空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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繭の謎

 深夜の哨戒で発見された黒い繭。それが何者なのかはわからないが、溢れた感情が『恐怖』であることは中間棲姫が解析済み。こうなってしまった時の状況が余程酷かったと想像出来る。

 ここ最近から考えて、犠牲となった理由は龍驤にあると誰もが考えた。既にドロップしたばかりの艦娘が1人侵蝕を受けていることは『観測者』の口から語られており、そこから勢力を増やす際に、この繭に包まれている艦娘が恐怖で心が壊れる程になってしまったのだろう。

 

「怪我を負っているのなら、孵化まで遅くて3日ねぇ。早くても1日はかかるから、今から最低丸一日はこのままになるわぁ」

 

 夜中ではあるものの、繭の前に集まった者達に簡単な説明をする中間棲姫。残りの者には朝に伝えるとのこと。

 今は誰も使っていないベッドルームを使用して、中間棲姫が定期的に経過を確認するようだ。あとは海風のときのように、日が出ているときは伊47が隣に待機すると話していた。じっと1人で見守り続けるのは慣れたものだと胸を張る。

 

「でも、恐怖が溢れたとなると、孵化した後も少し怖いわね。半狂乱で暴れ回るかもしれないわ」

「そうねぇ。私の予想だけれど、そうなるか、むしろ何も出来なくなってしまうかのどちらかになるんじゃないかと思うのよねぇ」

 

 施設に今までいなかったタイプである、恐怖が溢れた者。全てに恐怖を感じるようになった場合、それを排除しようと暴れ回るか、それから逃げることも出来ずにガタガタ震えるかのどちらかではないかと、中間棲姫は分析する。

 

「もしくは、何もかも忘れている可能性、なんてのも考えられない?」

「かもしれないわねぇ。あまりにも怖すぎて、心の奥底に封印してしまうかもしれないわぁ。その場合は、心が壊れちゃっているから、恐怖そのものを失っている……なんてことも考えられるわねぇ」

 

 第三の選択肢として、記憶の封印。恐怖が溢れたということは、それを回避するために心が防衛策に出るかもしれない。そうなった場合、溢れたことで()()()()()()()()()という選択をする可能性がある。

 そうなったら、何があってもニコニコ笑っているような逆に怖い存在になるだろう。それに、死をも恐れなくなるような狂戦士(バーサーカー)にもなるか。何せ、何に対しても恐怖を感じないのだから。

 

「どう転んでも厳しいわね……最後の以外は生活も難しいじゃない。最後のは制御出来ないし」

「……あまりこういうことは言いたくないのだけれど、恐怖が溢れた時点で、大分歪んでしまっているでしょうねぇ」

 

 生活に不備が出るレベルの溢れ方だと、保護をするにも難しい。勿論、だからといって見捨てるわけがないのだが。

 

「なら、誰かが繭に何かを語り続けるのはどうでしょう。絶望が溢れたはずの私が、春雨姉さんの慈悲のおかげで乗り越えることが出来ました。この繭のヒトも同じようにすれば、溢れた感情を乗り越えることが出来るのでは」

 

 そこで思い付いたのは海風だ。実体験を基に、溢れた感情がどれだけ酷くても、それを『依存』に切り替える裏技的な手段を提示。

 生活に難が出るくらいなら、明るく楽しく生きていける依存体質にした方がマシなのかもしれないが、姉妹姫は正直何とも言えなかった。それをやって恐怖が本当に払拭出来るか。そして、出来たとしても()()()()()()()()

 

「やるならアタシがやるわ。お姉にこれ以上負担を増やすのもどうかと思うし、アタシに依存するなら恐怖が無くなるくらいに鍛え上げてあげるわよ」

「それじゃあ……お願い出来るかしらぁ。もしかしたら何もないかもしれないけれど、万が一を考えて動いた方がいいものねぇ」

 

 ここで、飛行場姫が繭の側につくと宣言。声をかけ続けると言っても程良く、距離を取るわけでもなく、恐怖を払拭するように撫でながら話すことになるだろう。

 海風に対する春雨のように、元々想いを寄せていたようなことは今回はない。それならば、そこまで徹底的に依存することも無いはず。むしろそれに賭けているところもある。

 

