戦艦棲姫がそんなことになっているとは気付くことが出来ず、春雨と海風は曙との戦闘を続けていた。
回避特化で自分に集中させ、他に視界をやらせないようにするのが今の曙の戦い方。春雨と海風の2人を相手取っても、回避をしながらの反撃で互角に渡り合っている。
「ああもう、鬱陶しい! さっさとやられろ!」
「こちらのセリフです。報いを受けなさい」
「そればっかねアンタ!」
海風の猛攻は凄まじく、曙がまだ救われるタイプの侵蝕であるにもかかわらず、春雨を何度も攻撃したという理由により、もう殺意しか持っていない。救うという選択肢は1つも無かった。
春雨は海風のその戦い方に同調することは出来なかったものの、容赦無く行かねば押し込まれる程に曙が強いため、抵抗なく殺傷力のある攻撃は放っていた。
しかし、砲撃も雷撃もしっかりと回避していく。光の道の通りに行動しているため曙からの反撃を喰らうことはないが、まだ道は複数出ているために、最善の答えの判断が難しい。
ひとまず泥に掠ることも許されないため、春雨も海風もスーツを身に纏っていた。気休め程度かもしれないが、無いよりマシの装備である。
「海風、目の前の敵に集中する。道も限定的にする」
「了解です。まずは確実に1人ということですね」
ここで春雨は、この状況を打開するために、曙を救うための光の道に答えを見定めた。それは他に見えている光の道を一時的に切り捨てることになるのだが、その先にいるのは叢雲と戦艦棲姫だ。個人でも充分すぎるほどに戦える。
むしろ春雨は、海風と共に曙を早急に対処して他の仲間を救援すべきと判断した。この場で全ての戦場の答えに辿り着くことなんて出来やしない。
眼前の1人に2人がかりで向かっているにもかかわらず、早急な決着に辿り着けないのは、この光の道を迷っているところにある。一切の容赦が無くなっているとしても、
それで総崩れになるのはよろしくない。そのため、まずは最も近いものに照準を定めた。
「この道を……辿る……!」
そう決めたら早かった。曙をどうにかするための光の道は燦然と輝き、こうすればいいという答えが手に取るようにわかる。泥で出来たコスチュームには触れてはいけないが、それ以外ならば触れてもいいということまで。
そうなると、狙いは頭だ。ここにいる全ての泥に塗れた者達は、首から下は殆ど万全と言える状態になっているが、頭だけは無防備。こちらが頭を狙うとはまず思っていないのだろう。砲撃が当たれば即死だし、水鉄砲なら意味もない。むしろ、守ろうとすると視界を遮りかねない。
「行くよ、海風」
「はい、サポートします」
跳んだら狙い撃たれるため、海上を滑走しながら突撃。
「はっ、そんなもの、魚雷を撃ってくれって言ってるようなものでしょ、クソチビ!」
「姉さんを侮辱しましたね。万死に値します」
曙も漣と同じ魚雷を放つ。勿論これを破壊すれば泥が撒き散らされ、特に海面に近い位置にいる春雨がモロに被ることとなるが、この対処法は勿論、光の道に示されていた。
「大丈夫、避けるから」
一瞬脚を生やす跳躍で魚雷を飛び越えた瞬間、空中で魚雷を放つことで、曙の魚雷と数度誘爆させて撒き散らされる泥ごと吹き飛ばす。さらには、自らの軽さを利用してその爆風に乗り、通常よりも高く速く遠くへと跳んだ。
跳び越えたタイミングを狙っていた曙はこれで虚をつかれることになり、そこを狙って海風が逆に魚雷を放った。もう救うつもりもない一撃ではあったが、避けるタイミングをズラされたことで、曙はその魚雷を破壊するしかなくなる。
「ウザったいのよ!」
勿論、魚雷を破壊するところまでもが道筋。これで曙の真後ろに回り込める。そこから振り向き様に曙の頭に向け、脚を鞭のようにしならせて蹴り飛ばせば確実に当たる。
だが、曙も当然ブーストがかかっているため、その状況からでも反応してくる。魚雷を破壊した瞬間、春雨に視線を合わせてすぐさまその手にニードルガンを展開した。春雨は未だ空中。それならば、針を避けられるわけもなく、刺さればその時点で終了。
「わかってる」
まだ道は続いている。このタイミングで脚を盾に変形させて、放たれた針を軽々と弾いた。艤装の金属に針が刺さるわけもなく、そこに付着した泥も着水と同時に洗い流された。
「なるほど、頭狙いですか。では、その首を刎ねてあげます」
海風はさらにヒートアップ。右腕を使い慣れてきた錨と鎖に変形させ、曙の頭を狙って投擲。直撃したら脳震盪では済まない一撃であるため、流石の曙も回避のみに専念する。
「あっぶなっ! アンタあたしを殺す気!?」
「何度も言っているでしょう。私は貴女を救う気なんて毛程もありませんから。何度も何度も姉さんを侮辱したんですから。一度じゃすみませんよ。三度は死んでもらいます」
「このサイコパスが!」
