その頃の施設。隙間時間を狙ってくるという叢雲の進言から出撃していった部隊の帰りがやけに遅いと、中間棲姫も少し不安になってきていた。本来ならば高高度からの監視をつけるべきだったかもしれないが、それが出来る飛行場姫は、潜水艦姉妹と共に潮に付きっきりとなっていたため、そこの部分を甘めにしていたことを後悔する。
遅いということは、本当にそこに敵がいたということであり、そこからさらに遅くなっているのは苦戦している可能性がある。そう考えると、次々と嫌な予感が湧き上がってくる。
「姉姫さん、あたしが見てこよっか?」
春雨達のことになるからか、深夜の哨戒の当番である白露が率先して行動に移そうとした。何事も無ければ既に帰ってきてもおかしくない時間帯だ。戦力的には相当であるが、それこそあちら側は何をしてくるかわからないような者達。罠に嵌められて悲惨なことになっている可能性だってある。
「そうねぇ……夕食も終わってるし、行ってもらってもいいかしらぁ」
「りょーかい。流石にあたし1人で行くのはどうかと思うから」
「私も行きます。どうせ哨戒ですし、空母の力は必要でしょう」
大鳳も白露に追従するカタチで自ら手を挙げる。
「私もいいわ。Michelle、一緒に来る?」
「ぴょん! しょーかいに行くのがちょっと早くなるだけっぴょん?」
「そうね。やることは同じだから、みんなで行きましょ」
ジェーナスとミシェルもそれならばと春雨達の様子を見に行くことに賛成する。何かあったとしたら、追加の戦力が増えることはいいことだと思う。ミシェルには危険な戦場かもしれないものの、ここでどういう反応をするかはジェーナス的には確認しておきたかった。
黒幕の居場所を探すためには、ミシェルの力を借りねばならない。そこは当然激戦区だ。敵が止め処無く出てくる可能性もあるし、むしろミシェル自身が攻撃を受ける可能性だってある。そんな場所に出向いて、混乱することなく事を成せるかどうかは、戦場でなくてはわからない。
これでもし春雨達が激戦を繰り広げているのなら、ミシェルはそれをどういう気持ちで見るのか。怖がったらもう黒幕探しには行かせられない。そうで無ければまだ向かえるかというところ。そこを見極めるには、ある意味絶好の機会かとも思えた。当然抵抗はあるが。
「それじゃあ、少し早いけれど深夜の哨戒を始めてもらえるかしらぁ。戦艦ちゃんも一緒に向かってるからある程度は大丈夫だとは思うけれど、もしものことがあるものねぇ」
「オッケー。じゃあ、サクッと行ってくるよ。……で、どっち方面かわかる?」
「シラツユ……結構
苦笑したジェーナスのツッコミで空気を和み、そのまま深夜の哨戒部隊は何も無いことを祈りながらも春雨達のいる場所へと向かうのだった。
今そこで何が行われているかも知らずに。
その現場。漣は春雨から与えられた痛みと恐怖により心が折られた。全ての手段が奪われた上に、心が壊れることも気を失うことも封じられるという春雨の謎の力によって、完全な八方塞がり。
発言をしなくても嘘をついても痛みを与えられる。しかし、正直なことを話せば、
抵抗の意思もバキバキに折られ、むしろ何をしようとも勝ち目がないことは曙と朧の治療工程で理解させられてしまっている。曙は呆気なく、朧は抵抗虚しくだ。
春雨だけしかここにいないならば、まだ撤退の目があったかもしれない。しかし、後ろには叢雲が控えているし、今まで陥れた者達が全員目を光らせて漣の動向を監視している。しかも、春雨が一番手加減しているまであるという絶望的な状況だ。
自爆装置か何かがあれば、漣は忠誠心から自死を選びつつ、ここにいる者達を全て巻き込んでいただろう。だが、それすらもないとなるとどうにもならない。
そして、折れた心で選択したのは──
「……全部話しやす……なので……痛いことしないでくだせぇ……」
主人を
「ありがとうございます。私もこれ以上痛め付けるのは心苦しいので、その決断をしてくれたことに敬意を表しますよ。正しい情報を教えてもらえるのなら、痛みなく優しく治療してあげますからね」
春雨の笑顔は既に恐怖の象徴となりつつある。笑いながら蹴られているようなものなので、どんな言葉を投げかけられても、春雨という存在そのものが漣のトラウマとなってしまっただろう。しかし、春雨がこうなるきっかけを作ったのは紛れもなく自分であるというのも理解している。故に、何も言えない。
