空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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隙間時間

 午後の哨戒部隊が戻ってくるまで、潮の特訓は続いた。特訓と言っても、戦える身体を作るという意味で、ちょっとした筋トレとか運動によって仲間意識を強める特訓である。ここにトレーニング好きな大鳳がいたら大喜びだっただろうが、深夜哨戒のために今は睡眠中。後から聞いて残念がるのは間違いない。

 

「ま、今日のところはこんなところでしょ。アンタ、意外と才能がある気がするわ。正直、見た目よりも動けてるもの」

「ふえっ、あ、そ、そう、ですか……?」

「ええ。言っちゃ悪いけど、アンタってどちらかと言えば裏方寄りだと思ってたのよね。前衛に向いてないというか。でも、そういうこともやれるような軸があるわ。教え甲斐があるってものよ」

 

 体力や運動能力は、正直艦娘としては普通という水準なのが潮。強いて言うなら、非常に()()()()というのが艦娘潮のちょっとした特徴ではあるのだが、それでも潮以上の者はいる。それでも改二改装が出来るくらいの逸材である。

 この潮は練度0の状態で死にかけ、恐怖によって深海棲艦化した存在ではあるが、その潜在能力は据え置き。むしろ深海棲艦化により、そこが早熟となっていた。それ故に、このトレーニングに怖がりながらもしっかりついてこれた。

 

「まぁ、前衛なんてしなくていいんだけれど。アタシが教えるのは、自分の身を守る手段。今日で身体がデキ始めてるから、回避と防御、あとはちょっとした攻撃方法を教えてあげる」

「攻撃……ですか」

「心配しないで。アンタの戦いの中での手段として覚えておいてもらうだけ。基本的には避け続けて諦めさせてやりなさい。そうしたらアンタは自分の身は守れるんだから」

 

 戦いが怖いのなら、それを避け続ければいい。敵と相対することがあっても、その攻撃を全て避け、逃げ回れば傷つくことはない。それも出来なくなった場合は、逃げ出すために攻撃が出来れば、尚戦うことは無くなる。

 そして、その間に仲間に助けを求めればいい。施設の仲間達は喜んで潮を助けるだろう。

 

「……みんなに迷惑をかけたくないです……それが一番怖いんです……でも、でも怖くて、怖くて……堪らなく怖くて……」

「わかってる。大丈夫だよ、潮ちゃん」

 

 このトレーニング中も常に隣で同じようにトレーニングをし続けた古鷹が、恐怖を感じた途端にすぐに手を握る。

 異なる艦種を混ぜられたことでスタミナが極端に少ない古鷹も、このトレーニングに参加することによって、そこをカバーしていきたいと考えていた。潮の隣にいることで安心させ、なおかつ自分のためにもなるのだ。一石二鳥である。

 

「戦いたくないです……でも、それでみんなが傷つくのが怖いんです……だから力を持とうと思ったんです……それすらも怖いです……」

「うん、うん、そうだよね。大丈夫、みんなわかってる。大丈夫だよ」

 

 変に考え始めると恐怖が膨らんでくるようで、トレーニング終わりにガタガタ震え出してしまう。それを古鷹が抱き締めて止めようとするが、簡単には止まらない。

 

「潮、アンタの恐怖は悪いことじゃないわ。誰だって戦うのは怖いんだもの。アンタはそれがちょっと大きいだけ」

 

 古鷹だけでは震えが止まらなそうなので、飛行場姫もすぐさま温もりを与えに行く。トレーニングの最中でも定期的に発作を起こすため、中断しては落ち着かせを繰り返していた。

 勿論その度に叢雲が苛立ちを見せかけたが、薄雲が即フォローしていたのと、春雨と海風がそちらのカバーにあたっていたことで、最悪な状況には行かなかった。

 今も何か口走りそうだったため、叢雲の口を薄雲が押さえ、モゴモゴと言っている内に春雨と海風が両手足を拘束。余計なことをさせないようにしている。

 

「少しずつその恐怖と付き合っていきなさい。ストレスは溜まるだろうけど、時間をかければ必ず大丈夫になるわ。今日の夜もいろいろ話をしてあげる」

「ありがとう……ございます……」

「それに、強くなれば怖いものは少しずつ無くなっていくわ。アンタの本質の部分かもしれないけれど、少しでも自信を持てば全部が怖いなんてことは無くなるから。今はアタシ達を信じてちょうだい」

 

 ふふんと自信満々に笑みを浮かべる飛行場姫に、潮はまた安心感を得ることが出来た。やはり依存相手の言葉はより強く染み込むようである。

 

「哨戒から戻った」

「潮の様子が気になる」

 

