空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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依存

 午後の哨戒も終了したが、黒い繭は一切の反応無し。飛行場姫がたびたび話しかけ、繭を撫でるなどしていたが、その時に何か変わったかどうかなんてわかるわけがない。とはいえ、やれることは全部やる。

 海風が特別というのもある。それをしていたのが最愛の姉である春雨だったために依存体質へと変化したというのも考えられる。叢雲の時といい、やはり姉妹というのは大きな影響を与えるものである。

 この繭の中で変化を遂げている艦娘の姉妹がこの施設にいればいいのだが、今の状態でそれは絶対にわからない。透けて見えるわけでもないし、中間棲姫が触れてもわかるのは溢れた感情のみ。

 

「あと一晩はかかるわね。孵化は明日の朝ってところじゃないかしら。触っているだけじゃ確証は無いけども」

「そうねぇ。じゃあ、妹ちゃんはこの部屋で寝る?」

「ええ、そうさせてもらうわ。もし何かあったとしても、近くに誰かいなくちゃいけないでしょ」

 

 別室で眠っている間に孵化するなんてことがあったら、欠片を取り込むことも出来ず、恐怖が悪化して暴走することが目に見えていた。ならば、一日中隣に居続けた飛行場姫が一緒に眠るのがベスト。夜中に孵化を始めても、隣にいればすぐに対応出来る。一晩何事もなくても別に問題ない。

 実際、この施設に運び込まれた春雨の繭も同じようにしていたのだ。練度が高い春雨が死にかけたところで繭化したので、丸二晩をベッドの上で眠ったのだが、状況自体はその時と殆ど変わっていない。

 

「万が一のことがあったら、この子を運べるのは私か戦艦くらいでしょ。リシュリューは壁を壊せば出来るかもしれないけど」

「確かにそうなるわねぇ。そういう意味でもお願いするわねぇ」

 

 春雨の時は、運び出せそうなのは飛行場姫とリシュリューくらいしかいなかったが、リシュリューの艤装は少々使い勝手が悪い。そういう意味でも、夜に傍にいるのは飛行場姫が適任である。

 

「今日の夜の哨戒は?」

「春雨ちゃんと海風ちゃん、そこに古鷹ちゃんの予定だったんだけれど、今晩から哨戒に参加してくれるってことで、大鳳ちゃんが入ることになったわぁ。あとは、潜水艦の姉妹ちゃんねぇ」

「大鳳か。初陣なら春雨達と一緒がいいかもしれないわね。あの子もいろいろあるだろうし」

 

 深夜の哨戒から始めるというのは少々不安ではあるものの、潜水艦姉妹が便乗することと、そもそも()()()()での経験で夜の戦いには強いこともわかっている。コロラドもそうだったのだから、大鳳も即戦力だ。

 あと、大鳳が今晩から哨戒に参加すると言い出したのは、春雨と海風が当番だったから。やはり、ある程度慣れ親しんだ者が最初の方がいい。療養中に最も話をしたのはこの2人なのだから。

 

 

 

 

「ということで、今日からよろしくお願いしますね」

 

 夜、いつもの岸で今日の仲間達にお辞儀する大鳳。そこまでしなくてもいいのにと春雨が言おうとするものの、大鳳はそういうところで非常に生真面目であるため、するがままにしていた。別に挨拶は悪いことでは無い。むしろ、礼儀正しいことは褒められて然るべきである。否定することは無いと判断。

 今回の大鳳は通常の装備に加えて、泥刈機も一緒に持ってきていた。もし何かあったときにすぐに対処出来るようにである。

 

「夜の海でも問題は無い、ですよね」

「はい、何も問題は無いですね。常に哨戒機を飛ばしながら行きましょうか。高高度も可能ですよ」

「頼り甲斐があります」

 

 この施設で高高度からの哨戒が出来るのは、今まで飛行場姫しかいなかった。それでも島から動けないのだから限界はある。中間棲姫も高高度に艦載機を飛ばすことは可能なのだが、艤装を施設から動かさないので、実質出来ないと同じ。

 そこに、移動出来る空母の大鳳が入ったのはかなり大きい。確認出来る範囲が拡がったということは、それだけ施設が守りやすくなるということだ。それでも空から見るだけでは足りないため、海上の目と海中の目、どちらも必要。深夜に見て回るのだから尚更である。

 

「それじゃあ、海の中もよろしくね」

「了解。いつも通りこなすから」

「海の中は任せて」

 