もっと自分に有利な状況ならば、自分は悪くないと弁解しながら再戦のために策を巡らせていただろう。だが、もうそんなことが出来ないくらいに心がバキバキに折られてしまっているため、春雨の言う通りに素直に従う。
「では、貴女の主人の居場所を教えてください」
「あい……でも地図が無いので大まかな場所になるんスけど」
「ああ確かに。それでもいいですよ。ある程度場所がわかれば大丈夫です」
そこからは早かった。心が折れた漣は、
本当ならば、ここまでのことをされていたら恐怖の感情が溢れ出していてもおかしくないし、脳がパンクして気を失っているだろう。それが起きないため、心が折れるどころか常に擦り減り続けているようなものだ。正常な判断能力を完全に奪ってしまっていると言っても過言では無い。
「なるほど、そこそこ遠いですね。しかも、拠点を作っているわけではないと」
「足がつかないようにはしてるんスよ……戦力を増やして、うちらが場所を確定させて、一斉に襲い掛かるっていうカタチで考えてたんで……」
ドロップ艦でもブーストさせられることはわかっているので、見つけた艦娘や深海棲艦を侵蝕し、支配下に置いた後、数の暴力と触れれば侵蝕出来るコスチュームで圧倒し、器を奪い取ろうという作戦だったようだ。
実際、そんなことをされていたら耐えられなかっただろう。春雨も今の状態になる前に侵蝕され、元々通用しない叢雲とミシェルは数的不利で始末されるまで予想出来る。未然に防ぐことが出来たのは非常に大きい。
「では、仲間はもうかなり多いと考えてもいいんですか?」
「うす……見つけたドロップ艦は片っ端から侵蝕してますし、姫級も2人くらい確保してるんで……そちらに何人いるかはわからないスけど、それより多いとは思います」
「厄介ですね。出来ることなら殺さずに解放してあげたいですが、数で攻められると全部どうにかするのは厳しいです」
しかし、ここで漣まで確保出来たとなれば、施設への襲撃のタイミングはさらに遅らせることが出来るだろう。その間に準備が出来れば、もしくは襲撃前に奇襲を仕掛けることが出来れば、それもひっくり返すことが出来るはず。
それに関しては、今頃明石が何かしらの発明をしてくれているだろう。それこそ、今回の一件により新たな情報も手に入るので、対策は次から次へと開発される。襲撃までに間に合えばベスト。
「そういえば、今の貴女のご主人様は、どんな姿をしていますか」
ふと思い付いたように問う。今の龍驤は泥と化しており、他人の身体を器として乗っ取ることが出来ることは春雨達も知っていることだ。漣が最後にどういう姿の龍驤を見ているかは知っておきたいところ。
「……空母のお姉さんスね……でっかい艤装に座ってる、おっぱいのおっきいお姉さんス」
「君達が空母棲姫と呼んでいる個体だ」
『観測者』のおかげで今の龍驤が使っている器のこともハッキリとわかる。本来のカタチから明らかに違う身体を使っていることに違和感を覚えつつ、ひとまずは知っておけて良かったと次の質問へ。
「居場所はわかった。どんな器を使ってるかもわかった。戦力もある程度はわかった。貴女のご主人様は私達の平和を壊す以外に目的は持っていましたか?」
施設の襲撃はわかる。それ以外に並行して取り組んでいる作戦があるかを聞き出そうとする。
その質問に対して、漣は怯えながらも少し考える仕草。
「……鎮守府を狙ってる感じですかね……。なんか、うちのご主人様……1人の艦娘だけはどうしても始末したいと言っていたので……」
「ああ、なるほど。でも襲撃までは行ってない感じですか」
「こちらが優先だったので……戦力を増やすだけ増やしてから鎮守府を潰すつもりみたいです。器を取りに行ければ、その、すごく強い戦力も手に入ると見込んでいたので……」
龍驤がどうしても始末したい艦娘と言えば、満場一致で誰だかわかった。大将の部下であり、現在は鎮守府に出向中である北上だ。一度ならず二度までもコケにされているのだから、どれだけ強い力を持ったとしても、因縁を潰すためにも自分の手で北上を始末すると考えているのだろう。
まず施設を潰し、戦力を増強し、鎮守府を潰す。その順序で行けば、北上としても信用している施設の深海棲艦達が敵に回ったという絶望的な状況を作り上げて、心身共に潰そうとしているのではと考えた。