ここで春雨がさらに動く。曙が回避に専念するのも道筋。ここで動けなくするために、海風の錨の邪魔にならないように展開してさらにいつもよりも長さを増した脚によって曙を蹴り飛ばした。狙いは頭ではなく、唯一僅かに肌が出ている太腿の一部。レオタードとニーハイソックスの隙間を綺麗に狙って一撃を叩き込む。
「ったぁ!?」
「折るつもりで行ったんだけど、骨も強くなってるのかな。泥が身体の中を駆け巡ってるから。刃にすると伸ばせそうに無かったから仕方ないか」
だが、曙はそれで倒れることは無かった。動きは止まったものの、強靭な下半身でその衝撃を耐え、怒りに満ち溢れた表情で春雨を睨み付ける。
そんな目で見られたところで、春雨は怯むことなんてない。むしろ、より一層容赦が無くなるのみ。
「やってくれたわね……でも、もう終わりよ。あたしの
突然勝ち誇ったような表情で言い放つ曙。時間稼ぎをしていたようには見えなかったが、確かに回避を優先していたような節はあった。
その言葉を聞いた直後、春雨はもう何度目かわからない悪寒を感じた。海風が狙われているのはわかっているが、今までに感じたことのないタイプの悪寒。そして、見えていた光の道が突如ぶれ始める。勝ち目に向かっていく答えが失われていく。
そして、新たな道が現れた。曙に集中していたはずなのに、別の答え。対処しなくてはならない答えが、曙ではない何かに向かって伸びていた。
「えっ!?」
その道を辿ろうとした瞬間、戦闘に突如乱入してきた
その手が目に入ったことで、春雨は動くことが出来なくなってしまった。今までに何度も見た戦艦棲姫の生体艤装のモノだったからだ。
おそるおそる道を辿ると、そこには曙達と同じ姿になった戦艦棲姫が立っていた。海風をほぼ不意打ちで捕らえたことで興奮したのか、恍惚とした表情を浮かべながら小さく震えている。
「せ、戦艦様……そんな……」
「ごめんなさいね春雨。私もすっかりこの通り。とっても気持ちよかったわ」
当てつけのように話す戦艦棲姫に恐怖しか感じなかった。そして、辿り着く者として覚醒していたはずの自分の無力さを痛感していた。
周囲全ての光の道を気にすることが出来ていたら、戦艦棲姫が敵の手に堕ちることなんて無かったかもしれない。海風に曙を任せて、漣と戦う戦艦棲姫の救援に行っていたら、こんな結末は迎えなかったかもしれない。
「っ……あぐっ……戦艦様までやられるだなんて……っ」
「いやぁ、めっちゃ強かったよ。でもさ、漣ちゃんのことしか見えないようにしているうちに、ボーロに撃ってもらったんだ。だってコレ、チーム戦ですもん」
ニヤニヤしながら戦場にやってきた漣は、仲が良いように戦艦棲姫にしなだれかかる。戦艦棲姫も満更ではないように、漣の頭を撫でていた。その姿に余計絶望を感じてしまう。
「ほら、離れなさいよ。アンタの妹が苦しむ姿をただただ眺めてなさい」
調子を取り戻した曙が、春雨に向けて砲撃。当たるわけにはいかないため回避したが、そのせいで海風から離れる羽目になる。
戦艦棲姫の艤装が少し力を込めると、海風への圧迫が強くなり、苦しそうな声を上げた。しかし、春雨は助け出すために向かおうとしても、曙がしっかりと妨害し、少しも前に向かえない。
この時は、光の道が完全に途絶えてしまった。海風を救う道が見えない。つまり、もう海風は
「よーし、それじゃあ戦艦様、やっちゃってくだち!」
「ええ、海風もこちら側にしてあげる」
戦艦棲姫が少しだけ手を揺らした瞬間、生体艤装の手から泥がジュワッと溢れ出す。スーツを着込んでいても、その掌によってズタズタにされたことによって、泥は着実に海風に染み込んでいった。
明らかに感じたことのない快楽が身体を駆け巡り始めたが、海風は歯を食いしばってその侵蝕に耐える。
「っ……こんなものに、負けるわけにはいかない……!」
目の前には最愛の姉。春雨に迷惑をかけるわけにはいかない。ここで侵蝕されようものなら、確実に姉が嫌な思いをする。それだけは避けたい。たったそれだけの思いだけで、泥からの侵蝕に耐えていた。
しかし、戦艦棲姫が送り込む泥は増える一方。少しだけ肌に傷がついたことによって、吸収率が一気に上がった。
「っあ、ふぁあああっ!?」
掴まれている海風が耐えられずに嬌声を上げ始める。こうなったらもうおしまいだと、戦艦棲姫はその場に優しく下ろしてやった。拘束が解かれたことで、海風は快感に耐えるように自分を抱き締める。攻撃に転じようという気持ちも働かなくなっていた。
「ダメ、ダメ……姉さん、姉さんの敵になんてなりたくない……!?」
耐える。意地でも耐える。だが、泥はそんな想いすら踏み躙るように魂を侵し、むしろその想いを反転させるかのように塗り潰していく。
そんな顔をしたくないのに、海風は恍惚とした表情になっていた。こんな顔を姉に見せたくないのに。だが、その気持ちすらも塗り潰されていく。
