大塚鎮守府での通信による対談を終えた施設。タブレットを定位置に置いた後、ふぅと中間棲姫は大きく息を吐いた。飛行場姫も精神的に疲れたようで、すぐにお茶を淹れる。
堀内提督や大将とは何度も話しているので気心がしれているが、大塚提督は今日初めて顔を合わせる存在。そこに所属している艦娘と会ってるわけでもないため、人間性を事前に知ることは出来なかった。強いて言うなら、事前に大将に聞いていたことくらい。
結果的に、堀内提督と同様であると判断出来る要素はいくつもあり、あちら程では無いにしろ、信用に値する人物であることは理解出来た。
「お疲れ様、お姉」
「妹ちゃんもお疲れ様ぁ。お茶、ありがたくいただくわぁ」
飛行場姫が紅茶を持って改めて隣に座る。中間棲姫もそれに口をつけて、ようやく落ち着けたという感じに。
「眼鏡くんも提督くんと同じように、平和のために頑張ってる子であることはよくわかったわぁ。方針は違っても、目指してるところは同じってねぇ」
「そうね。少しお堅い感じはしたけどね」
「そこが彼のいいところでもあるんじゃないかしらねぇ。艦娘ちゃん達ともあの態度で真摯に接しているから、提督くんとは違ったカタチで良い仲だと思うわぁ」
鎮守府の在り方はそこそれぞれ。大塚提督のやり方で何も問題が起きておらず、むしろ隣にいた電や鹿島が提督のことを嫌っているような素振りを見せていないのだから、そこのやり方はそれで正しいのだ。
もしそれで問題があったとしても、施設側から何か言えることなんて何もない。人間を咎めるのは人間の仕事。そこに大将もいたのだから、何か問題があればちゃんと言葉にしているはずだ。
「そういえば、アタシからもお姉に言っておかなくちゃいけないことがあるわ」
「あら、何かしらぁ」
「大将が言ってたこと、アタシからもね。もう『私の中身が』って言うのやめてちょうだい。お姉と黒幕は別モノなんだから」
飛行場姫からもここは念を押す。いろいろな場所で迷惑をかけ続けている事件の黒幕、最悪の姫の中身は、器たる中間棲姫とはもう関係ない全くの別モノなのだと、飛行場姫は訴えた。
「確かに元は1つの存在かもしれないけど、あっちは器を勝手に捨てて出て行ったんだもの。お姉はいわば
「そうねぇ……そうしたいのは山々だけれど、どうしてもねぇ」
「それがお姉の優しさなんだと思うけれど、あんまり続くようなら、アタシも本気で怒るわよ」
姉のために、妹は真剣そのもの。今でこそ忠告で済んでいるが、限度を超えたらいくら姉であろうとも説教だと、しっかり突き付けた。そうされたことで、中間棲姫もタジタジである。
「わかったわぁ。なるべく考えないように」
「なるべくじゃない。未来永劫ずっと考えないように。むしろお姉は怒り狂っても許されるんだから」
「怒るだなんて、私にはとても……」
これは性格上無理な話。内面で沸々と煮え滾るものはあるかもしれないが、それを表に出すことはまず無い。それに、中間棲姫自身が、その怒りに気付けない程におっとりしているのだから仕方ない。
「まぁお姉に怒れってのが間違ってるかもしれない。だったらアタシがその分腹を立ててあげるから」
「妹ちゃん……」
「でもね、自分のことのように思うのはダメよ。いい?」
まるでこの時だけは姉妹が逆になってしまっているような問答。だが、こう言ってくれる相手は限られているので、中間棲姫は微笑みながら首を縦に振った。
「質問」
そんな問答をしている間にダイニングに入ってきていたのか、潜水艦姉妹が間近に立っていた。なんでも、事前に依頼を受けていた施設の庭掃除が終わったことを報告しに来たようである。質問をしているのは姉の方。
ちなみにここにジェーナスとミシェルを置いたことで、古鷹が
「何かしらぁ?」
「姉妹というのは、そのように接するものなのか知りたい」
妹の方も無言で頷く。
あまりにも多種多様な魂が混じり合いすぎて、自己認識すらも出来なくなって壊れた潜水艦姉妹。姉妹というのも、同じ境遇で似たような存在にされているため、名義上そう呼んでいるだけ。実際は姉妹でも何でもないだろうし、そもそもこの2人は
