「私、なんの記憶も持たずに生まれた深海棲艦なのよぉ。身体だけある空っぽの存在、それが私なのよねぇ」
中間棲姫は、提督にそう言った。艦娘は勿論のこと、施設に所属している者すら知らない事実である。この言葉を聞いて、飛行場姫以外の全員がザワつき始める。
空っぽとは、記憶を持たないとはどういうことか。これは説明が必要だと、中間棲姫もコホンと咳払い。
「ちゃんと説明するわねぇ。これは艦娘も同じだと思うのだけれど、みんな生まれた時に何かしらの記憶を持っているわよねぇ。例えば、名前。姉妹のこと。自分が何者であるか」
これは艦娘や深海棲艦には常識的なこと。そして、人類もその事実はしっかりと理解していること。艦娘から伝えられているのだから知っていて当然である。
艦娘は、生まれた段階で自分が何者かを把握している。自分が艦娘という存在であり、かつての艦船の力を持っている生命体であると。艤装の扱い方も、海の駆け方も、生まれた直後から全て知っているのが当然だった。
それは深海棲艦も同じ。艦娘と違うところは、そこから侵略へと舵を切ってしまうこと。本能がそちら側へと偏っていることで起こることらしい。それ故に、そもそも人型をしていないものも沢山いる。姿形すらも本能に近付いてしまっているからだ。
つまり、そういうところからして、艦娘と深海棲艦は同一存在なのである。本能に忠実すぎるか、理性を持つために誠実な心を持ち合わせるか。そして、また艦娘の面々はこの両方の要素を持っているということに他ならない。
しかし、中間棲姫は自分がそういう枠組みから外れてしまっている存在なのだと話す。それが
「私は自分が何者なのかもわからなかったのよねぇ。海の上に放り出されて、あ、勿論この陣地は持っていたけれど。でも、右も左もわからず、本能すら何も無くて、何をしていいのかわからないのに、どういうことを考えればいいのかもわからない。
今の中間棲姫を見るとそんな風には一切見えないのだが、嘘をついているようには全く見えなかった。最初からバケモノのような母性を内包した頼れる管理者なのだと思っていたら、実際はまるで違う。
生まれたばかりの頃は、知識のないただ生きているだけの存在だったのだと話す。流石に呼吸の仕方くらいは本能的に出来ていたが、それ以外は全くわからず、言葉はおろか、歩くこともままならない程の、赤ん坊のような存在だったのだとか。
「アタシは違うんだけどね。お姉の妹であるという確固たる意志があったから、お姉が言うような感じでは無かったの。そういう意味では、アタシだけが艦娘に近い深海棲艦かもしれないわね。お姉は完全に別モノ」
飛行場姫は空っぽでは無く、最初から妹であるという意志が存在し、深海棲艦としての知識も持っていた。しかし、姉である中間棲姫に引っ張られてか、侵略に関しては1mmも興味が無かったらしい。こちらは生まれた時から今の状態で形成されているようなもの。
ちなみに、飛行場姫が生まれた時には、中間棲姫は既に今のような性格だったらしい。こんな姉を持ったら、深海棲艦といえども穏やかになる。姐御肌なのは、元々深海棲艦の知識を持っていたからかもしれない。
『これは聞いていいのかどうかはわからないんだが……その恩人というのは深海棲艦なのかい?』
「ええ、それは保証するわぁ。私達の
『変わった……というのは?』
「だって、
声を上げそうになる提督だったが、その前にその場にいる全員が叫ぶように声を上げた。リシュリューに慰められてようやく落ち着いてきた春雨も、今までの感情が引っ込むくらいの驚き方だった。
今までの戦いの中で、男性型の深海棲艦など一度も確認されていない。艦娘がその名の通り娘であるため、深海棲艦も女性型しかいないものだと考えられていた。バケモノ型の深海棲艦も、そう考えるのは難しいもののメスであると考えられている程である。
しかし、中間棲姫は男性型を知っていると言い出した。飛行場姫も顔を知っているようで、皆が何故驚いているかがわからないようである。それが当然だと思っていたので、自分だけのことが本来あり得ないことであることをココで知った。
