侵蝕された擬似深海棲艦、漣と曙との戦闘中、数的優位を奪うためと海風を狙い始めた。そんなことを海風が望むわけがないのだが、泥に侵蝕されてしまえば意思なんて関係ない。曙はそう言いながらも突撃を開始する。
「海風をっ、やらせるもんか!」
勿論春雨も黙っちゃいない。海風を守るため、一時的な退避を指示しつつも自ら海風に接近して、曙の突撃を防ぐ。
だが、漣も後衛として泥魚雷を放っている。それを破壊してしまったら、爆発と共に泥が撒き散らされ、最悪薄雲の二の舞になってしまう。あちらの狙いは海風を
「数的優位を奪おうと言うのなら、当然私も黙っちゃいないわよ」
そして、春雨達を援護するように戦艦棲姫も前に出る。泥刈機による波長攻撃と共に、戦艦主砲による水鉄砲──強烈すぎる水圧を使って、思惑を阻止せんと攻撃を繰り返す。
魚雷はジャンプして飛び越えなければならないのだが、その着地を用意周到に狙ってくる曙を、戦艦棲姫が主砲により攻撃など出来ないように抑えつけ、魚雷の回避ルートは春雨が光の道を確実に選択することによって完璧に避け切る。海風も春雨がやったことをリピートするくらいならば余裕を持って実行し、密集する雷撃を爆発させることなく乗り越えた。
先程はそれを朧がわざと破壊するという荒業で強引に侵蝕を始めたが、それが出来るであろう漣と曙は、戦艦棲姫の2種類の攻撃によって阻止されていた、
「うへぇ、流石に一筋縄ではいかないねぇ」
「そう思うなら諦めて帰ればいいと思いますよ。それでも追って確実に息の根を止めますが。春雨姉さんを困らせようとした時点で極刑です。一度だけでなく何度も殺します。泣いて許しを乞いなさい。その上で始末しますが」
「ウザすぎんだけどコイツ。そんなヤツがこっち側に来たら何をしてくれるんだか」
戦艦棲姫の主砲を回避しながらも、しっかり海風に向けて砲撃を欠かさない曙。直撃ならば死、擦れば侵蝕という最悪な弾を、海風は右腕を変形させた盾で払い除ける。
「今、春雨姉さんを狙いましたね。何度目かはもう忘れましたが、その分、貴女の命を奪います」
「あたし、アンタを狙ったんだけど」
「私が回避したら春雨姉さんに当たっていました。つまり、春雨姉さんを狙っていたということです。大罪ですよ。命を以て償いなさい」
盾が鎖と錨に変化し、曙に対して向かっていく。同時に春雨が漣に邪魔をされないように砲撃と雷撃。近付くことも、撃つことも許さない。
「ああもう! 本当に鬱陶しい!」
「鬱陶しくて結構。それにそれはこちらのセリフです」
海風の猛攻は止まらない。春雨を守るため、春雨の敵を殲滅する。今の海風にはそれしか無かった。
しかし、あまりに猪突猛進すぎると足を掬われる。それを防ぐために、春雨と戦艦棲姫が的確なフォローを続ける。
一番困るのが、漣が放つ泥の魚雷。一回の量が多く、回避が非常にしづらいため、そもそも撃たせないというのが的確な処置だ。戦艦棲姫がそれを優先し、曙は2人に任せて徹底的に叩く。主砲で牽制しながら、さらに出力を上げた波長で追い詰める。
「こりゃあヤバい、バイヤーですよ。そんじゃまあ、漣さんはこっちを狙ってみようか、なっ!」
ここで漣が急に動きを変える。常に後衛を張っていたのに、突如強烈な踏み込みと共に前に出た。叢雲を迎撃に行った朧と同等の速度で突撃し、一気に戦艦棲姫との間合いを詰める。
「戦艦様!」
「大丈夫、貴女達はそちらをお願い」
戦艦棲姫とてそれくらいのスピードには問題なく対処出来る。次にどういう攻撃をしてくるかはお構いなしに、眼前の漣に向けて同じように砲撃と波長を重ね合わせた。大問題である魚雷は今は放ってこないが、念のためと戦艦棲姫も他の者達と同じスーツを着込む。
「いやぁ、その辺りは全部データとして持ってんだよねぇ。だから、最初からアンタ狙っときゃよかったかも」
砲撃も波長も恐ろしい程のスピードで回避したかと思いきや、魚雷を放つのではなく手に握っていた。
そしてそれを真上に放り投げた瞬間、主砲で撃ち抜いて泥をばら撒く。
