鹿島に侵蝕された大和は、吹雪が瞬殺。うもすもなく滅多打ちにした挙句、しっかり治療した上で戦いの邪魔にならない場所に蹴り飛ばした。
これで残るは鹿島のみ。その鹿島は、泥がまとわりついた鞭を振り回しながら近付いてくる。当たればそのまま侵蝕。当たらずともへばりつく泥が振り回されることによって飛び散り、廊下に次々と付着していくため、ただ単に真正面から向かうのはほぼ不可能。
「これはなかなか難しい状況かな」
まず吹雪が鹿島に向かって砲撃を放つ。当然薬入り模擬弾であり、当たればそのまま治療。廊下という狭い空間で放つために簡単に回避出来ないようになっているのだが、鹿島はもうそれも気にしていない。
ハッと鼻で笑ったかと思いきや、その模擬弾を鞭で払い除けてしまった。強烈な速度で振り回される鞭の前では、殆ど水鉄砲と同じ薬の弾丸は物理的な壁にぶつかるのと同じ。当然、鞭に付着している泥はその薬が駆逐していくのだが、そうなった時点で鞭から離れ、そこに鹿島がさらに泥を注ぐため、完全に互角。
「うわ、ちょっと予想外。模擬弾だから弾き飛ばせるんだ。実弾よりはどうしても軽くなっちゃうもんなぁ。それにしても、まさか鞭でガード出来るなんて思ってませんでしたよ」
「それはどうも。でも、やっぱり相性というのはあるようですね。私は貴女相手だと相性がいいようです。近付かなければさっきの力は発揮出来ないんですから、こうしておけば私の有利は変わりません」
吹雪の強さも殆ど不意打ちのようなモノである。それを大和を治療することで見せてしまっているため、近付かせないという対策を絶対に取らせることになる。
これが相手がただ砲撃するだけならば、何も考えずに吹雪は突撃していただろう。この吹雪は眼前で撃たれたとしても回避することくらい朝飯前だ。しかし、鞭という艦娘で使う者はまずいない特殊な武器で戦われているせいで、なかなかに近付けないでいた。
鞭は範囲攻撃の一種だ。砲撃のような直線的な攻撃ならば簡単に避けられても、自分の周囲を埋め尽くすような攻撃は吹雪の管轄外。いや、そんなことをされても鞭そのものを弾き飛ばすことは造作も無いのだが、今回の鞭は触れたら終わりであるために、やはり攻撃方法を考え直さなくてはならない。
「仕方ないなぁ……司令官には殺すなって言われてるけど、実弾を使うなとは言われていないもんね。両腕捥ぐくらいなら入渠でどうとでもなるし、無傷で倒そうって考えが甘すぎるかな」
吹雪はそこに一切の抵抗が無い。あんな鞭を振り回していても、実弾ならば確実に通せる。もしかしたら、あの鞭で実弾すら弾き飛ばすかも知れないが、それならそれでやり方はいくらでもあった。
大和はボコボコにしているが、傷は殆どついていない。衝撃だけでのしてしまった。だが、鹿島を無傷で終わらせる義理は無かった。
「ちょっと待って、吹雪ちゃん」
主砲に触れて模擬弾から実弾に切り替えたところで、五月雨が待ったをかける。
「私があの鞭をどうにかする。そうなれば近付けるよね」
「まぁ、そうだね。でもアレ、模擬弾とはいえ砲撃を払い除けるくらいのヤツだけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫。だから、実弾はやめてあげてほしいな」
ここで一歩前に出たのは、吹雪のサポートをするためにこの戦場に立っている五月雨。
吹雪が大和と戦っている時は、あまりにも無茶苦茶な戦いだったために何も出来なかったが、その吹雪と相性が悪い攻撃方法を使ってくる鹿島が出てきたのなら次は五月雨の番。
「吹雪さんは相当なモノであることはよく理解させてもらいました。でも、近付けさせなければこの程度です。所詮は駆逐艦、しかも模擬弾ですからね。私の鞭ならば、一度見た攻撃なら弾き落とすことくらい簡単なんですよ」