「そんなの聞いてないわ! 姉姫、何処の誰なのよ!」
「ジェーナスちゃん落ち着いてちょうだいねぇ。貴女がここに所属する前には姿を消していたし、それからここに来ることは無くなってしまったから、知らないのも無理はないわぁ」
「いやいや、落ち着けって方が無理だろ! そっちがそンななら、こっちなンてもっとわかンねぇって!」
ジェーナスが詰め寄り、江風も声を荒げる。管理者の2人のみが知る情報は、この対談を混乱させた。真っ先に反応したこの2人以外もザワつきが一向に治らない。
これでは対談も進行不可能になりそうなので、一旦静かになってもらい、中間棲姫がまたゆっくり話し出す。
「えぇと、私が生まれたのは大体5年だか6年だか前なんだけれど、生まれたばかりの私が途方に暮れていた時に、ふらりと陣地にやってきたヒトだったの。見た目も中身も紳士のようなヒトで」
「アタシが生まれた時にはもう陣地にいたものね。結構イイ男だったわ。少し話し方がキザっぽかったけど、こちらのことを思ってくれてるのがわかったのよね」
「ええ、私達に親身になってくれているのがとてもわかったわぁ。この施設も、そのヒトが陸で見たモノをモチーフに私が造り上げたの。私と妹ちゃんが、彼から聞きながら、ね」
本当に原点に立つ者のようである。中間棲姫を今のような性格に育て上げ、飛行場姫も一緒にこの道に導き、結果的に手の届く範囲の溢れた艦娘達を救うことに貢献しているのだ。
それが深海棲艦の中におり、しかも今まで確認されていない男性型であるという。提督からしてみれば、冷静な気持ちで対談に臨んだのに、予想以上の話が次から次へと出てきて案の定情報過多である。
『それで……その彼は今は』
「何処で何をしてるのかしらね。アタシは少なくとも見てないわ。今ジェーナスが言った通り、この子がここに住むようになった時にはもう出て行った後だもの」
「彼自身、自分のことを
観測者。深海棲艦だというのに傍観に徹しているということかと、提督は人目を憚らず考え始める。ただでさえ画面の先にいる深海棲艦達が今までにない存在だというのに、それ以外にも今までにない存在が示唆されてしまった。
しかし、ただ見ているだけの深海棲艦ならば、中間棲姫や飛行場姫のように、不可侵を貫くべきだろう。
『そういう存在がいるということで今は終わりにしておこうか。わざわざ探し出す必要もない。あちらが干渉してこないのなら、こちらからも干渉はしない。というか干渉出来ないだろう。今までに発見された例が無いのだから』
「そうねぇ。私達もわざわざ彼を探したわけじゃないもの。ヨナちゃんも、海底で見たこととかあったかしら?」
「うーん、そういうヒトは見たことがないヨナ」
深海棲艦であるが故に海底にいるかもということで、潜水艦である伊47に聞いたものの、当然発見したことは無いようである。どのように姿を晦ましているかは誰にもわからない。
極端な話、2人は存在していると言っているが、本当に存在しているかはわからないのだ。今生きているのかもわからない。わからない尽くしの謎の存在。
「彼には感謝しかないし、また会いたいとは思うけれど、探してまでとは思っていないの。機会があればお礼は言いたいけどねぇ」
『もし万が一見かけたら、君に伝えよう。そんなことは無いと思うが』
「ええ、よろしくお願いねぇ」
ここで恩人である観測者の話は終わり。これ以上話せば、事が進まなくなる。
『艦娘が深海棲艦になってしまう事実と理由もわかった。君達が信用に値する深海棲艦だということも理解出来た。謎の存在が示唆されたが、そちらも充分に信用出来るだろう。何より、君達はあくまでも不可侵を貫くという意思を知ることが出来た。今回の対談は有意義なものになったと、僕は思っている』
「私もよぉ。こんなにわかってもらえる人間で本当に助かったわぁ」
『だが、これは何処までを大本営に伝えればいいのやら……』
