鎮守府からの部隊が陣地に到着し、交流の後に対話が始まる。本来話をしたいであろう鎮守府の提督は、秘書艦五月雨の持つタブレットからビデオ通話によって参加することとなった。
『こういう形での顔合わせで申し訳ない。僕はこの子達の……そして、君達に保護をしてもらった春雨の所属していた鎮守府を治める提督だ。このような場を設けてもらい、心より感謝する』
「ご丁寧にどうも。私がこの施設を管理している者よぉ。そちらが言う名前という概念は持っていないから、みんなからは姉姫と呼ばれているわぁ」
そしてこちらが妹姫と、飛行場姫を指差す。飛行場姫は若干警戒しつつも、小さく手を振って無害をアピール。
『聞きたいことは沢山あるのだが、その前に1つだけいいだろうか』
「春雨ちゃんのことねぇ。勿論、ちゃんと動いているところを見たいわよねぇ。春雨ちゃん、元気な姿を見せてあげて」
中間棲姫に手招きされ、春雨もおずおず画角に入る。こんな姿になってしまいましたと言わんばかりに苦笑しながらも、タブレット越しの提督の顔を見たことで感極まりそうになった。
春雨だって鎮守府の一員。それを統括する提督には少なからず尊敬の念は持っていた。上司と部下という関係だけでなく、兄妹や親子という感情を持つ者だっている。春雨も恋愛ではなく親愛として、提督のことは大切な存在であると考えていた。
故に、こういう形でも再会出来たことを心の底から喜び、まだ自分のことを大切に思っていてくれていることもわかってさらに喜ぶ。
「司令官……春雨、生存しました。また話すことが出来て嬉しいです」
『僕もだよ春雨。よく生き残っていてくれた』
「はい……ありがとうございます」
ここで春雨は、意を決して
「姉さん達は……全滅です。私の前で……はい。見たことのない……深海棲艦でした……」
ギリギリのところで、提督に対してその結果を告げることが出来た。今の春雨にはこれが精一杯。
「春雨ちゃん、無理はしないようにねぇ。えぇと、提督くん、聞いているかもしれないけれど、春雨ちゃんは精神的に大分不安定なのよぉ。だから」
『春雨のことは聞いている。無理はさせないようにしてあげてほしい。どのような姿でも、その子は私の部下であり、仲間である艦娘なんだ』
「ええ、それは保証するわぁ。この子に無理は絶対にさせないから安心してちょうだいねぇ」
深呼吸で落ち着こうとしている春雨に対して、提督の気遣う声。中間棲姫としても、その言葉から提督のことは信用に値する人間であると理解した。
「リシュリューちゃん、春雨ちゃんのことをお願いしていいかしらぁ」
「Oui」
今の一言だけでも発作が起こりかけているため、春雨はリシュリューに抱かれて画面外へ退場。
心が壊れているということだけはしっかり聞いていたが、実際にそれを目の当たりにすると言葉を失ってしまう。その時のことを少し話しただけでコレだ。トラウマになっているのはわかるが、ここまでとは思っていなかったようである。
「さて、と。じゃあ、提督くん。私に聞きたいことというのは何かしら。それはもう沢山あるでしょうけどねぇ」
『なら、まずは艦娘が深海棲艦になってしまう仕組みからお願いしたい』
心が壊れ、感情が溢れ出した結果、黒い繭に包まれて深海棲艦と化す。それはどんな艦娘にも起こり得る脅威である。これについて知っておけば、事前に対策が出来るため、部下思いの提督としてはいの一番に聞いておきたいことだった。
『深海棲艦が艦娘に戻ることは』
「出来るのかもしれないけど、その方法は私にはわからないわねぇ。少なくとも、壊れた心が元に戻ることはないもの。割れたお皿が割れる前に戻るかしら。直したとしても、継ぎ目は残ったままになるわよね」
一度深海棲艦化してしまった艦娘は、もう艦娘に戻ることは出来ない。これに関しては、ほぼ間違いなかった。
中間棲姫が言う通り、深海棲艦化のきっかけとなる精神的な状態は、一度そうなってしまったらまず治らない。この施設の古参勢、例えばジェーナスは、もうここに月ではなく年で滞在しているが、自己嫌悪は未だに治療不可能。先日も発作の連鎖があった程なので、どれだけ癒されても治らないことは実証済み。
理論上、心が壊れたら深海棲艦化するというのなら、その傷が治れば艦娘になれるのかもしれない。しかし、心の傷がそのままなのだから、艦娘に戻ることは出来ない。つまり、この変化は不可逆である。
