黒幕はさらなる力を得て、施設と同様に敵対する者から発見されない特性まで手に入れてしまっていた。しかし、それを覆すことが出来る存在がいると『観測者』が話す。
それが、『理解出来ないものは、その身に影響を及ぼさない』能力を持つミシェルである。何をしているかもわからないのなら、特性など関係なしに黒幕の居場所を探し当てることが出来るだろう。
「Michelle、貴女の力が必要なんだって!」
同じ卓ではないにしろ、ダイニングにいたジェーナスは、ミシェルの手を取って声を上げた。まさかこんなところで抜擢されるだなんて思っていなかったため、ミシェルもキョトンとしていた。
「よくわかんないけど、ミシェルが頑張ればみんなが喜ぶぴょん?」
「ええ、でも、ミシェルをとても危ないところに連れていかなくちゃいけなくなるの……。それは私にもすごく抵抗があるわ」
簡単にだが説明したが、ミシェルは簡単には理解出来なかった様子。疑問が溢れているせいか、理解出来ないものは徹底して理解出来ない。
ジェーナスもミシェルをそんな危険な場所に連れていくことには抵抗がある。ミシェルに戦う手段を教えていないのは、この施設で平和に楽しく生きていてもらいたいからだ。それなのに、打開策がそれというのはあまりにも酷。
「というか、そもそもアンタが道案内してくれれば良くない?」
飛行場姫が『観測者』に対して正論をぶつける。そもそもミシェルを使わずとも、黒幕の行動が観測出来ている『観測者』自身が、施設の面々を黒幕の居場所に連れていけばいい。たったそれだけで全て解決する。
しかし、『観測者』は申し訳なさそうに首を横に振るのみ。
「すまないが、そこまでの手助けが出来ないのが私だ」
「あくまでも中立だから?」
「理解が早くて助かる。言葉にすることは出来るが、手を引くことは出来ない。答えは君達の手で掴んでもらわなければならないんだ」
あくまでもそのスタンスは変えない。『観測者』が手伝えるのは助言まで。自らの手で平和を勝ち取ってこそ、価値あるものだと話す。人間側は手っ取り早く楽をしてでも平和を求めると思うのだが、簡単に手に入れた平和はすぐに崩れてしまうだろうとまで。
どう言ってもこのスタンスは変えないのだから、諦めるしかないだろう。『観測者』は自分でも言っている通り、戦闘では役に立たないのだ。道化は相当な手練れのようだが、最初から最後まで戯れているような雰囲気であるため、頼りすぎると痛い目を見るようにすら感じる。ならば、自分達の力で脅威に打ち勝つしかない。
「元々期待はしていなかったけど、ホンット融通が利かないわね……」
「妹ちゃん、あまり言い過ぎないの。このヒトにもいろいろとあるのよきっと」
自分からその力の維持の方法を伝えようとしないのが『観測者』である。世界を見通せる代わりに、中立を保たなければ死ぬという、あまりにも簡単で残酷なメリットとデメリットのことを話せば納得してもらえるはずなのに、そこはあえて沈黙。そういうカタチで中立を保っているのだろう。親身になりすぎるのもよろしくない。なら何故中間棲姫を育てたのかという話になるのだが。
「ミシェルちゃんを戦場に出すのは、やっぱり気が引けます。せっかくヒトの身体になって、ジェーナスちゃんと楽しく暮らしてるのに」
「ですね……。すぐさまその言葉が出る姉さんの慈悲深さに感涙が流れてしまいそうです」
春雨もそうだが、ここにいる仲間達全員が、ミシェルを戦場に出すのは難しいのではと考えている。単純に可哀想という考えもあれば、叢雲やコロラドは守りながら戦うことが厳しいという戦力的な考えもある。どちらにしろ、ミシェルに戦場は相応しくない。
それでもミシェル自身は、今この中で話されていることをジェーナスに詳しく聞いていた。自分が頼られているということだけは理解したようだが、何故みんなが唸っているのかが理解出来ていない。