鞭を振り回しながら徐々に近付いてくる鹿島。このまま泥の範囲外に下がり続けると、最終的には執務室の扉にぶつかることになる。そうなったらもう終わりだ。否が応でも泥を浴びせかけられることになり、2人揃って鹿島の支配下に置かれる。それだけは避けなければならない。
万が一そうなってしまった場合、おそらくこのまま執務室に戻されて揃っている人間3人を始末するなり人質にして傀儡化するなりで目的達成。今までの敗北が全てチャラになるレベル。
「それなら、この辺はどうでしょう」
五月雨がその手に展開したのは、爆雷。本来潜水艦をどうにかするための武器であり、海中に投げ込むための謂わば爆弾だ。ここでそれを取り出したということは、この室内だというのにそれを投げ付けてくるということにほかならない。
だが、五月雨も吹雪と同じで模擬弾などのダメージを与えない兵装を扱っていると、鹿島は判断している。ならば、爆雷を投げつけられたところで、鞭で弾いてやればおしまい。
「それじゃあ、投げますね」
宣言までしているのは愚かすぎると内心ほくそ笑みながら、しかし慢心はせず鞭を振り回す速度をさらに上げて、
そして、それが
「せーのっ!」
思い切り振りかぶって、爆雷を投擲した瞬間、
あまりのことで鹿島も咄嗟に避けたのだが、その衝撃は凄まじく、避けた先にある廊下の壁に激突した瞬間、爆発しなかった爆雷が完全にめり込んでいた。そして、めり込んだ爆雷からは模擬弾と同じ薬がタパタパと流れ落ちている。
「……は?」
素っ頓狂な声をあげる鹿島。どう考えても、五月雨の見た目から放たれる投擲では無かった。
「じゃあ、次行きますね」
「ちょっ」
五月雨の第二投。同じように振りかぶって、全力で投げつける。第一投と変わらない勢いを誇る爆雷は、振り回される鞭をモノともせず、それを突き抜ける勢いで鹿島に向かう。
そうなってしまうと鞭なんて振り回している余裕が無い。当たればダメージを入れられつつ、薬が破裂して治療完了。むしろ、そのダメージも相当なモノになることが見てわかるほどである。
五月雨も堀内提督の秘書艦。それを務めていられるのは、勿論経験もあるのだが、駆逐艦としての強さもある。この爆雷の投擲能力は、別に隠していたわけでもなかった。
五月雨が若干地味になってしまうのは、姉妹が全員キャラが立ちすぎだからである。五月雨は基本、姉や妹を引き立てるような動きを優先するサポート役を買って出るのみ。だから、そもそも力をそこまで発揮しない。
だが、出してみたらコレである。実際これだけやれても、生前の白露達上4人の姉達と同じか少し劣る程度というのだから凄まじい。
「どんどん行きますよ。頑張って避けてくださいね」
しっかりと宣言して、次々と爆雷を投げていく。一投一投が毎回渾身の投擲なのだが、その隙を全て帳消しにするレベルの威力であるため、鹿島は完全に防戦一方となる。
この五月雨の力の正体は、艤装のパワーアシストを全て腕に集中させるという細やかなコントロールを
本来、艤装のアシストを全身に満遍なく行き渡らせることによって海上で戦える。脚に回して高速航行を、腕に回して砲撃を放ってもブレずに、身体に回して体幹を強化し、その全てが噛み合うことで艦娘という存在が海上で成立する。
しかし、今は陸の上だ。脚と身体に回す分は無くてもどうとでもなる。それを
五月雨も白露型。狂犬揃いの姉妹の中の1人。例に漏れず、五月雨も戦闘センスは抜群である。周りが凄まじいだけで目立たないだけ。
「あ、廊下が壊れちゃった……良かったのかな」
「大丈夫大丈夫。多少壊してもいいってここの持ち主が言ってたから、やっちゃえやっちゃえ」
