空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

256 / 506
まだ残る謎

 ジェーナスと荒潮の対談は、そこからは和やかなものとなっていく。ミシェルと島風が便乗しているからというのもあるが、なんだかんだで()()()のことには触れない状態を続けていた。

 ミシェルの一言は2人にとってとても大きかった。あの時の荒潮は、この荒潮ではない。()()荒潮は、何も悪いことはしていない。そう思えば、心が大分軽くなった。

 

「私、すごく頑張ったのよ〜。なんでも鎮守府で最速記録が出たんですって〜」

「1週間かからずにMk.II(改二)になったんだものね。確かに凄いわ」

「うふふふ、それもこれも、ジェーナスちゃんとこうやって顔を合わせるためだもの〜。画面越しではわからないところもわかって、本当に嬉しいわ〜」

 

 ほんの少し、いや、半分に満たない程度ではあるが、溢れ出る愛情を表に出し始めている荒潮だが、ジェーナスに不快感を与えないギリギリのラインを攻めている。

 鎮守府でジェーナスの目に入らないところでは、暴走寸前な愛情を見せることもあるが、今この場では絶対に暴走しない。それはジェーナスのみならず、ミシェルにも配慮してである。

 

「ジェーナスちゃん、1つだけお願い聞いてもらっていいかしら〜」

「ん、なぁに?」

「握手……してもらっていいかなって」

 

 直接触れ合いたい。でも、ハグとかそこまでするのは気が引ける。むしろそんなことしたら確実に暴走すると自分でも理解している。だからこそ、握手だけでいいからしたいと、思い切って頼んでみた。そんな裏側の感情に気付いているのは島風のみ。だが、島風はあえて何も言わない。こんな時だからこそ、荒潮にはしっかり関係を育んでもらいたいと見守る。

 

Handshake(握手)なんていくらでもしてあげるわよ。それとも、私がそれを拒むように見える?」

「ちょっと前までは、お願いするのも怖かったわ」

「……そう、そうね。ふふ、これで本当に吹っ切れられるもの。ちゃんとやっておきましょ」

 

 ジェーナスとしても、触れ合えるくらいになればもう何も気にならなくなるだろうと思い、テーブル越しではあるが手を差し出す。

 荒潮は内心小躍りするくらいに喜んでいるのだが、それは表に出すことなくその手をやんわりと握った。その感触でさらに危険な水域に向かおうとするものの、どうにか我慢する。島風はそれに気付いているため苦笑。

 

「ありがとう、ジェーナスちゃん」

「どういたしまして」

「ミシェルも握手するぴょん!」

 

 その2人の様子を見て我慢出来なくなったか、ミシェルも荒潮に飛びつくように荒潮に抱き着いた。これでは握手ではない。

 これには荒潮も自分を失いそうになった。何処まで行ってもジェーナスが一番であっても、同じように深海棲艦そのものを愛しているのだから、ミシェルのこの軽率な行動は理性をゴリゴリと削るには充分すぎた。

 

「ミシェル、それ握手じゃなくてハグだよ。はいはい離れようねー」

 

 島風がなんとか引き剥がし、改めて握手させるが、荒潮は少し夢見心地になってしまっていた。

 

 このお茶会は、ここから終始楽しく進んでいった。荒潮は至福の時を過ごすことが出来ただろう。

 

 

 

 

 その様子をコソコソ見ていた春雨と海風は、この辺りで問題ないなと撤収。あの荒潮の様子を見ていれば、これ以上酷いことにはならないだろう。惚けておしまいなら、手を出すなんてこともしない。自重出来ている。いざとなったら島風もいるため、安心して離れられた。

 

「これで安心だね。ジェーナスちゃんも吹っ切れてくれてよかった」

「ですね。大きな問題が1つ無くなったと感じます」

 

 ニコニコしながらその場から離れる春雨。その表情を眺めて同じくニコニコする海風。春雨が嬉しそうにしていると、海風も嬉しい。

 

「それじゃあ、スッキリしたところで哨戒に行こっか」

「ですね。午後の登板をきっちりこなしましょう。春雨姉さんでしたら、それはもう鮮やかに難なく終わらせてしまうのでしょうが、それでも危険はあるかもしれませんし、お側に侍らせていただきますね。最も近い位置で春雨姉さんの勇姿を見られることが、海風としては最高のご褒美ですので」

