拾われた黒い繭から孵化して現れたのは、駆逐艦潮。ドロップ艦であったが、鎮守府に案内するという姉妹艦漣が侵蝕を受けており、同時にドロップした姉妹艦曙が泥により侵蝕される姿を見せられた挙句、逃げようとしたところを後ろから撃たれたことで恐怖に呑まれたことがわかった。
その潮は、常に恐怖に怯えている状態。繭に声をかけ続けた飛行場姫の近くにいれば少しだけ落ち着くことが出来るが、それ以外には常にビクビクと目を合わせようともせず、涙目になってしまっていた。春雨と海風とは一応友達になることは出来たものの、まだまだ先は長い。
「潮、早速みんなにアンタのことを紹介するわ。ちょうどいいことに今はお昼時なの。みんなダイニングにいるから」
「えっ、あ……」
大人数がいることがわかっている場所に向かうのはどうしても抵抗があるようで、飛行場姫の腕をギュッと掴んだ。
しかし、そんな潮をそのままにしているほど飛行場姫は甘くなく、そういうことならと勝手に抱き上げてしまう。
「ひぃっ!?」
「大丈夫だよ。みんな潮ちゃんのことをしっかり受け入れてくれるから。怖いことなんて何もないからね」
「叢雲さんがちょっと心配ですけどね。いつも苛立ってますし」
海風の言葉に反応して、潮はさらに泣きそうな顔になるものの、会ってみなくちゃわからないだろうと下ろすことなく飛行場姫は潮を運んだ。
かなり強引な方法ではあるのだが、ここで躊躇っていては、この施設に身を寄せるのは不可能。みんなで仲良く暮らして行くことが絶対条件だ。春雨と海風相手には、おずおずとではあるものの握手が出来たのだから、おそらくは大丈夫。
とはいえ、海風の言う通り叢雲は若干不安ではある。常に恐怖を感じている潮と、常に怒りを持っている叢雲は、まず確実に相性が悪い。今の潮は強く出られるとそれだけで崩れる。常に発作を起こしているようなものだ。対する叢雲は、常に強く出る。
「叢雲に関しては、アタシがどうにか止めるわ。何かあった場合はね」
「ですね。よろしくお願いします妹姫様」
そこは潮を守るために飛行場姫が前に出るだろう。叢雲は飛行場姫に若干の苦手意識を持っているため、潮を守るには打ってつけの人材。
「あとは……ミシェルちゃんはジェーナスちゃんがどうにかしてくれるはず」
「ああ、確かに。潮さんにあの積極性は少し酷かもしれません。でも、ジェーナスさんが制御してくれるでしょう。それなら叢雲さんが一番危険ですね。次点でコロラドさんではないかなと」
「あのヒトは言い方がちょっとキツイけど、大人の女性だから大丈夫だよ。うん、多分」
などと話しながらダイニングへ。潮は今からのことを考えると恐怖が噴き出してきて、飛行場姫に抱き着き震えることしか出来なかった。
そしてダイニング。昼食時ということで全員ここに揃っていた。
実際はあの潮の叫び声でなんだなんだとベッドルームに向かおうとしていたのだが、春雨と海風が向かっていったのが見えたことで、中間棲姫が待ったをかけていた。そのおかげで、比較的何事もなく潮を宥めることは出来ている。
とはいえ、あんな叫び声が聞こえたら誰もがハラハラしてしまうもの。そして、叢雲はイライラしていた。
「無事に目が覚めたのねぇ。よかったわぁ」
早速出迎えた中間棲姫なのだが、やはり誰の視線を受けても恐怖を感じてしまうため、小さく悲鳴を上げた後に、飛行場姫の胸に顔を埋める。そんな姿を見てあらあらと苦笑した中間棲姫であったが、恐怖が溢れていることを知っているため、最初はこうなっても仕方ないと諦めていた。
今はどういうカタチでもいいので、施設はこういう場所であり、誰も潮の脅威とならないことを知ってもらいたい。そのため、敵対的な行動は絶対にしないようにと釘を刺していた。そんなことしなくても、誰も潮のことを取って食おうだなんて思っていないが。
「えぇと、この子の名前は?」
「潮よ。名乗ってはくれたわ」
「そう、じゃあ潮ちゃん、そのままでいいから聞いてちょうだいねぇ」
中間棲姫の声にガタガタ震えているが、耳を向けていないわけでは無い。