「それくらいならお見通しよ」
波長を真上に、そして、潜り込んでくるであろう漣に向けて主砲を向ける。想定通り、漣は上に注意を逸らして下から攻撃を繰り出そうとしていた。どちらも当たれば侵蝕確定。スーツを着込んでいるために被っても問題ないが、それでも念には念をと確実に漣を処理するために砲撃。
だが、自信満々に突っ込んでくる漣がそれだけしかやらないわけがなかった。攻撃することなくさらに加速し、戦艦棲姫と触れることなく真後ろに回る。そちらには生体艤装が待ち構えており、さらに主砲を放つが、そこからも逃げるように駆け抜けた。
そしてその時、自分の真下に泥の反応があることに気付いた。駆け抜ける瞬間に、足下に魚雷を設置していたのだ。そこにはさらに爆雷まで仕込んで。
魚雷は泥が格納されているが、爆雷はおそらくそのまま。そこで爆発されたら脚が吹き飛ばされる。その上で魚雷も爆発し、泥が撒き散らされるだろう。それは厄介極まりない。
「させないわ」
爆発する前に艤装が爆雷を掴み、射程範囲外に投げつけた。それならば魚雷は爆発せず、爆雷だけを処理出来る。
はずだった。
「すり替えておいたのさ!」
直後、魚雷が爆発。泥を撒き散らさず、まともに爆炎を巻き上げる。そんなものが足下で爆発したらひとたまりもない。
だが、戦艦棲姫も手練れ。魚雷の攻撃を咄嗟に回避するため、爆発すると感じた瞬間に艤装の手に掴まり、全力で放り投げてもらった。その手から離れたタイミングで艤装を消すことで、完全にノーダメージでそこを切り抜ける。
「ま、マジかぁ。データ以上の動きバンバカされるんですけどーっ!」
「どうせあの龍驤のデータでしょうけど、そう簡単にはいかないわ」
自信を持って回避中に艤装を展開し、着水。艤装に支えてもらうことで本体は着水時にバランスを崩すことなく、すぐさま反撃に転ずることが出来る。
しかし、大きく回避する羽目になったため、春雨と海風から離れることになった。多少大きな声を出さなければ、声かけは出来なくなってしまっただろう。しかし、3対2の状況から、春雨サイドが2対1になったことは大きい。目の前の敵に専念することが出来れば、春雨の見えている光の道はさらに鮮明になるだろう。
「戦艦棲姫って本体がバカスカ主砲撃ってきたっけ!?」
「私は特別なの。生きていくための知恵よ」
艤装に波長を任せつつ、本体は主砲を連射。こちらも2対1のようなものである。本体がやられたら、艤装もやられてしまうというのは春雨達と同じ。
「普通の戦艦棲姫じゃないのかーい!」
「貴女も普通の艦娘じゃないでしょうに。おあいこよ」
しかし、漣1人でもかなりの手練れ。戦艦棲姫といえども、そう簡単にはいかない。駆逐艦であるがためにやたらと小回りが利き、かつ泥によるブーストとコスチュームによる補完が加わっていることで、並の強さでは無くなっている先程の魚雷と爆雷の設置もそうだが、瞬時に判断するとしても、ドロップ艦が出来るような動きではなかった。
それに輪をかけて厄介なのが、触れられないことである。艤装で掴んでしまえば済むことなのだが、あの泥で出来たコスチュームは艤装越しでも触れるのも憚られる。艦娘以上に本体と艤装が繋がっている深海棲艦では、泥が艤装にかかっただけでも影響を受けてしまいそうだからだ。
海風は泥をぶちまけられた時にスーツと共に腕を盾に変えてガードをしていたものの、それはあくまでもその時だから耐えられただけの可能性はある。それこそ、ここまでデータがどうのこうの言っているのだから、スーツでは防げても艤装では防げないなんていう
故に、どうにかして触れることなく気を失わせなければならない。それが出来る手段といえば。
「さらに出力を上げるしかないわね。多少は怪我をしてもらうわよ。元に戻ったら鎮守府で治してもらいなさい」
泥刈機の出力をさらに上昇。中程度だったものが、今ではもう7割程になっている。この出力ならば、泥は一瞬で消滅する上、肉体にも影響を与える。消し飛ばすなんて物騒なことにはならないまでも、波長に揺さぶられて確実な重傷に繋がる程になっているだろう。
