午後の哨戒と深夜の哨戒の隙間時間に敵の部隊が泥を設置しているのではないかと考えた叢雲の意見を聞き、その場にいた駆逐艦4人と戦艦棲姫の5人で、春雨が直感的にこちらにいるかもしれないという海域へとやってきた。
そこには叢雲が言った通り、泥を持つ駆逐艦がいた。戦艦棲姫が海から読み取った記憶の通り3人。その3人は、普通の艦娘とは違って、泥で作られたコスチュームを身に纏っていた。
「……ジェーナスちゃんがここにいなくてよかったね」
「はい。絶対にショックを受けますので」
その3人の駆逐艦の姿は、侵蝕され、春雨達に牙を剥いたジェーナスと殆ど同じ格好。おそらくその辺りの当てつけもあるのだろう。
姿形をそれにするだけで、こちらの1人が潰せるというのなら、あちらは優先的に手段として使ってくるはずだ。
「あ〜あ、ついにバレちゃいましたなぁ」
「アンタがモタモタしてるからでしょ」
「まあまあ2人とも、これはこれでいい機会なんだから」
三者三様の反応を見せるものの、逃げられなかったことに対して焦りなどはまるで見せておらず、見つかったのならばここで迎撃してやろうという姿勢を見せ始めた。
「でも助かったねぇ。そっちから来てくれたってことは、これで完全に位置が把握出来たよ。わざわざこんなところまで測量に来た甲斐があるってもんだねぇ」
「ったく、ホント面倒ったら無いわ。明確な場所がわからないからって、あたし達をパシリに使って器の座標を探ってこいだなんて」
「でも、やってきたことが間違いじゃなかったんだから安心でしょ。あとはアレをどうにかすれば、任務完了なんだから」
もう逃げようだなんて思っておらず、目の前にいる5人の深海棲艦をここで始末しようと考えているようだ。
「アンタ達、何処の手の者よ。黒幕の泥姫の方なのか、龍驤の方なのか」
槍を突きつけながら叢雲が問うた。
「んー、じゃあとりあえず名乗っとく?」
「アホか。必要ないわよそんなこと」
敵のうちの1人、髪を横に結った気の強そうな駆逐艦が、叢雲に食ってかかるように前に出た。
その手には艦娘のものではなく深海棲艦の主砲が握られ、問答をすることなく叢雲に対して砲撃を放つ。
「わお、ぼのたん好戦的ぃ。でも、漣もそれでいいや。名乗ったところで、全員始末するつもりでしょ」
「ぼのたん言うな。でも、アンタの言う通りよ。あっちは器を守る連中なんでしょ。だったらさっさとおわらせてやんないと」
話しながら、自ら漣と言った駆逐艦も主砲を構える。そちらも艦娘のものではなく深海棲艦のもの。威力は当然、艦娘のものよりも高い。
漣という名前を聞いたことで、アレが潮を襲った艦娘であることがわかる。ならば、一緒にいる方が、潮と共にドロップしたという曙。ぼのたんなんて呼ばれたなら、そちらが曙だろう。
だが、潮がこちら側にいるというのはあえてこの場では話さなかった。顔にも出さないようにして、この戦いに臨む。
「叢雲ちゃん、アレ、弾いちゃダメ。多分泥が紛れてる」
そこに直感的にも勘付いた春雨が助言。叢雲ならば、敵の砲撃を槍で弾いて回避することもある。しかし、あの弾に対してそんなことをしたら、槍とぶつかった瞬間に泥が撒き散らされて、わずかにでも付着してしまうだろう。そうなったら最後、肌から染み込んでそのまま侵蝕だ。
叢雲だって侵蝕だけは絶対に回避したい。あんなザマを見せるくらいならば死んだ方がマシであると考える。そのため、春雨の助言は素直に聞き、そのスピードで大きく回避。
「結構速いじゃない。でも、朧!」
「ん、わかってる。数はあっちの方が多いけど、朧達は負けないくらいの力を
3人目、朧と呼ばれた駆逐艦が2人の前に飛び出してきたかと思いきや、強烈な踏み込みと同時に猛スピードで突撃をしてきた。そのスピードは最早叢雲にも匹敵しており、回避方向に追い付くほどの勢い。
奇しくも、この駆逐艦3人は全員が潮の姉妹艦。同じ第七駆逐隊を組んでいた、最も親密な者達である。
この場に潮がいたら、恐怖だけではない感情で崩れ落ちていただろう。戦うことなんてまず出来ない。今のままでは。
「叢雲ちゃん!」
その速さに追いつけるのは春雨。脚を生やす勢いを使った跳躍を利用し、叢雲の援護をするために駆けつける。
「アンタはダメだよぉ辿り着く者。一応ご主人様から話は聞いてんだよね!」
