春雨達が行なっている深夜の哨戒。その途中で、海上に設置されている泥を発見した。その時は大鳳が持っていた泥刈機ですぐに排除したが、まるでそれは
その発見から哨戒部隊はより慎重に哨戒を続けるのだが、施設周辺をグルリと回ることで、他にもいくつか泥が設置されている場所を見つける。数としてはそこまで多いわけではなく、包囲されているというわけでもない。まばらに、しかし比較的固まっている場所。
「何と言うか……あまりこういうことは言いたくないんですけど」
3つ目の泥を消した辺りで、春雨が苦言を呈するように呟く。その気持ちを代弁するように、海風がすかさずフォロー。
「自意識過剰ですよね。自分の存在を誇示して、お前達を見ているぞって感じでこうやってちまちまちまちま置いて。春雨姉さんの手を煩わせるだけでも万死に値するのに、何様なんでしょう」
仲間達以外、しかも春雨と敵対している者に対しては、非常に口が悪くなる。春雨もこれには苦笑しか出来ない。
「哨戒の合間を縫ってここにいた痕跡が残せるということは、こちらのことをよく見ているということにもなりますよ。確かに少し慢心が過ぎる気がしますけど、彼女はいつもそんな感じです。実力者であることには変わりありませんから」
龍驤のことをよく知る大鳳が言うには、侵蝕された龍驤はそういう性格になってしまっているとのこと。そして、
大鳳が元々いた鎮守府には龍驤はいなかったようだが、他鎮守府との演習で顔を合わせたことがあるそうだ。見た目は幼いものの、軽空母として駆逐艦や軽巡洋艦にも好かれ、見た目とは裏腹に大人の女性というイメージすら持てたという。
しかし、黒幕の駒である龍驤は、そんな雰囲気など微塵もない。あちら側だった時の大鳳には何も感じるものは無かったが、今ならば確実におかしいということがわかるほどに歪んでいる。
黒幕の最初の器だからか、お気に入りを徹底的に弄くり回しているからだろうかと、大鳳は首を傾げた。
「その優秀な力を使ってこちらの隙が見えているなら、その隙を突いて施設に襲撃を仕掛けてくればいいじゃないですか。でもそれをしなかったということは、もしかして施設がまた見つけられなくなったとかあるんじゃないですか?」
対する海風は、どうであれ春雨に敵対しているのなら関係ないとニッコリ笑った。目は笑っていなかったが。
「どうなんだろう……。大鳳さん、その、不躾なことを聞くんですけど」
「どうぞ。力になれるなら何でも聞いてください」
「以前……施設に泥の雨を降らせた時、艦載機を使っていたのは大鳳さんですよね。その時、施設の場所ってちゃんとわかってたんですか?」
春雨のちょっとした推理は、今はこちら側に来てくれた潜水艦姉妹がいなければ、黒幕側は未だに施設の場所を把握していないのでは無いかということ。
その場所を明確に知っている潜水艦姉妹が場所を伝えれば、敵対する者でも結界的な効果があるこの空間を貫くことは出来るが、実際にここまで来たことのない龍驤には不可能なのでは。春雨はそう考えた。
「あの姉妹に導いてもらったことで施設の場所は理解していました。でも、いないとやっぱり少しあやふやになりますね。自分で見たわけではないので」
「ですよね。だったらこの泥、もしかしたら施設の位置を明確にするための目印だったのかなって」
「なるほど、三角測量みたいな。だからまばらにいくつか落ちていたと」
あやふやな距離感を計測するために泥を使ったという可能性。やっている姿を想像したら妙に微笑ましさも感じてしまったものの、泥をあえて残していく辺り、やはりこれは施設側に対するあてつけ、
「ただの自意識過剰な慢心泥空母だと思っていましたが、そんな思惑があっただなんて、海風には皆目見当がつきませんでした。それを看破してしまうとは、流石は聡明な春雨姉さんです。答えに辿り着く力なんて関係なく、その明晰な頭脳で真実を掴み取ったのでしょうね。海風、感動しています」
