施設から『観測者』達が去った後、話された2つの難題についてを共有するために、すぐさま堀内鎮守府に連絡をする姉妹姫。これに関しては一刻の猶予も許されておらず、最優先で伝えておかなくてはならないことである。大塚鎮守府の連絡先も交換しているおかげで、今すぐ4者面談が出来る状態だ。
まず優先的に話したのは、龍驤の変化。泥と化し、黒幕と同じような侵蝕と乗っ取りが可能になったことを伝える。
『なんだそれは……。龍驤はもう救えないということか』
まず頭を抱えたのは堀内提督。隣に控える五月雨も、この事実には少し悲しそうな表情を見せる。
『艦娘を深海棲艦にするだけでは飽き足らず、泥そのものに変えてしまうとは。つまり、龍驤は他者を侵蝕するということになるわけだ』
「それだけじゃないわぁ。他人を器にして乗っ取ることも出来てしまうの。もう侵蝕ではなく」
『寄生……憑依……どちらとも言えるわね。カタチを持たなくなった龍驤が、誰かに入り込んでしまうわけだもの』
大塚提督も気に入らなそうに吐き捨て、大将は淡々と状況を分析。秘書艦達は言葉もない。電は驚きを隠すことなく目を見開いており、吹雪は既に対策を考えるように俯いている。
「既に犠牲者も出てしまっているようなの。ドロップしたばかりの艦娘らしいのだけれど」
『……そうか、そうだね。そんな力を手に入れたのならば、試さない理由はない。大塚鎮守府を人員補充で乗っ取ろうとしたくらいだから、それを使いつつドロップ艦を掻き集めている可能性だってあるさ』
練度の高い艦娘が所属する鎮守府を乗っ取ることによって減った人員を補充しようとしたのではないかという疑惑がある。それが失敗に終わった今、強化されて仲間を増やしやすくなった龍驤が黒幕の側から離れて仲間を作り続けていると考えるのは妥当である。
今でこそわかっているのはドロップ艦ではあるが、乗っ取る対象は艦娘だけとは限らない。深海棲艦だってその対象だ。ならば、動き回って乗っ取りながら勢力を増やすという、初期の黒幕のやり方をなぞっていけば手っ取り早い。練度は低くとも、侵蝕してしまえばいくらでも使い道はあるのだろう。それこそ、魂の混成という荒技があちらにはある。
そしてその黒幕のことについて。施設と同様に、敵対の意思がある時点で居場所が見つけられないという、鎮守府側からしてみれば八方塞がりな状況を突きつけられ、龍驤の対処以上に頭を抱えることになる。
『その特性を突破することは、私達にはどう考えても不可能ね。全員が黒幕をどうにかしようと躍起になっているんだもの』
『ですが、それでは龍驤をどうにか出来たとしても、最終的な解決にはなりません。時間を置いてより強化されていきます』
『勿論それは理解しているわ。だから、どうにかしてそれを貫かなくてはならないわよね。姉姫、その辺りに心当たりは』
「あるのだけれど……その手段は出来ることなら避けたいの。本人はやる気満々なんだけれど……」
ミシェルの話をしたら、確かに躊躇うと堀内提督と大将は納得。施設の中で最も力を持たないものであろうミシェルを使うのはあまりにも危険すぎる。それに、ようやくヒトの姿を得ることが出来たのに、最も過酷であろう任務に参加させるのは可哀想であるという感情が表に出てくる。
対する大塚提督は、口には出さなかったものの、使えるものは使うべきなのではとは考えていた。しかし、それが施設の中でも戦力外であると聞いた途端に考え方を変える。2人のように可哀想だからとかではなく、成功率から考えて難しいとして。
『やるのなら、強めに護衛をつけてになるわね。それでも危険であることは変わりないから、最悪、ミシェルには特訓なりなんなりをしてもらうしかないでしょう』
『もしくは、その特性を貫けるようなナニカを開発するか、ですね。性質的に、電探の反応も捻じ曲げるでしょうけど、そこをどうにか出来れば……』
今のままでは、あちらの思う壺だ。探し当てることが出来ない間に、龍驤が次々と侵蝕しながら勢力を拡げていく時間を与えてしまう。
ならば、すぐにこの案件を持ち帰って、
『それがわかった状態で、こちらは対策に力を入れようと思います。大将、それでよかったですか?』
『ええ、一番勝手を知っているのは、貴女の鎮守府の明石だもの。引き続きお願いするわね。ここまで来たら、多少の無茶は許容するわ』
『多少で済みそうに無いので、まずはやらせてから考えます。やらせすぎると大淀の胃に穴が開きかねません』
明石による研究は未だに続いている。中間棲姫から貰った頭髪から成分解析をしながら、今使える装備をより使いやすく、そしてより強力になるように改良している。
その内容に、『敵意を持つ者を弾く結界をどうにかするもの』という特に曖昧で抽象的な依頼が加わる。明石自身はやる気が上限値を超えそうではあるが、今回は解決を優先する方がいいだろう。
『それでもそのミシェルとやらに頼らざるを得なくなった場合は、我々が責任を持って護衛する。こちらの鎮守府の付近ではないかという話でしたよね』
『ええ。捜索は大塚鎮守府を基点にすることになるわ。そこに、姉姫達の誰かを派遣出来るようにどうにかする。穏健派の深海棲艦の存在は、今回の戦いの中でも一番と言っていいほど重要だもの。勝利のためには必要不可欠。それを種族だけ見て突っぱねるのは間違っているわ』
対談だけでなく、戦力としての協力が出来るように、大将は確実に、しかし迅速に、大本営の中で基盤を作ろうとしている。
『だが、あくまでも出来ることなら我々だけの力で終わらせたい。姉姫達の平和を守りたいのは変わらないからね』