しかし、それを邪魔するのは漣。行動を阻害するための砲撃を的確に繰り出し、叢雲との合流を阻止する。砲撃が直撃したら大怪我では済まず、掠るだけで終わったとしても泥の侵蝕という不安があるため、どうしてもブレーキをかけざるを得ない。
「叢雲姉さんには私が行きます! 春雨ちゃん達はそっちの2人を!」
「お願い!」
進めなくなった春雨の代わりに、叢雲には薄雲がつく。姉妹であれば連携も的確であり、1人だけを相手にするのなら勝てる率も上げられるだろう。
とはいえ、相手は侵蝕された艦娘。殺すわけにはいかず、どうにかして捕らえたいところ。治療出来ればいいのだが、今ここにあの治療薬は存在しない。そのため、近付くことなく気を失わせる必要がある。
「1対2か。こっちが不利だけど、朧には問題無い」
一瞬、朧の瞳に紫色の炎が灯ったように見えた。それは艦娘には起こり得ない現象、
「数の差を覆すのは、本気出すしか無いってことだよぼのたん」
「わかってるわよ。あたしだって力は貰ってんだから」
そして、漣と曙の瞳にも紫色の炎が灯る。当然こちらも艦娘のままだ。しかし、やろうとしていることは明らかに深海棲艦。持っている兵装もそれのため、今や艦娘のまま深海棲艦の力を得ていると言っても過言では無い。
砲撃の性能も、動きの速さも、何もかもが艦娘を凌駕している。しかも、話を聞いている限り曙はドロップした直後なのにだ。練度があってないようなモノである曙が、まるで高練度の熟練者のような動きをしていた。
「……まさか、あの服のせいで
そしてそれにも春雨は勘付いた。ドロップ艦でも即戦力にするために、あの服を着せられているのだと。
泥で出来た服は、触れられないために春雨による治療を防ぐためであると考えられたが、実際はそれだけでは無い。戦いの場に出ることが非常に難しい練度1の艦娘でも、侵蝕によるブーストと泥によって作られた衣装を身に纏うことで、完成した深海棲艦と同等の力を得てしまっているのだ。いわば、『擬似深海棲艦化』である。
ロンググローブとニーハイソックスによって腕と脚の力を増幅し、レオタード状のスーツで体幹までも強化する。結果的に、あの3人は施設の深海棲艦と渡り合える力を得てしまっていた。
「だったら、さっさと脱がしちゃうべきね。そのために私はここにいるってことになるわ」
ならばと、戦艦棲姫が泥刈機を構える。出力は今まで最弱だったものを中程度にまで上げて、春雨と海風に狙いを定める漣と曙に向けて泥を消滅させる波長を放った。
出力を上げたことによって、多少遠距離でも普通に届く。その見えない攻撃は砲撃よりも速く曙に届くが、直前で勘付いたか、
それでも波長はしっかりと効いていたようで、その身体は傷付けることなく、ロンググローブの片方とレオタードの横腹が消し飛ぶ。
「なっ、漣、アイツらあんなわけわかんないもの持ってるなんて聞いてないわよ!?」
「そんなこと言われても漣も知らんし!」
泥は消し飛ぶが肉体にダメージは無いため、元気に文句を喚く曙。その隙を見逃さないのが海風。春雨に向けて主砲を向けた時点で3人は死んで然るべき敵であるため、一切の容赦なく斬り捨てることが出来る。春雨が救うと言わない限り、確実に殺すまでする。
「では貴女はもう黙ってください。キーキー煩いので。春雨姉さんの麗しい声が聞こえないじゃないですか」
泥が消し飛んだ横腹に狙いを定めて、実弾ではなく水圧が異常にかかった水鉄砲を放った。直撃したらいろいろと揺さぶられて行動不能になるだろう。
しかし、消し飛ばしたと思っていた衣装は
「消されたところで作り直せんのよ! あたし達の中で増殖し続けてんだから!」
熱くなってきたからか、自分からタネを明かしてくれる曙。ここでわかったのは、あの泥の源は黒幕ではなく龍驤であることである。調子に乗ってペラペラ喋るのが歪んだ龍驤の特徴。それに侵蝕されていることで、その特徴が僅かに感染してしまっている。
「何度も作り直せるのなら、何度も消すだけよ」
冷静ならば自重出来るが、そうで無ければ勝手に全部話してくれそうだと、戦艦棲姫はよりその気質を呼び出すように泥刈機を連射する。
「うへぇ、容赦無ぇ〜。でもこちらにはいろいろ手段があるんだよねぇ」
そこで漣は、波長を回避しながらも、360度全ての方向に向けて魚雷を発射した。その速度は並ではなく、まるで砲撃の如く周囲に向かう。
回避する場所がない上に、眼前にいる春雨達のみならず、少し離れたところで朧を迎え撃っている叢雲と薄雲の方にも向かっていった。
