その日の夜は難なく乗り越え、朝。夜に目を覚ますこともなく、春雨はグッスリと眠ることが出来た。直感的な悪寒もなく、朝まで行けたということは、深夜の哨戒で何事も無かったということになる。
春雨は買い被るなと海風に言い聞かせてはいるものの、何も無いことには安心していたりする。潮の繭が拾われてきた時も、悪寒が無かったとはいえ深夜に目を覚ますことはあったが、今回はそれも無かったため、より安心出来る。
「おはようございます、春雨姉さん。今日はグッスリ眠れましたね。寝顔も穏やかで、疲れもスッカリ取れているようで海風も安心しました。不安が無いようですし、夜に何も無かったということでしょうね」
目を覚ましたその真横では、満面の笑みの海風が既に目を覚ましていた。おそらく、春雨が目を覚ます少し前から起きていて、春雨を起こさないようにその表情を眺めていたのだろう。
春雨はその辺りも察するが、あえて何も言わない。別に何か害があるわけでもなく、むしろ海風がたったそれだけで安定するのだから何か言う理由がない。
「おはよう、海風。自信を持って言えるわけじゃないけど、多分何も無かったんだと思う。夜の哨戒もそうだし、潮ちゃんのことも」
深夜の哨戒は勿論だが、今は潮のこともある。
繭から孵化して初めての夜は、100%の確率でその時の悪夢を反芻させられ、発作を起こすことになるだろう。潮の場合は、恐怖に苛まれて錯乱し、一緒に眠っている者達を傷付ける可能性もあった。
だが、春雨が夜のうちに反応しなかったということは、そこまでのことが起きていないと考えてもいいだろう。もし何か起きていたとしても、飛行場姫と潜水艦姉妹だけでどうにか出来たレベル。
「ちょっと気になるから行ってみようか。それに、哨戒から戻ってくるみんなも出迎えなくちゃね」
「はい。私も潮さんのことは少し気になります。妹姫様のことですから、何かあっても力業で押さえ込むことが出来る気がしますが」
「あはは……確かに」
そんなに乱暴では無いのだが、緊急時にはその力を惜しみなく使い制圧するだろう。それが潮であっても、正気を失っていたらおそらく容赦しない。
おそらくそんなことは無いだろうが、若干気になるは気になるので、2人はサクッと準備をした後、すぐにベッドルームへと向かった。
そのベッドルーム。中からは何やら声が聞こえるので、まだ眠っているということは無さそうと、ゆっくりと扉を開ける。
「おはようございまーす」
少し小声で中を覗くと、潜水艦姉妹の視線に出迎えられる。そして当の潮はというと、飛行場姫に抱き着いて心を落ち着かせていた。
潜水艦姉妹からの説明によると、2人の予想通り潮は当時の悪夢を見たようで、起きた途端に泣きじゃくったそうだ。暴れるまではしなかったものの、錯乱はしていたことで、飛行場姫がその動きを一応止めたことで現状になっている様子。
「ほら、もう大丈夫よ。春雨と海風も来たわ。アンタは仲間と一緒にいるの。怖いことなんて何も無いわ」
言い聞かせるように囁き、頭を撫でて落ち着かせる。昨日の今日では簡単にはいかないかもしれないものの、強くなるという選択を自ら掴み取った今の潮ならば、落ち着けるきっかけをもらえたらそのまま落ち着けるはず。
結果的に、涙が止まるまでにそこまで時間はかからず、震えも最小限にまで落ち着いた。
「それじゃあ着替えましょ。昨日も言っていた通り、今日は朝ご飯を一緒に作るの。少しずつでいいから進んでいきましょ。難しいならまた今度でもいいけれど」
「……大丈夫……です……やります……やると決めたので……」
ぐしぐしと目元を拭った後、飛行場姫から少しだけ離れた。そして、昨日も着ていたセーラー服姿に変わる、
「怖いです……怖いですけど……頑張ります……」
「ええ、その調子よ。今日もアタシがついてるから」
ちゃんと出来たことを褒めつつ、ちゃんと側にいてあげると横に立つ飛行場姫。それと同時に、潜水艦姉妹も逆側に立った。
「依頼は無くても、サポートさせてもらう」
「数は多い方がいい。仕事まで時間がある」
「潮の力になる」
「恐怖を払拭する」
春雨と海風には、一晩で関係が大きく変わったようにすら見えた。飛行場姫のみならず、潜水艦姉妹までもが潮に付き従う。
確かに人数が多い方が恐怖は払拭されるだろう。温もりは多ければ多いほど安心する。直接触れずとも、近くにいるだけで温かい。
「潮は大丈夫よ。春雨、海風、アンタ達は哨戒の子達を出迎えてやってちょうだい」
「了解です。私達も少し心配だったんですが、もう大丈夫そうですね」
安心出来た春雨と海風は、そのままベッドルームを出て哨戒部隊の出迎えへと向かった。
「言った通りでしょ。みんな潮のことを見捨てるなんてこと無いのよ」
2人の背中を見送った後、潮に言う飛行場姫。目を覚まして錯乱する潮を落ち着かせるために、このことをずっと言い聞かせていたのだ。施設の仲間達は潮のことを切り捨てるなんて絶対にしない。このまま待っていれば、誰かしらが潮のことを見に来るだろうと。
そして、ここに春雨達が現れた。飛行場姫が話していた通りに。この後に他の者達も続々と潮の様子を見に来ることになり、それもあってか、潮はここの仲間達への信頼を強くしていった。
施設の外に出た春雨と海風は、いつもの哨戒の出発地点の岸に。今の深夜哨戒の当番は叢雲、薄雲、戦艦棲姫、伊47。今頃眠気と疲れからプリプリしながら帰ってきているだろうと話しながらそこに到着したところ、案の定苛立ちを隠すこともない叢雲が真っ先に目に入った。
