空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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秘書艦である意味

 大塚鎮守府を泥で侵蝕しようとしていた黒幕、鹿島が、他の侵蝕を受けた者達を陽動に使い、同じように侵蝕した大和を引き連れて執務室前までやってきた。

 それに対するのは、堀内提督の秘書艦五月雨と、佐々木大将の秘書艦吹雪。その吹雪は、五月雨よりも前に立ち、2人を見据えて大見得を切った。

 

「素直に治療されるか、そこに這いつくばって治療されるか、選んでください」

 

 吹雪のその言葉に、鹿島は目を丸くした。いくら相手が精鋭たる大将の部隊であろう艦娘だからと言って、自分はともかく泥でブーストがかかっている戦艦大和を前にしてそんな言葉が言えるなんて思ってもみなかった。

 とはいえ、その目は本気で自分達を斃そうと考えている目である。そして、負ける気がないという自信すら窺えた。

 

「よくもまぁ、この状況を見てそんなことを言えますね」

「ええ、まぁ。()()()()()の状況なら、そこまで苦ではありませんから。五月雨ちゃんもいますしね」

 

 その五月雨は、大和が現れたことで若干厳しいかと考えていた。鹿島だけならば、吹雪と組めば問題なく対応出来ると思っていたが、大和の動きも見ているために、戦略をその場で練っている。

 間髪容れずに放たれた砲撃は、模擬弾であることを理解された上で傘で防がれ、ダイレクトに投擲された魚雷は当たる前にキャッチされて無かったことにされた。駆逐艦が陸でやれそうなことなんてそれくらい。あとは江風のような近接戦闘であろうが、五月雨にもそんな心得は無いのだから、選択肢に入らない。

 故に後衛として、自信のある吹雪のサポートに徹することを誓った。吹雪が酷い目に遭いそうならば、そうならないように動く。お互い無傷で、全てを終わらせることが出来れば御の字だ。

 

 吹雪はそんなつもりが無いようだが。

 

「それで、こちらの要求に対する答えを聞かせてもらえます? もしかしたら理解が出来ていなかったかもしれないので、改めて説明しますけど、素直に投降するか、痛い目を見るか、ということです」

 

 表情を変えずにもう一度言ってのけた。状況を鑑みてもその態度を変えない。むしろ、その視線は鹿島と大和を射抜くように鋭く、眼光だけで殺そうとしているとさえ感じた。

 そんな視線をされても、鹿島の考えは何も変わらない。目的を果たすためには、今目の前にいる2人の艦娘をどういうカタチであれ排除しなくてはならないのだ。ここまでの力を持つならば、始末するよりは引き込みたい。しかし、それを不意打ち以外でやるには骨が折れる。

 

 ならば、もう始末の方が手っ取り早いだろう。大和に全力を出させて、鎮守府を破壊してでもここで討ち倒さなければ、今後の障害になることが確定する。

 そもそも、鹿島から吹雪に要求する内容は、『こちらに従えばこれ以上の侵蝕をやめてやる』である。逆らった時点で命の保証も出来ないと天秤にかけさせ、最終的には傀儡に仕立て上げるまで考えていた。そのために大和を支配下に置いて脅しもしやすくしたのだ。

 川内は提督も始末するつもりだったようだが、鹿島はあえて生かすことでさらに上の段階に向かおうとしていたようである。

 

「こちらの答えはもちろんNoですよ。わかっているでしょう」

「はい、わかってました。一応意思を確認しておこうかなと」

 

 少しだけおちょくっているような態度を見せる吹雪。明らかに鹿島と大和のことを()()()()()()視線である。

 鹿島は苛立ちは多少あれど、それを表に出すことなく小さく溜息をついた。しかし、大和は無言を貫きつつも苛立ちを顔に出していた。

 

「でも、これは1つ聞いてほしいです。戦う場所、変えません? ここではお互いキツいでしょう。すぐそこにもう少し広いところありますし。どうせやり合うんですから、お互いのびのびと戦いましょうよ」

「それもNoですね。そのままここでやります。執務室ごと破壊してもいいと思ってますから」

 

 交渉次第では提督を生かしておきたかったが、この吹雪はそれでどうにかなる相手にも思えなくなってきていた。むしろ執務室の破壊を盾に、自分達に優位に動いた方が良さそうである。

 

「そうですか。じゃあ、あとから大塚提督に謝ることにしましょう。多少ならば壊して構わないと言ってくれましたし、私がその多少になることにしますかね」

 

