空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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その声は届くか

 我を失い、本能に従い、目に入ったもの全てを破壊する。それでも全く晴れる気配のないほどに溢れ出る怒り。春雨はその熱に焼かれているような気分だった。

 どれだけ吠えても、どれだけ暴れても、身体を這い回る熱は取れることはない。むしろその熱は増していく一方であり、力が増していく代わりに()()()()()()()()()ような感覚もあった。

 

 しかし、力の限り暴れ回ることにそんなことは関係ない。もう何も見えない。何も聞こえない。それでも、春雨はその熱を発散するために暴走を続けた。

 

「ぁあああっ、アァアアアああアァアァアアア!」

 

 両腕は憤怒の焔により焼き尽くされ、もう失われてしまっていた。装甲は義腕として成立し、二の腕から先はもう存在していない。

 だが、その焔は衰えることはなく、春雨の身体を蹂躙していく。より強い力を得る代わりに、命の灯火を燃やし尽くそうとしていた。

 

「アァアッ、アァああッ! あぁああアアアア!?」

 

 義腕と義脚がさらに拡がろうと面積を増やし、二の腕と太腿を侵蝕する。完了してしまえば春雨から四肢が完全に失われることになるだろう。

 そして、顔にも装甲が貼り付き始めた。より理性が無くなるように、獰猛で暴力的な(ケダモノ)となるべく。それが全て終わってしまえば、春雨はもう元には戻れなくなるだろう。残されているはずの理性も感情も記憶も何もかもが焼滅し、春雨という存在そのものが滅却する。

 それは春雨の死と同義だ。目につくモノに見境なく襲い掛かり、暴走した辿り着く力を振るう()()()()となるだろう。

 

 それが許せる者なんて誰もいない。特に海風は、自滅しようとしている春雨を見ているだけで済ませるなんてことは、死んでも嫌だった。

 

「私は、私は姉さんを……姉さんを止めたい……!」

 

 依存と絶望の発作の中、海風はなんとか立ちあがろうとするが、力が入らない。薄雲や戦艦棲姫のように『観測者』に治療してもらったわけでなく、春雨の憤怒の焔に体内の泥が焼き尽くされたことで侵蝕を失っているため、消耗があまりにも激しすぎた。

 しかし、海風は意地でも立ちあがろうとする。発作に震え、腕を動かすのもいっぱいいっぱいだというのに、ただ愛する姉を失いたくないという想いのみで、2本の脚で海面に立つ。

 

「無理しちゃダメよ。そんな状態で行っても、足手纏いになるだけ」

 

 戦艦棲姫がそんな海風を支えるが、辛そうな表情をしているのは同じだった。薄雲も同じように自己嫌悪で立ち上がれない状態であり、もう春雨を止められるのは、道化達しかいない。

 

 その道化も、春雨の暴走には少し手を焼いていた。時間が経てば経つほど自らを失いながら強くなっていく春雨は、『道を化かす力』を以てしても気を失わせるまで持っていくのが難しい。むしろ、道化達の遊ぶような戦い方にすら対応してきているようにも見えた。

 しかし、ここでやらなければ中立が保たれない。春雨が摂理に反する者と化すのは、道化達にとっても可哀想と感じた。そうなってしまったら最後、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 道化達も、やろうと思えばやれる程の力は持っている。ただし、それは中立と摂理を破壊する行為にほかならない。

 ひとまずは気絶させる方向で持っていきたいのだが、そうするためには接近しなくてはならない。そうなると、現在の春雨の両腕は鉤爪に変形しているためにかなり危険なことになっている。()()()()()()()

 

「アァアアアッ!」

 

 だが、手を抜き続けられる程時間も余裕もなく、いい加減この状況を終わらせなくてはならない。

 

 鉤爪による攻撃も力を増すごとに速くもなっていき、回避そのものが厳しくなってきていた。しかし、避けられないわけではない。

 ここで道化達が取り出したのは、薄雲や白露が使うような鎖。ジャーンと音が出そうな派手な取り出し方をしたかと思いきや、2人がかりで強引に春雨を縛り上げた。鉤爪に触れられたら鎖すらも切り裂かれてしまいそうであるため、器用にもそこはしっかりと避けて。

 

「アアァァアアッ!」

 

 しかし春雨もただやられるだけではなかった。さらに憤怒の焔を巻き上がらせ、マグマを溢れさせて艤装と装甲の範囲を拡げていく。露出がどんどん無くなっていき、身体が薄い艤装の装甲に包まれる。顔も鼻から下は獣の口のような装甲が装着された。もう見えている肌色は目元くらい。

 そうなってしまうということは、両腕両脚だけでなく、全身を焼き尽くさんとしていることになる。もうこの変化は、死に向かっているとしか言えない。春雨の生きていくための機能を燃やし尽くしているのだ。

 

「アァアッ!」

 

