夜、夕食後。『観測者』との対談に参加出来ていなかった松竹姉妹と戦艦棲姫に、哨戒前に事情を説明。龍驤がいつ襲撃してくるかは誰にもわからないため、哨戒はより注意して実施してもらうことになる。常に例の眼鏡は装備し、泥刈機も持ち運んでやるまであった。戦艦棲姫の艤装ならば、それを持ち運ぶのも苦では無い。
「くれぐれも気をつけてちょうだいねぇ。何かあったら大きな音を立てて私達を起こしてくれて構わないからぁ」
「ええ、そうさせてもらうわ。丑三つ時でも容赦なくやらせてもらうから」
近場で遭遇するとは思えないので、まずは逃げの一手となるだろう。施設の者達が気付ける距離まで逃げた後、大きな音で全員起こす。ある程度近くまで来れば、中間棲姫か飛行場姫のどちらかが気付けるかもしれないが、2人だけが目を覚ましても意味がない。
ただでさえ、今一番の危険人物である龍驤は、艦載機を飛ばしつつ砲撃も雷撃も近接戦闘すら出来るような万能戦力だ。艦娘の中に入り込んでいたら、その能力は失われるのかどうかはわからないが、使えると考えるなら危険すぎる。
むしろ、黒幕と同じならば、乗っ取れば乗っ取るほど力を得ていく可能性すらあった。今この時も何処かの誰かの身体を使い力を得ているかもしれない。少なくとも1人犠牲になっていることは『観測者』の口から語られているのだから、以前よりも格段に面倒臭いことになっているだろう。
ならば、施設の仲間達で力を合わせて撃退するべきだろう。今ならば、泥であれば対処する手段を手に入れているのだから。
「安全第一が最優先ですね」
「ええ、勿論それが一番大事よぉ」
「当然だぜ。んな下らねぇことでここでの生活を終わりにしたくねぇしな」
松も竹も、万が一何かを発見したとしても、真っ先に戦闘をしようとは思っていない。誰も傷つかないように撤退を優先する。
それもこれも、依存先の相方を失うのが怖いからだ。常に2人が揃っているからこそ、2人とも安定してここでの生活が続くのだが、今回の敵は侵蝕というカタチで仲間割れを引き起こすことが当たり前になっている。もし片方が侵蝕を受けた場合、100%発作を起こす。それを考えるだけでも恐ろしく、ここ最近は夜にお互いを慰め合って眠りについている程である。
「今は何も無いことを祈るわ。自衛をするにも限界があるもの」
「ええ、もし何かあったら、どんな手を使ってでも逃げ果せてちょうだいねぇ」
「そうさせてもらうわ。この眼鏡でほんの少しでも何か見つけるようなら、すぐさま引き返すつもりよ」
身の安全を守るならそれでいいだろう。誰も咎めないし、むしろ誰もが推奨する。
「じゃあ、夜の哨戒を始めるわ」
「ええ、よろしくねぇ」
入念な準備を整え、細心の注意を払って、3人は夜の海へと駆けていった。いや、既に海に潜っている伊47もいるため、哨戒メンバーは4人。
こんな夜は海中こそ危険だ。泥であれば前以て眼鏡で確認出来るからいいものの、それすらも乗り越えてくる可能性が無いわけではないのだ。海上から何も見えていない夜の海であれば、その目で全てが確認出来る者、潜水艦を同行させるのも必要。
「ヨナちゃんにも眼鏡を持たせているけれど、海の中でも大丈夫……よねぇ」
「明石は耐水加工はしてあるって言ってたわ。ただ、泳ぎづらくはなるわね多分。スピード出すなら外すべきよ」
「ヨナちゃんのことだから、そこは臨機応変に出来るわよねぇ。こうなっちゃうと、もう信用することしか出来ないもの。あとはあの子達に任せて、私達は休ませてもらいましょう」
何事もないことを祈りつつ、姉妹姫は今日という1日を終える。哨戒に向かった者達がいるからこそ休むことが出来るのだと毎晩のように感謝して。この夜も例に漏れず。