「そうねぇ……私としては、姉妹というのはお互いに助け合っていくモノだと思っているわぁ」
「仲間との違いは」
「難しいことを聞くわねぇ……確かに近しいかもしれないけれど、私は妹ちゃんのことがとっても大事よぉ。順位付けをするわけじゃないけど、この施設のみんなを思い浮かべる時、一番初めに出てくるのが妹ちゃんの顔だもの」
飛行場姫も自分も同じだと説明するものの、潜水艦姉妹は2人揃って首を傾げるだけに終わった。
依頼によって物事をこなし、自分の考えというものを基本的に持ち合わせていない2人にとって、生きていくために、依頼を達成するために必要ではない情報は、ほぼ全てシャットアウトされているようだった。違うベクトルのミシェルのようなもの。
「貴女達にとって、一番大切なモノは何かしら?」
「依頼を達成すること」
この考え方はあまりにも深く刻まれてしまっているため取れないようである。刻まれているというよりは、壊れた心に染み込んでしまっているために、それが生きていくための根幹となっていると言った方が正しいかもしれない。
「聞き方を変えましょうか、一番大切な
ここで思考停止。だが、最初に思い浮かんだ顔は。
「そうなるわよね」
潜水艦姉妹がお互いの顔を見合わせたのを見て、何処か安心したような表情を浮かべる飛行場姫。
潜水艦姉妹として成立してから、おそらくお互いが最も身近な存在であり、いの一番に思い浮かぶであろう顔になっているはずである。この施設に所属するようになってからは、常に2人1組で活動しているくらいだ。食べるときも寝るときも常に一緒。
「じゃあ、そのヒトがもし自分の前で倒れたとしたら、どう思う?」
ほんの一瞬ではあるが、姉妹の表情が強張った。
「そういうことよぉ。仲間が辛い思いをするのは嫌だけれど、姉妹は特に嫌だと思わないかしらぁ」
「……まだ、よくわからない」
「わからない……」
こう言っているものの、その片鱗を掴み始めているのは確かだ。心を壊したことで失われた感情を、こういうカタチで取り戻すことが出来そうである。
「気になるのなら、他の子にも聞いてくればいいわぁ。幸い、この施設には姉妹も増えたしねぇ」
「そういえばそうね。最初は松と竹しかいなかったけど」
今の施設には、松竹姉妹の他にも、白露春雨海風の白露型姉妹と叢雲薄雲の吹雪型姉妹が所属している。鎮守府の方まで手を伸ばせば、金剛比叡姉妹や千歳千代田姉妹、あとは白露型姉妹がさらにいる。
最初のことを考えると、潜水艦姉妹が話を聞ける相手は格段に増えていた。感情を取り戻すためには、そういった交流も必要ではないかと姉妹姫も考えている。
「了解。他の姉妹にも話を聞いてみる」
「聞いてみる」
小さく礼をして、潜水艦姉妹はダイニングから出ていった。
「漁に参加して、この施設の中でもいろいろと仲間と交流して、少しくらいは感情は戻ってきたかしらね」
「どうかしらねぇ。時間をかければ新しい自分を見つけ出せそうだけど、それがいつになるかはわからないものねぇ。でも、今はいい傾向かもしれないわぁ」
そんな2人を穏やかな目で見送る姉妹姫。今まで命令通りにただ事を成していただけの存在、哀れな人形だった潜水艦姉妹が今、
ならば、いつも通り見守ろうと、2人はやりたいようにやらせるように持っていく。ただ疑問を持つだけでも大きな進歩だ。
最初の依頼である『楽しく生きる』は、まだ続行中。この疑問を解決するという行為も、楽しく生きようとする行動に含まれるだろう。
時間的に、今は随分とまったりしている施設。午後の部の哨戒担当が松竹姉妹とリシュリューであるため、今は姉妹が1組欠けている状態。叢雲と薄雲は昨晩の深夜担当だったため、今はちょうど目を覚ましたくらい。そして白露型姉妹は春雨と海風が今日の午前中だったためのんびりしており、白露が今日の深夜ということで備えて眠っている。ジェーナスとミシェルもその班であるため、庭掃除が終わったところで眠りについた。
