空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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この鎮守府のやり方

「知ってると思うけど、こっちは終わったよー」

「一通り鎮守府の中全部回ったから、安心してくれい」

 

 執務室に戻ってきたのは、望月と涼風。眼鏡によって泥の反応が失われたことがわかったため、電と夕雲と一旦別れて先に戻ってきたという。

 別れた2人は、戻りつつも治療されて悶絶している仲間達の介抱をしつつ、運良く侵蝕されなかった仲間達に事情を説明している。幸いにも実際に侵蝕されていた夕雲が説明出来たため、治療されている側も侵蝕されていない側もすぐに納得だけはして、テキパキと介抱を始めていた。

 

「工廠、終わったぜ。明石さンに任せてきちまったけど大丈夫だよな」

「ああ、明石が最初から正気であることが保証されているなら、任せるのが正解だ。ちなみに、誰だったか教えてほしい」

「川内長波ペア。私と江風でちゃんと治療したから安心してね」

 

 ほぼ同じタイミングで江風と島風も帰投。ここに来るまでに薬の効果でビクンビクン震えている大和と鹿島を見てきたため、執務室に向かった反応がその2人であると理解した上で、しっかり処理されていることがわかり、少し安心。

 

「そこでやったのは鹿島さんと大和さんです。大和さんは鹿島さんが侵蝕したと、本人の口から聞いています」

「あたしらが向こうで鹿島にやられたっつってたのは夕雲だね。これで最初に見た6人かな」

「そうか……わかった。我が鎮守府の艦娘を救ってくれて感謝する。君達がいなければ、俺の知らぬ内に全員が黒幕の手の内に堕ちていただろう」

 

 戻ってきた艦娘達に頭を下げる大塚提督。艦娘は兵器であるという考えではあるが、救われたのは事実だ。そこに感謝の意を見せることには抵抗は無い。

 

「それじゃあ貴女達はそのまま鎮守府の掃除を手伝ってあげてちょうだい。あの薬入りの模擬弾でそこら中が水浸しになってしまっているでしょう?」

「え、めんど」

「望月」

 

 面倒臭いと言い切る前に、大将が笑顔で見つめる。睨まれるよりも恐怖を感じる表情に、見せつけるように大きな溜息を吐いた。

 

「へーい。やりますよやりますよ。婆ちゃんいつも言ってるもんなぁ、片付けまで終わらせて初めて作戦終了ってさ」

「よくわかっていて何よりよ。島風もいいかしら」

「おうっ! 工廠ベチャベチャにしちゃったから、片付けてくるね。江風も一緒に!」

「うぇっ!? あー、まぁ水溜まりに飛び込ませるなんて作戦やっちまったもンなぁ。あれは江風が片付けなくちゃいけないよなぁ」

 

 鎮守府内でも工廠は特に酷いことになっているのは、そこで戦闘をした2人がよくわかっていた。室内なのにもかかわらず、まるで通り雨が通ったかの如く床は濡れ、モップか何かで対処しないと誰かが足を滑らせる可能性がある。例えば、五月雨とか。

 

「あ、廊下も酷いことになってしまって……」

「アレだけの音がしていたからね。五月雨、全力で何かしたのかい?」

「はい……爆雷を投げたので、壁を破壊してしまいました……はい」

 

 廊下を一部破壊してしまったことでシュンとしてしまう五月雨だったが、大塚提督がやっていいと言ったのだから問題ないとフォロー。効率を考えたらそうせざるを得なかったのだろうし、鎮守府が倒壊するような激しい戦闘をしたわけでもないのだから何も問題ない。

 そもそもその程度の破壊ならば、妖精さんの力があればすぐに復旧出来る。その辺りは、執務室が破壊された堀内鎮守府でも見ているので、そうですねと一応立ち直った。

 

「そんじゃあ、あたいも掃除に行ってくっかね。結構いろんなところ濡らしちまったし」

「私も、私も行くわ。もう身体は大丈夫だから、それくらいお手伝いさせて」

 

 ここで手を挙げたのは、最初に治療されてから執務室で待機していた雷。治療された直後は酷く落ち込んでいたものの、今はようやく調子を取り戻し、薬の効果のフラつきもどうにか治まっていた。

