空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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対話を終えて

 和睦協定が締結されたことにより、人類と深海棲艦による初の対談はいい方向で終了した。元艦娘の保護施設は、たった1つとはいえ鎮守府にその存在を認められ、戦いとは無縁の関係として今後は付き合っていくことになる。

 そう簡単に来れるような場所ではないし、来るための口実がなかなか無いというのはあるのだが。

 

「それでは、私達は帰投します。海風のこと、ありがとうございました」

「いえいえ、またいらっしゃいねぇ。これ、お土産だから持っていってちょうだい。ここに来れなかった提督くんに食べてもらってね」

 

 今回は捜索部隊ではなく単純に遠征部隊なのだが、隊長は海風に代わって五月雨が務めている。その隊長が、最後に中間棲姫と握手。対談もそうだが、妹がお世話になったことに対しての礼が大きい。

 そのついでと、中間棲姫はお茶会で出されたお茶菓子の類を袋に詰めて五月雨に渡した。タブレット越しでしか対談が出来ない提督に対してのせめてもの気持ちとして。

 

 握手をしつつ、中間棲姫は小さく五月雨を引っ張った。何やら小声で何かを伝えたいらしい。

 

「海風ちゃん、ここで大分心が穏やかになったと思うけれど、注意だけはしてちょうだいねぇ。あの子、根がとても真面目な子なんでしょう。何かあったらまた崩すかもしれないから」

「気を遣っていただき、ありがとうございます。肝に銘じます」

「ええ、何かあったらまたここに来てくれて構わないから」

 

 などと誰にも聞こえないように伝えている中、その海風は春雨のところへ。

 

「姉さん、機会があればまた来ますね」

「うん、待ってる。海風がいると、私も何だかグッスリ眠れた気がしたから」

「そのためにも、また来なくちゃいけませんね」

 

 中間棲姫と五月雨がやっているように、春雨の手を取って握手。今生の別れにならないように願掛けも込めて、その温もりを心に刻む。

 見た目は今までの姉から逸脱しているとしても、おおよそ丸一日付き合ったことで、その心は姉のまま何も変わっていないことを理解している。ならば、ここから離れられない春雨には、定期的に会いに来る必要があると感じた。

 勿論、海風的には違う感情もある。松竹姉妹に見抜かれている、本来の姉妹間のモノとは違う感情。それを満たすためには、尚更ここに来なくてはいけない。

 

「……必ず仇は取ります」

「うん、よろしくね。でも、気負わないでね。海風が倒れちゃったら、私も悲しいから」

「はい、姉さんを悲しませるわけにはいきませんから、無理しないようにします。少し……反省しました」

 

 春雨との再会のおかげで、山風達の心配事も1つ取り除かれた。しかし、まだまだ予断は許さない状態であるのも確かである。五月雨には中間棲姫から直に伝えられたが、山風としてはそれを聞くまでもなく海風に対して注意をしておくつもりであった。

 

 今までは捜索部隊は何でもいいから痕跡を探すことが目的だったが、次からは仇討ちのための痕跡を探すことが優先される。春雨から姉は既に死んでしまっているという事実を伝えられたことで、その辺りの焦りは無くなったのは大きい。

 それでも、仇討ちという感情はあまりいいものではない。精神への負荷はどうしてもかかってしまうため、今までよりはまだマシかもしれないが、海風の精神はここからもジリジリと削られていくことになるだろう。

 ダメだと思ったら、山風が海風をここに連れてくるつもりだった。ギリギリまで使った後に回復させるというのは、ブラックな感覚がしてあまり褒められたものでは無い気がするが、壊れるよりはマシと判断。

 

「それでは、今後ともよろしくお願いします」

「ええ。帰りも気をつけてねぇ」

 

 今出会ったばかりだというのに、五月雨は旧知の仲であるかのように振る舞う。それがまた中間棲姫としては嬉しい扱われ方であり、水平線の向こうに姿が消えるまで、ずっと見送り続けていた。

 

 

 

 

 初めての艦娘の客を迎え終え、ここからは片付けの時間。外に持ってきていたテーブルや椅子、お茶会に並べられた食器をテキパキと片付けていく。

 お茶菓子は江風と涼風がしっかり食べていったので、残り物などは全く無し。取り置きしていたものもお土産として渡したので、昨日準備したモノは全て消えていた。

 