「いやいや、それはちょっと言い過ぎかなぁ。ちょっと思っただけだから。あまりにも不自然だったからね」
どうであれ、泥があったことは確かだ。これは哨戒が終わったところで、姉妹姫に伝えることになるだろう。
丑三つ時に休憩を挟み、同じコースを逆回転でもう1周。これで哨戒は終わりとなる。全て終えたら空は白んできていた。この頃にはやはりかなり疲れており、眠気もどうしても出てくる。しかし、こういう時だからこそ気を引き締めて、ストレッチなどを挟みながら任務を完遂する。
それまでに泥は最初に見つけた3つのみ。逆側にあることも無かった。測量をしたとしてもあの位置に置いたのは、あわよくば調査隊の航行する針路にぶつけて面倒臭いことにしてやろうという魂胆が見える。
「ふぅ、お疲れ様。やっぱり深夜の哨戒は疲れるね」
改めて背筋を伸ばす春雨。海の上では常に脚を消しているためか、疲れが腰や股関節に溜まっているようにも思えたため、岸から島に上がったところで脚を生やした後にすぐにストレッチ。
「哨戒機も帰還しました。空は結局一晩何も無しでしたね」
大鳳が飛ばしていた艦載機が戻ってきたことを確認。泥は見つけたが、上空には高高度も含めて何も無し。本当にただ泥を置いてあっただけと言える。
「海中、海底、共に異常無し」
「何者かが侵入してきた痕跡も無し」
潜水艦姉妹も無事浮上。海面に設置されていた泥以外は、本当に何も無かったということになった。勿論、ここにいる全員が眼鏡によって誰も侵蝕されていないことは確認済み。
「深夜哨戒、お疲れ様でした。じゃあ、あの泥のことを報告したら終わりです」
と話している内に、施設から中間棲姫とコマンダン・テストがやってくる。いつもなら哨戒を飛行場姫がやるところなのだが、今日も朝から繭の近くから離れない方針であるため、ある意味代役。中間棲姫が来たなら、報告もすぐに出来て楽になる。
「姉姫様、ちょうどいいところに」
「あらぁ、何かあったのかしらぁ」
すぐに設置されていた泥のことを説明する。今でこそそれだけで済んでいるが、あてつけのように配置されていたことに、中間棲姫は少なからず嫌そうな反応を示した。
施設の平和を脅かす存在が、まるで近々お前達の生活をぶち壊すぞと脅しに来たようなもの。何もしていないのにこういうカタチで因縁をつけられるのは、いくら温厚な中間棲姫でも嫌な気分になる。
「そうなのねぇ……そのことは提督くん達にもまた話しておくわぁ。貴女達は一晩哨戒で疲れたでしょう。今はゆっくり休んでちょうだいねぇ。朝ご飯まではもう少しかかるから、先にお風呂に入ってねぇ」
ここ最近の黒幕陣営のやり方が、中間棲姫の心を少しずつ削っているようにも思えた。今でこそまだまだ調子を崩すなんてことは無いのだが、こんなことが続いたらそのうち倒れてしまうのではないかと不安になる。
みんなで楽しく生きていくために在るこの施設は、中間棲姫がいなくては成り立たない。誰にも迷惑をかけずにひっそりと暮らしているだけなのに、捨てた器がまた欲しくなったと執着する黒幕のせいでそれを壊されるのは、中間棲姫のみならず、春雨達も気に食わなかった。
「姉姫様、私達が絶対ここの生活を守りますから。絶対守りますから」
力強く宣言する春雨。島の外で戦える力を持っているのは自分達だけ。姉妹姫は自衛は出来ても攻めることは出来ないし、性格上そんなことは絶対にしない。故に、春雨を筆頭に施設の仲間達が攻勢に出る。
それもこれも、全ては施設のため。いくら元々艦娘だったとしても、これだけ長く暮らし、深く関わったことで、自分達の居場所はここしか無いのだと刻みつけられているのだ。そこを守るのは当然のこと。
「ありがとうねぇ。私はこの島を守ることで精一杯で、あちらが諦めるまで我慢するしか出来なかったわぁ。でも、みんなのおかげで、平和を取り戻せるかもしれない。本当は辛いけれど……本当に辛いけど……でも、もうそうも言っていられないことも理解しているわぁ」