 やらされていたこと、先程まで持たされていた思考が、外から植え付けられたものであるとしっかり理解したことで、立ち直ることは出来ていた。感情を抑えるのは難しい状況にあるのだが、それに近しいことは出来ているおかげで長く落ち込むことは無い。今やれることをやろうと気持ちを入れ替えることは、この鎮守府に所属している者ならば造作もないことだった。

 

「雷、ついでと言ってはなんだが、電に執務室に戻るように言ってきてもらえないか。秘書艦として、この場にいてもらいたい」

「わかったわ。見つけ次第、ここに来るように言っておく」

 

 ここからは提督同士の対談だ。そこには1人、秘書艦を隣に置いておく必要がある。艦娘代表として、責任を持って話を聞く役は常に秘書艦だ。

 

「んじゃあ、ひとまずみんなで散らばって鎮守府の中を掃除してくるよ」

「提督達は本題やっちゃってくれよな。姉姫さン達も待ちくたびれてると思うぜ」

 

 今まで外で鎮守府内の泥を処理していた面々がまた執務室から出て行く。ここからは鎮守府の掃除。戦闘後の片付けに奔走することとなった。

 

 執務室に残った者は、本題へと入る。とはいえ、当初考えていたことは、明石が開発した泥の対策を使用して、近くに泥の反応があるかの調査や設置されているかもしれない泥の排除が目的だった。それはもう、鹿島を筆頭とした侵蝕された艦娘を見事に治療出来たことで運用が何も問題ないことを知らしめることが出来た。

 そのため、今回の本題は施設との対談。事前に施設側に話していたことでもあり、秘密を共有している大塚鎮守府にも、施設の善良な穏健派深海棲艦のことを知ってもらうという機会とする。

 

「電が戻ってくるまで、少し待ってもらえますか」

「ええ、ならそれまでに、鹿島のことをどうにかしましょうか。吹雪、そろそろ薬の効果も終わっているでしょうし、ここに連れてきてもらえる?」

「はい、引きずってでも」

「多少は気を遣ってあげてもいいわ」

 

 その鹿島はまだ執務室前の廊下に放置中。そろそろ薬の効果による激しい反応は終わっており、侵蝕も治療されている頃だろう。だが、身体はまだガタガタで、自分の力で歩くことも出来ないことの方が多い。雷のような見た目だけでいえば未熟な身体で、回復がついさっきまでかかっていたくらいだが、鹿島はその辺りは早めであろう。

 

 鹿島を執務室の中に入れるため吹雪が外に出ると、そこには蹲る鹿島の姿が。予想通り治療は終わり、正気を取り戻してはいるものの、今までの行いを省みてしまったせいで強いショックを受けてしまっていた。

 

「鹿島さん、大丈夫ですか?」

 

 吹雪が近付くと、酷く怯えた表情で吹雪をチラリと見る。侵蝕されていた時に圧倒的な力を見せつけられたことに対する怯えでは無く、今までの()()()()に対しての周囲の視線に怯えているような、そんな表情。

 鹿島発端の5人は、鞭による侵蝕ではなく、泥をモロに口移しで注ぎ込まれている。いわば、5人の()()()()()()()()()()と考えてしまった。自分のせいで()()()()()()()とさえ思っている。

 

「えーっと、鹿島さん?」

 

 吹雪が改めて声をかけると、鹿島はヒッと小さく声を上げた。先程までの自信過剰な態度は嘘のように失われており、あれ自体が泥のせいで作られていた性格であったことを理解させられる。

 

 本来の鹿島は、とても仲間思いで心優しい、それこそ生徒を見守る教師のような性格である。練習巡洋艦という特殊な艦種であるために、そうなりやすいという傾向があるようだが、鹿島もしっかりとそれに準じていた。だからこそ、新人教育や駆逐艦達のために教鞭を執るような先導者となっている。鹿島もそれを本職であると誇りを持って続けていた。

 それが、泥のせいとはいえ、他者を陥れ、操を奪い、自分が上へと君臨することに快感を覚えるような女王様気質にされていた。鹿島はそれが自分の本性なのでは無いかと思い込み、そんな自分を奇異の目で見られることが嫌で嫌で仕方なかった。

