鎮守府からやってきた調査隊との対談はある程度あっさり終わる。基本的にはお互いに知っていることばかりであり、あくまでも定期的な調査隊派遣であるため、そちらはあまり時間はかからない。今この場に出せる者として、コロラドと大鳳がしっかりと正気に戻っていることを証明した程度である。
大鳳は一晩眠ってさらに回復したようで、調査隊の前に自分の足で歩いて現れた。未だに切り落とされた腕の再構築──艤装の義腕の生成はしていないが、身体の痛みを表に出さないために、もう戦線復帰も秒読みという段階にすら見えるところに。
「ひとまずこれで本筋の部分は終わりだけれど、問題はここからよねぇ」
「……うん」
中間棲姫の言葉に、山風も小さく頷く。元よりこの施設の信頼度は非常に高く、救出された者に対しての不安は1つも無い。顔を合わせて、無事であることを証明し、近況を報告する程度で構わない。
コロラドも大鳳も別にこれといって緊張感もなくこの場に参加している。罪悪感は多少はあれど、ありのままの自分を出して信用を勝ち取った。特にコロラドは感情的になりやすいので、その行動に嘘が無く、かなりわかりやすい性格をしているため、
しかし、ここからが一番の問題。ジェーナスと荒潮のこと。
荒潮は今、施設の紹介のために春雨と海風、そしてある意味仲介役のように島風が側にいる。ジェーナスが眠る部屋に近付かせないためという身も蓋もない理由があったりするのだが、荒潮自身もちゃんと自重出来ているので、どちらかといえばジェーナスが目を覚ますまで施設のことを深く知ってもらおうという配慮でもある。
ここでどういうカタチになっても、荒潮は今後鎮守府の一員。また施設に来ることもあるだろう。仲間として、他の者達と同じようになってもらう必要はある。
「荒潮ちゃんは、そちらではどうなのかしらぁ」
素朴な疑問をぶつけるが、山風は少しだけ視線を逸らした。
「……ジェーナスちゃんのことを思って、すごく努力してた。でも、何というか……ちょっと
それは、あまりにも強すぎる愛のカタチ。その感情が本来の才能を押し上げ、練度を急上昇させる理由となるのだが、それを知る者が見ても荒潮の漲るやる気には若干の恐怖を感じる程だった。
「でも……でも、本当に自分を曲げてなくて……一度も音を上げたことも無くて。愚痴1つ無かったの……今日までずっと」
武蔵の特訓にも耐え、北上と大井の特訓にも耐え、いつ休息しているのだろうと思える程に努力を重ねた結果が今の荒潮。その間に1つも弱音を吐くことはなく、むしろ疲れ果てても笑顔を絶やさない程であったという。
その全てがジェーナスのため。直接会うためには、どんなことだってやるのだという意気込みが、荒潮をそこまでさせた。
「ジェーナスちゃんが荒潮ちゃんを突っぱねるようなことはしないと思うけれど、やっぱり
「殴り合いの喧嘩になるようなことはないと思うけど、アタシ達としても不安はあるわね。対面の時には、誰かしら近くにいるべきよ」
「そうねぇ。でも、面と向かって話すために、邪魔立ては出来ないわぁ。そこは難しいところねぇ」
1対1での対面はジェーナスも荒潮も辛いだろうから、誰かしらが側にいることになるだろう。鎮守府側ならば、やはり社交性の塊と言える島風が適任か。今も荒潮の側にいることだし、ジェーナスとの対話のサポートも出来そうである。
「私としてはね、
「……荒潮ちゃんは、ジェーナスちゃんを泣かせるようなことはしないから」
山風は、そこは確信を持って言えた。荒潮の努力を見ているからこそ、ジェーナスに向けている想いの強さは理解しているつもりだ。
万が一のことを考えると、対話には念入りに準備が必要だし、提督だって引け目だって感じる。これで失敗したら、荒潮のみならずジェーナスまでもが再起不能となる可能性すらあるのだから。
当然みんな荒潮のことを信じている。ジェーナスのことだって信じている。だが、100%ではない。
お昼時。鎮守府の面々は外で戦闘糧食を、施設の面々はいつものようにダイニングで昼食となる。
そしてこの時が、運命の時間となる。
「Good morning……もうお昼だけど」
空腹と緊張で目を覚ましたジェーナスが、ミシェルと共にダイニングに入ってきた。寝不足というわけではないのだが、やはり表情は重い。隣のミシェルも少し心配そうである。
「ジェーナスちゃん、大丈夫ぴょん?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと嫌な夢を見ちゃっただけ。Michelle、心配してくれてありがとね」
