空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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優しすぎるが故

 鎮守府にも連絡をしたことで、施設側も準備に入る。とはいえ、やれることと言えば自衛の手段を増やしていくのみ。

 

『観測者』が去った後の時間は、大分回復した大鳳が戦えるようになるために身体を慣らす時間に使うことにされた。哨戒も中断となっているため、春雨と海風はそれに付き合う。

 春雨は大鳳に対してまだ()()()を感じており、せめて気にならなくなるくらいに回復するまでは側にいたいと考えていた。ここ最近は、空いている時間は大体大鳳と話をしているくらいである。海風も、大鳳が春雨に対して感謝の念を強く持っているため、同志と思っているようだ。

 

「身体の痛みも大分引きました。そろそろ、本格的に戦えるようにしておきたいですね」

 

 失われた右腕を前に伸ばし、艤装を展開するように腕を構築していく。これは既に春雨や海風に習っていることであり、今まではどうしても傷口が痛んでしまっていたのだが、もうその痛みもほとんど無いため、実行に移した。

 海風のようにインナーで隠すわけでもなく、どちらかといえば飛行場姫のように機械的な腕をそのまま見えるようにしていた。これは、大鳳の気持ちの問題。贖罪の気持ちを忘れないように、隠すことを拒んだ結果である。

 今の大鳳の出で立ちは、伊瀬型2人が着ていた巫女服のような上半身と、大鳳自身の身に着けていたスカートとスパッツという下半身。白露もそうだが、混ざり合うと服装にも折衷案を採用する傾向にあるようである。古鷹はいろいろと事情があるが。

 

「確かに、感覚が少し違いますね。握ったときの感触も少し違う」

 

 ギュッと手を握ると、金属音がする。艤装で出来た義腕なのだから当然なのだが、それなのに感触があるというのにはなかなかの違和感。

 

「慣れれば普段通りですよ。最初は慣れないかもしれませんけど、すぐに感覚を取り戻すことが出来ますから」

「なるほど、ならこの状態でいろいろと動いてみた方がいいということですね」

 

 何度か手を握りながらも、どうせならと艤装も展開していく。

 

 大鳳の艤装は腰に接続された甲板と主機という非常にシンプルな上に、伊勢と日向が混じったことで手に入れた一振りの刀を扱えるようにするため、その艤装すらもコンパクトになっていた。そして、本来なら混ざるであろう戦艦の艤装もなく、ボウガンに全て集約。

 結果的に、大鳳は遠近両方をこなすことが出来る上に、身軽で小回りが利くという独自な存在へと昇華されていた。本人が小柄であるところもそれに拍車をかけている。

 

「うぅん、刀を握った感覚も少し違いますね。慣らしておかなければ」

 

 その場でスラリと刀を抜いたかと思いきや、両手で握りしめて思い切り振り下ろす。ダンと強く足を踏み込んだことで、春雨は少しだけ地面が揺れたかのような錯覚を起こした。

 

「握りが手で違うなんて、おかしな感じですね。すっぽ抜けないように注意します」

 

 そのまま横にも薙ぐ。利き手ではない左手で払っても、狙いも威力も100%とは言えない。いざ戦いとなったら、それが僅かな差であったとしても致命的になる可能性もある。

 しかし、利き手はまだ握りにも慣れていない艤装の腕。今全力を出そうものなら、確実に刀を放り投げてしまうだろう。タイミングと場所が悪ければ、それによって誰かが怪我をする。それもよろしくない。

 

「でも、これで私もこの施設を守るために戦えます。罪滅ぼしが出来ますから」

 

 刀を納めて笑顔を見せる。もう完璧に吹っ切れており、罪滅ぼし、贖罪という言葉を使いつつも前向きである。

 

「身体は痛くないですか?」

「多少軋む程度ですから、もう一眠りしたら完治と言えるところまで行けると思います。腕の接合面も大丈夫ですね」

 

 ブンブンと音がなりそうなくらい義腕を動かしても、顔を顰めるようなことがない。

 

「明日くらいから、哨戒に参加してもいいですね。私の艦載機も夜に飛ばせますし、夜目も利く方だと自負しています。どの時間帯でも問題なく参加出来ますね」

「心強いです。大鳳さんなら春雨姉さんを共に守れるでしょう」

「はは、そうですね。春雨を守ることは出来そうですよ」

 