「吹雪ちゃん……意外と軽いね。夕立姉さん見てるみたい」
「軽いってのは五月雨ちゃんに言われたくないかなぁ」
2人は和やかな会話になっているが、喰らっている鹿島は必死そのもの。当たれば終わりなのは模擬弾と同じなのだが、そのサイズが違う。廊下の壁にめり込むレベルの勢いで飛んでくる爆雷なんて、見て覚えたとしても簡単には回避が出来ない。だからといって弾き飛ばすことも出来ない質量であるため、鞭なんて振り回す余裕が無くなる。
「この、なんてインチキな……!」
鞭ではどうにもならないと判断したか、一度鞭を消して鹿島も主砲を展開。投擲の瞬間は隙だらけになるのは見ていてわかるため、投げる直前に合わせて撃てば、投げられる前に始末出来る。
そう考えて正しいのは、五月雨と1対1で戦っているならばだ。ここにはもう1人、五月雨よりもとんでもない艦娘がいる。
「やっと鞭をしまってくれましたね」
主砲を構えたその時、吹雪が鹿島の真正面に立っていた。五月雨の横の床には抉れた跡があり、隙が見えたと思った時には吹雪はもう動いていたようだった。
まずいと思った時にはもう遅い。吹雪がその主砲を軽くノックした瞬間、見た目とは一切噛み合わない衝撃と共に主砲が吹っ飛ばされる。まともに握っていることが出来ず、手が痺れる程。
「くっ……!?」
「私1人だったら、鹿島さんには苦戦していたでしょう。五月雨ちゃん1人だったら、大和さんが厳しかったかもしれません。無傷で終わらせるっていうのはそれだけ難しいんですよね」
流れで鹿島の脇腹を蹴る。ミートした瞬間にまた魚雷発射管を一瞬展開したことで、鹿島の華奢な身体が壁に吹っ飛ばされ激突。泥を吐き出す余裕すら与えられず、痛みやら何やらで思考がグチャグチャにされる。
「本当は両腕両脚を捥ぐくらいでも良かったんですけど、そこまでしたらトラウマとか残っちゃいますよね。あくまでも鹿島さんは敵の術中に陥って侵蝕されているだけですもん。治療したらまともな鹿島さんに戻ってくれることはわかっています」
そして、間髪容れずに吹雪が主砲を放った。一度実弾に変更していたが、五月雨の爆雷投擲の間に模擬弾に戻していたため、しっかりと薬が鹿島に命中。念のためと3発くらい撃っておいた。服にも染み込んでいるようなので、その辺りもしっかり綺麗にしてやるために。
「これでおしまい、かな」
悶絶する鹿島を放っておいて、泥感知の眼鏡で周囲を見回す。今まであった工廠の反応も失われ、他のところで増殖を繰り返していた反応も次々と減っていき、あと少しで全て駆逐出来るところまで来ている。そちらの方は任せれば何とかなるだろう。
「床に散らばった泥にも薬かけておいたから、ビショビショだけど安全になってると思うよ」
「だね。お疲れ様」
鞭を振り回したことでばら撒かれた少量の泥も対処完了。当然吹雪からも五月雨からも泥の反応はないため、本格的に戦闘終了となっただろう。
「終わりました。侵蝕された艦娘、全員治療完了です」
そのまま執務室に戻り、現状を報告する。結局鹿島は廊下に放置するということになってしまっているが、今の状態をわざわざ連れてくることもないだろう。あまりにも見せられない姿をしているのだから。
「お疲れ様、吹雪。殺さずに出来た?」
「勿論。少し危なかったですけど、五月雨ちゃんのおかげで全員無傷で終わりました」
無傷とは思えない音が何度も聞こえたものだが、当人が無傷であると言うのだからそうなのだろうと納得する提督達。
あとは先に出て行った部隊が戻ってくれば、この戦いは終わりである。いや、その後に薬でどこもかしこもビショビショになっている鎮守府の大掃除が残っている。とはいえ、これで脅威が去ったのは間違いない。