「本当に楽しい時間だったわぁ。あんな大人数でお茶会をするのも初めてだけれど、人間さんと艦娘さんと一緒に楽しむことが出来るなんて、本当に初めてだものぉ」

 

 そもそも中間棲姫は人間というものを見たことが無かった。それ故に、今回の対談は心の底から楽しんでいたようだ。

 

「姉姫様は……人間のことをどう思ってたんですか?」

 

 ここで一応という感じで春雨が聞いた。そもそも誰に対しても友好的な態度で接するのが中間棲姫であり、敵対という言葉自体を知らないようにすら思えた。

 

「それは勿論、一緒に楽しく生きていく尊い者っていう認識よぉ。無駄な戦いはする必要ないし、出来ることなら手を取り合って生きていきたいものよねぇ」

 

 艦娘でも深海棲艦でもない、戦う術を持たない代わりにそれ以上の頭脳と文化を手に入れた、か弱くも逞しい愛すべき生物。中間棲姫の中では、人間はそういう存在としてインプットされている。

 勿論これも『観測者』からの受け売りだ。空っぽの状態から今に至るための教育を受ける際に、人間のことをそう教えられたから。中間棲姫はその教育をスポンジのように吸収していったに過ぎない。

 

 つまり、中間棲姫の考え方は、その『観測者』の考え方に等しい。中間棲姫独自の部分はいくつもあるだろうが、根幹にはその存在がある。

 

「私もそう思います。みんなが手を取り合って生きていければ……寂しい思いをすることも無くなりますよね」

「ええ、そうよ。こうやって隠れ住むこともなく、人間も艦娘も深海棲艦も関係なく、一緒の場所で楽しく暮らすことが出来るはずなのよねぇ。でも……」

 

 笑顔は崩さないが、ほんの少しだけ翳りが見えた。

 

「考えることが出来るっていうことは、悪いことが出来るっていうことでもあるのよねぇ。勿論私はそんなこと考えないわぁ。戦うなんて嫌だものぉ」

 

 特に深海棲艦という生物は、人間や艦娘よりも攻撃性の高い性格を持っていることが多い。侵略者として生まれ、他者を滅ぼすことに至高の悦びを見出してしまう者は沢山いる。むしろ半分以上はそういう形で生まれているのだ。

 中間棲姫は空っぽという特性上例外ではあるが、飛行場姫だって、生まれた場所が悪ければ、他の深海棲艦と同じように侵略者となっていた可能性がある。中間棲姫の側で生まれ、その性質に当てられたことにより、口調は少しキツめとはいえ心優しい性格になっているに過ぎない。

 

 考えることが出来るということは、つまりそういうことである。その生まれた環境によって善にでも悪にでもなるということだ。艦娘は善になりやすく、深海棲艦は悪になりやすい。その傾向のせいで、艦娘と深海棲艦は簡単には相容れない存在になっている。

 そもそもその善悪だって、何に対してかがわからない。あくまでも人間基準ならそれだが、基準を変えたら善悪が逆転することだってあるだろう。深海棲艦が善で、艦娘が悪の可能性だってある。

 

「だから、せめて私だけは戦わないようにしていこうって思っているのよぉ。話し合いで解決出来るのならそれで終わらせたいし、それでも戦わなくちゃいけないってなったら……ううん、それでも滅多なことではするつもりはないわぁ。昨日海風ちゃんに撃たれたときは、流石に死ぬわけにはいかないから自分を守るくらいはしたけれど」

 

 だから、どちらにも行かない。善でも悪でもない中間に立つ。それが中間棲姫の考え方であり、『観測者』の考え方。

 争いにならない一番の方法は、()()()()()ことである。『観測者』は深海棲艦ながらもそこに辿り着いていた存在だったわけだ。実際に対面して話したわけではないのでそうなのではないかというところにしか行かないが、中間棲姫を見ていればそうであろうと理解出来る。

 

 春雨はひとまずそれで納得した。身体は深海棲艦だが心は艦娘であるという特殊な状況に置かれたことで、春雨自身も同じ考え方になっている。そのため、中間棲姫の、延いては『観測者』の考え方には全面的に同意出来た。

 戦わなければ平和に向かえないかもしれないが、どちらにも疎まれてしまうような存在になった今では、何もしないを選択することも容易だった。

 