そんな静かな深夜。別に悪寒などを感じたわけではないのだが、不意に春雨が目を覚ます。
隣では海風が可愛らしく寝息を立てており、その温もりを常時送り込むためという口実で、引き剥がせないほど強く春雨の腕に抱きついていた。おかげで寂しさも感じず、発作を起こすことはない。
「……本当にありがとね、海風。助かってるよ」
自由に動く方の手で軽く頭を撫でてやると、ニヘラと笑った。いい夢を見ているのかもしれない。
海風はこうなった原因を反芻してしまう方。悪夢を見やすくなってしまっていると言える。そう考えると、いい夢が見られているというのはとても良いことだ。
「んん……それじゃあもう一眠り……」
まだまだ夜中であるため、もう一度眠りの世界に戻ろうとしたところ、外から小さく音が聞こえた。
時間的には、大体深夜の哨戒の面々が一時的に施設に戻ってくる時間帯。バタバタとしているわけでなく、おそらく屋根のある施設の近くまで戻ってきて、休憩しながら用意していた夜食を食べているところ。
今回は伊47だが、潜水艦が夜食を持って哨戒に行くことは出来ないため、基本的には施設に用意しておいて、休憩がてら全員でこちらに戻ってくるというのが時間配分にも含まれている。
「そんな時間……かぁ」
意識をし始めると、妙に頭の中が冴えてくるもの。眠りにつこうとしても、なかなか眠れない。だからといって、海風を起こしてまで外に出ようとも思えず、ただ目を瞑ってその場から動かないことにした。そうしていれば、勝手に眠くなってそのまま眠りに落ちることだろう。
海風の寝息を子守唄代わりにじっとしていれば、夜の暗さもあって自然と微睡んでくる。この時間は平和を実感出来て心地良い。
しかし、春雨がこの時間に目が覚めたということは、
「……んん?」
外から微かに聞こえていた音が、若干だが騒がしくなったように感じた。ただ夜食を食べているだけでは起こり得ないような、パタパタと歩き回るような音。
まるでそれは、哨戒部隊の誰かが
「何か……あったのかな」
ここまで来ると、冴えた頭が微睡むことも無くなり、外で何が起きているかが気になってくる。悪いことではないにしろ、少しバタバタしだしているということは、事件性があるということにも繋がる。
「んん……春雨姉さん、どうかしましたか……?」
その春雨の動きを夢の中でも察したか、海風も目を覚ます。おそらくいい夢のちょうどいい区切りの部分だったのだろう、満面の笑み。
「外で何か音が聞こえたような気がして」
「音、ですか……? 姉さん、いつもの悪寒は」
「今日は無いから、悪いことでは無いとは思うんだけど」
そうこうしているうちに、また少し大きめな音。眠っていれば気にならないだろうが、起きていると明確に耳に入るくらいの音である。
誰かが艤装を使っているとしても、戦艦棲姫が艤装を引き連れて行動をしているため、その足音かと思いきや、それとは確実に違う音も含まれている。
「行ってみますか?」
「そうだね……気になって眠れなくなってきてるし、ちょっと見に行ってみようか」
「はい」
都合よく海風も目を覚ましたので、何があったのか様子を見に行くことに。何事も無ければ別にいいのだが、何事かあった場合は人手が必要かもしれない。
「あ、悪ぃ、音デカかったか?」
施設の外、音を頼りに哨戒部隊がいるであろう場所に向かったところ、竹が春雨達に反応。松も2人の姿を見て小さく謝るように頭を下げる。
「ううん、たまたま目が覚めた時に音が聞こえただけだから」
「何かあったんですか?」
「ヨナが海の底で
久しぶりの黒い繭。最後に見たのは海風の繭化なので、かなり昔のように思えてしまった。