「今日はもう休みましょうねぇ。この子のことは、朝にまた考えましょう」

「そうね。戦艦の、哨戒はまだやる?」

「ええ、勿論。まだ夜は長いわ。しっかり見て回っておくから、貴女達はグッスリ寝ておきなさい」

 

 松竹姉妹と伊47も哨戒を中断するつもりはないようで、戦艦棲姫と共に改めて外へと向かう。まだまだ夜は終わらないため、こういう時に隙を見せるわけにはいかない。またそんな時こそ狙われたりするのだから、気を抜かずにしっかりやれることをやっておく。

 

「春雨ちゃんと海風ちゃんはもう寝ましょう。私達も休ませてもらうから」

「はい、また朝に」

 

 春雨と海風も撤退。作業に参加していたわけでは無いのだが、新たな繭の存在に若干気疲れしてしまったか、2人して寝床に入ったらすぐに睡魔に襲われることになった。

 

 

 

 

 朝、朝食の時間に繭のことが話される。たまたま目を覚ましていた春雨達は気付いたが、基本的にはかなり静かに事を運んでいたため、他に気付いている者は誰一人としていなかった。そのため、ベッドルームに繭があると言われて誰もが驚く。

 ミシェルは相変わらずそれに対して疑問を持つが、ジェーナスが上手く説明していた。ヒト型になる前のミシェルみたいなものだと言ったら素直に納得した辺り、やはり実体験があると疑問を解消しやすいようである。

 

「今日一日は孵化することは無いと思うわ。で、管理はアタシとヨナがしていくから、みんなは予定通りに動いてちょうだい。漁の方は今日は休みで大丈夫よ」

 

 飛行場姫を中心として、その繭を見守っていくと決定。溢れた感情が『恐怖』であることも伝わったため、ここは有識者に任せるという方針となった。

 ここの面々の中でも、後半仲間になった者達でなければ、海風という前例を知っている。余計なことをしたら繭に包まれている何処かの誰かに余計な影響を与えかねないため、繭に対しては極端に接するのは控える。

 

「それじゃあ、あたし達は哨戒だね。ミシェルもお昼ならおねむにならないでしょ」

「夜はどうしても眠くなったけど、お昼なら全然大丈夫っぴょん! 海の中も任せてほしいぴょん!」

「ということで、Michelleもまた一緒に行ってくるわ」

 

 勿論、哨戒はいつも通り実施。午前の当番は白露、ジェーナス、ミシェル、そしてリシュリュー。午後は叢雲、薄雲、コマンダン・テスト。春雨と海風が深夜の担当であるため、今日はゆっくり休むことになる。

 

「この後、繭のことはまた提督くん達に話しておきましょうかぁ。もしかしたら、何処かの鎮守府の子かもしれないもの」

「そうね。大将に誰か被害にあってないか調べてもらうのがいいわね」

 

 中間棲姫がわかるのは溢れた感情だけ。中に入っている者の素性はわからない。ドロップ艦であれば、他の鎮守府とは関係が無くなるため、施設でしっかり保護をするだけで済むが、何処かの鎮守府の艦娘となると話が変わる。この事件に巻き込まれている鎮守府が増えるということは、施設と関わり合いになる鎮守府が増えるということにも繋がるからだ。

 とはいえ、仲間が不審に姿を晦ましたとなると、鎮守府だって騒然となる。それをすぐに解消出来るなら解消してあげたい。その鎮守府がどんなところであるかは、大将に判断してもらえばいい。関わり合えそうならば、大塚鎮守府のように後からでも対話は出来る。

 

「それじゃあ、今日もみんなよろしくお願いねぇ」

 

 施設の方針は、あくまでも繭の保護。中にいる艦娘がどうであれ、こうなったからには施設の一員として楽しく生きてもらわなくてはいけない。恐怖を払拭して、明るく笑えるようになるまでは姉妹姫が親身になるだろう。

 

 

 

 

 この後すぐに繭についての情報を共有。今は飛行場姫が繭の側にいるため、ダイニングでは中間棲姫と空いている春雨と海風が鎮守府に対応する。

 

『繭が見つかったのか……かなり久しぶりな気がするが』

「そうねぇ。最後にこの施設で繭を見たのは海風ちゃんの時だから、もうそれなりに経つわぁ。頻繁に見つかっても困っちゃうけれど」

 

