午後。施設の哨戒メンバーは、松竹姉妹にコマンダン・テスト。そこに潜水艦姉妹がついていく。
潜水艦姉妹は潮から離れて行動することに対して若干の躊躇いを見せたものの、哨戒は施設全体で行なわれている自衛行為であり、主人である姉妹姫からの依頼でもある。
中間棲姫も飛行場姫も、2人のその考え方は依頼よりも大切なモノであると話はしたのだが、哨戒は潮を守るためにもやらなくてはいけない仕事だと割り切り、自分達がいない間の潮のことは、飛行場姫ならば任せられると哨戒に向かった。
「あの子達も律儀なものね。でも、自分で選択したことと、ここで潮から離れることを惜しんだってのは、充分すぎるくらいの成長ね」
自分の側を離れようとしない潮の頭を撫でながらも、潜水艦姉妹の成長を心から喜ぶ。あの姿は、もう哀れな人形だなんて誰も思わない。
あとは表情が出て来ればより良いと思うのだが、そこはゆっくりと慣らしていけばいい。自我は心配ないくらいに育ったのだ。自然と笑えるようにもなるだろう。
「それじゃあ潮、まずは自分を守る手段を覚えていきましょうか」
「ひっ、え、あ、は、はぃ……やると決めたので……はぃ……やります」
午前中は精神的な訓練ということで、朝食と昼食の用意を手伝い、空いている時間はまだ施設に残っている者達と対話をすることで慣らしていた。何も出来なかったものの、漁にも参加し、何をしているかを眺めるだけはしていた。
恐怖の払拭は性質上ほぼ無理なのだが、絶対に自分のことを切り捨てないということが保障されることで安心感は得られる。特に距離の詰め方が強めなミシェルは、午前だけで潮の信用をしっかり勝ち取っている。
「あの子達が戻ってきた時に驚くくらいになってると良いかもしれないわね」
「そ、それは、その……私にはまだ難しいですよぅ……」
「わかってるわ。それくらいの意気込みだといいってだけ。ゆっくり行きましょ」
とはいえ、自分を守る手段となれば、どうしても戦闘に繋がること。特に恐怖に繋がるようなことだ。やると決めたところで、今まで以上の恐怖に襲われることは言うまでもない。
そのため、まずは海上を航行出来るようにするところから始める。しかし、飛行場姫は陸上施設型。海上航行をすることは出来ず、一歩も踏み出すことも出来ない。
そのため、海上航行のための講師として、今暇している仲間達に集合をかけた。深夜の哨戒に参加する白露、ジェーナス、ミシェル、大鳳は現在夜のために睡眠中。中間棲姫は海上航行が出来ないために来ても意味がなく、現在はまた鎮守府との対談が出来るように施設内に待機。リシュリューやコロラドもそこに便乗している。
その結果、ここに集まっているのはそれ以外。みんな潮のことを気にかけていた。
「妹姫、私の艤装で海に出る? 潮を近くで見れる方がいいでしょ」
「そうね。まず潮が一歩出られるようになったらお願い」
戦艦棲姫の艤装を使えば、飛行場姫も一応海上には出られる。海に落とされた時点でそのまま死に繋がるようなものなのだが、その安定感は折り紙付きである。
今ここに集まったメンバーの中でも、最初に信頼を勝ち取った春雨と海風は少しだけ前に。あとは優しさが先立つ古鷹が気にしながらも一歩前に出ていた。ちなみに古鷹はミシェルがいないため本来の姿である。
「それじゃあ、まずは艤装を出してみなさい。出来る?」
「は、はぃ……出来る……と思います」
少しだけ躊躇いつつも、艤装を展開。その艤装は艦娘の時から殆ど変わっておらず、叢雲の持つ槍のような近接戦闘用兵装や、薄雲の持つ鎖付きの主砲のような特殊兵装もない。良くも悪くも一般的な装備。どちらかといえば春雨や海風に近いと言える。
「うん、まぁそこは普通で良かったわ。恐怖が先立って出せないとか、何処か欠陥があるような艤装じゃなくて安心した。それじゃあ、海に入ってみてちょうだい」
「はぃ……」
おずおずと海へ。そこもやはり艦娘としての記憶はしっかり残っているのだから、当たり前のように立つことが出来た。バランスが崩れるわけでもなく、さも当然のように航行可能。海の上に立ったからといって発作を起こして動けなくなるということはない。