 潜水艦姉妹は2人揃って海中へ。前よりもどんどん絆は深まっているようで、見た目だけでなく、雰囲気も姉妹と言えるようになってきている。言葉の端々に、ほんの少しだが感情が乗っているように感じた。

 まだまだ無表情かもしれないが、正しく成長はしている。笑顔を取り戻す日も近い、かもしれない。

 

「私達も行きましょうか」

「では早速哨戒機を飛ばしておきます。コースは春雨に任せますよ」

「了解です。いつものコースで回るので、大鳳さんはついてきてくださいね」

 

 まず海に出る前に、大鳳は手に持つボウガンから艦載機を発艦。いくつもの哨戒機が上空に飛び立ち、瞬く間に雲を突き抜けていった。また、いくつかは雲のスレスレくらいで止まり、上空から真下を観察。

 それを確認して、春雨を先頭に3人で海に出た。潜水艦姉妹は若干先行している状態になるのだが、基本的には海中から春雨の足を見て距離を保つ。

 

「夜の哨戒……姉さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫。心が騒つくところはあるけど、海風が、みんながいるからね」

 

 春雨が今の姿になるきっかけとなったのは、夜の海。前回の深夜の雨の戦いは、緊迫した戦闘にそれどころではなかったので大丈夫だったが、哨戒はどうしても()()()を思い出してしまう時間だ。昼ならまだしも、夜だと状況がそれそのものになってしまう。

 施設に所属した当時ならば発作を起こしていただろう。だが、ここまでの経験と成長により、春雨はそう簡単には発作を起こさない。常に海風が隣にいるのだから尚更である。

 

「春雨姉さんが私の光であるように、私も春雨姉さんの光になれるように精進を続けていましたが、一歩でもそこに踏み込めていると知ることが出来て歓喜の極みですね。あまりにも嬉しくて身体が震えてきました。1つの目標が達成出来たと言っても過言ではないでしょう。でも、これで終わりません。私は春雨姉さんの全てを守るのですから。安心してください。ここでもし何者かが春雨姉さんに襲い掛かってきたとしても、この海風、命を懸けてその身を守りますから」

「命は懸けないでね。海風がいなくなる方が私には辛いから」

「偉大なる春雨姉さんに認められていると実感出来て感無量ですね。勿論、海風は春雨姉さんの側から一時も離れませんのでご安心を。寂しさの発作なんて、二度と起こすことはありません。この私が保証します。春雨姉さんはもう悲しむ必要など無いのですから」

 

 少しでも寂しさを晴らすように、海風はしっかりと春雨の手を握っていた。

 

「仲のいい姉妹ですね。ちょっと羨ましいですよ」

 

 それを少し後ろから見ながら、大鳳が微笑む。春雨のことを恩人とは思っているが、海風ほどの()を持っているわけでもないため、こんな風景でも穏やかな感情で見ていられる。むしろ、大鳳も心が温かくなるような感覚だった。

 

 

 

 

 夜の海を航行する哨戒部隊。まだ始まったばかりであるためか、何も異常無し。

 毎日朝昼晩と哨戒をしているし、定期的に島から哨戒機を飛ばしているため、あまり隙を見せていない。とはいえ、襲撃してくるときは隙のある無しは関係ないだろう。何せ、龍驤はこれまで二度も敗北を喫している。そんな状況で、今まで通りの襲撃はしてくるはずがない。流石に慎重になってくるはずだ。

 

「哨戒機から何も見えませんね。異常無しです」

「定期連絡。海中異常無し」

「痕跡も見当たらない」

 

 上空も、海中も、海底も、敵が侵入してきたという痕跡はない。まだあちらも準備中なのかもしれない。その準備がドロップ艦の侵蝕だとしたら厄介極まりないのだが。

 それに、まだ施設から見て1方向しか見ていないのだ。真逆の方向に何かしらの準備をしている可能性だってある。午後の部では見当たらなかったとしても、この夜に乗じて何かしらの準備をしてきてもおかしくない。

 

「次の場所に行きましょう。まだまだ夜は長いですから」

「了解。また潜る」

 

 潜水艦姉妹はそのまままた潜水。大鳳も頷いて哨戒機を飛ばす方向を次の針路へと向けた。

 

「でも……私達がこうやって平和に暮らしている今頃、裏側では何処かの誰かがやられている可能性もあるんですよね……」

 

 龍驤が泥化し、侵蝕をして回っているとなると、それこそ鹿島の時のように哨戒部隊を侵蝕した後にそのまま鎮守府の乗っ取りなんてことをしているかもしれない。大塚鎮守府で失敗したことを、龍驤が自ら乗り込んで再度実行していたら大変なことだ。