 そう言った吹雪は、真正面から大和に向かっていった。別に特段速いというわけでもなく、むしろのっしのっしと()()()()()()()

 それはもう狙ってくださいと言っているようなもの。しかしながら、異様な威圧感もそこにあり、むしろこの敵前でそんなことが出来るのが意味不明だった。

 

「もしかして、相当なおバカさんなんでしょうか。大和さん、死にたいようですので、始末しちゃってください。何というか、引き込むのが勿体無いです」

 

 鹿島の言葉に小さく頷くと、容赦なく主砲を全て吹雪に向けた。

 

 しかし、撃つ暇すら与えられることは無かった。向けた時には、既に吹雪は大和に向けて砲撃を放っていたからだ。

 ここでそのまま撃った場合、まず相討ちとなる。いや、むしろ相討ちにならないかもしれないのに、自分は確実にやられる。主砲が邪魔で、この砲撃が回避不可能である。それに、ここで全力の回避をした場合、鹿島に影響がある可能性もある。

 

「っ……」

 

 それ故に、大和は防御を優先した。再び和傘を開いて模擬弾を防ぎ、すぐにそれを払った。

 

 その時には、吹雪は眼前にまで迫っていた。

 

「こんな通路で戦艦が艤装を展開して、まともに動けると思ってるんですか? 火力だけを見て大和さんを優先して支配下に置いたというのなら、軍師としても高が知れていますよ鹿島さん」

 

 そして、主砲を撃つでもなく思い切り振って大和の艤装にぶつけた瞬間、大和の身体が大きく揺さぶられ、廊下の壁に叩きつけられた。

 

「えっ……!?」

 

 それに驚いたのは、ほかでもない大和である。それをやったのは自分よりも一回りは小さく、大人と子供の差がある上に、艦種としても全てにおいてスペックが下であろう駆逐艦の吹雪。

 しかし現実として今、大和は吹雪の一撃でふらつき、結果的には吹き飛ばされた。気を抜いていたわけでは無いのに。

 

「手の内は晒しませんよ。覚えられても困るので」

 

 そこからすぐに復帰しようと吹雪の方を向いた大和は、その視界に吹雪を捉えることが出来なかった。瞬時にしゃがみ込み、その大きな艤装を支えている脚に向かって綺麗に足払いを仕掛けていた。

 見えないところからの駆逐艦とは思えないくらいの衝撃に、大和は顔を顰めながらも倒れるのまでは防ぐ。しかし、吹雪はそれだけでは終わらない。

 

「あ、そうそう、ちょっとだけ伝えておきますね。手の内は晒さないけど、私の人となりくらいは知っておいてもらってもいいので。私、司令官──大将の秘書艦なんですけど、どうして選ばれたかわかります?」

 

 クルリと回ってもう一撃。寸分違わぬ場所にローキックが決められ、1回目は耐えられても2回目は耐えられなかった。大和といえど、同じ場所に2回重めの衝撃を立て続けに受けたら、その身体は大きくグラつく。

 

「こちらの鎮守府は経験ですかね。鎮守府を長く知る者が秘書艦を務めるというのが筋でしょう。中には愛着もありますよね。別に提督と艦娘が好き合うことは悪いことでは無いです。そういう気持ちが力になるのもわかりますから。でも、うちの鎮守府は違います」

 

 グラついた大和の手を掴んだかと思いきや、その瞬間に主砲を展開。その衝撃で大和は激しい衝撃を受けて吹っ飛ばされ、壁に激突する。

 

 吹雪自身の力も駆逐艦のそれでは無いのだが、そのタネは艤装展開の精密さである。

 何も無い空間から瞬時に艤装を展開出来るのが艦娘や深海棲艦であり、それに関しては質量保存の法則などなどを完全に無視している力なのだが、そこに無いものが現れるということは、その分、()()()()()()()()()()()が生まれているということになる。展開している艦娘も深海棲艦もそんなものは感じないのだが、周りにはそういう影響があるということだ。

 吹雪はそれを使って攻撃していた。当然砲撃には使えないのだが、このような接近戦ならば無類の強さを誇る。何せ、見た目とはまるで合わない衝撃が毎度の如く喰らわされるのだから、教えてもらわなければ訳がわからない。

 尚、最初に大和が吹っ飛ばされたのも、ミートする瞬間に主砲を出し入れしたからである。それがあまりにも速かったため、大和にすら何が起きたかわからなかった。

 