『なるほど……心は艦娘のままだと言っていたね』
「ええ。それは春雨ちゃんがたった今証明してくれたわぁ。ここでの処置……簡単に言うと、壊れた理性の壁の再生成で、艦娘の心、考え方までは壊れないように出来るの。ここにいる子達は全員、その処置をしているのよぉ」
ただし、それは繭から孵った直後にしか出来ないということも付け加えられた。繭がその場にある時にのみ可能ということになる。
『君の下に繭の状態で辿り着くことが出来れば、孵った直後にその処置を施して艦娘としての心を失わずに深海棲艦になれる、ということでいいかな』
「そういうことねぇ。方法さえ知っていれば、私じゃなくても処置は出来るわぁ。念のため後から教えるわねぇ」
『ありがたい、是非とも聞かせてほしい。そして、黒い繭となる条件は、何かしらのトラウマにより心が壊れた時、精神的な問題点によって艦娘が深海棲艦化する……。ならば、艦娘と深海棲艦は
艦娘もその生態が完全に解明されていない存在だ。深海棲艦と同じくして現れ、侵略を阻むように人類に味方をしてくれた救世主のようなモノであり、姿形は人類と同じだが、艤装を構築して戦い、修復材で傷を治すことが出来るなど、明確に人類とは違う部分がある。
それ故に、深海棲艦化も艦娘の特性と言われれば、納得出来ないわけではなかった。今まで戦ってきた深海棲艦も、実は壊れた艦娘だったという可能性だって充分あり得る話だ。
そういう意味では、艦娘も深海棲艦も根源は同じ海の者なわけで、性質が違うだけの同一存在と言い切ってもいいのかもしれない。
そんな話、大本営はおろか、艦娘や深海棲艦の研究をしている部門でも上がったことのないことだった。長い年月をかけても、謎が謎を呼び続けているくらいなのだ。
もしかしたら公表されていないだけで、そこまで辿り着いている可能性はあるのだが、こんなことを言われたらいい方向には向かわないかもしれないため、わざと秘匿事項としているというのも考えられるが。
「私は、艦娘も深海棲艦も同じものとして括ってるのよねぇ。だって、同じ母なる海から生まれたもの同士なんだもの。いがみ合う必要は無いし、なんなら手を取り合うべきだと思うのよぉ」
『そういった考えを持つ深海棲艦が多ければいいのだが』
「そうなのよねぇ。私達の
勿論、私達にはそんな気持ちは微塵もないとすぐに付け加えた。そうじゃなければ、こんなことをせずに他の深海棲艦と同様侵略を始めてしまっているだろうとも。
この優しい姉妹姫のことしか知らない元艦娘達は、中間棲姫の言葉を聞き、そんなこと言うのはやめてくれと詰め寄るかのように群がる。対談の場だというのに、そんなことお構いなしだ。
「ごめんなさいねぇ。今のはちょっと私の失言。本当に侵略とかそういう気持ちは無いから安心してちょうだいねぇ。そんな危ないことするくらいなら、ここでみんなと一緒にお野菜育てながらゆっくりマイペースに過ごしていた方が楽しいもの」
「ホントよ。誰が好き好んでヒトにちょっかいかけないといけないのよ。侵略しようなんて気持ち、生まれてこの方、微塵も感じたことないわ」
嘘をついている素振りもなく、この2人は本当に侵略者とは別物の存在であると改めて理解させられる。
「とまぁ、アタシ達はこういう存在なのよ。多分
「深海棲艦も一枚岩じゃないってことねぇ」
『……そういうことにしておこう。ここは冷静に聞いても理解が難しいところだ』
人間にも艦娘にも善人と悪人がいるように、深海棲艦もそうなのだということで納得することにした提督。同じ知的生命体なのだから、同じように思考回路が複雑であるのは当然のこと。深海棲艦だけが全員悪虐非道というわけではないのだ。
中間棲姫としても、そうやって対等の存在として認識してもらえることが一番自分達のためになると考えていた。自分達がどういう存在であるか、なんて哲学的すぎて辿り着けないものだが、ただ単純に、『ヒトは皆同じである』ということだけ知ってくれればいいと。
『ならば、君達と同じような考えを持つ深海棲艦というのは他にもいるのかい』
「ええ、いるわぁ。会ったこともある。彼女達のことを考えて素性は隠しておくけれど」