 そして、全力で鎖による拘束を外そうと身体を振り、腕を広げた。道化達は全力で縛り上げているのに、お構いなしに力んできたことで、鎖にヒビが入る。

 

 こうなることは想定していたのだろうが、ここまで早く攻略されるとは思っていなかったようで、大袈裟な驚き方をしながらも次の手を考え始めた。

 今の春雨は見た目すらもただの獣になってしまっている。装甲で包まれた狂犬。もう厄災の獣に足を踏み入れているようなもの。それを止めるには何が必要か。

 

「アアァァアア!」

 

 考えているうちに鎖は突破される。ただ力のみで、拘束の内側から完全に破壊してしまった。

 通常の春雨ならば出来ない力が、暴走状態にあるせいで出てしまっている。そのためか、春雨の身体も悲鳴をあげていた。そこに憤怒の焔が染み込むため、崩壊と焼滅までのタイムリミットはより早まる。

 

 だがここで、すかさず道化達は春雨に飛びかかる。鉤爪に注意しながらも腕を掴み、行動出来ないように脚に脚を絡ませて。組体操とは言えないものの、何処ぞの雑技団のように身体を絡ませているため、鎖以上に解けづらい拘束に。

 そしてそのまま海面を蹴って強引に移動。いくら春雨でも、両腕両脚を道化本人が拘束しながら空中に投げ出されれば、本当に一時的にでも行動を阻害出来る。踏ん張ることも出来ないのだから、着水までの時間は稼げる。

 

「む、道化達はこちらに来ようとしているようだ。海風、君に用があるみたいだね」

 

 ここで『観測者』が道化達の狙いに気付いた。

 

「わ、私、ですか……」

 

 発作を耐えながら、道化達に拘束されている春雨を見据える。

 

 その目は何も認識しておらず、その耳は何も聞き取らない。全てを、()()()()()破壊するために行動する獣。春雨の面影は、もうほとんど見えない。

 それでも、海風には愛する姉だ。どんなカタチになったとしても、どんな心になったとしても、それは春雨だ。

 

「なるほど。海風、もう一度声をかけてやってほしいと、道化達は望んでいる」

 

 暴れる春雨をなんとか拘束しながらも、もう一度跳躍。着水する度に跳び、春雨に何もさせないようにしながら、少しずつ少しずつ海風に近付いてきている。

 おそらく、道化達でもその春雨を()()()()どうにかすることは難しいのだ。始末するのならあっという間。しかし、春雨を失うのは摂理を守るためにも惜しい。

 

 その結果、先程は届かなかった海風の声をもう一度聞かせることで、春雨の失われかけている自我を呼び戻そうと画策した。

 怒りで聞く耳を持たないとしても、妹の声は絶対に心に響く。そう考えて。

 

「でも、さっきは私の声も届きませんでした……。いや、むしろあの時は、私が声をかけたことで余計に溢れ出したのかもしれません……」

 

 一度声が届かなかったことを悔やんでいる海風だが、『観測者』はやらない理由は無いと海風に語りかける。

 

「我々では無理だ。だが、君ならば春雨の心に声が響く。先程はダメだったかもしれない。だが、君は一度だけで諦めるのかい?」

「……っ」

「足腰が立たずとも、姉のことを想い、気力を奮ってここに立っているんだ。声をかけるくらい造作もないだろう」

 

『観測者』の声は、自然と海風を奮い立たせる。中立であり摂理を守る者がやってみろと言うのだ。悪い結果にはならないと確証があるからこその言葉なのだろう。

 たかが一度の失敗で何を恐れている。もう一度声をかけても聞いてもらえないのなら、さらにもう一度声をかければいい。聞こえていないようならば、聞こえるくらいに大きな声で、理解が出来ないようならば、理解が出来るまで。何度でも、何度でも。

 

 そう、海風が繭の中にいるときに、春雨がしてくれたように。

 

 まだ震えは止まらない。それでも、春雨を、最愛の姉を救うために、どうにか力を込めて、自分の頬をパンと叩く。そして、徐々に近付いてくる春雨を改めて見据えた。

 春雨の憤怒の焔は、止まるところを知らない。それを止めることが出来るのは自分なのだと、身体以上に心を奮い立たせて、脚に力を入れる。依存と絶望の発作なんて、今の春雨の苦しみに比べれば毛ほどもないと、強引に振り払った。

 

「……大丈夫です。やります」

「道化達、君達の思惑通りにしたまえ」

 

 待ってましたと言わんばかりに、道化達は渾身の力で春雨を運び出した。ここで海風が拒むようなことがあれば、そのまま両腕と両脚を捥ぎ取りながらも絶命に持っていくために戦いを続けていた。

 だが、海風はまだ折れていない。それならば託す。春雨のためにもなる。これ以上いい決着はない。

 

「アアぁぁ! アァアアアあぁあアアアアアッ!」

 