「つまり、ジェーナスちゃんをイジめるヤツらを懲らしめるってことぴょん?」
「そうね、そういうことにもなるわね。でも、だからといって危ない場所に行くのは……」
「だったらやるぴょん! イジメっこはミシェルが成敗してやるっぴょん!」
ジェーナスに対して嫌なことをしたというのは間違いない。そしてそれが、ミシェルのやる気に火をつける。
ただ発見するだけというとても単純なことが、ミシェルにしか出来ない。そして、それさえしてしまえば、こちらにようやく勝機が見え始める。居場所がわかればあとは攻め込み方を練るだけだ。しかし、それが一番危険と言っても過言では無い。
「でも本当に危ないのよ? 痛いだけじゃ済まないかもしれないの」
「大丈夫っぴょん! よくわかんないけどミシェルに任せるっぴょん!」
ミシェルが自信満々に胸を張る。その危険性を理解出来ていないというのが厄介であり、命を投げ出してしまうのではという危うさがある。
「よくわかんないじゃダメなの。私はねMichelle、貴女を失う方が怖いのよ」
「うー、でも」
「行くなら当然私も
理解出来ていないのだから、ミシェルはおそらく未だに侵蝕を受けない唯一の存在であるのは変わっていないだろう。しかし、黒幕の力が強くなっているというのなら、その力を上塗りしてくる可能性だってあるのだ。ジェーナスはそれが怖くて仕方なかった。
それに、そんな場所に防衛が誰もいないわけがない。非戦闘員であるミシェルが突っ込むのは危険とかそういうレベルではないのだ。潜るという回避方法が取れるとはいえ、侵蝕以上に危険。
「ちょっと考えましょ、Michelle。これは
「ジェーナスちゃんがそう言うなら、ミシェルは言うこと聞くぴょん」
そこは素直に落ち着いた。完全否定しているわけでなく、考える時間をくれと言っているのだ。実際はそこまで時間は無いとは思うが、1日2日くらいの猶予はあるだろう。
「ミシェルのことはこちらで考えておくわ。で、さっきアンタ、黒幕が
「ああ」
「それを教えなさい。アンタが何も出来ない分、こっちが動くんだから、出せる情報は全部出しなさい」
相変わらず喧嘩腰の飛行場姫だが、『観測者』はそうされても仕方ないと考えているため、何も文句を言うことなく話を続ける。
「君達は
それをよく知るのは、卓についている古鷹を筆頭とした最近まで
「知る限り、龍驤さんだけです」
「他にもいたかもしれないけど、確実にまずいのはリュージョーだけよ」
「龍驤ですね。他にもいたとは思いますが、問題になりそうなのは龍驤です」
古鷹、コロラド、大鳳と、満場一致で出てきたのが龍驤の名前。戦闘した鎮守府の面々も、この場にいたら龍驤の名前を出していただろう。
「ならば、その龍驤が今、最も危険な存在となりつつある」
哨戒中にコロラドがポツリと呟いた、療養ではなく改造されているのではないかという意見が、まさにその通りだった。
「龍驤は
自ら器を捨てた黒幕だったが、やはり器が無ければ次の行動が出来なかったようである。むしろ、傷だらけの器を捨てて、次の器を手に入れるために行動したとも言える。
それに真っ先に選ばれたのが、たまたま黒幕の目の前にドロップしてしまった龍驤である。黒幕はまず龍驤の身体を使って活動を再開。そこから、数々のドロップ艦を仲間にしては侵蝕、殺害などを繰り返し、勢力をゆっくり拡張していったようである。
「コロラドさんが言っていた黒幕のお気に入りというのは、あながち間違いじゃ無かったんですね」
「みたいね。それくらい使われてんだもの。そう考えるのが妥当よ」
コロラドがドヤ顔。それを見て叢雲が小さく鼻で笑ったのは誰も見逃していなかったが、話が進まないので一旦無視。
