同じだ。島風に浮かされて回避不能にされ、その隙に江風に撃たれる。同じことをすればいい。

 

 だが、ここで川内は気付いた。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

 

「やっと隙を見せてくれたなぁ!」

 

 川内が真上を向いた瞬間を狙って、江風が砲撃を連射していた。それは川内を治療するためでもあり、島風を救うためでもある。

 

 2人は互いに互いを注視して、周囲を一切見ていなかった。だが、江風は違う。その戦いを全て見通し、実は的確にサポートしていたのだ。

 例えば、川内が吐き出した泥。吐き出したのだから地面にへばりついており、この戦闘中に島風がそれに触れかねないタイミングが何度もあった。それが起きなかったのは、江風がその泥を薬入り模擬弾で撃ち抜いていたからだ。島風の戦闘に川内を集中させ、あえて直接狙わなかったのもこの隙を引き出すための布石。

 

「なんで撃つ瞬間に叫んじゃうかな。そんなことされたら、私なら普通に避けられるよ」

 

 島風の迎撃はやめ、江風からの砲撃の回避に専念した。島風からの攻撃もだが、江風からの攻撃も掠めたら終わりの一撃必殺。少しでも触れればそのまま泥を駆除する。

 

「そりゃあ、()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、ここまでが江風の狙い。島風も、最終的にはここに集約するように動いていた。

 接戦を繰り広げることで壁や床に模擬弾がばら撒かれる。川内が吐き出した泥を駆除するために、そこにも模擬弾をばら撒いている。つまり、この工廠の至るところに()()()()()()が出来ていた。

 

「えっ」

 

 気付いた時にはもう遅かった。踏み込んだ場所には、あらかじめ設置されていた薬溜まり。そこに足を踏み入れたことでバシャッと薬が跳ね、川内の肌に付着。瞬間、一気にその効果が現れる。

 

「っひっ!?」

 

 肌から吸収され、体内の泥を次々と駆逐。薬の量が少量であるせいで、すぐに治療が進むものがゆっくりになっていた。

 数分もかからないものがじわじわとされる苦痛は、困ったことに快楽となってしまっているのが厄介だった。

 

「あぁあああっ!?」

 

 その感覚でその場に倒れ伏し、薬溜まりにその身を委ねてしまったせいでさらに激しい効果に。川内は長波以上の痴態を晒すこととなった。

 

「よっ、と。これで勝ち!」

「お疲れさン!」

 

 うまく着地した島風は、江風の元へと駆け寄りハイタッチ。江風が事前に工廠内を確認し、泥の反応が無いことも確認していたため、ここでの戦いはコレで終わりとなる。

 

「っし、あとは川内さンが元に戻ったことを確認した後、明石さンに介抱頼んで、電達と合流だな」

「だね。でもその前に、他の泥の反応を確認しておかなくちゃ」

 

 周囲が見えていなかった島風は、改めて反応を確認する。すると、1つ、いや2つ、またおかしな動きをしている反応が見えた。

 

「あのさ江風、あっちって……」

「ん? 反応は……って、ありゃあ……」

 

 2人してその反応が何をしているのかすぐにわかった。

 

 

 

 

 この戦闘中に2つの反応が、執務室に向かっていたのだ。

 




支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/96982271
MMDアイキャッチ風古鷹。泥に侵蝕され、仲間を筆頭に悪虐非道な行ないをさせられ続けてきた古鷹。その憂いた瞳には、殺してしまった仲間達が映っているのかもしれません。
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