 話しながらも、大将は吹雪と共に裏側で行方不明になっている艦娘がいないかを調査している。

 

『その繭というのはどういうものなんだ。実際の物を見せてもらえると助かるんだが』

 

 大塚提督もだが、繭そのものを見た者は人間側にはいない。艦娘でもそれそのものを見たことがある者は海風のそれを見た者達のみである。

 

「一度見てもらいましょうかぁ。貴方達には知っておいてもらってもいいでしょうから」

 

 これは実際に見せた方がいいと思い、せっかくタブレットが持ち運び出来るのだからとそのままベッドルームにまで移動。そこには、ベッドのど真ん中を占拠する大きな繭が鎮座し、その隣に飛行場姫が控えていた。

 繭は昨晩から何も変わらず、別に脈動しているのがわかるわけでもなく、本当にただそこにあるだけ。孵化する直前まで何も変わらないため、常に見ているべきではある。

 

「あら、みんなにこの子を見てもらう感じかしら」

「ええ、知っておいてもらった方がいいでしょう」

「そうね」

 

 画面越しに繭を見て、誰もが言葉を失っていた。艦娘という存在は、中身が違っても見た目は人間と殆ど同じ。それが繭になるだなんて普通は考えられない。しかし、それはどう見ても繭だった。

 人間と同じサイズの黒い繭は、それこそ昆虫が完全変態するためにその身を包むモノと同じ。中で艦娘から深海棲艦へと変異しているというのを、嫌と言うほど伝えてくる。

 

『……感情が溢れた時、艦娘の内部からそれが泥となって溢れ出て、その身を包む……と言っていたね』

「ええ。私はその瞬間を見たことが無いのだけれど、みんな同じように感情が溢れ出してこのカタチになるみたいねぇ」

「私も、それに海風も、同じように溢れました。手の甲から泥がわっと出てきて、身体をどんどん覆っていきました」

 

 海風もうんうんと頷く。心が壊れて茫然としている時でも、自分がそうなっていたという実感はあるようである。

 

『それも泥なのか。黒幕がばら撒いているものと何が違う』

 

 ここで大塚提督からの質問。毎度泥という言葉で表現されるので混同してしまいそうになるため、どうしても気になったようだ。

 

「1つわかっているのは、提督くんのところの明石ちゃんが作ってくれた眼鏡では、繭は反応が無いことよぉ」

『……艦娘と深海棲艦は近しい存在であるという噂はあったが、似て非なるものではあるわけだ。性質は同じでも、出来ることがまるで違う』

『一度裏返ったら、表に戻ることは出来ないようだがね』

『肝に銘じておこう。同じことを俺の鎮守府では起こさない』

 

 単純に戦力の減少を避けるためではあるのだが、その言葉は艦娘のことを思ってのことにも聞こえる。

 

「艦娘も同胞(はらから)も、そこは同じなんでしょうねぇ。もしかしたら、誰もが本体はこの泥なのかも。だったら、泥というのは失礼かもしれないわぁ」

『敵のモノは泥で充分だ。だが、艦娘のモノは……少々聞こえが悪い。同じモノでも呼称は変えるべきだろうな。何と言えばいいのかは俺には思いつかないが』

『それはまぁおいおいでいいだろう。今はその繭の中にいる艦娘が何者かを調べたいところだ』

 

 そうこうしているうちに、大将がある程度調査を終える。一言も発しなかったが、ここ最近での報告書に全て目を通していたらしい。吹雪も同じように確認して、首を横に振っていた。

 

『今のところ、他の鎮守府から被害報告は出ていないわ。昨晩というのならまだ報告されていないだけかもしれないけれど、ドロップ艦が襲われたと考えておきましょう。もし何かあれば、追って連絡するわ』

「ええ、ありがとう大将さん。どうであれ、この子は私達が保護するから、安心してちょうだいねぇ」

 

 

 

 

 これで繭のことも情報共有完了。孵化するまで見守る必要はあるものの、別の場所に心配をかけることは一応無くなる。

 しかし、これが誰に何をされてこうなったかを知るためには、孵化を待つしかない。




まだまだ何者かはわからないけど、現状ではおそらくドロップ艦かなというイメージ。ちなみに誰が中に入っているかは既に決定しています。
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