「姉姫様……」
「私はみんなのために、戻ってこれる場所を守る。だから……本当に申し訳ないけれど、この島の平和のために、よろしくお願いねぇ」
その表情は、悲しい笑顔。中間棲姫のこんな表情は、なるべく引き出したくなかった。
お風呂、朝食と終え、深夜哨戒組は休息へ。春雨は相変わらず海風と私室に。身体を清めた後、空腹を満たしたことで、一晩動き続けた疲れがどっと現れる。それでもお昼には目が覚めるのは生活習慣なのか何なのか。
「……姉姫様、悲しそうだったね」
「はい……平和であるこの島をわけのわからない連中の自分勝手な理由で壊されそうだなんて、納得行かないですから」
これが深海棲艦を憎む人類からの攻撃だったりしたら、まだ理解は出来る。穏健派であろうが何だろうが、深海棲艦という種族に対して敵意を持っているというのなら、それは仕方ないと考えられる。何もしていないところを無理矢理攻められるのは気に入らないが。
しかし、今回の黒幕はそういうものでは無い。侵略を止められたことを恨み、器を捨てた挙句、他者を利用して自分は後ろから見ているだけという性格の悪いやり口のために、施設を侵略して器を取り戻すついでに仲間達をどうにかしようとしている。そんなもの、誰も納得出来やしない。
「あんな顔、見たくないよ。だから、この島の平和は絶対に守ろう。あちらのいいようにされるなんて嫌だもんね」
「勿論です。私はここで春雨姉さんと平和に暮らすんですから。その平和を壊そうとする輩は、誰であっても許すことは出来ません。生まれてきたことを後悔させます」
「乱暴しすぎるのは良くないと思うけど……」
「何を言うんですか。姉姫様が悲しむということは、姉さんも悲しむということ。その慈悲深さは姉さんの女神たる所以でしょうが、姉さんが悲しむことは何があっても許されることがあってはなりません。万死に値します。文字通り、一万回死んでも許されないでしょう。むしろ、そういう輩は何があっても反省しないでしょうから、ごめんなさいを言うまで殺し、言っても殺し続けます。どうせ口先だけですし。姉さんを悲しませるというのは、それだけ罪深いことですから」
眠る前だというのにヒートアップしていく海風を落ち着かせるために、いつも通り抱き枕代わりになるのではなく、逆に海風を抱き枕にするように顔を胸に押し当てるように抱きしめた。
それだけで海風は落ち着いていき、逆に力が抜けていく。小さく震えているようだが見て見ぬふり。
「海風、あんまり荒くならないでね。私のことを思ってくれているのは嬉しいけど、もう少し冷静になろ。熱くなりすぎると、出来ることも出来なくなっちゃう」
「……姉さんのことになるとどうしても自分が抑えられなくなるんです」
「うん、わかってる。今の海風のことはちゃんとわかってるからね」
頭を撫でながら、海風の眠気を引き出していく。海風だって一緒に哨戒をしていたのだから、とても疲れているのだって一緒。
撫でられているからというのもあるが、その表情は眠気でトロンとしてくる。春雨の胸に頬擦りしているのは無意識に欲求を表に出しているだけ。
「あ、ボタンが痛かったかな。じゃあ……今日は特別。私もこうされたらすごく落ち着けたし、前にもやってあげた時に落ち着けたもんね。これならすぐに眠れるよね」
パジャマを消し、新たに着込んだのは飛行場姫のボディスーツ。温もりをより強く得られることで海風は落ち着いていき、そのまま蕩けた表情で眠りに落ちた。
「おやすみ、海風。じゃあ私も」
そして春雨もそのまま眠る。午前中眠ればスッキリもするだろう。怒りに染まっていては身体の疲れも取れることはない。
島の平和は今も脅かされている。だが、仲間達は一致団結してこの居場所を守ろうとしている。
いつ来るかわからない襲撃であろうとも、必ず撥ね除けてやると決意して。
海風はとてもいい夢を見ているでしょう。悪夢なんてありえない。