「わかったわかった。ありがとうね海風。いつも一緒にいてくれて」

 

 こんな海風がずっと側にいてくれるから、発作を起こすことなく毎日が過ごせる。そう思っている春雨は、海風を労うために少しだけ頭を撫でてやった。

 もうそれだけで感無量な海風は、それはもうテンションが高くなったことは言うまでもない。

 

 所定の場所まで行くと、コロラドともう2人、潜水艦姉妹が待っていた。

 今回の哨戒は、保護者枠だけではなく、海中枠も追加している。鎮守府の面々が来ているということもあり、帰路に何もないことをしっかりと確認するため。

 

「Janusはどうだった?」

「大丈夫でしたよ。ミシェルちゃんのおかげもあって、すっかり荒潮ちゃんと仲良くなっていました」

「ふぅん、いいじゃない」

 

 コロラドも小さく笑みを浮かべた。施設の中では最も新人と言えるコロラドも、この施設の居心地の良さは短い時間でよく理解している。他の仲間のせいで、その居心地を崩されるのは気に入らない。

 叢雲相手の小競り合いも居心地の良さに含まれているのだが、本人は否定する。ちなみに叢雲も否定する。

 

「それじゃあ、お待たせしました。哨戒に行きましょう」

 

 準備していた泥感知の眼鏡をかけて、早速哨戒に出発。潜水艦姉妹もコクリと頷くと、2人揃って海中へと潜っていった。

 その2人は、潜る直前まで手を繋いでいた。お互いを大切なモノと認識しているかのようだった。

 

「あの子達も、なんだか変わってきているわね」

 

 それを見送ったコロラドが、ポツリと呟く。その表情は、まるで娘を見守る母のようなモノ。

 

 施設所属同期である潜水艦姉妹のことはやはり気になるようで、大鳳とは違って存在そのものがグチャグチャに壊されているあの2人は、どうしてもこの先楽しく生きることが出来るかが不安のようだ。

 プライドが高く自信家なコロラドも、そこはビッグセブンと呼ばれる戦艦の代表のような存在。カリスマ性を持ち合わせているためか、周囲もよく見えている。

 

「姉妹とは何ぞやと聞かれて驚いたわよ。質問の内容じゃなく、あの子達がそんな依頼とか関係ない質問をしてきたってことは、少しくらいは感情が出来てきたんじゃないかしらね」

「ですね。私達も聞かれました。いい方向に進んでいますよ」

 

 まだ無表情かつ端的な会話しか出来ないとはいえ、依頼主の言ったことだけをするのではなく、自分達で考えて自分達のための行動が出来るようになっているのは、自我が芽生えているようなもの。もう操り人形ではない。

 

「ところで、ウミカゼは何をしているの?」

 

 などと話している間も妙に静かな海風をチラリと見るコロラド。

 

「何をって、こういう時にしか見られない眼鏡の春雨姉さんをいろいろな角度で堪能しているだけですよ。普段無いものを身につけるだけでも魅力が数倍になるのが春雨姉さんですから。コロラドさんも見てください。元々端正な顔立ちである春雨姉さんの美貌が、このパーツ1つで新たな顔を見せるんです。普段は優しく温かい雰囲気ですが、今は理知的で内に秘める賢さを存分に表に出しているではないですか」

「Okay, Okay. わかったから止まりなさい。アンタがハルサメのことをどれだけ思っているのかはよくわかったから」

 

 相変わらずの海風のマシンガントークに、春雨も苦笑するしかなかった。

 

「ハルサメ……アンタのSister、なかなかにCrazyね」

「あはは……でも海風は楽しそうですから。私は否定しませんよ」

 

 話している春雨を舐めるように見ながら楽しんでいる海風を、春雨は何も否定しない。文句もなければ、むしろ好きにしていいと推奨したりもしている。それで海風が喜んでいるのだから、拒否する理由も無かった。

 自分のことはどうでもよく、仲間達が楽しんで、喜んでくれるのならそれでいい。だから春雨は、滅多なことでは怒りを見せない。仲間になんて以ての外。良く言えば寛容、悪く言えば放任。

 

「まぁアンタがいいならそれでいいけど」

 