「この施設は、みんなで仲良く楽しく暮らすための場所なのよぉ。だから、潮ちゃんもここで楽しく生きてくれると嬉しいわぁ。そのためなら、私も協力は惜しまないからねぇ」
触れるのは流石に早いと感じ、手を伸ばしかけたが撫でるのはやめておいた。こちらに顔を向けてくれれば、握手くらいは出来るかと思いつつ、怖がらせないように優しく優しく声をかけ続ける。
「私はこの施設を管理する者、みんなからは姉姫と呼ばれているわぁ。貴女が今抱き着いてる子のお姉ちゃんなの。よろしくお願いねぇ」
「お姉はアタシ以上に
依存相手の姉ということで、多少は安心が出来たか、飛行場姫の胸から顔を離すと少しだけ流れていた涙を拭いて、中間棲姫と顔を合わせる。
その穏やかな表情に、潮は不思議な安心感を覚えた。このヒトは敵ではないと、本能的に感じる雰囲気。
「よろしく……お願いします……」
「はぁい。私もそうだけれど、みんなとも仲良くしてちょうだいねぇ」
ダイニング全体から向けられる視線にビクッと震えるが、その視線には奇異なモノを見るような感情は一切含まれておらず、ほぼ全てが好意的なモノ。
繭から孵化した時点で、その性質がどうであれ仲間。心が悪に囚われていない限り、この施設でなら絶対に仲良く出来るという自信がある。そんな瞳。
潮はそれでも恐怖を感じ続けてしまう。それが潮の性質であり、100%自分に危害を加えない相手であっても、恐怖を払拭することは出来ない。依存相手である飛行場姫に対しても、僅かにだが恐怖は存在している。安心感を得た中間棲姫に対してもだ。友達であると認識だけは出来そうな春雨と海風にはそれ以上のモノがどうしても拭えない。
「ミシェルのこと、怖いぴょん?」
そこに早速懸念されていた1つであるミシェルの突撃。施設の一員となるということと自分の友達になるということがイコールになるミシェルにとって、潮はもう既に友達。島風から社交性を学んだミシェルは、アグレッシブに距離を詰める。
ジェーナスが止める間もなく、ニコニコしながら潮に飛びつくように近付いた。流石に抱き着くのはよろしくないと飛行場姫が止めるが、顔はかなり近い。
「ひっ……」
「何が怖いぴょん? ミシェルわかんない。ミシェルは仲良くしたいだけぴょん」
無邪気な瞳で潮を見つめるミシェル。そんな瞳ですら、潮には恐怖を感じさせるものになってしまうのは、
「そいつは、何でもかんでも怖いのよ。私が何でもかんでもにイライラするのと同じよ」
そこに助け舟を出したのが、第二の懸念点である叢雲。そんな潮の態度に苛立ちを感じつつも、一定の理解は示していた。
潮の溢れ出した感情は、叢雲と同じで発作が常に出ている苦しいモノ。
「仲良くする気が無いなら無いで別にいいわよ。迷惑だけはかけないでくれれば。私達はアンタを守ってやれるほど余裕があるわけでもないの。怖い怖いで逃げ回ってくれればまだマシだけど、動けないで侵蝕されるだなんて鬱陶しいことにならないでもらいたいものね」
出てくるのはやはり悪態。恐怖に呑まれてウジウジしている潮は、叢雲にとっては苛立ちを加速させる者に過ぎない。そして、それを我慢することの出来ない叢雲は、思ったことをそのままぶつけてしまう。
そしてそれを受けた潮はより恐怖を感じて、表情を歪めながら飛行場姫に抱き着く。叢雲は恐怖の対象の中でも特に怖いモノであるという認識になりつつある。
そこに黙っていなかったのは、叢雲となにかと小競り合いをする者、コロラド。
「アンタねぇ、そういう性質かもしれないけど、もう少し言い方ってものがあるでしょ」
「私は思ったことをそのまま言っただけよ。私は鬱憤を溜め続ける程キツイの」
「成長してるってんなら抑えなさいよ。ヒトのこととやかく言う前に」
今回に関してはコロラドが正論。しかし、叢雲は性質からしてこうなってしまうのは仕方ない。そこに関しては、コロラドも理解している。合間合間にこういう絡みをしているからこそ、お互いのことは変に理解しつつあった。それ故に、お互いが若干似た者同士であることもわかってきている。