 妙に気があっている海風と大鳳。やはり、大鳳が春雨に対して最初に言ってのけた『救いの女神』という感想が、海風の考え方と完全に一致していることが大きいのだろう。

 

 実際、大鳳は海風ほどでは無いにしても、春雨には大きな信頼を置いている。別にマゾヒストというわけでは無いのだが、痛みを以て悪に染まった自分を救い出してくれたという事実が非常に大きく、ただ救うのではなく容赦無く罰を与えてくれたことに感謝以外の感情が出てこなかった。

 自分を救ってくれた春雨のことを守りたい。そう考えるのも無理はない。これは恩返しなのだから。

 

「私を守ってくれるのは嬉しいですけど、その時その時で優先順位を考えてくださいね。ここの仲間達が傷付くのが嫌なんですから」

「勿論。誰も傷付いてもらいたくないですからね。でも、春雨はその力から余計狙われやすいでしょう。必然的に順位は上がりますよ」

 

 真面目に、ただ合理的に考えても、施設の中での優先順位は春雨は上位。だからといって他の者を守らないと言っているわけではない。臨機応変に対応するつもりは大鳳にもある。

 だが、全く同じ状況下に置かれ、どちらも守るということが出来ないようなピンチに陥ってしまったとしたら、春雨を優先するだろう。当然他を見捨てるわけではない。

 

「私はこの施設の一員として、みんなを守ると誓いますよ。本当の最優先は姉姫と妹姫であることくらい理解していますから」

「それならいいんですが……」

「心配しないでください。それに、春雨には海風がついていますから、そういう意味でも任せられますよ」

 

 艤装を消してさらに身軽に。今は作り上げた義腕に慣れるために、普段の生活をしていくようだ。

 だがその前に、春雨の肩をポンと叩いて、その目を見つめる。

 

「前にも言いましたけど、私のことで気負わないでください。貴女は間違ったことをしていない。生きているんだから、それでいいんです。死んで然るべきな私を救ってくれたんですから、そこを誇ってください。むしろ、ずっとそんな感じだったら逆に私が怒りますよ」

 

 ニッコリ笑っているが、目は笑っていない。自分のことで悩む春雨を見ているのは、大鳳としても嫌な気分になる。

 

「……そう、ですね。大鳳さんがそう言うなら」

「前からずっと言ってるんですけどね。気にするなと。それに、私は感謝していると。引け目なんて感じなくていいですから。正しいことをして、された側がそれを受け入れているのに、やった貴女がウジウジしてどうするんですか。私に失礼だと思いませんか?」

 

 海風のように全肯定するわけでなく、しっかりと春雨を否定するタイプの信頼。隣の海風にとっては若干思うところはあるかもしれないが、その物言いが春雨に必要なものだともわかるので、あえて何も言わない。自分では言えないことを言ってくれる大鳳は、そういう意味でも信用が出来る。

 

「わかりました。気にしないことにします」

「よろしい。戦闘の時にあれだけ割り切れたんですから、普段の生活から割り切ってくれてもいいんですからね」

 

 軽く頭を撫でて、ここからはトレーニングに行ってくると駆け出した。まずは施設外周のランニングから始めるとのこと。そもそも身体を動かすことが好きな大鳳は、ここ最近ずっと寝込んでいたことで若干ストレスが溜まっていたようである。

 

「姉さん、大鳳さんの言う通りです。姉さんは正しいことをしていますから、気にしたら相手に失礼になっちゃいます」

「うん……そうだね。ちょっと考えすぎてたかな」

「優しいのは春雨姉さんのいいところですけど、優しすぎるのも考えものなのかもしれません。いえ、春雨姉さんはそのままでいてもらいたいという気持ちもありますよ。その慈悲深さがあるから、今の春雨姉さんがあるんですから。でも、それで苦痛を感じているのを見ると、海風も悲しくなってしまいます。なので、春雨姉さんにはいつも笑っていてほしいです。楽しく生きてほしいんです」

 