「まずい……! 春雨姉さん、破壊しま」
「ダメ、それは
いつもなら回避する隙間もない魚雷は破壊してどうにかするのだが、春雨の直感がそれはダメだと告げていた。伊47から聞いていた、潜水艦姉妹が使った秘密兵器の魚雷のことを今この時思い出していたからだ。
その魚雷は、破壊した瞬間に中から悪意の塊が飛びかかり、目の前の者を一気に侵蝕するために襲い掛かる。今漣が放った魚雷が全てそれだった場合、破壊した時点で逃げ場が無くなってしまう。
いくら泥刈機があったとしても、溢れ出た泥を全て消し飛ばすためにはそれなりの出力が必要だ。しかも、それを襲われる前に的確に放たなければならない。これは流石に至難の業。
だからだろう、春雨は悪寒が背筋を駆け抜けた。それは、今少し離れてしまっている叢雲と薄雲の方。
「叢雲ちゃん、薄雲ちゃん、避けてぇ!」
春雨と海風、そして戦艦棲姫はその魚雷をすぐさまジャンプして回避しつつ、隙を作らないように波長による攻撃と水鉄砲による攻撃を交差させていたが、朧を迎え討つ2人はまだ魚雷の存在が見えていない。下手をしたら直撃。そうでなくても咄嗟に破壊して大変なことになる。
「ったく、面倒くさいことしてくれるじゃないの! 薄雲、跳びなさい!」
「は、はいっ!」
同じように避けつつ、朧からの攻撃を防ぐために主砲を放つ。
しかし、朧はここで2人とは別の動きをしてきた。
「漣、いきなりすぎるよ。朧じゃなかったら反応出来ないんだから」
最初に見せた踏み込みで一気に前進すると、魚雷を追い抜き薄雲の真後ろへ。そして、自らその魚雷を破壊した。
春雨の予想通り、その魚雷は泥が詰まった秘密兵器。爆発した瞬間、薄雲に向かって飛びかかることになる。量もそこそこあり、回避はまず無理。
「薄雲! スーツ!」
「っ!?」
咄嗟ではあったが、薄雲はその泥を吐きかけられた時に海風が回避出来た全身を覆うスーツを作り出した。一切の隙間がないヘルメット状のマスクまで作り上げ、どうしても避けられない泥をどうにか防いだ。
全身にぶちまけられたわけではないのだが、腕や身体にベチャリとへばりつく。スーツを着ていなかったら、口にも飛び込んでいただろう。本当にギリギリだった。
「わ、すごい瞬発力。でもね」
しかし、朧はこの段階でノーマークになってしまっていた。つまり、目の前にいる薄雲を、
「こんなに近いんだもん。勿論、攻撃するよね」
艤装を展開するように朧の手に現れたのは、鋭利なコンバットナイフだった。それによって泥がへばりつく薄雲の胸元を斬り払う。
「えっ……」
痛みは無かった。しかし、確実に
そうなってからは恐ろしい速さだった。口に入り込んだわけでもないのに、肌からどんどん染み込んでいき、胸元から次々と侵蝕。薄雲に強烈な快感を送り込む。
「ひっ、い、いやぁあああっ!?」
薄雲の悲鳴が響き渡ったかと思いきや、侵蝕が進んだせいで
「ひぁっ、あ、んぁあああっ!?」
そして、悲鳴は嬌声へと変わり、泥が全て消える。薄雲の中に入り込んだということだろう。
「薄雲……っ」
「そのままでいてね。邪魔はさせない」
叢雲は何も出来なかった。近付いたら自分が侵蝕されかねない。それに、朧がそうさせないように薄雲の側を陣取っていたのだから、動くことも許されなかった。
「ふはあっ、はぁ……はぁ……」
大きく仰け反り、ビクンビクンと震えていた薄雲は、力が抜けたように膝から崩れ落ちる。時折痙攣しているようだが、俯いているためその表情は見えない。だが、嫌でもどうなっているかは理解した。薄雲の姿が変わっていったからだ。
大きく震えたことで制服は消え、隣にいる朧と同じようになっていく。セーラー服はいつもの黒のものではあるが、やはりスカートは失われ、その内側にレオタードが貼り付いていた。色まで同じ、泥のような混沌の色。
その締め付けでさらにビクンと震えた後、薄雲はゆらりと立ち上がる。その時にはやはりロンググローブとニーハイソックスも出来上がっていた。完全に朧達と同じ姿になったことで顔を上げると、その瞳には紫色の炎が灯っていた。
「んっ……ふぁあ……あは、こんなに気持ちいいなんて知りませんでした。んんっ、ジェーナスちゃんもこんな気分だったのかな」
未だ興奮冷めやらぬ表情で叢雲を見つめる。その瞳には、心の底からの悪意が宿っていた。