春雨がここに所属するようになってからは顔を見せていないが、他にも同じ考え方の深海棲艦はいるし、この施設に客として訪れたこともあるとのこと。
何処にいる何者かというのは本人のために言わないものの、他にもいるということを示唆する発言。ここで例の老舗百貨店へ買い物に行く深海棲艦の噂に提督も辿り着いた。にわかに信じられないが、このような深海棲艦がいるのなら、そんな深海棲艦がいてもおかしくないだろうと考える。
なるべくバレないように人間と同じような姿に
「だから、そういう子達を見ても、そっとしておいてあげてほしいの。貴方達の社会に溶け込んで、迷惑をかけないように楽しもうとしているのだから。好意的になれとは言わない。ただ、不可侵でいてほしいだけなのよ」
少しだけ悲しそうな瞳で、提督に訴えかけるように伝えた。過去に何かあったかのような振る舞いだが、それについては聞くことが出来なかった。
この訴えに対し、提督は少しだけ考える素振りをする。この要求を呑むことでの利点は、余計な戦いが起きなくなること。延いては、艦娘達がより傷付かずに済むことに繋がる。
それがどれだけいいことなのかは、痛いほど理解していた。失ったことで、戦いをなるべく避けたいという気持ちも生まれていた。
そのため、この中間棲姫の言葉への回答はすぐに決まった。
『了解した。僕の独断となってしまうが、少なくとも僕の鎮守府では、戦う意思のない深海棲艦はこちらから干渉しないこととする。あちらから干渉してこないのなら、だが』
「ええ、それでいいわぁ。私達は、余計な争いが起きることが一番嫌なの。だから、滅多なことではわざわざ貴方達のようなヒトに近付いたり話しかけたりなんてしないわぁ。万が一があるかもしれないけれど、その時はお互い知らないフリをしてちょうだい」
これは、この施設の資源を手に入れてくれているリシュリューとコマンダン・テストを護るための要求でもあった。今のところはバレる節はないようだが、万が一がある。
「こちらばかり要求するのもどうかと思うから、私達の知ることは全て話すし、一切の嘘をつかないことを約束するわぁ」
「アタシ達、嘘がつけないもの。今言ってることは全部真実だと考えてくれていいわ」
「あ、でもあんまり踏み込んだことを聞かれても、答えづらいこともあるからお願いね。さっきの別の
画面越しではあるものの、この2人が全く嘘をついていないということはヒシヒシと感じていた。ある程度隠すことはしても、話す言葉は全て嘘偽りのないものだ。信用を勝ち取るためではなく、今までそうやって生きてきたからこそ。
『ならば……1つ気になっていたことがある』
「何かしらぁ」
『君達はその知識をどう手に入れたんだい。この画面越しに見ても、君達の文化は人間のそれに近い、いや、そのものだ。元艦娘の仲間達から聞くだけでここまでのものは出来ないだろう』
施設の在り方から、畑や漁などの生活基盤、お茶会を開くなどの文化的な娯楽など、深海棲艦のみならず、艦娘ですら独自でそこに辿り着くのは難しそうなことを、この姉妹姫はやってのけている。
この提督は、生まれてすぐにこれだけのことが出来たとは考えていない。侵略の意思が無いからといって、人間の叡智をこれほどまでに使いこなせるのは、流石に無理がある。
それ故に、これを
「提督くん、鋭いわねぇ。貴方、結構やり手とか言われてないかしらぁ」
『……いや、そんなことはない。僕も必死なんだよ』
「まぁでも、そこまで細かいことは話せないわよね。アタシ達も、
突然出てきた3人目の存在。中間棲姫も飛行場姫も、知識は最初から持っていたわけではなく、聞いたことによってそれを実行したのだと話す。
「私達に人間の文化を教えてくれたヒトはいるわぁ。その人は生まれたばかりの私にこういう知識を授けてくれたのぉ」
『……君の原点と言える者なのかい』
「ええ、
ここでまた気になるワード。
『空っぽだった……とはどういうことだい?』
「ああ、そういえばそういうことも話してなかったわねぇ。これはここの子達にも話してなかったわぁ。いい機会だし、みんなにも聞いてもらいましょうか」
少し過去を懐かしむような表情の後、たった一言、自分の素性を話した。
「私、なんの記憶も持たずに生まれた深海棲艦なのよぉ。身体だけある空っぽの存在、それが私なのよねぇ」
ようやくタイトル回収。