「ちょうど良かったわ。春雨、アンタ達、前に泥がばら撒かれてるの見たのよね」
春雨の姿を目にした叢雲がイライラしながらズンズンと向かってくる。
「うん、見たよ。ここと鎮守府の航路の上かな。そこに3つくらい」
「……そう。じゃあ、
聞き捨てならない言葉。昨晩と同じように、泥が海上に設置されていたらしい。
「場所は叢雲の言う通り真逆ね。見つけたのも3つ……だったわよね。出て行ったばかりの時に見つけたし」
「はい。場所も正確に覚えています。叢雲姉さんが見つけたらすぐに撃って消し飛ばしちゃいましたけど」
「あんなもの長く置いておく方がダメでしょ。さっさと吹っ飛ばすに限るわ」
処理は即座にしたようで、それ以上拡がるようなことは無かったとのこと。いつもの眼鏡を使って何も無いことも確認している。
今回は大鳳のような高高度からの調査が出来る者もいなければ、リシュリューやコマンダン・テストのように哨戒機が飛ばせるわけでもない部隊であるため、その時の周囲に何かあったかどうかは不明。少なくとも目のいい戦艦棲姫からは何も見えていなかったとのこと。
「戦艦様、その泥が設置されたところの海の記憶を読んだりは」
「してきたわ。案の定、あちら側の奴らが施設を調べている記憶が読み取れたわよ」
ここで戦艦棲姫の特性が役に立つ。泥があった現場でその記憶を読み取ったことで、詳細までは難しいかもしれないが何かしらの痕跡が確認出来る。
そこで見えた記憶は、複数人の何者かが泥を設置して、施設の場所を確認している映像だったという。その複数人というのが鮮明に見えたわけでは無いようだが、1つだけ言えることがあるようだ。
「私はあの龍驤とかいう空母の顔は知ってるけど、そこにいたのはそいつじゃ無かった。多分駆逐艦、おそらく3人ね」
「3人……しかも本人がいない、ですか。確か今はもう泥となっているから、黒幕と同じように他人の身体を器にすることが出来るんですよね」
「そうね。だから、その3人のうちのどれかに
龍驤はもう
それは、器が壊れたところで龍驤自身は何のダメージも受けないため、次の器に乗り換えるだけ。器が無ければ元の姿になるのみである。
「それでも、あえてこちらに攻撃してくることは無いんですね……」
そこであえて襲撃をしてこない辺り、慎重なのか慢心なのか。
施設の場所がわかっていないから探すのはわかる。測量なんて手段を使っているのは妙な感じはするが。やるなら以前にやったように哨戒部隊を襲うなりして強引に施設の場所を探し出せばいいのにと誰もがそのやり方に疑問を覚える。
「昨晩もそうでしたが、相変わらず自意識過剰なやり方ですよね。まさか春雨姉さんに圧力をかけるために自分の力を誇示しているのでしょうか。精神的にチクチク攻撃するとか、なんて陰険なんでしょう。そんな慢心泥空母はこの海風が八つ裂きにしますので、春雨姉さんは気に病まないでくださいね」
海風も苛立ちを抑えようとしない。そのやり方で春雨が嫌そうな顔をするのに耐えられないようである。
「珍しく気が合うわね海風。私も同感よ。自分の力に酔っているようにしか見えないやり方をするクソ空母は、私もズタズタに刻んでやるわ。どうせもう救えないんだもの。後悔する程に痛めつけてやる」
「痛めつけるだなんて勿体ないです。何度も何度も殺すべきですね。女神たる春雨姉さんに楯突いた報いを、その程度で済ますわけには行きません。心が壊れても許すことは出来ませんね」
「はは、言えてるわ。謝っても許してやらない。私の怒りが晴れるまで殺し尽くしてやるわ。死んでも地獄から引き摺り出してもう一度殺してやらなくちゃ。謝ろうものなら笑いながらグチャグチャにしてやる」
こういう過激なところで同調されるのは困ると、春雨と薄雲が2人を止める。
「海の中にも何にも無かったヨナ〜」
「お疲れ様、ヨナ。私達に見えないところを見てきてくれるのは助かるわ」
「えへへ、任せてほしいヨナ」
ここで海中から浮上してきた伊47も合流。3人が見えない海の底までを念入りに調査し、本当に何も無いことを確認してきたようだ。
ここでも念のためと眼鏡を使ってお互いが侵蝕されていないことを確認した。春雨や海風にもやらせている辺り、本当に念入り。1人でもやられてしまえばアウトなのだから、ここは慎重に行く必要がある。
とはいえ、春雨に一切反応が無いのだから、ピンチはまだまだ訪れていないというのが春雨を除くみんなの見解である。
「とりあえずみんなは休んで休んで。今、妹姫様が朝ご飯作ってるから。潮ちゃんも手伝ってるんだって」
「へぇ、アイツが、怖い怖いってうじうじしてるだけだと思ったけど」
哨戒で気が立っているせいで口が悪いが、潮のことは多少なり心配はしていた。そんな言い方に薄雲は苦笑する。
「どうせなら美味しいもの作ってくれるといいけど」
「もう、姉さんったら、本当に食べることには一生懸命なんですから」
「言い方!」
ひとまず哨戒は終了。今はこの平和を満喫しつつ、施設側としても準備を進めていく。
支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/97633315
MMDアイキャッチ風荒潮。ジェーナスのことを思っているときは、人目憚らずこの顔である。ジェーナスの前では絶対に見せないけど。