魘される程では無かったようだが、
ここで耐えられるようになっているのは大きな成長だ。発作すら耐え切っているのも、ひとえにミシェルに心配させないためである。しかし、それで体調を崩してしまっていては意味がないのだが。
これも、今からの荒潮との対話が終われば全てが変わる。緊張が無くなれば、落ち着くことが出来るはず。
「姉姫、早速アラシオに会いたいわ。ダメかしら」
「少しくらいはお腹に入れた方がいいわぁ。はい、これ」
ジェーナスがこういうことを言い出すのではと見越して、中間棲姫は簡単に食べられるサンドイッチを用意していた。ジェーナスは小さくお礼を言い、もふもふ食べ始める。ミシェルもそれに倣ってもう1つを頬張った。
焦っているわけではないが、早く終わらせたいという気持ちはどうしても止められない。どういうカタチであれ、決着を望む。
「どうせなら、明るい場に持っていきなさい。ほら、お茶も淹れておいたから」
飛行場姫からは、ティーパーティーが開けるようにと紅茶とちょっとしたお茶菓子が提供される。
そして、ジェーナスが眠っている間に、外にはそのための場所も作られていた。大袈裟なものではなくテーブルと椅子を用意しただけではあるものの、いつものジェーナスの調子が取り戻せるように、普段と何も変わらない設備。
「Thank you. じゃあ……行ってくるわ」
決意を新たに、ジェーナスは用意されたティーセットを手に外へ。ミシェルも手伝うと、お茶菓子を手に並んで向かっていった。
「……コソッと見守りたいですね」
ジェーナスの背中を見送った後、春雨がポツリと呟く。心配なのは誰でも同じ。そして、ジェーナスの一世一代の大勝負の結末を見届けたい。
「そう言うと思って、いい感じの場所に設置しておいたわよ」
ティーパーティーの場所を作ったのは戦艦棲姫。ある意味庭のど真ん中。視界が開けていて、何処からでもその様子が見られるような場所にその場所を作ったとのこと。いつもと同じ場所といえば同じ場所なのだが、その付近に鎮守府の面々が屯しているため、そこから少し離れた場所にしてある。
「行くなら早くした方がいいわ。荒潮、もうそこにいるわよ。多分ご飯も食べてないわ」
感知で全員の位置を把握している叢雲が忠告。荒潮もジェーナスと同じように、緊張感から既にその場所に待機するくらいになっていた。
緊張するのは荒潮も同じ。ここで関係が壊れることが怖くて仕方ない。そもそも出来ていない繋がりみたいなものだが、繋ぐきっかけすら失われるのは荒潮の中で一番の恐怖。
「それじゃあ、ちょっと意地が悪いかもしれませんけど、見届けてきます」
「春雨姉さんが行くのなら私も」
「アンタ達、午後の哨戒なんだから長引きそうなら切り上げてきなさいよ」
午後の哨戒の保護者枠であるコロラドに忠告され、勿論と頭を下げてコソコソとダイニングを出て行った。
施設の外、設営されたテーブルについていたのは荒潮。その隣には島風も一緒にいた。緊張する荒潮を落ち着かせるため、ギリギリまで手を握ってあげている。
「荒潮、大丈夫だよ。ジェーナスは荒潮のこと、嫌ってないから」
「そうだといいんだけれどね〜……」
基本笑顔を絶やさない荒潮だが、今だけは違う。昨日のウキウキは何処に行ってしまったのか、手も震えさせてその時を待っていた。
「……Hello, アラシオ」
そして、ティーセットを持ったジェーナスがこの場に現れる。その声を聞き、ビクンと大きく震えた。
「……直接会えて、本当に嬉しいわ〜」
ぎこちない笑みではあるが、普段の自分を作ってジェーナスに顔を向ける。対するジェーナスもぎこちない笑み。
お互いに複雑な感情を孕んでいるのが嫌でもわかる表情。荒潮にそんな表情をさせていることで自己嫌悪が刺激されるジェーナスと、ジェーナスにそんな表情をさせていることで信念に傷がついていく荒潮。それがまた表情を歪め、一層嬉しくないところへと向かっていく。
「お茶、お茶を飲みましょうか。落ち着いて話をしたいから」
「そうね〜。それじゃあ……うん、いただきます」
完全にいつもの調子が失われている。お茶を注ぐ手が震えているため、島風が代わるとささっとお茶を注いだ。それがまた自己嫌悪を刺激するのだが、表には出さないようにしている。
「……」
いざ面と向かうと、互いに話すことが無くなってしまう。緊張で震え、目も合わせられない。