 

「鹿島さん、自分でもわかってると思いますけど、今までのはやらされてきたことですからね。全部作られたモノで、鹿島さんとは全く関係ないモノですからね」

「……でも、やったのは私です。皆さんの、皆さんの貞操を奪い、思うがままに操るだなんて……私は艦娘失格です……」

「いや、だからそれが全部作られた思考なんですって。そう思うように泥が作用してるんですよ。思ってもないことを勝手に考えるようにされて、それが正しいとも思い込んでしまう。だから、全部偽物の感情ですからね。鹿島さんがそんなこと考えるわけないでしょ」

 

 吹雪がどれだけ話しても、鹿島は自分の思い込みに囚われてしまっている。もうダメだ、おしまいだと頭を抱え、生きている価値すらないとまで呟き始める始末。

 このまま放置するわけにもいかなくなったと、艤装のパワーアシストも使って強引に抱き上げ、執務室へと運んだ。

 

「ちょっとまずい状態なので、強引に連れてきました。あとはお任せします」

 

 大塚提督の前に投げ出された鹿島は、より怯えた表情になる。そんな鹿島を見て、大塚提督は小さく溜息を吐いた。

 

「鹿島、お前は俺のことをどう思っているのか知らないが、この程度でお前を捨てるとかそういうことはないぞ」

 

 その考えを読むかのように言葉を紡ぐ。

 

「今までの行動がお前の意思でないことくらい、俺だって理解している」

「ですが……」

「敵に利用されたことが、俺の部下でなくなる理由にはならない。なら何か、お前は自分の意思で泥に呑み込まれに行ったのか。違うだろう。そうだったとしたら俺は容赦なく切り捨てるが、俺の部下はそんな選択をしない」

 

 淡々と、説教するわけではなく意思の確認をするように問いかける大塚提督。思いやりがあるわけでもなく、だからと言って距離を取っているわけでもない。程よい距離感を保ちつつ、端的に合理的に物事を進めようと続ける。

 

「アレは誰にも回避出来ない、敵の未知の手段だ。避けられないものを避けられなかったお前に何か罪があるのか。あるわけないだろう。むしろ艦娘には罪というものが適用されない。罰を与えるのは、その所有者である俺だ。俺がお前に何もしないと言っているのだから、お前は何も気にする必要はない」

 

 大塚提督は、艦娘はあくまでも意思を持つ兵器であるという考えを崩さない。だが、その考えが逆にいい方向に向かう時がある。それがちょうど今であろう。

 艦娘は人間であるという考えであると、ここで慰めるなどをした場合、提督にそんなことをさせてしまった自分は……と余計に思い詰めてしまう可能性があった。鹿島のような性格の者ならば、そうなる確率は非常に高い。

 しかし、そう思わせることもなく淡々と機械的に扱い、必要以上に罪悪感を刺激しないからこそ、思い詰めることなく次へと進むことが出来る。自分は兵器であり、使われ方次第では善にも悪にもなると自覚して、この提督に使われているから善に傾いているのだと理解しているのだから。

 

「お前が陥れてしまった者達も、同じように話しておく。その上で謝罪をしたいのならすればいい。だが、遺恨は残すな。今まで通りにしていれば、残しようがないと思うがな」

 

 鹿島としても、こう言ってもらえたことが救いではあった。

 

「鹿島、今すぐでなくてもいい。お前がそうされた時の状況を教えてくれ。そこからその海域の調査をする必要がある。その調査は、お前が旗艦となって進めればいい」

 

 そしてこの指示である。見捨てておらず、頼っていると示すことによって、鹿島の心はより良い方向へと向かっていくだろう。

 

 

 

 

 艦娘を兵器として扱う方針がうまく作用しているところを見て、堀内提督はそれはそれで感心していた。こういうやり方もあるのかと、学びが進む。

 しかし、自分の鎮守府ではこの手段は使えないなとも思った。こんなことをいきなりしようものなら、感情が溢れて繭になってしまうかもしれない。

 




実は鹿島深海棲艦化ルートも考えていましたが、収拾がつかなくなると思いやめました。ただでさえこの鎮守府は古鷹が深海棲艦化しているので、これ以上増やしてもね。
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