それくらいしなければ、この漣をどうにかすることは出来ない。そう判断せざるを得なかった。当然ながら、戦艦棲姫は慢心なんてしていない。目の前の敵に注力しなければ、現状を打開出来ないと考えた結果がコレだ。
「それ結構やべぇんですってば。だから使わんでくだせぇ!」
そこにすかさず漣は魚雷を上に何本か投げて破壊。さらには足下も狙うように発射。器用にも投げた方の魚雷は、破壊したことで戦艦棲姫を綺麗に包み込むように泥がぶちまけられた。普通なら回避するのもかなり難しいレベル。さらに魚雷に至っては、回避したらそのまま春雨達の方向に進んでいく用意周到さ。
回避するわけにはいかず、しかし、処理が非常に難しい。しかし、戦艦棲姫はそれをしっかりと見据えて行動に移す。
「本当に厄介ね貴女は」
まず海中を疾ってくる魚雷を主砲によって破壊。そうすれば中に格納された悪意がぶちまけられ、戦艦棲姫に襲い掛かるのだが、そちらに波長をぶつければ、空中からの泥を対処出来ない。
故に、破壊した瞬間にまたもや艤装の手に掴まり、全力の投擲。そして即座に波長を纏めてぶつけつつ、艤装を消すことで全てを処理。またもや無傷でその場を切り抜ける。
「いやマジでどうなってんスかアンタ!」
漣もこの動きには驚きを隠せなかった。
しかし、すぐに意地の悪い笑みを浮かべる。
「でも、それやるためには艤装消してくれるんだよねぇ。一瞬でもさぁ!」
「つっ……なに……!?」
直後、戦艦棲姫は腕に鋭い痛みを感じた。嫌な予感がし、おそるおそるその場所を確認すると、しっかりと
その方を咄嗟に見ると、そこには、叢雲と戦闘中の朧。顔も身体も叢雲の方を向いているのに、手だけは、ニードルガンだけは、叢雲ではなく戦艦棲姫の方を向いていたのだ。
漣が戦艦棲姫の視界を完全に引きつけ、単独で戦おうとしている素振りを見せつけることにより、叢雲の戦いを視野の外へと持っていった。戦艦棲姫は艦載機など使えず、視界は艤装と共に360度を見通すが、今この瞬間だけは回避のために艤装を消していた。
結果、視野は戦艦棲姫本体の眼前のみ。朧は見えていない。その隙を外部から狙われてしまった。
「
戦艦棲姫はそれどころではない。この針はスーツを貫いて泥を送り込んでくる最悪の毒。あらゆる存在を侵蝕する。手練れの戦艦棲姫も例外ではない。
「っくっ、あ、あぅうっ!?」
針は抜いたが時すでに遅く、刺さっていた方の腕を押さえながら蹲る。泥が即座に身体を回り、存在を侵していく。その快楽は尋常ではなく、深海棲艦の姫と言えど、耐えられるものではなかった。
いくら戦艦棲姫といえど、痛みには耐性はあれど、快楽には耐性がない。それ故に、泥は他者を侵蝕する際に快楽を与える。心を無理矢理こじ開けるために。
「あっ、んぅっ、あぁああああっ!?」
そして強烈な快感と共に自分の身体を抱きしめ、大きく痙攣しながら仰け反った。息も出来ないくらいに嬌声を上げ、再び大きく震えたかと思えば、そのままガックリと膝をつく。
その時にはもう生体艤装は消えており、ビクンビクンと痙攣すると、いつものネグリジェのようなワンピースが消滅し、セーラー服とレオタードが出来上がった。
「わお、戦艦でもおんなじ姿になるんだ。漣ちょっと興奮しちゃう」
うひひと下卑た笑い声を上げて、漣も恍惚とした表情に。そうしている間にも、戦艦棲姫の魂は泥に呑み込まれ続けた。
まだ小さく嬌声を上げていたが、ゆらりと立ち上がるとやはり同じようにロンググローブとニーハイソックスが出来上がる。侵蝕が完成したことでさらに大きく震えると、戦艦棲姫の瞳からは紫色の炎が灯った。
「っはぁあ……こんな快感、初めてだわ……んっ。まだ残っちゃってる」
「ようこそ戦艦様〜。やってほしいこと、わかるよね?」
「ええ……んんっ、勿論よ」
未だ快楽に震える戦艦棲姫は、笑みを浮かべて漣に同調した。
いつもの戦艦棲姫とは思えない程に甘ったるい声。快楽に負け、悪意に支配された、人類の敵としての姫と化していた。