 そこに、午後の部の哨戒メンバーである潜水艦姉妹が駆け込んできた。任務はしっかりこなしてきたが、どうしても潮が気になったようで、哨戒が終わった瞬間、大急ぎでここまで走ってきたようだ。

 同じメンバーの松竹姉妹とコロラドは、2人を追うことなくその様子に感心しながら背中を見送ったくらい。

 

「あらアンタ達、哨戒は?」

「何事も無かったことを確認」

「松、竹、コマンダン・テスト、計3名から報告される」

「我々の優先順位は潮にある」

 

 ここまで言ってのける程にまで成長した潜水艦姉妹。潮という放っておけない存在が身近に現れたことで、自我に劇的な影響を与えていた。

 古鷹にあやされている潮の姿を見て、すぐに駆け寄った。発作を起こして震えているものの、古鷹のおかげで落ち着いてきているところを見て、少し安心したように息を吐いた。

 

「頑張ってるようで何より」

「しかし、調子がいいように見えない」

「発作を確認。我々も傍にいる」

「同意。潮の傍にいる」

 

 こうなってしまえば、潮も充分落ち着ける環境になったと言えよう。このトレーニングを通して潮の恐怖が晴れる頻度は多くなり、安心という感情に辿り着ける時間も増えた。

 

「むぐぐ、ぷはっ、アンタ達強引すぎよ!」

 

 ここでようやく叢雲の拘束が解かれる。余計なことを言わないようにここまでずっと3人がかりで何も出来ないようにしていたが、それが無くなったことで怒りの矛先はその3人へ。

 だが、薄雲筆頭にそんな態度も素知らぬ顔。こうしなければ潮が傷付く可能性があったのだから、今はじっとしていてほしかった。

 

「ああもう、私だって多少は理解しているつもりよ。トレーニング中も頻繁に発作起こしてたんだから、嫌でも理解するわ」

「それでも口に出すのが姉さんじゃないですか。今は特にダメですよ」

「わかってるわよ!」

 

 ここの姉妹の力関係も大分固定化されてきたようである。戦闘では叢雲が、それ以外では薄雲が有利。

 

「今言いたいのは潮のことじゃないわ。哨戒終わったのよね、潜水艦の奴らが帰ってきたんだもの」

「そうですね。姉さんなら他のメンバーの帰投もわかるのでは?」

「ええ、3人分感知してるわよ。で、昨日も一昨日も、深夜の哨戒の時に泥を見つけてる」

 

 ここで叢雲が言いたいことに、春雨は勘付いた。

 

「今このタイミングで()()()()()()()()……?」

「そうよ。何処からどうやって見てるか知らないけど、あっちは私達の哨戒の穴を知ってるってことになるでしょ。腹立たしい」

 

 前回、前々回と、泥は深夜哨戒の1周目に発見し、午前も午後も見つけていない。つまり、今このタイミング、午後の哨戒から深夜の哨戒の隙間時間に敵の何者かが施設にまで接近し、泥を設置して帰っているということになる。

 設置している理由は施設の位置の測量だろうとしていたが、もしかしたら他の理由もあるかもしれない。ならば、今もまた別の場所に泥を設置している可能性はある。

 

「だから、今からタイミングずらして哨戒に行くべきだと思ったのよ。ご飯が遅れるのは百歩譲るわ。それよりもさっさとヒト様の居場所に迷惑かける輩を後悔させてやりたいもの」

「確かに……2回来たのなら3回目もあり得る……よね。うん、叢雲ちゃんの意見に賛成」

 

 いないならいないで別に構わない。だが、いた場合のことを考えるとここで潰しておきたい。確かにそれは必要だと、春雨も頷いた。

 

「春雨姉さんがやるというのなら、それが正しいのでしょう。すぐにでも向かう準備は出来ています」

 

 春雨も同意したことで、海風も即同意。

 

「わかりました。なら、この4人で行きましょう。次の哨戒は明日ですし、出来るのは私達が適任でしょうから」

 

 薄雲も叢雲が提案したことだからと便乗。駆逐艦4人いれば確認だけは出来るだろうが、少し心許ないかもしれない。そうなると、いつものように保護者枠が欲しくなる。

 そうなると、とても都合のいいことに、ここには戦艦棲姫がいる。事情を話したら便乗を快諾してくれた。もし何も無かったとしても、また記憶を読み取るなりすれば、あちら側の痕跡が何かしらわかるはずだ。

 

 そしてその件を飛行場姫に話したところ、必要かもしれないと許可。夕食が遅れてしまうものの、中間棲姫には話しておくとまで言ってくれた。

 飛行場姫も現状を憂いており、早期の解決を望んでいる。それに繋がるのなら、出来ることなら縋りたい。

 