こんなジェーナスを見るのが初めてなミシェルは、首を傾げながらツンツンとつつく。
「ジェーナスちゃん、なんか調子悪いぴょん? さっきもそうだったけど、何かちょっとおかしいぴょん」
若干空気を読まない発言。とはいえ、これがこの現状を打破する初撃となる。
「大丈夫、大丈夫よ」
「大丈夫じゃないっぴょん! もしかして、この荒潮ちゃんと何かあったっぴょん!?」
無邪気に、理解していることだけを包み隠さず発言してしまうミシェルの言葉に、ジェーナスは少なからず痛みを覚える。ミシェルすら心配させてしまう自分が、嫌で嫌で仕方ない。
荒潮のことを開き直ると宣言したのに、いざ目の前にしたらこんなことになってしまった。全く開き直れていない。それだけ、あの時のトラウマは深く深く刻み込まれてしまっている。
「えぇと、貴女はミシェルちゃん、だったかしら〜?」
「そうだぴょん。ジェーナスちゃんのお友達で、いろいろ教えてもらってるぴょん」
「そう、なのね。ジェーナスちゃんから、私のことは何も聞いていないのね」
荒潮のことは何も知らないミシェル。ただ友達である程度にしか伝えられていないので、ジェーナスがこんな表情になる理由なんて全く理解していない。
「ミシェルちゃん、私はね、ジェーナスちゃんに本当に酷いことをしてしまったの。償っても償いきれないくらい、絶対に消えない傷を与えてしまったの。……そして、私はそのことを全く覚えていない。後から聞いてそういうことをしてしまったって知ったのよ」
とても悲しい目で、ミシェルに真実を伝えていく荒潮。本当にやってしまったことはジェーナスにも辛い思いをさせるため隠しているが、全て自分が悪いという方向で、核心には触れずに教える。
持っている大きすぎる愛情も、今は完全に鳴りを潜めている。ここで溢れさせたら、何もかもが台無しになる。
しかし、ミシェルにはいろいろと通用しない。
「ミシェル、わかんない。ミシェル、嫌なヒトだったらこうやって会いたいって思わないっぴょん。でも、ジェーナスちゃんは会いたいって思ってたんだよね?」
「……そうね」
「だったら、荒潮ちゃんのこと、嫌だって思ってないってことぴょん」
ただただ思ったことを話すだけ。それだけなのに、ジェーナスの心には深く深く突き刺さっていく。
「荒潮ちゃんがすっごく悪いことをしたって言ってるけど、ミシェルにはわかんないぴょん。だって、ジェーナスちゃんはそれでもここにいるもん。荒潮ちゃん、
これが核心。確かに荒潮がやったこと。しかし、それは泥に侵蝕された結果、やらされたことに過ぎない。故に、それは
それはジェーナスだって理解している。理解しているのだが、同じ顔であるというだけでこんな感情を抱き続けてしまっている。
「Michelleの言う通りよ。実はね、
「この荒潮ちゃんじゃない荒潮ちゃん? ミシェル、わかんない」
「この世界にはね、同じ顔のヒトが何人もいるの。その内の1人に、私は本当に酷いことをされたわ」
このジェーナスの言葉は荒潮にも突き刺さる。しかし、その荒潮は自分ではないと話してくれているのが救いだった。
「アラシオ、私は貴女じゃないアラシオが憎いせいで、貴女にまで嫌な思いを持っちゃってた。そんな自分が本当に嫌い。本当に」
「仕方ないわ〜、私も、うん、私も私じゃない時に、そう思われてもおかしくないことをしてしまったんだから」
あの時の荒潮は、もうこの世にはいない。そう思えば、幾分か気が楽になる。
「アラシオ、ごめんなさい。私、開き直るなんて言っておきながら、ここまでずっと引きずってきちゃった。ごめんなさい」
「ううん、ジェーナスちゃんは謝らないで。私の方こそ、ごめんなさい。償いきれないほどの罪かもしれないけれど」
「アラシオも謝っちゃダメ。だって、あのアラシオは貴女じゃないんだもの」
謝り合いが始まってしまい、最終的にはクスリとお互い笑みを浮かべた。
「何も悪くないのに謝るの、ミシェルわかんない。わかんないけど、ジェーナスちゃんなんかスッキリした感じになってるぴょん?」
「そうだよー。ミシェルの何気ない一言が、なんかいろいろ吹っ切れさせちゃったみたいだね」
疑問に首を傾げるミシェルを、島風が撫で回した。お手柄だと言われても、ミシェルはさっぱりわからない。
ここから、2人の関係は良くなっていく。最終的には、親友と言える程にまで発展することになるだろう。
そんな難しい関係、ミシェルにはわかりません。わからないということは、何も通用しない。悪い関係だって、何も通用しない。