「今日の対談は、私にとってもいいものになったわぁ。悪いものとして見てたわけじゃないけれど、人間さんにもああいうヒトがいるってことがわかったのはとても嬉しいわぁ」

「はい、私達の提督は、とてもいいヒトなんです。優しくて、強くて、私達のことをとても大切にしてくれるんです。少し自分のこと蔑ろにしちゃうところが残念なんですけどね」

 

 提督のことを話す春雨は、それはそれは楽しそうだった。

 

 この対談は、春雨の心にも大きな影響を及ぼしている。海風との再会によって切り捨てたはずの未練が戻ってきたが、提督の顔を見たことで壊れた心にすら光が差していた。

 自分のことをどうでもいいと思うところは何も変わっていないのだが、もう未練を切り捨てるようなことはしないだろう。再会出来た妹達に思いを託すことが出来たし、またここに顔を出してくれると約束してくれているので、今まで以上に明るく生きていける。

 

「何もないことを祈って、私達は今まで通り暮らしていきましょうねぇ。そうそう、リシュリューちゃんとコマちゃんが新しいお野菜の種を手に入れてくれたから、春雨ちゃん主導で作っていきましょうかぁ」

「わぁ、楽しみです。自分で最初から最後までお世話した野菜、きっと美味しいんでしょうね」

「美味しいわよぉ。丹精込めた分、何倍も美味しく感じるんだから」

 

 本来の艦娘としての生き方から外れているのは自覚していても、春雨は今の生活を楽しんでいる。

 これからもずっとこんな生活が続いていくのだろうと、心を躍らせた。

 

 

 

 

 初めての人間と深海棲艦の対談が執り行われていた頃、誰からも干渉出来ないような海の底では、一人の()が海上を眺めながら微笑んでいた。

 

「彼女は、良き成長を遂げた」

 

 視線の先には中間棲姫。今の生活を楽しみ、保護された艦娘と共に生きていく姿は、彼にとっても喜ばしいものだったようだ。

 その隣には、2人の少女が踊るように付き従っていた。同じように海上を眺めながら、クスクス、ケタケタと笑いながら彼に同調している。

 

「まだ見守ろう。私は表に出てはいけない。出過ぎた真似は、『観測者』にあるまじきことさ」

 

 従者達がニヤニヤしながら指をさす。その姿に、彼は肩を竦める。

 

「確かに、彼女の最初に立ち会ってしまったのは私の落ち度かもしれない。しかし、あれだけの良き成長ならば、干渉は間違っていなかったと思えるよ」

 

 従者達はニッコリと笑い、大袈裟に首を縦に振った。彼の行動は間違っていないと言わんばかりに、力強く同意。

 その姿を見てフッと小さく笑い、手に持つ杖をクルリと回して踵を返す。従者の少女達もそれに倣い、クルクルと踊りながら反転。見据える方向を別の場所へと変えた。

 

「問題は、()()()だ。彼女は、悪しき成長を遂げている」

 

 中間棲姫を見る目から一変、怒りを孕んだような鋭い目付きに変わる。従者の2人も、大袈裟に怒っているようなジェスチャーをしながら、それを眺めた。

 あくまでも『観測者』として、簡単には干渉しないと考えているものの、彼の言う彼女は目に余る成長であるらしい。

 

「彼女を、どう思う」

 

 従者達に問う。すると、シャドーボクシングのような仕草。まるでやってしまえと言わんばかりに攻撃的。

 

「ふむ、確かに。これ以上の狼藉は、『観測者』としても見過ごしているわけにはいかないかもしれない」

 

 被っている帽子を少し目深に被りなおし、杖で海底を突く。

 

「しかし、私は『観測者』だ。直接手を出すのは憚られる。それに、悪は善により裁かれるべきだ。私は悪でも善でもない。今は見守ろう」

 

 今度は従者達が肩を竦める番だった。どうせ手を出さないのなら口に出さなくてもいいのにと呆れたような顔。しかし、彼の性質を最もよく知っている従者達は、それすらも楽しんでいるようだった。

 




ここで1章終了というイメージですね。春雨をきっかけにした穏健派の深海棲艦の存在の判明。鎮守府との小さな和睦。世界の命運が小さく動き出した瞬間です。
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