「私が当たりをつける。そちらに行って、叢雲ちゃんが感知出来たら対処。出来なかったとしても、泥があったら処理。何も無かったら帰る。これでいいかな」

「ええ。思いついた私が言うのもアレだけど、さっさと終わらせて夕飯食べたいの」

「姉さんはお腹が空き始める時間ですもんね。トレーニングにも参加していましたし」

「アンタねぇ……まぁ間違ってないから否定はしないわ」

 

 食欲よりも施設のことを優先した叢雲は、ここに来た当初と比べれば格段に成長していた。

 

 

 

 

 夕暮れの哨戒。いつもやらない時間での航行であるため、妙に新鮮な気分になる。ここから徐々に暗くなっていくわけだが、深夜の哨戒よりはまだまだ明るいため、当たりをつけた場所にサクッと行って、用事をサクッと終わらせたい。

 

「多分、こっち。前回と前々回の真ん中の辺りかなって。で、どちらかといえば鎮守府寄りかもってイメージ」

 

 春雨の直感で海をぐんぐん進む。一切の迷いなく、春雨を先頭にして。海風は春雨に何も無いようにと護衛をするかの如く付き従い、その後ろを叢雲、薄雲、戦艦棲姫と続く。

 今のところは叢雲が感知出来るようなものも無く、眼鏡によって見える泥の反応も無い。

 

「逆側だったかもしれないけど、まずはこっちでいいよね」

「構わないわ。私達が闇雲に探すより、アンタの勘に頼る方が堅実だもの」

「叢雲さんは春雨姉さんのことがよくわかってきたようで何よりです。崇め奉ってもいいですよ。仲間のために身体を張る姉さんの分け隔てない愛を感じることが出来ますから」

「喧しい」

 

 いつもの調子で現場に向かっている内に、叢雲が顔を顰めた。

 

「ビンゴ。感知範囲に何か入ったわ。3人」

「私が昨日見た海の記憶と同じ数ね」

 

 本当に何者かがいた。それがわかっただけでも緊張が走る。春雨の直感と叢雲の感知が合わさったことで、敵は確実に逃がさなくなった瞬間である。

 

「あ、泥の反応もする。もう確定だ」

「そこにあの龍驤が交じってる可能性は」

「まだわからないかな……なんとなくでも」

 

 直感的にもそこはまだわからない様子。龍驤本人がここに来ているのか、それとも配下だけに来させているのか。それもこれも、当人に会えばわかるはず。

 あちらがこちらを認識しているかどうかはわからないが、春雨の直感的には少なくとも高高度からの監視は感じていなかった。だが、近付けば近付くほど、あちらの動きは撤退をしようとしている雰囲気に。

 

「逃がすか!」

「ちょっと、叢雲ちゃん!?」

 

 ここで叢雲が急に速度を上げた。怒りが表に出てきてしまったため、少しだけ理性が外れかけてしまったようだ。そんな叢雲を孤立させないようにと、春雨を筆頭に速度を上げる。

 

「見つけた。多分駆逐艦が3人、感知じゃなくて目に入ったわよ」

 

 目のいい戦艦棲姫は姿まで視認した。もう夕暮れも終わりがけで暗がりになってきている海の真ん中ではあるのだが、だからこそその3人は妙に目立っていた。()()()()姿()()()()()

 

「……あれ、泥で出来てる」

 

 春雨が呟いた。眼鏡越しだからこそわかる、その3人の着せられているもの。上には艦娘の証拠と言うべき普通のセーラー服なのだが、スカートはなく、代わりに泥で出来ているであろうレオタード状のスーツを着せられていた。それに加えて、腕や脚も覆うようにロンググローブとニーハイソックスまで。その全てが()()()()()()()()()()()()

 その姿を見て、侵蝕されたジェーナスを嫌でも思い出してしまう。悪意を前面に出しているような姿だ。艦娘とは一線を画すように、まるで()()()()()()()だと言わんばかりに。

 

「ってことは、アイツらに触れてもまずいってことよね」

「だね。でも逆に、戦艦様が持ってきてくれた泥刈機が効くと思う。服を引っ剥がすような感じになっちゃうから申し訳ないけど」

「敵に申し訳なさなんて感じてんじゃないわよ」

 

 しかし、気をつけなくてはならないのは確かだ。あんな姿、泥を纏った艦娘という敵を解放するには、どうしても慎重に行かなくてはならない。触れること自体が侵蝕に繋がるということは、春雨のあの技、心臓に瞬間的に一撃を加えるアレですら、春雨に被害を出しかねないのだ。

 

 

 

 

 海上に現れた3人の艦娘。明らかに敵であるそれを、春雨達はこの場で解放出来るのだろうか。

 




この3人が何者であるかは、次回で。
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