 吠え続ける春雨を前にしても、海風はもう折れない。むしろ自分から姉の元へと近付く。震えているため速度は出さないが、姉のためにと。

 

「姉さん……姉さん……!」

 

 拳を握りしめ、少しだけ前に出たところで足を止めた。

 道化達が捕らえた春雨が、海風の真正面に立たされた。

 

 ここで手を離そうものなら、目の前の海風に襲い掛かるだろう。鉤爪でズタズタにし、艤装に包まれた全体を使って海風をこれでもかと言うほどに破壊する。故に、道化達は一層の力を込めた。

 

「姉さん……」

「アァアッ! あぁあアァア!」

 

 正面で、もう触れられるくらいの距離にいるのに、春雨は目の前の海風のことを認識出来ていない。この世の全てが怒りの対象。だが、まだ記憶の焼滅までは届いていないはず。

 海風は考える。どうすれば自分の声が届くのか。ただ対面して話しかけても、先程と何も変わらない。もしかしたら自分の名前を呼んでくれるかもしれないけれど、それで終わってまた激しい怒りに呑み込まれてしまう。

 

 結果、海風は思い切った手段に打って出た。

 

「姉さん……!」

 

 意を決して、春雨に抱き着く。全身が装甲に包まれているため、温もりなんて与えることが出来ないだろうが、そんなことは関係ない。こういう行為をする事で、春雨の心に何かしらの刺激を与える。

 危険を顧みるなんてことはしない。姉のため、自分はどうなってもいいという覚悟で。

 

 しかし、

 

「っあ!? うぐぅううっ!?」

 

 春雨ではなく海風の悲鳴が響き渡る。その装甲は、春雨の憤怒そのもの。マグマがカタチを成したものだ。海風には激痛とも取れる熱を流し込んできた。

 姉とはいえ、他者の感情の奔流をダイレクトに流し込まれれば、泥に侵蝕されていなくてもそれだけの衝撃が身体を駆け巡ってもおかしくは無かった。道化達は素知らぬ顔で掴んでいるが、この2人が特別なだけ。道を化かす力によって、その奔流からの干渉を無視しているに過ぎない。

 

「海風、厳しいならば離れるんだ。声をかけるだけならば、接触する必要はない。君が苦しむ必要は無いんだ」

 

『観測者』すらも海風が苦しむ様子を容認するわけがない。声をかけるように指示はしたが、海風がここまでしたのは想定外だった。

 

「いいえ! こ、これは、こうしなくちゃ、いけないんです! 姉さんの怒りを知るために! その原因が私でもあるんですから!」

 

 だが、海風は苦痛を感じながらも離れようとはしない。むしろ、春雨に手を回してより密着しに行った。身体の前半分は全て春雨を抱き締めるために接触していると言ってもいい。

 

「これが、これが姉さんの怒りだと言うのなら! 私が、私が少しだけでも受け持ちます! 私が半分焼かれれば、姉さんが焼き尽くされることはなくなる、はずですから!」

 

 無茶苦茶な理論である。こんなことをしていたら、春雨1人が憤怒の焔で灰になるのみならず、海風にすら燃え広がって全てを焼き尽くしてしまうだろう。灰が2人分になるだけ。

 それでも海風は一切の躊躇が無かった。春雨が死んだら跡を追うと言ったくらいだ。一度やると決めた途端、その覚悟はあまりにも強かった。同時に死ねたなら死ねたで構わないという恐ろしい思考がそれを可能にしている。

 

「私は、海風は、姉さんの全てを受け入れる覚悟がありますから! 姉さんが消えて無くなる方が余程怖くて辛いんですから、もっともっと私を頼ってくれてもいいんです! 姉さんが私の絶望を塗り潰してくれたように、私が姉さんの怒りを塗り潰します! だから、だから、姉さんの怒りを海風にも分けてください!」

 

 いくら痛くても、いくら辛くても、海風は抱き着き叫ぶのを止めることは無かった。聞こえているかもわからない耳に向けて叫び、見えているかもわからない目に自らの姿を映す。

 

「姉さん、姉さん、目を覚ましてください! 姉さんの怒りは痛いほどわかります! でも、怒りで身を滅ぼすのは間違ってます! だから、だから! 目を覚ましてぇ!」

 

 より強く、渾身の力で春雨を抱き締めた。より激痛を受けることになっても、海風には戸惑いも躊躇いも無かった。春雨を失うことが最も怖いこと。それを避けるためにも、海風は全身全霊の力を振り絞って春雨に訴えかけた。

 感情が昂り、激痛もあるせいで涙が溢れ出す。叫んだことで涙は飛び散り、それが僅かに露出していた春雨の目元、肌に触れた。

 

 

 

 

 それが、奇跡を呼ぶ。

 

「アァアッ、アッ、ウミ、か、ゼ……」

 

 春雨の中で、何かが繋がった。

 

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