 

「春雨姉さん、考え始めたらキリがありません。その誰をも救いたいという気持ちはわかります。春雨姉さんが救世の女神であることは海風が充分に承知しています。ですが、『観測者』様の言う通り、手が届かないところを救うのは難しいです。自分の身を守ることを最優先にしないと、手を伸ばすことも出来なくなってしまいます」

 

 ギュッと手を握って訴える海風。自分のことがどうでもよく、周りのことを気にかけすぎる春雨は、どうしても知ってしまった龍驤の悪行が気になってしまう。だが、何処の誰かもわからないような者のために気に病むのはやめてもらいたい。

 今何処にいるかもわからないのに救出なんて出来ないし、今から行ったところで間に合わず、目の前にしてまた気に病むのでは意味もない。ならば、無視をしろとは言わないまでも、いくつかは取捨選択をしてほしい。そう海風は話す。

 

「……うん、勿論、施設のみんなのことを最優先にするよ。私はさておき、みんなが傷つくところを見たくないから」

「何度も言うように、姉さんが傷付いたら私も傷付きますから。先に言っておきます。私、姉さんが死んだら後を追いますからね。絶対に。姉さんのいない世界に意味はありませんから。姉さんが嫌だと言っても、私は姉さんの側に居続けますから。死んでもです」

「それは困るなぁ……山風に怒られちゃう」

 

 苦笑しつつも、海風の存在には感謝していた。行き過ぎた依存性になっているものの、ここまで親身になってくれているからこそ寂しさが溢れ出すことはもう無く、どうでもいい自分を大切に出来る理由になってくれている。

 春雨側からも、海風に対して僅かにだが依存の傾向があると言ってもいいかもしれない。海風ほどではないが、常にとなりにいる海風がいなくなった場合、錯乱してしまう可能性は充分に出来ていた。

 

「ありがとう海風。なるべく気にしないようにするよ。もしこの裏側で誰かが侵蝕されていたとしたら、私が必ず救う。もし誰かが沈められていたら、その分を黒幕にぶつける。でも今は、海風と施設のみんなのために動くよ。まずは手が届く範囲から、だよね」

「そうです。その通りです。そして今、姉さんの手は私に届いています」

「あはは、そうだね。じゃあ、海風のために動かないとね。自分のために」

 

 少し気に病んでいた春雨だが、海風のおかげですぐに立ち直れた。やはり心の支えになっている。共依存とは言わなくとも、その兆しは見え始めていた。

 

「っと、お話はその辺りで止めましょうか」

 

 大鳳が突然表情を変え、真剣な声色で少し遠くを指差す。そちらの方を見てみると、泥感知の眼鏡に反応が現れていた。そのサイズからして、ヒト1人分まではいかないくらいの量がそこにあるように見えた。まるで、そこに罠を張っているかのように。

 この場所は、鎮守府から施設に向かうための航路の上に近い。ならば、調査隊の面々を狙った罠とも言える。しかし、あまりにもわかりやすく置いてあった。

 

「……これ、罠じゃないかも」

 

 ひとまず排除しなくてはとその反応に近付く。やはり誰かいるわけでもない。()()()()()()()という痕跡をわざと残しているような、そんな泥。大鳳がそれをすぐさま泥刈機で消し飛ばした。

 

「哨戒機から何か見えてるわけでも無いですね。この周辺に誰かいるわけでもなく、午後の哨戒と私達の合間にここに来ていたと考えるのが正しいかと」

「でもそのときに襲撃してこなかったということは……」

「まだ準備中……それか、()()に来たか。泥が設置されたんじゃなく、たまたまここに落ちちゃったって考えることも出来ます」

 

 考察しているうちに、潜水艦姉妹も浮上。

 

「海中、海底、共に異常無し」

「海上に泥があったのは確認している」

「敵に潜水艦がいないと考える」

 

 つまり、ここで見つけたのはこの泥だけ。しかし、近々来るということを痛感した。

 

 

 

 

 あてつけのように設置された泥。これのせいで、施設側は少しずつ緊迫していく。

 それを狙ってだったとしたら、龍驤はより()()()存在となってしまっているだろう。

 




支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/97494985
MMDアイキャッチ風明石。これ絶対おかしなことを思いついて大淀に相談してる。鎮守府のための開発かもしれないけど、こうやって却下されていることも多そうです。
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