 妹を悲しませるわけにはいかないなと、春雨はより開き直ることにする。大鳳には申し訳ないと思ったものの、その大鳳自身が割り切れと言ってきたのだから、その意見は素直に聞き入れた。

 

「姉さん、龍驤さんが救えないことも気に病んでますよね」

「……うん、正直、ね」

「気にしちゃいけません。これはもう、割り切るしかないんです。自分でも言ってたじゃないですか。救えないのなら、せめて安らかに眠れるようにと。なら、全力で立ち向かうことがそれに繋がると思います。容赦なんて要りません。手を抜いたら、それこそお互いに苦しむだけです。私は姉さんが苦しむ姿を見たくありませんから」

 

 流石海風、と春雨は内心思った。自分の思っていることを見透かしてくる。そして、的確に欲しかった言葉をくれる。

 優しさだけではお互いに苦しむ。それはその通りだ。救えないのならば、全力でそれを終わらせることが、一番の救いになるはず。苦しむことなく終わらせる。それでいい。

 

「その優しさを全て私に向けてくれれば尚いいんですけど、みんなに分け隔てない愛を向ける姉さんだからこそ、女神のような美しさを維持出来ていると思うので、私のワガママでその絶妙なバランスを崩すわけにはいきませんよね。ああ、でもその愛を一身に受けてみたいという欲はどうしても出てきてしまいますね。私は春雨姉さんを愛していますから、周りが見えなくなるほどの相思相愛になってみたいという気持ちが無いわけではないんですけど、それだと姉さんが確実に困ってしまいますから、言葉にはしましたけど押し留めておくことにします。常に隣に置いてもらえているだけでも海風は歓喜に包まれることが出来るので」

 

 少し出したら次から次へと愛が溢れてくる。今回は止めずに垂れ流してストレス発散してもらうことにした。愛を語り続ける海風は、それはもうイキイキとしており、春雨はだんだんと恥ずかしくなってくるものの、今だけは好きに溢れさせて構わないと全て受け入れた。

 

 

 

 

 しばらくして、トレーニングを終えた大鳳がいい汗をかいたととてもいい笑顔で戻ってくる。

 

「腕の調子もいいですし、合間に艦載機も飛ばして、哨戒が出来るかも確認しておきました。完璧と言ってもいいでしょう。姉姫に明日から哨戒に参加させてもらえるように話しておきますかね」

 

 久しぶりに艦娘──深海棲艦らしい行動をしたことも、動けなかったことで溜まっていたストレスを大きく発散することが出来たようだ。

 

「深海棲艦の身体となっても、やれることは艦娘と変わりませんね」

「ですね。良くも悪くも何も変わりません」

「ストレスが溜まったら、春雨達も身体を動かすことをオススメしますよ。運動でしたら私も付き合いますし」

 

 それもいいかなと春雨も考える。今回のように、変に思い悩んでストレスを抱えるのなら、身体を動かして発散した方が良さそうである。

 ここ最近は哨戒や鎮守府との対談、そして襲撃に備えるなどと、やることは妙に多くなってしまっているが、合間を見てそういうことをしてもいいかもしれない。

 それは春雨だけでなく、他の者にも言えることだろう。施設の中でも身体を動かすことくらいならいくらでも出来るのだから。

 

「そうですね。今はもう時間がありませんけど、時間が合えばお付き合いしてもいいかも」

「是非。ランニングでも違う景色が見えますからね」

 

 そうやって気晴らしを定期的にやることで、本来の平和を実感する。戦いと関係のないことをすればするほど、心の安寧が戻ってくるだろう。

 

 

 

 

 大鳳との関係も、よりよいものへと発展した。春雨の中のストレスはまだ全て解消されたわけではないが、それが晴らされる時は近いかもしれない。

 




海風「ところで春雨姉さん、運動するにも運動着はどうしますか。やっぱりジャージですか。でも、動きやすさを取るなら軽装の方がいいと思うんです。鎮守府にいた時はシャツと短パンでしたっけ。それもいい、実にいいんですが、ここは心機一転、スポーツウェアなんて着てみては如何でしょうか。古鷹さんのインナーや、大鳳さんのセパレートタイプもいいですね。いえ、別に姉さんの身体のラインが見たいと言うわけではないんです。でも運動するならそういうのも選択肢にあるということで」
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