この対談の内容は当然、大本営にも報告するつもりである。人類に仇をなすとされていた深海棲艦にもこういう者達がいるということは知っておいてもらいたいし、そもそも鎮守府の活動として執り行われた対談なのだから、その業務の報告は必須。内密に進めるということが、そもそも処罰を受けることに繋がる。
しかし、深海棲艦側も一枚岩で無かったように、大本営、人類も一枚岩ではない。深海棲艦は須く鏖殺せねばならないという考え方で行動する者もいる。穏健派だと言われようが、それは深海棲艦だろうと言われてしまえば反論しようがないわけで、さらに言ってしまえばそれが中間棲姫であるというのも大きい。過去に現れた最悪の姫と同種となれば、より悪い方向に行きかねない。
「身勝手な言い分なのだけれど、私達の存在は貴方の中だけに秘めておいてほしいわぁ」
『僕個人としてはそうしてあげたい。そうしたいのは山々だが、もし僕達以外の鎮守府の者が君達の存在に気付いた時、止めようなく君達を襲うだろう。ならば、事前に君達のような存在がいるのだと知っておいてもらうのは間違いでは無いと思う』
「貴方達は話がわかるヒト達だけれど、他の人類がわかってくれるかと言ったら、そうでもないものねぇ……。本当、人類も深海棲艦も似たようなものだわぁ」
そこは中間棲姫も納得していた。彼女の中では、人類も艦娘も深海棲艦もひとまとめに考えられるくらいの知的生命体だ。自分が本来の深海棲艦から逸脱していることを自覚していることで、その辺りはとても寛容。
『僕は大本営の中でも話のわかる上司を持っていると思うから、その人に相談することにしよう。決して悪いようにするつもりはない。そうでなければ、このような対談は不可能だったんだ。恩を仇で返したくはない』
「そう言ってくれるのは嬉しいわねぇ。貴方とは長く良い付き合いをしていきたいものねぇ」
中間棲姫と提督の間では、早くも同じ束ねる者としての絆のようなものが生まれようとしていた。
自分だけでなく、そこに所属する者を危険に晒すわけにはいかないと、最善の道を選び取っていく苦労は、上に立つものにしかわからないものである。
『機会があれば、またこうやって話がしたいのだが、構わないかい』
「勿論。むしろここまで来てくれても構わないわぁ。お客様はたっぷりもてなしたいし、私としても人間さんとは顔を突き合わせてお話ししたいものぉ」
『そうしたいんだが、そこの秘書艦に物凄い剣幕で叱られてしまってね。申し訳ないが、僕は毎度こういう形での対話となってしまう』
五月雨が抗議しかけたが、まぁまぁと他の艦娘達が落ち着かせた。
『最後に、この機会を設けてくれたことを改めて感謝する。お互いに有意義な対談になったことを祈ろう』
「私達は人間さんと話せただけでも有意義よぉ。貴方からは疑問はあっても敵対心は感じられなかったものぉ。実は探求者だったりするとかかしらねぇ」
『否定はしないさ。僕だって提督の端くれ、世界を平和にするまで戦い続ける者だ。その道を探し求める者と言われれば否定はしない』
提督は緊張を振り払い、とても優しげな笑みを浮かべる。
『戦いが終わるのなら、殲滅ではなく休戦、和睦という形に持っていきたい。無駄な命のやり取りはそれこそナンセンスだ。僕達だけじゃない。艦娘も深海棲艦も同じ生きとし生けるものだからね。戦わなければ生き残れないわけじゃない』
「同意するわぁ。なら私が筆頭となろうかしらねぇ。私達は貴方達の鎮守府と和睦の協定を結ぶことを誓うわ」
画面越しのため握手も指切りも出来ないため、言葉だけの約束。しかし、ここにいる者はそれを破ろうだなんて誰一人思っていなかった。
まだまだ小さな和睦協定だが、これが全人類、全深海棲艦に拡がっていくことを願いながら、その第一歩として、ここで対談は終わった。
人類にも深海棲艦にも、これは有意義な結果になったと言えるはずだ。
謎の存在が示唆されていますが、それはそのうち登場することになるでしょう。生死不明だけど。