「春雨と海風に聞いてみる」
「それがいい。聞いてみる」
そんな面々の中、潜水艦姉妹が選んだのは春雨と海風。その2人は今、療養中の大鳳のところにいるということなので、足早にその部屋へ。
「あれ、こんなところに来るのは珍しいね」
その部屋で姉妹を春雨が出迎えた。今はちょうど大鳳のリハビリ中であり、痛みはあれど傷口から血が流れるようなことが無くなったため、身体を動かしているところである。
ベッドで横になっているだけでは身体が鈍ると大鳳自身が言い出したことであり、痛みに耐えつつも筋トレに近い事を始めていた。元々が非常に真面目で、混じっている伊勢と日向もトレーニングを欠かさないような性格だったため、この選択をしたようだ。
「春雨と海風に質問がある」
「私達に?」
春雨のみならず海風も首を傾げる。潜水艦姉妹に何かを聞かれる覚えがないため、どんなことを質問されるのか若干期待していた。
大鳳も神妙な面持ちの潜水艦姉妹を見て一旦筋トレをやめ、姉妹の話に耳を傾けることに。面持ちはいつもあまり変わらないのだが。
「姉妹とは何か知りたい」
「知りたい」
大真面目に聞いてきたため、春雨は目をパチクリさせていた。
「私にとって春雨姉さんは神の如く讃える存在ですね。存在そのものが私にとって喜びを与えてくれますし、その一挙手一投足に心が震えると言っても過言では」
「海風、ちょっと静かにね」
相変わらずの海風を黙らせた後、春雨は少し考える。姉妹とは何ぞやと聞かれて答えられる言葉があまり見つからない。
「姉姫と妹姫は、互いに助け合う者同士だと言っていた」
「でも、それは仲間でも同じこと」
「大切なヒトと聞いて最初に思い浮かぶ者が姉妹だとも言った」
「それだと確かに、姉の顔が最初に浮かんだ」
「妹の顔が最初に浮かんだ」
淡々と説明してくるが、春雨からしてみればもう答えが出ているじゃないかと言いそうになる。互いに相方が大切なヒトと自覚出来ているのに理解出来ていない。
「でも、わからない。姉妹とは何か」
「教えてほしい。姉妹とは何か」
無感情とはいえ真剣な目を向けてくる2人を無下にするわけにはいかないと、春雨も少し考える。自分が姉妹に思っている気持ちは何なのか。
都合のいいことに、春雨は上にも下にもいる白露型のちょうど真ん中。姉の気持ちもわかるし、妹の気持ちもわかる。
「私にとって姉妹は、やっぱり大切なヒト……かなぁ。姉さん達は目標で、妹達は守りたいってイメージがあるけど」
とても簡単に、艦娘の時に思っていた事を話す。目標であっても、守りたいヒトであっても、結局は大切なヒトであるという言い方には変わりない。ずっといてもらいたいヒト、近くにいてほしいヒト、いろいろな言い方があるが、最終的には。
「近くにいると、心が安らぐヒト……かもしれない」
「心が安らぐ」
「そう。勿論、仲間だって同じかもだけど、特に落ち着けるヒトかも。海風だってそうだし、白露姉さんだってそうだからね。そこにいてくれるだけじゃなく、いるってわかっているだけでも、私は落ち着けるよ」
自分の名前がそこで出されたことで、海風は満面の笑みを浮かべて春雨の隣に寄り添う。
「2人はお互いにそう思ったりしないかな」
「……」
2人して何か考える仕草。そして、
「そう、かもしれない」
「これを落ち着けるというのなら、それ」
まだわかっていないようだが、ふんわりと互いが大切な存在であるということを自覚し始めている。それだけでも上出来だった。
潜水艦姉妹もゆっくりとではあるがいい方向に向かっている。感情を取り戻すまではまだまだ先かもしれないが、大きなきっかけがあれば、一気に感情が芽吹くことだろう。
全部の潜水艦が混じっているようなものであるため、ある意味姉妹だし、全く繋がりが無いというのもあります。でも一応は姉妹ということになったため、互いを憎めないモノになっているはずです。