しかし、繭がそこにあるということは、誰かが感情を溢れさせたということに繋がる。何かしらの事件に巻き込まれたのか、事故でこうなってしまったのかはわからない。
「すぐに孵化することは無いでしょうけど、ここに置いておくのはやめておいた方がいいわね」
伊47が海底から掬い上げ、陸からは戦艦棲姫が運び、施設の近くまで持ってきた。
その繭は、春雨が海風の時に見たものとそっくりな、ヒト1人入っていることがわかるほどの大きさのそれ。戦艦棲姫の艤装だから軽々とここまで運んでいるのだが、そうで無ければリシュリューの艤装を使わなければ運ぶのも難しかっただろう。伊47の艤装は陸では動きが緩慢かつ芝を抉ってしまうため、ここからは力を借りている。
「あらあらあら、繭を保護したのねぇ」
施設の島の中でバタバタし始めたことで、姉妹姫も目を覚ましてきていた。繭を見るなり、中間棲姫はすぐにその繭に触れて溢れた感情を読み取る。
「……溢れた感情は、『恐怖』……みたいねぇ。余程恐ろしいことが起きてしまったから、心が壊れてしまった……と考えるのが妥当かしらぁ」
恐怖が溢れて繭になったものは、この施設の中では初めて。恐慌状態となると、孵化したときももしかしたら暴れてしまうかもしれない。怒りとはまた違ったカタチで、深海棲艦化した後が怖い。
「このタイミングで繭があったとなると、どうしても黒幕側に何かされたからこうなったと考えちゃうわよね」
「泥が無いことは眼鏡を使って確認済みです。妹姫さんも見てみてください」
松に渡された眼鏡を使い、繭をよく観察する飛行場姫。言う通り、この繭からは泥の反応は1つもない。
とはいえ、あちらが別種の泥を使っていると言われてしまうとまた話が変わってくるのだが。眼鏡で感知出来ない泥を使われたら流石にお手上げ。
「いの一番に触れに行ったお姉も大丈夫よね」
「ええ、問題ないわぁ」
泥が無いと直感的に判断出来たため、中間棲姫は一切躊躇わずに繭に触れた。こういうところは、一番接点が近い者であるおかげで、感覚的にわかるようである。
「空いてる部屋ってあった? この繭何処に置けばいい」
「そうねぇ……今はベッドルームにしておきましょうかぁ。最近はみんなが上手く自分の部屋に分配してくれているみたいだし、数日ならそれでも問題ないわぁ」
それを言われて、戦艦棲姫は繭を慎重に施設の中に運び込んでいった。
「恐怖……まさか、龍驤さんに襲われたことで、とかでしょうか」
春雨がボソリと呟く。誰もがそうではないかとは考えていたが、口には出していなかった。
昼のうちに何処かのドロップ艦を侵蝕していることは確認出来ているため、今頃も下手をしたら別の海域で大暴れしている可能性だってある。この繭に包まれている艦娘は、その時に巻き込まれた結果こうなってしまったのかもしれない。
それはまるで、春雨と同じような境遇である。ドロップ艦か何処かの鎮守府に所属していた艦娘かどうかもわからないが、未知の敵に襲われたことで錯乱し、あり得ないほどの恐怖を感じたことで溢れ、繭となったとするのが妥当か。
「孵化したこの子から聞くのがいいとは思うけれど、恐怖が溢れているんだものねぇ……話がまともに出来るかもわからないというのが現状よねぇ。これ以上怖がらせたくないし、これ以上壊れてほしくないから、慎重に行きましょう」
全ては繭から孵化してからの話になる。しかし、恐怖が溢れたということは、今まで以上に困難がありそうである。
このタイミングで新たな繭。龍驤が暴れ始めたところで生まれたと考えれば、新たな泥の被害者と考えてしまいます。さて、誰が繭となってしまったのか。