「先に鎮守府じゃない辺り、黒幕側の指示を優先しているんですかね。私怨が先立つなら、真っ先に鎮守府に行きそうですけど」
「そう、なんスかね……漣にはわかんないス」
これは漣の本心。嘘をついているようには見えなかった。
「はい、ありがとうございました。貴女の後ろにいるヒトのこと、よくわかりました。しっかり対策して、確実に終わらせますので楽しみにしていてくださいね。漣さんから情報を手に入れたとよろしく伝えさせてもらいますので」
ニコニコの春雨だが、やはりその瞳は一切笑っておらず、憤怒の焔もそのまま。まるで治まる気配がない。漣を弄ぶような尋問をしても、その怒りは全く薄れないようである。
それ故に、かなり意地が悪い言葉を投げ掛ける。漣は萎縮しっぱなし。
「では、治療しましょうか」
もう充分だと言わんばかりに漣の胸を一瞬蹴る。怒り狂っていてもそこは春雨、約束は守り、痛みなく瞬時に心臓を狙った。
曙や朧とは違い、吹っ飛ばされるようなこともなく、その場で行動停止。そして、今までと同じように泥が口から溢れ出るように吐き出された。同時に泥のコスチュームも溶け落ちるように消えていく。
「……もう、これで戦いは終わり……だよね」
正気を取り戻していく漣を見届けながら、海風に向かってボソリと呟く。
「はい、お疲れ様でした。今の尋問の内容は、この海風もしっかり覚えていますのでご安心を。流石は姉さんです。敵であろうが従わせてしまうなんて、海風感服いたしました。今まで受けてきた仕打ちから考えれば、ここまで優しく尋問しなくても、指の1本や2本なら躊躇なく切り落としても良かったと思うのですが、それをしなかったのは自制が利いているということなのでしょう。私ではまず間違いなく自分が抑えられなくなるでしょうし、姉さんで無ければここまで出来ませんね。つくづく姉さんの素晴らしさを実感します」
相変わらずの海風に安心した瞬間、春雨から急激に力が抜けた。艤装を展開しておくのも難しくなったか、義腕と義脚がその場で消えてしまう。
「姉さん!?」
そのままだと水没しかねないため、海風がすぐに支えた。基部ごと消えていたためか春雨自身はとても軽く、艤装展開中の海風は水面に着水する前にしっかりと抱えることが出来た。
その時には、春雨の瞳からは憤怒の焔は消えていた。漣相手に鬱憤を晴らすことが出来たからか、溢れ出し続けていた怒りは、ここで一時的に引っ込んだ様子。
「あ、あはは……ちょっと無理しすぎたかな……」
「姉さん……本当にお疲れ様でした。その無理の要因に私自身が含まれているのが悔しくて堪りませんが、もう大丈夫だと思います。安心してください。私が責任を持って施設にまで運ばせてもらいます」
「うん……お願い……ね……」
疲れ果てたか、春雨は気を失うように眠りについた。海風は春雨にはもう聞こえていないとわかった上で、小さく謝罪の言葉を呟いていた。
「あーっ、いたいた! おーい、何かあったー!?」
ここで白露達が合流。そして、脚どころか腕も失った春雨を目の当たりにして、顔面蒼白になる。ジェーナスや大鳳も、春雨の大惨事には驚きを隠せない。むしろ、この場にいるもの達は何かしら辛そうな表情をしているため、ここで起きたことの凄惨さを知る。
「な、何があったの、春雨、どうかしちゃったの!?」
「白露姉さん、少し静かに。春雨姉さんが起きてしまいます。後から全部説明しますから、今は施設に戻りましょう。春雨姉さんは私が運びますので、白露姉さんは
「それって……え、どちら様!?」
正気に戻ったことと、春雨の視線が失われたことで、溢れないにしろ今にも壊れそうな漣を白露に任せる。海風は気を失った春雨を強く抱きしめながら、まずはちゃんと休めるようにと施設を目指した。
漣達は一旦施設で保護されるというカタチになるのだが、そこには潮がいる。漣と曙は、潮の恐怖のきっかけとなった存在だ。そこからまた波乱が生まれる。
支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。
【挿絵表示】
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/98054382
ここ最近の春雨。限界を超えた怒りは、時としてヒトを笑顔にする。これが主人公の顔。漲る殺意を隠そうとしない。