再び春雨達の前に現れた『観測者』達。鎮守府の面々と別れた後を見計らって現れた辺り、やはり自分達の素性を人間側に知られるのを控えているようだった。
春雨と海風は一度会っているため驚きはしないが、コロラドは目の前に現れた
「黒幕からは聞いていなかったんですか?」
「知らないわよこんなヤツがいるだなんて。艦娘のときも当然」
突然現れた『観測者』を、コロラドはジロジロ眺める。見れば見るほど、自分達と同じような存在には見えないようで、そろそろ睨みつけるくらいになりつつあった。
戦力としての意味合いが強いコロラドには、『観測者』という存在は伝えられていなかったようである。コロラドには見つけることが出来ないと高を括られていたか、それとも余計なことを考えさせないように情報を遮断したか。そもそも頭脳戦より高火力で全て吹き飛ばすタイプであるため、全力を出させるならば後者と考えるのが筋か。
一方潜水艦姉妹は、その存在に疑問しか無いため、ある意味思考停止していた。明らかに敵対しているわけでもない、完全な中立という存在の意味がわからず、質問すら思い浮かばないでいた。
「突然すまない。彼女達に急ぎ伝えておかなくてはいけないことが出来たのでね」
「そうなんですか。姉姫様も妹姫様も喜びますよ」
「世間話をしに来たわけでは無いのだが、彼女達はそれを望むだろう。正直なところ、今は観測を続けるだけでは現状を打破出来なくなりつつある」
事は深刻になってきているのだという『観測者』。春雨達からしてみれば、あちら側に残されているのは龍驤のみで、それさえ救ってしまえば後は黒幕のみとなるはず。まとめて4人も救えたため、戦いは佳境に向かっていると考えていたが、むしろここからさらに危険になると話す。
それに、この言い分では、中立を保つことをついにやめるのでは無いかと勘繰った。
「
「じゃあ、もしかして一緒に戦ってくれるんですか?」
「以前にも話したかもしれないが、私は戦うことが出来ないんだ。代わりに、君達側に少し
つまり、人数は減ったはずだが、『観測者』が片方に親身にならない限り、中立とは言えないくらいに力の差が出来てしまっているということだ。
こうしている間も、黒幕は力を付けているということにほかならない。ただでさえどんな存在かもわかっていないような相手なのに、放っておけば手が付けられなくなるのはインチキにも程があった。
そう話している内に、道化が2人揃って『観測者』の袖を引っ張る。こんなところで立ち話をしていないで、さっさと施設に行けと行動で示していた。『観測者』も一言すまないと呟き、改めて春雨に向き直る。
「また、君達の施設に行かせてもらってもいいだろうか」
「勿論です! 滞在だってしてくれても」
「いや、私はあくまでも中立だ。多少寄せるとはいえ、完全な味方と思ってしまわれると、期待外れと感じるかもしれない。故に、あくまでも助言をするのみで終わらせてもらう」
本人が言う通り、『観測者』は中立を維持する。そのため、一所に留まるということは基本的にはしていない。
それでも、施設に自分の意思で立ち寄ってくれるというのは非常に喜ばしいことだ。春雨は大喜びで『観測者』を案内した。哨戒は残念ながらここで終わりとなってしまうものの、それ以上の功績となった。
施設は勿論騒然とした。こんなタイミングで『観測者』が施設にやってくるなんて誰も考えていないし、そもそも初めて見る者にとっては、あまりにも謎過ぎるその存在に思考が追いついていかない。
「嬉しいわぁ。本当にまた来てくれて」
出迎えるのは勿論中間棲姫。哨戒の途中の時間で帰ってきた挙句、何故か人数が増えていることに真っ先に気付いた叢雲が、もしかしたらと姉妹姫に伝えていたようである。
大喜びの中間棲姫の隣では、まさかこんなに早くまた来るとは思っていなかった飛行場姫がやれば出来るじゃないと小さく笑みを浮かべた。姉が飛び上がりそうなくらい喜んでいる姿を見て、飛行場姫自身も嬉しくて仕方なかった。
「当然、アタシ達がここでかなり苦労しているところも観測していたのよね?」
「ああ、全て見させてもらった。自らの力で乗り越えられる脅威ならば、私が手を貸すこともないだろう。それに」
「アンタには手を貸す力もない、でしょ。わかってるわよ。中立を維持するために戦う力が無いんだものねアンタは」
客としてダイニングに通された『観測者』と道化達。以前と同じように、その対面には姉妹姫が座る。
今回は施設内に残っているほぼ全員がダイニングやらその外の廊下やらに集まっており、その話を全員で聞くことになっていた。欠席しているのは、深夜の哨戒当番であるため今は眠っている松竹姉妹と戦艦棲姫のみ。
姉妹姫と同じように卓についたのは、この戦いでも重要な位置となる春雨と、どうあっても春雨の側から離れない海風。そして、今回は黒幕側から治療されてこちらに来ることが出来た者の代表として古鷹。