そんないがみ合いも、潮にとっては恐怖の対象。ガタガタ震えるしか出来ない。
「姉さん、今はちょっと抑えてくださいね」
すかさず叢雲の口に甘味を突きつける薄雲。昼食時ではあるものの、叢雲の気分を落ち着かせるためにクッキーを持ち歩いており、何かまずいことが起きそうと思ったらこうして対応するようにしていた。
甘いものを食べている間は多少落ち着くことが出来る叢雲は、今の状況を把握しているからこそ素直にクッキーを食べて、小さく息を吐く。
「コロラドさんも、今はあんまり刺激しないであげてください。潮ちゃんが余計に怖がっちゃいます」
「Sorry, ウスグモ。そいつがアレだったから思わず口を出しちゃったわ。そのポンコツの制御、よろしく頼むわよ」
「誰がポンコツよチョロ助!」
「誰がチョロいってポンコツ!」
施設の仲間達の中ではこのやり取りも漫才みたいなものに見えるのだが、入ったばかりの潮にはかなり厳しい。
「潮ちゃん、ミシェル、ジェーナスちゃんから聞いてるぴょん。アレも仲のいい証なんだって。だから、ここのみんなは仲がとってもいいぴょん!」
そんな状況を目の当たりにしても、ミシェルはニコニコと笑顔を変えない。あの2人の言い合いがいつものことであることをハッキリと理解しているからこそ、疑問は何一つ無かった。
ジェーナスからしたらミシェルの教育に良くないかと若干ハラハラしていたものの、清く正しい子へと成長はしてくれているようなので、今はまだ安心している。口の悪さだけは参考にしてもらいたくない。
「だから、潮ちゃんもミシェルと仲良くしてほしいぴょん。みんな友達だし、楽しくて面白い方が絶対にいいぴょん!」
叢雲とコロラドへの恐怖から来る苦手意識はもうどうしようも無いが、ミシェルは純粋な気持ちで潮と友達になろうとしてくれている。それは一切の他意がなく、純粋な感情。
潮はそんなミシェルにも春雨や海風に通ずる安心感を覚える。信用出来る者という認識が不思議と出来た。
「……わ、私は、こんなだけど……みんなに迷惑をかけちゃうかもしれないけど……ここにいていいですか……」
「なんでダメぴょん? ミシェルわかんない。もう潮ちゃんは友達ぴょん。出て行くって言っても捕まえて離さないぴょーん!」
ニパーッと笑いながら手を伸ばす。春雨の時と同じように、握手を求めているのだとわかった。本当は抱き着きたいのだろうが、今はまだそれが難しいと自制はさせているので、ミシェルから出来る最大限の友情の証がコレ。
「潮、ここはこういうところなのよ。ミシェルは特に顕著だけど、みんなアンタのことを受け入れてくれてる。怖がる必要なんてないわ」
ここで飛行場姫の後押し。ここで一歩進めれば、施設の一員として前を向くことが出来る。
「……よろしく、お願いします」
ミシェルの差し出した手におずおずと手を伸ばす。その瞬間、ミシェルがガッとその手を握り、ブンブンと振るように握手をした。
いきなりのことでまた恐怖が湧き上がりかけたが、ミシェルには一切の悪意はない。そのため、笑顔を見せることは出来なかったものの、手を引っ込めることは無かった。
「まぁゆっくり行きましょ。恐怖を払拭することは難しいと思うけれど、アタシが少し鍛えてあげるわ。自分の身は自分で守れるようになった方がいいものね」
「き、鍛え……」
「怖いかもしれないけど、さっき叢雲が言ったことはあながち間違っていないの。せめて逃げ回れるようにしておかなくちゃ。アタシはアンタにも痛い目を見てもらいたくないから」
飛行場姫直々に鍛えるという発言に少し驚きつつ、依存相手からの提案であるため、潮は怯えながらひとまずは頷いた。
こうして潮は施設の者達に受け入れられる。叢雲もこんな言い方をしていたものの、自分と殆ど同類であるという認識から、表には出さないが気にかけるようになっていく。
叢雲とコロラドの関係は、もう漫才扱い。これだけ言い合っても殴り合いとかにはならないので良し。そんなことしたら妹姫様が鉄拳制裁してる。