「その龍驤ちゃんという子を、私の中身が何をしているのかしらぁ? 危険な存在になるということは、前までとは違うということよねぇ。私は顔も見たこと無いのだけれど」
「主に鎮守府の襲撃などをしていましたから、この施設には一度も近付いていませんよ。近付ける機会が来たときには療養中でしたし」
大鳳が補足。龍驤がこの施設や堀内鎮守府絡みで出張ってきたのは、今までに2回。そして2回とも北上が撃退している龍驤。2回目の後は療養中とされており、大鳳もそうであると思っていた。
「
「……どういう、こと?」
「艦娘や深海棲艦という概念から外に出そうとしているんだ。つまり、君達の言葉で表すならば、
改造によって、龍驤を泥にする。ミシェルでなくても、これは理解の範疇を超えていた。
「器は龍驤のままだろう。魂を混成し、優秀な手駒としていくつもの戦い……侵略をこなしてきているのだから、それを捨てるのは勿体無いと考えるのが当然だ。だが、これまで数度の連敗を重ね、龍驤自身も2度敗北を喫している。
「それが龍驤を泥にすることと何の関係が」
「ありますよ妹姫様……だって、黒幕は今までその身体で勝ち続けてきたんですよ。言うなら、それは必勝パターンです。黒幕と同じ存在が2人になれば、私達は本当に勝てなくなります」
春雨がそれを言ったことで、絶望感が一気に大きくなった。
おそらく、黒幕は自分の器──土地を守るために動かないが、龍驤を同じようにしたらそこから外に出して侵略を進める。いわば、黒幕が盾で、龍驤が矛だ。矛盾を孕んでいるかもしれないが、侵蝕により黒幕に絶対的な忠誠を誓う龍驤が、力を得たことで叛逆するようなことは確実に無い。
「……今までとは違いすぎます。白露姉さんを筆頭に、なんだかんだみんな救ってこれました。瀕死にすることで泥を吐き出させることが出来ましたし、今なら明石さんの薬で侵蝕そのものを消すことも出来ます。でも、龍驤さんはもう
「ああ。それも話しておきたかったことだ。これまでとはあまりにも違う。救うという考えは捨てた方がいい」
キッパリと言い放つ『観測者』に、春雨は少しだけ落ち込んだ。大鳳との戦いで、容赦なく切り捨てるという判断が出来るようにはなっていた。傷付けてでも救えるのならば救いたい。それで死んでしまったら、もう仕方ないという冷酷ではあるが妥当な判断が出来るようにはなっていた。
しかし、
「覚悟を決めてもらいたくて、私は君達に話すことにした。知っているのと知らないのとでは、感覚が変わる」
「……ええ、ありがとう。知っておけば心持ちが変わるわぁ。救うつもりで戦えば、それを逆手に取られて負けてしまうかもしれないものねぇ」
中間棲姫も悲しそうに話す。今までの施設での生活で、勝つだの負けるだの考えたことなんて無かった。だが、ここでの敗北は施設の平和が失われることと同義。最悪、全滅か全員侵蝕されて、あそこまで交流を深めた鎮守府の敵にもなる。それは耐えられない。
「私から話せることは以上だ。こちらでも、
道化達はシャドーボクシングの構えで頼もしさを表現。実際、泥を吹き飛ばすような力を持っているのだから、対処は出来るのだろう。
「考える時間をちょうだい。それに、彼──提督くんにもこの話はしておくべきだと思うの」
「ああ、それでいい。我々の存在をボカしてくれれば、情報を共有した方がいいだろう」
もう問題が大きくなりすぎて、どうすればいいのかわからない程だった。
ミシェルを戦場に出す件。そして、泥と化し救うことが出来なくなった龍驤の件。この2つの難題を、これからクリアしなくてはならない。
龍驤は救うことが出来なくなりました。侵蝕されているのではなく、侵蝕する側になってしまったと考えると、この作中では最も不幸な存在になるかもしれません。