 コロラドは小さく溜息を吐き、海風がちゃんと哨戒をしてくれればそれでいいと放置することにした。

 だが、こんな姉妹関係に潜水艦姉妹が感化されなければいいのだがと若干心配になっている。百歩譲っても健全とは言い難いものを真似るのは、あまり褒められたものではない。

 

 

 

 

 鎮守府の面々はもう少ししたら帰投することになるだろう。その帰路が安全であることをしっかり確認するために、哨戒の経路をそちら優先にして動く。

 眼鏡に何の反応もなく、遠目に見ても何も見えない。平和な海路。海中の方も何事もないようで、潜水艦姉妹が定期的に浮上してきては、何もないと伝えるのみである。

 

「静かな海ですね。ずっとこうならいいんですけど」

 

 春雨の言葉に、海風も完全同意。周囲に何もない海の真ん中ではあるが、ここには今、争いは何も無い。本当に静かな空間である。

 

「嵐の前の静かさって言われても困るんですけどね」

「でも、そう考えてしまいますよね。まだ敵は残っていますから。春雨姉さんを狙う不届き者は、海風が成敗しますのでご安心を」

「気をつけてね。残ってるってことは、一筋縄ではいかないってことだろうから」

 

 現在残っていることがわかっているのは、たった1人。前回の施設夜襲の際に療養中だったという龍驤のみ。

 

「私も龍驤のことはよく知らないのよね。前に他の子には話したんだけど、戦力として使われていただけだから、細かい作戦指示については聞かされてなかったのよ」

 

 一緒に活動していても、コロラドは龍驤のことをハッキリと知っているわけではないという。ただでさえ、治療されたことによって最も重要なことが抜け落ちてしまっているせいで、さらに謎は深まる一方。

 実際、龍驤は何処かの鎮守府の艦娘を侵蝕して手に入れたわけではないというところはわかっており、そこに混ぜ込まれた艦娘が何者かも判明しているのだが、逆に言えば()()()()()()()()()()()というのが現状だ。

 

「リュージョー、やけに使われてる気はするのよね……。黒幕の姫のお気に入りなのかしら。というか気に入るとかあるのかしら」

「愛着がある……とか?」

「無くは無いわよね。ずっと使い続けてるから、なんだかんだ信用してるってことかもしれないわね」

 

 黒幕の使う元艦娘にも、古参や新参はあるだろう。潜水艦姉妹はおそらく新参。既に救ってはいるが、白露も新参者だった。

 なら最古参は誰なのか。それはおそらく龍驤だろう。黒幕が自分の力を増していくための最初の駒として選ばれたと考えるのが妥当だ。

 

「でも、その龍驤さんって北上さんが2回撃退してるんですよね。トドメを刺す前に2回とも撤退されてしまっていますが」

「そうね。だからこそ怖いわよ。1回だけじゃなく2回も負けたなんて、今までに無かったことだと思うし。Recuperation(療養)だなんて言いながら、実はRemodeling(改造)も受けてるんじゃない?」

「あり得ることですよね……」

 

 コロラドの言葉に不安になる春雨。今までは撃退までは持って行けていたが、言ってしまえばその2回でこちらの戦力の把握をされてしまっていると言っても過言では無い。

 勿論その時以上の力を持たれていることを見越して、鎮守府側は訓練を欠かしていないのだが、あちらはそれすら簡単に超えてくる強化をしてくる可能性があるのだ。そもそも泥という不確定要素を使っているのだから、本当に何をしてくるかわからない。

 

「どうであれ、私は春雨姉さんを全力で守りますから」

「ありがとう海風。私だけじゃ無く、みんなを守ってね。当然、その中には海風自身も入ってるからね」

「その姉さんの慈悲が海風の活力になります。私は姉さんのために私自身を守りますからご安心ください。姉さんに辛い思いをさせるだなんて死んでも嫌なので」

 

 胸を張って宣言する海風に、春雨も笑顔で返した。

 

 

 

 

 未だに謎が多く残っている敵陣営。こうして施設近海を哨戒している間にも、実は裏側ではとんでもないことをやらかしているのかもしれないと思うと、不安は払拭することは出来ない。

 心強い仲間達が沢山いるのだから、その不安もみんなで一緒に乗り越えたいと、誰もが思っていた。

 




今はまだ静かですが、その裏側ではどうなっているか。龍驤1人かもしれないけれど、本当にそれだけなのか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。