「私もほんの少しだけその存在を聞いたことがありましたが、本当に目の前にいるとなるとビックリしますね……」
古鷹も『観測者』については小耳に挟んだような記憶があるらしい。白露も耳に引っかかるような感覚があると話していたが、古鷹は白露以上に覚えがあるようである。
だが、
「
「だと思います。記憶の空白にそれがあるような感覚なので」
何をきっかけに黒幕が『観測者』のことを話したかはわからない。とはいえ、今この状況を見るに、黒幕は『観測者』のことを敵視していない。もし何か思惑があるのなら、あちらも徹底的に探し出していただろう。それでものらりくらりと躱し続けそうではあるが。
「で、来てくれたのはとっても嬉しいのだけれど、何か用があってのことよねぇ?」
「ああ、春雨にも話をしたのだが、中立を維持するため、少々こちらに
「それなら、もう少し具体的に何がどう摂理に反しているのか教えてくれないかしらね」
飛行場姫は何処か喧嘩腰である。煮え切らない態度というか、黒幕のみならず施設側に対しても曖昧で抽象的な表現しかしない『観測者』の物言いには少し思うところがあるようだ。
日常生活でなら笑って済ませるところだが、今は施設の存亡の危機なのだ。それを救うか救わないのかわからない。こちらに寄せるというのなら、ある程度ハッキリ話してもらいたい。
「ならば話そう。中立という立場を覆すことは出来ないが、今の
「勿体ぶるなっつってんの」
道化達がケラケラ笑いながら『観測者』をつつく。
「まず君達に伝えたのは、
「そうねぇ。そもそも器から抜け出してるわけだし、泥とかを使ってくるってことは、ちゃんとしたカタチを持ってないって思うのが妥当なのかしらぁ」
「でもアンタ、前に話した時、今は形を取っているって言ってなかった?」
「ああ、
『観測者』が言うには、今までは他人の身体を仮の器として行動していたらしい。例えば、ここにいるのとは違う、別個体の戦艦棲姫。例えば、空母の中でも頻繁に現れる姫、空母棲姫。例えば、ドロップしたばかりの艦娘。それが
しかし、今はそのどれでもない形を取れるようになっているという。
「器が無くても動けるようになっている……?」
「いや、少し違う。器を乗り換える内に強大となった
それを中立という立場から見届けることしか出来ない自分の不甲斐なさを謝罪した。
『観測者』のこの観測する力、何処にいても世界の何処かを見通す力は、
これを自ら破った場合、『観測者』は全ての力を失った挙句、泡沫となってこの世から消えるだろう。中立という摂理に自ら反したときの代償は、命である。
「それで、今使っている器ってのは?」
「
ここまで聞いて、春雨が直感的に酷い想像をしてしまった。辿り着く者としての直感が働き、『観測者』の言いたいことが何と無くであっても読み取れた。
「まさか……
春雨の言葉に、『観測者』は頷く。道化達も大正解と言わんばかりに大袈裟な拍手。
艦娘や深海棲艦などという命持つ器ではない。陸上施設型という中間棲姫の概念から、
「そんな大袈裟なことをして、誰にも見つからないなんて流石におかしいでしょ」
「あの、妹姫様……多分、私達では見つけられません……」
荒ぶりかける飛行場姫に、春雨はさらに言葉を続ける。
「概念とはいえ、姉姫様と同じ性質を持っているんですよね……しかも、管理する土地を手に入れて、それを器にまでしちゃって」
「それがどうしたのよ」
「……この島、
ハッとした表情に。中間棲姫の管理する島は、敵対する者に発見されなくなるという特性がある。潜水艦姉妹のように、善意も悪意もない人形だからこそ発見されてしまったが、そうで無ければあちらはずっとこの島を見つけることが出来なかった。
それと同じ性質を持っているというのなら、黒幕に対してもそれが機能する。つまり、黒幕と敵対するもの、黒幕に悪意を持つ者は、その居場所を発見することが出来ない。
「そういうことになる。私が伝えに来たのはそれだ。今までは
土地を穢し、侵し、自らの器としたことが、『観測者』にとって最も摂理に反することであると話す。中立以前の問題だ。
「手が届かずとも、姉姫のように誰にも手を伸ばさず、来るもののみを受け入れる姿勢ならば、それは中立だ。この言い方はよろしくないが、それは
未だにわからない黒幕の素性が、ついに判明したと思ったらこれである。自分達に有利な力を相手も持っているせいで、完全に八方塞がりとなってしまった。
「しかし」
ここで『観測者』は続ける。
「この施設にはそれを打開出来る者も存在する」
「潜水艦姉妹のことかしら」
「いや、彼女達は自己を形成するようになりつつあることで、その位相から少しズレかけている。今の状態で見つけ出すのは難しいだろう」
ならば誰なのだと問いかけようとした瞬間、満場一致で1人の顔が思い浮かんだ。
「その者は、全てに疑問を持つ者。
そう、ミシェルである。
無知の力、ここで本領発揮。