「よしよし。じゃあ、主砲を撃ってみましょ。せめて自分を守るために、敵に向かって撃つくらいはしないといけないわ。実弾が怖いなら水鉄砲でもいいから」
そう言われても、潮は主砲を構えることが出来なかった。戦闘に繋がる行為が恐怖を激しく呼び起こし、ガタガタ震え出してしまったのだ。
自分を守るためだとしても、潮がこうなったのは、この主砲によって撃たれたことがトドメだ。敵が持っている物のみならず、自分で持つのも怖い。結果的に、海上に立つことは出来ても、主砲はそのまま消してしまった。
そもそも主砲は
「そうね、そうなるわよね。ごめんなさい潮。それは流石に酷だったわ」
恐怖が溢れ出したというのはここまで致命的であると理解した。この施設は戦わなくてもいいような場所になっていたため、その時に拾われていればこれでも良かっただろう。しかし、今は自衛くらいは出来ないと危険である。それが出来ないとなると、守られるばかりになるだろう。
飛行場姫は、元々姉を守るために戦えるようにしている。そこに潮が加わるだけ。それならばまだ問題ないかと納得はしていた。
しかし、ここで口を出す者が現れる。
「主砲も持てないでどうやって自分を守るのよ」
苛立ちを隠そうともしない叢雲が、潮に対して一切我慢することなく言い放った。
叢雲のキツい言い方は、潮にとってはどうしてもダメージになる。そのため、その場でブルブルと震え始め、自分の身体を抱き締めていた。そうしたところで震えは止まらず、膝から崩れ落ちる。
「潮ちゃん、大丈夫、大丈夫だからね」
その姿を見てすぐに動き出したのは古鷹だった。それは全て優しさから。自分も元々はあちら側で活動させられていたということもあり、その被害者には同情以上に救いたいという気持ちが先立つ様子。
この施設に所属してから、一から十まで被害者であるという存在は、ミシェル以外に入ってきていなかったが、潮は言うまでもなく被害者中の被害者だ。故に、どうしても気になって仕方なかった様子。
「叢雲ちゃんも、潮ちゃんを責めているわけじゃないの。だから大丈夫」
「ぅ……うぅ……怖い、怖いんです……
「うん、わかるよ。敵でも撃つのが怖いんだよね」
大丈夫大丈夫と言い聞かせながら、潮を抱き締めて頭を撫で続ける古鷹。ここの古鷹は随分と薄着であるため、抱き締めればその温もりが強く伝わる。おかげで、まず恐怖が晴れていき、その感情が安心であることを理解出来た。
「戦うことが怖くなっちゃうのは、みんなわかってくれてるよ。潮ちゃんはそういう感情が溢れちゃったんだもんね。大丈夫、戦えないのなら、無理して戦わなくてもいい。その分、私達が戦うだけでいいんだから」
ヒックヒックとしゃくり上げるような泣き声が聞こえ始め、古鷹に縋り付くように抱き着く。そんな姿を見ていると、叢雲は苛立ちが増すような感覚だった。
「叢雲、我慢しなさい。アンタがそういう性質なのと同じで、潮はああいう性質なの」
「自分でこうすると決めたのに、いざやったら出来ないってのが私には気に入らないのよ」
「アンタはやめろと言ってもやめないタイプなんだから似たようなものよ」
飛行場姫が忠告しても、叢雲の苛立ちは治まらない様子。しかし、同じように根幹を司るような感情が溢れた者であるため、方向性は違えど似た者同士というのが飛行場姫の評価だ。怒りをぶちまけるか、耐えきれず泣きじゃくるか、そのどちらか。どちらも抑えきれない感情の行く末である。
「叢雲姉さんは、潮ちゃんのことが心配なんですよ」
そこに薄雲がヒョコッと現れて叢雲の心境を補完する。潮を叱咤するつもりでも、叢雲はどうも言葉選びがよろしくない。感情のままに最も悪い言葉を選択してしまっているようにすら思える。そのため、その内心を把握している薄雲が足りない部分を補完しているのだ。
「私も叢雲姉さんも、潮ちゃんは遠縁の妹みたいなものですから、どうしても気になるんです。姉さん、昨日も結構潮ちゃんが今後この施設でやっていけるのか心配していて」
「薄雲、余計なこと言わなくていいの」
「言葉足らずの姉さんの本当の思いを知ってもらわないと、誤解されたままになっちゃいますから。だったらちゃんと自分の言葉で潮ちゃんに伝えてください」