「海風ぇ!」
「来ないでください! 来たらっ、来たら姉さんも侵蝕されてしまいます!」
漣も曙も、あえてこの状況になってからまるで手を出そうとしない。これも慢心のせいなのだが、海風が春雨の目の前で変わり果てる様子を眺めて、愉悦に浸っている。
だが、海風にも限界が訪れる。姉のことを想い、必死に耐え続けていても、その想いが急激に失われていく。だからこそ、最後の力を振り絞って、海風は訴えた。
「姉さん……私をすぐに……殺し……んぁっ、っひっ、はぁああんっ!?」
そして、海風は最終段階に。大きく仰け反りながら叫ぶような嬌声を上げた後、力が抜けたようにがっくりと項垂れる。その頃には姉への想いは泥で埋め尽くされ、肩で息をしながらもその快楽を享受し、自らの力としていた。もう春雨の方も見ていない。今見えているのは、自らを変貌させる悪意のみ。
「う、海風……そんな……」
ビクンビクンと震える海風を見て、急激に寂しさの発作が起き始める。目の前に海風がいるというのに、
「っ、はぁあ……んんっ……」
嬌声は続き、何度も震えるうちに、セーラー服とレオタードが出来上がってしまった。痙攣が小さくなっていきロンググローブが、そして震えが止まってゆらりと立ち上がるとニーハイソックスが出来上がる。もう海風も敵の戦闘員の1人なのだと嫌でもわからされる。
「んぁっ、はふぅ……」
最後にもう一度大きな痙攣をしたことで、その瞳に紫色の炎が灯った。全てが完成してしまった証拠である。
「んっ……はぁあ……海風、しっかり生まれ変わりましたぁ……最っ高に気持ちよかったです。今までに感じたことないくらいに、んぅっ、清々しい気分です」
ニチャアと笑みを浮かべた後、涙目で見つめる春雨に視線を向けた。その瞳には、明らかな敵意と悪意。今まで依存していたはずの相手なのに、今やゴミでも見るような目で眺めていた。
「海風……」
縋るように名前を呼んだが、海風は鼻で笑うと曙の側に向かう。春雨のことなんてどうでもいいといわんばかりに。
「ふふ、さっきまですみませんでした。馬鹿みたいなことばかり言ってしまって。こちらの方が気持ちよくて堪らないですね。むしろもっと早く侵蝕してくれればよかったのに」
「アンタが避け続けたんでしょうが」
「あはは、そうでした。でも、私も思い知らされました。今までどれほど愚かなことをしてきたのかを。はふ、まだ快楽が残っていますよ」
まだ小さく痙攣する海風は、落ち着きを取り戻すと改めて春雨の方を見た。
「春雨姉さん、ご覧の通り、私ももうこちら側に来ちゃいました。とっても気持ちよくて最高の気分でしたよ。私がいなければゴミ同然の姉さんでも、望めば私が泥を分け与えてあげますけどどうしますか? 寂しくて寂しくて辛いんですもんね。寂しいなら死んでくれてもいいですけど、姉さんには利用価値がありますし、自分から
いつものマシンガントークも敵対しているとなると春雨の心を砕く。仲間だった戦艦棲姫も、海風の言葉を聞いてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
動けない春雨にトドメを刺すことをあえてせず、苦しむ姿を見て喜んでいるそれは、どう見ても慢心。
しかし、その言葉すら耳に入らない程に憔悴していた。
春雨は考え続けていた。寂しさの発作に苛まれながらも、何故こうなってしまったのかと。自分が海風の危機を、戦艦棲姫の危機を掴み取れていたら、こんなことにはなっていなかった。それは自分が不甲斐ないから、未熟だからと、あらゆる負の感情が駆け巡る。
だが、それ以上に凄まじい激情が心の奥底からふつふつと湧き上がってきた。海風が絶対にしないような行為、言わないような言葉を、本人の意思を塗り潰してやらせていることが気に入らなかった。戦艦棲姫にそんな顔をさせていることが苛立った。こんな思いをさせられていることに腹が立った。
そして、あまりにも惨めな自分に、怒りを覚えた。
「返答してくれます? 無言は死を選んだってことにしておきますよ。まぁ話せないくらいに錯乱してるのは知ってますし、いいんですけどね。姉さんをこの手で縊り殺したら、さぞかし気持ちいいんでしょう。私、その快感を知りたいんですよね。だから、自分からこちらに来るって言わないでくれると助かります。ふふふ、さぁどうします?」
海風のおちょくるような言い回しに、漣達もケラケラ笑い出す。春雨を嘲るように。
怒りは怒りを呼び、身体中に熱を回らせる。こんなことは初めてだった。艦娘の時だって、こんなに気が狂いそうな程に腹が立つことなんて無かった。もう周囲の音すら聞こえない。寂しさすら感じない。ただ怒りを、凄まじい怒りを感じていた。
そして、春雨の中で何かが切れた音がした。