「うちの鎮守府の秘書艦は、()()()()()です。司令官の脚を介護するというのもありますが、自分の力ですぐに動けない人間を護るためには、それ相応の力を持っている必要があるんですよ。それで、私はそうなってから()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 壁に激突した大和に近付いて、その胸に手を当てると、再び主砲を瞬時に展開してすぐにしまう。この衝撃で、廊下の壁にヒビが入るほどの一撃が与えられ、大和は白眼を剥きかけた。

 

 事実、吹雪は大将の鎮守府でまさに『最強』の座に君臨する者。最強の戦艦と言われている武蔵ですら、この吹雪に対しては敬意を表している程の実力者。

 かつての戦闘の際に、武蔵は自分より上がいると理解していると話していた。しかし、武蔵は最強の戦艦として名を馳せている。ならば、武蔵の言う『上』というのは誰なのか。答えは吹雪である。

 

「サラトガさんが来るまで武蔵さんを止めるのは私の仕事だったんですよね。あ、そんなこと言ってもわからないか。まぁ簡単に言えば、私、戦艦の攻撃が止められるんですよ。こういう風に」

 

 同じことをもう一度。大和の背後の壁にもう一度ヒビが走り、ついには大和が肺の中の空気を吐き出してしまう。

 そしてもう一度。3回目となれば、大和はもう耐えられなかった。それでいて内臓を傷付けないように加減をしているのだから、吹雪の実力は遥か上だった。

 

 望月が言う『一番やべぇヤツ』はここである。仲間には非常に優しく、真面目で勤勉、秘書艦として常に大将を支え続ける完璧な存在であり、敵に対しては一切の容赦なく、言い訳すらも許さない程の圧倒的な力で捩じ伏せる。

 その寒暖差があまりにも激しく、二重人格なのではと思える程であった。それを望月は『やべぇ』と称したに過ぎない。

 

「かはっ……!?」

「もう終わりましょっか」

 

 ここまで痛めつけたため、もう充分だと大和に模擬弾をぶちまける。ここまでされたら避ける余力なんて残っておらず、何も出来ずにそれを顔面に受けることとなった。

 

 ここまで、僅か数秒。大和が何も出来ずにやられていく様子を間近で見せられ続け、鹿島は何も出来なかった。ちなみに五月雨も唖然として動くことが出来なかった。

 大将の秘書艦だからと言っても、所詮は駆逐艦。艦種として戦艦にはそう簡単には届かず、大和を犠牲にしてでも始末出来ればこちらのモノとすら考えていたのに、結果はこれだ。鳴り物入りでやってきた大和が、まるで赤子のように手も足も出ず敗北を喫した。

 

「大和さん、ちょっと邪魔なので退いててくださいね。そこにいたらまた鹿島さんが泥を吐き出して無限ループとかになりかねませんから。もう痛い思いと気持ちいい思いを繰り返したくないでしょう」

 

 薬の効果が早速出そうになっている大和を蹴り飛ばす。ミートする瞬間に魚雷発射管を展開してすぐにしまったことで、大和は廊下の端にまで吹っ飛んでしまった。そんな遠くでも、薬の効果はしっかりと効いており、その快楽で悶絶を始める。

 

「えぇと、次は鹿島さんがああなりますが、ここでもう一度要求を言っておきましょうか。素直に治療されるか、そこに這いつくばって治療されるか、選んでください」

 

 にこやかに鹿島に言い放つ吹雪。その言葉に、恐怖しか感じなかった。

 

「私の答えは、Noですよ!」

 

 しかし、自分を奮い立たせて吹雪に立ち向かう。こうしている間にも増殖を終えた泥を小さく吐き、教鞭ならぬ鞭を展開し、吹雪に振るう。近接戦闘のために選んだこの武器は、今の自分には合っていると確信して使っている自信のあるモノだ。

 泥を忍ばせて振るうことで、飛沫を飛ばして相手を侵蝕する役目を持っており、口移しで侵蝕していないものは大概この鞭に打たれて泥を染み込まされ、支配下に置かれている。

 

「そうですか。わかりました」

 

 その鞭の特性を瞬時に判断した吹雪は、強烈な踏み込みと同時にバックステップし、五月雨の隣に並び立った。これで鞭の飛沫の範囲外。

 

「あーあー、床が汚れていっちゃいますね。ちゃんと掃除しないと」

 

 それでも吹雪はスタンスを一切崩さず、鹿島を見据える。

 

 

 

 

 大和は散り、第二ラウンドへ。

 

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