いつもは控えめな薄雲も、叢雲のことになると途端に強めになる。戦闘以外不器用な叢雲のサポーターとして、姉妹以上の感情を持ちながら的確に口を出していた。叢雲の立ち位置が悪くならないように。
そして今回もだ。叢雲は潮を責めるような言い方をしたが、本心は全く違う。しかし、怒りが先立つせいで言葉が責めになってしまう。
「……別に戦えないなら戦えないでいいのよ。だったら、私達に守ってほしいと言ってくれれば、私は断らないわ。そういうものだって理解はしているもの。でもね、やると決めたなら逃げるな。どういうカタチでもいいから、せめて自分を守れる力を得る努力をしろ。それだけよ」
叢雲は叢雲なりに思いやりを持って接しようとしていたのだが、叢雲自身の性質からそれは難しい。それに、潮は自分で道を決めたのだ。一度決めたそれを、やっぱり怖いから無理というのはやめてもらいたいと考えた。しかしどうしても言葉が悪い。
あの後にもう一言付け足せば良かったのだ。『自分が守れないのなら、私達を頼りなさい』と。その言葉が出てこないのが、今の叢雲の性質である。そのため、そこを薄雲がサポートしたわけだ。
そんな叢雲の言葉が聞こえたのか、潮は溢れる涙をどうにか拭い、震える脚でどうにか自立する。古鷹はまだ心配そうだったが、潮が自分の力で立ちあがろうとしているのだから、少し支えてあげるだけで止める。
「怖い、怖いけど……でも、みんなに迷惑をかける方が……怖いですから……」
迷惑をかけたら切り捨てられる。そういう考えが何処かにあるため、潮はどうにか立ち上がった。ここの者達にそんなつもりは1つも無いのだが、そんなネガティブな感情でも、前を向く理由になるというのなら縋るしかない。
「でも、でも主砲は本当に怖くて……怖くて……」
「それなら別の武器……しかも相手を
とは言ったものの、武器というモノが関係を断ち切るモノである。主砲でも魚雷でも使うことが難しい。だからといって叢雲の槍のような刃も、文字通り
「そうなると……やっぱり拳しか無いわよねぇ」
何処か嬉しそうな飛行場姫の声色。力加減次第では敵を殴り殺すことも出来そうではあるが、そこを考慮せずに考えれば、相手の動きを止めるためだけの技だけ教えればいい。打撃ではなく、関節。しかし近付きすぎると泥を吐かれて侵蝕される。なかなか難しいところ。
「まぁ、自衛のためならなんでもいいわ。言ってしまえば護身術よ。アタシは一応その辺りも出来るから、潮は今は身体を作ってもらいましょうかね。
艦娘以上にイメージが身体に影響を与えるのが深海棲艦だ。
ここからの特訓で、近接戦闘寄りに育つのだと思い込みながら鍛えれば、すぐに身につくだろう。筋力だけはどうしても時間が必要だが。
「このオドオドしている潮が、敵をボコボコにする姿は見てみたいわ。しかも殺さないんでしょ。いいじゃない、一番適してるわよ」
救いたいと言うのなら殺してはダメだ。しかし、手加減をしていては終わらせることも出来ない。ならば、聞こえは悪いが
殴りかかることで縁が切れると考えるかもしれないが、その拳は救うための拳になるはず。ならば、切り捨て、切られることに恐怖を感じる潮にとっては、まだ得られる技術となるだろう。
「え、えと……」
「潮ちゃん、無理だけはしないでね。やめたいって言っても責めないからね。でも、覚えたいというなら、私もお手伝いするからね」
古鷹も潮を全力でサポートするため、その手を握る。最初はビクンと震えたが、その温もりに恐怖は晴れ、安心という感情に行き着く。
「……が、頑張り、ます。怖い、怖いですけど、でも、私の手でどうにか出来る手段が手に入るなら……うぅ、怖い……頑張ります、頑張れますから……」
まだ震えは止まらないようだが、少なくとも先程よりは瞳に光が宿っていた。
ここから潮は、施設の中でも少数である近接戦闘タイプへと成長していくことになる。怖がりながらも、前を向こうと奮起するその姿は、とても健気だった。
深海棲艦は特に思ったことがカタチにしやすい種族であるため、姉姫様の記憶を読み取るだとか、戦艦様の記憶を読み取るだとか、春雨の辿り着く力とかは無理でも、戦闘力だけならば在りたいカタチになりやすい傾向にあります。故に、練度1のドロップ艦であろうとも即戦力となり得るのです。