「そう言ってもらえるだけでも嬉しいわぁ。でも、お手伝い出来ることはしたいと思っているから、そこも覚えておいてちょうだいねぇ」
『ああ、勿論。君達の意見は尊重するさ。それでこそ仲間だからね』
施設にもこの戦いに参加したがっている者は沢山いる。正義感だけではない、復讐心も含めて。むしろ、後者の方が多いくらいだ。半数は元々あちらに利用されていた、もしくはあちらとの戦いの結果で深海棲艦化してしまった者なのだから。
通信終了後、堀内提督はすぐに行動に移す。やらねばならないことはまず、明石に新たな開発の依頼をするため。
「明石、明石はいるかい」
「はーい、何ですかー?」
提督の声を聞くや否や、工廠の奥から大急ぎでやってくる明石。ここ最近はちゃんと眠っているようではあるが、研究が楽しいようで、若干身嗜みが甘め、髪が跳ねているところもあるし、作業着がところどころ汚れている。匂いには気を遣っているようなので、まだ限界は訪れていない。
「新たな研究課題が出てきた」
「おーっ! いいですねいいですね! 先日の泥対策の強化も続いていますけど、それとはまた違ったタイプの課題なんですかね」
「ああ、これはかなり厳しいタイプだ。明石でも解き明かせるかどうかわからない」
その言葉に、明石は俄然やる気を出す。解き明かせない謎と言われたら、徹底的に調べ尽くしたいと考えるのがこの明石だ。
「姉姫の施設の特性のことは聞いているかい?」
「えぇと、確か悪意を持って接しようとする輩からその身を隠す、でしたっけ。だから今までは敵に見つかることなく平和に暮らしてきたけど、潜水艦の姉妹がその特性を文字通り潜り抜けてしまったせいで、敵に居場所がバレてしまったんですよね。だから泥の雨を降らされて、私が開発した泥感知の眼鏡と特殊な波長で泥を消し飛ばす装置が必要不可欠になりました」
「ああ、だが今回は泥の感知だけでは足らなくなった」
明石の目が輝く。それは、完全に好奇心を孕んだモノ。
「敵の黒幕が、同じ特性を手に入れてしまったという情報を姉姫から伝えられた。今のままでは、我々は黒幕の居場所を発見することは絶対に出来なくなってしまったんだ」
「なるほど、なのでその特性を貫く装置を開発してほしいということですね。了解です! でも、泥の解析や、姉姫の体組織の研究とはベクトルが大分変わりますね。深海棲艦特有の特性、物としてそれがあるわけでもない、
物がそこにあるのなら、どうにかしてそれを手に入れてもらえればいくらでも解析出来る。しかし、特性に関しては全く目に見えないものだ。研究しようがない。
強いて言えば、同じ特性を持っている中間棲姫の施設周辺の空気などを解析したら、何かしらのヒントが得られるかもしれない。だが、どの視点から空気を解析したらいいかは皆目見当がつかない。
「しかも、納期は
「まぁ、そうなってしまうね」
「今は時間が時間ですから、やるなら明日からか……いや、むしろこの時間を使って、あらゆる値を確認出来る装置を開発しておいて、明日の朝に施設の近くの空気を解析するのがベストですね。でも悪意を感知する結界なんてどんなシステムを……。っと、提督、ひとまず明日の朝まで時間をください。それまでに一旦、私がやれる限りのことを用意してみます」
悩みに悩んでいるようだが、その表情は今まで以上にイキイキとしていた。無理難題を突破した時の快感を知っている明石は、ある意味それをいつでも求めているようなもの。そしてそれがやる気にそのまま繋がり、本来以上の力を発揮する。
だから徹夜も簡単に選択肢に入れてしまうし、自分の体調などを度外視してしまう。大淀というストッパーがいなかったら、
「一応だが、施設にいるミシェルがその特性を突破出来るとのことだ」
「あの子の特性って何でしたっけ。詳しく聞いていないんですけど」
「『観測者』が言うには、理解出来ないことの影響を受けない、だそうだ」
「またふわっとした特性ですねぇ。科学者とはある意味真逆ですよ」
全く参考にならないなと苦笑しつつ、明石は次の手を考え始める。こうなると明石は、徐々に周りが見えなくなってくる。
「特性というのは深海棲艦特有の特殊能力として考えるべきですよね。それは体組織から解析出来ることなんでしょうか。今は姉姫の髪があるし、そこから手に入った情報から黒幕の居場所が突き止められるかもしれないというくらいにまでセンサーの精度を上げることは出来ましたけど、そもそも私達の存在を拒んで近付けさせないというのはどういう原理なんでしょう。空気中に姉姫の細胞が散布されている? 魂の侵蝕とか出来るくらいだから、目に見えない
ヒートアップしてきた明石。これはもう止められないなと思い、提督はおそらく近くにいるであろう大淀を呼ぶ。
「大淀もいるかい」
「はい、ここに」
明石が散らかした研究室の掃除などをしていた大淀が表に出てきた。艦隊運営の補助役として動くことの多い大淀は、ここ最近は明石の側にいることが多い。常に研究を続けることになっているため、目が離せないのである。
「明石がまた自分の世界に入ってしまったんですね。新しい課題が与えられましたか」
「ああ、それも無理難題だ」
「なるほど、こうなってしまうのも無理ないですね。奥に連れて行きますので、後は任せてください」
そう言うと、大淀は明石の頭を軽く叩き、周りが見えるようにしてから工廠の奥へと引っ張っていった。
明石にこういうことが出来るのは大淀くらいだと感心しつつ、その背中を見届けながら提督も執務室へと戻った。
何処もかしこも、黒幕の持つ特性を突破するために尽力する。しかし、時間はあまり残されていない。