空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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天秤

 白露の説教はそれだけで終わり、少し沈んだ心持ちで夜食を平らげた春雨と海風は、そのまま風呂を済ませてまた自室へと戻る。

 先程までは消耗しすぎて眠りに落ちていたのだが、空腹を満たして身体を清めたらまた眠気はやってくる。時間が時間であるため、今眠りについたら朝まで起きることは無いだろう。

 

「……姉さん」

 

 ベッドに入った途端、海風が話しかける。この時の春雨は、腕も脚も消した状態。意図してこの姿になるのは初めてであり、またそれに苛立ちが湧き上がっていた。海風はその春雨の感情を読み取ったようだった。

 

「なに?」

「……その、さっきの白露姉さんの話です」

 

 ああ、と春雨も苦笑する。少なくともあの説教は2人の心には強く刺さっており、あの時の言葉は全面的に正しいと納得もしている。

 

 春雨は自分自身に怒りを覚えるのはお門違い。今の身体になったのは未熟だからではない。ああいう手段に打って出た敵に対して怒るべきだ。怒りが溢れたのは事実だし、どんなことにでも苛立ちが湧き出てしまうのはその特性から仕方ないことかもしれないが、本当に怒りを向ける方向をちゃんと見定めるように心掛けたいと春雨は考えた。

 海風も同じだ。春雨がこんなことになったのは海風の責任ではない。春雨だって海風のことを責めているわけではないのだから、責任を感じる理由が一切無いのだ。それをずっと悩み続けるのは、海風が愛する春雨のためにもならない。春雨のためにも割り切るべきだと海風は考えた。

 

 しかし、どうしてもダメな部分が海風にはあった。

 

「私は、白露姉さんの言う通り、割り切ろうと思います。辛いです。すごく、辛いです。侵蝕されていたとはいえ、敵対し、春雨姉さんにあんなことを口走ってしまった自分が嫌で嫌で仕方ないです。でも、どうにか振り切ります」

「うん……そうだね。私がこの身体になったのは、海風のせいじゃないよ。大丈夫」

 

 頭を撫でようと思ったが、やはり腕が無いことに苛立つ。展開しても硬い質感の義腕になるだけ。どうしようかと悩んだものの、答えは簡単だった。うまく身体を動かしてにじり寄り、より温もりが与えられるように全身を使って海風を抱き締めた。

 急にそういうことをされたので、海風は驚きが隠せなかった。だが、まずは今思っていることを口にしたかった。

 

「海風はギリギリまで頑張ってくれたもんね。侵蝕を耐えることが出来たなんて、本当にすごいよ」

「……でも、屈してしまいました。強烈な快楽に、他ならぬ姉さんの目の前で……それが本当に悔しくて仕方ないんです。さっきも……その時の夢を見てしまいました。そんな自分が許せません」

 

 春雨がこうなるきっかけになってしまったという罪悪感は割り切ろうとしているのだが、今度は侵蝕に敗北したことを気にしていた。

 

 あれは余程のことが無い限り耐えられない代物だ。施設の仲間達では、耐性のある叢雲や、理解していないために効果を無効に出来るミシェル、そして今の力に目覚めた春雨以外は、どう足掻いても抗うことが出来ない必殺の毒。

 だから気にすることなんて無いのだと春雨は言うのだが、海風にとってはどうしても許せないこと。

 

「私にとっては春雨姉さんが与えてくれるものが全てを上回るのに、あの時だけは屈してしまったんです。これは姉さんへの裏切り行為としか考えられません」

「海風、それは違う。あれは本当に仕方ないことだから。今でこそ大丈夫だけど、あの時の私だったら多分海風と同じように屈してたと思う。だから、気にしないで」

「……でも」

「でもじゃない。私はね、海風のことを本当にすごいと思ってるんだよ。尊敬だってしてる。だから、私が尊敬しているヒトのことを、悪く言うのはやめて」

 

 少しだけ怒りが垣間見えたものの、すぐにニコッと笑って額同士を重ねる。溢れる怒りの中でも、本来の優しさは失っていない。勿論怒りも溢れているが、春雨のその根幹は、何も変わっていないのだ。

 故に、正しい怒りとの付き合い方さえ覚えてしまえば、怒りを表に出すことなく、いつもの春雨として施設でも振る舞っていけるだろう。昨日の今日で簡単に行くとは思えないが、この春雨ならばいつかは確実に出来るはず。

 

「ね?」

「……はい。姉さんのお眼鏡にかない続けられるように、日々精進させていただきます。もう二度とあんなことが無いように。海風は、もう春雨姉さんを裏切るようなことをしないと誓います」

「仰々しいなぁ。でも、ありがとうね、海風。ちょっと硬いけど、我慢してね」

 

 義腕を展開して、より温もりを与えるように引き寄せた。海風はそれだけでも至福の時間を得ることが出来た。確かにその手は硬いし、今までの温もりは失われてしまっていたが、その分、身体の方はより温かく感じた。

 春雨も不思議と怒りは薄れている。寂しさを払拭出来る行動は、怒りの払拭にも繋がるようだった。

 

 

 

 

 翌朝。この温もりのお陰でぐっすり眠れた海風。春雨も寂しさを紛らわし、怒りを緩和してくれる海風と共にいたことでしっかりと疲れが取れ、いつもの時間に目を覚ますことが出来た。

 

「おはようございます春雨姉さん。昨晩はいろいろとすみませんでした。でも、お互いに深く眠れたようで何よりです。春雨姉さんの温もりのおかげで、悪い夢を見ずに済みました。やはり自分から抱き着きに行くより、姉さんから抱き寄せてくれる方が、私にとっては大きな幸せとなるようです。流石は私の女神。慈愛と母性が振り切れているだけありますね。春雨姉さんも気持ちよさそうに眠っていたようで安心しました。ささ、私が手を貸しますので、普段通りに過ごしましょう。何か不便なことがあったら私に言ってくださいね。あ、腕のことについては私も教えられることはあると思いますのでお任せください」

 

 朝イチから放たれるマシンガントークに春雨は苦笑しつつ、腕を展開して身体を起こし、脚を展開してベッドから降りる。海風には不思議と怒りが溢れないので助かった。

 昨晩の夜食の時は細かい動きをしなかったからどうにかなったが、やはり指先の感覚は生身の時とは違うようで、グーパーと手を動かしながら慣らしていった。

 

「うん、やっぱりまだ慣れないね。お箸とか持つのは難しいかも」

「いざとなったら私が食べさせてあげます。スプーンとかを使えばまだ楽なので、それも難しそうならば私に教えてください。春雨姉さんのことですから、少し練習すればすぐに慣れますよ。今まで通りの動きもすぐに出来ます」

「頑張るよ。こういうのにあんまりイライラしないようにしないとなぁ」

 

 パジャマを消して制服姿に。やはりこれは怒りに呑まれた影響か、下はショートパンツ状。無意識にそれを選択してしまう。

 寂しさが溢れて繭となり、孵化した直後はうまく制服が作れなかったりしたが、今もその現象が起きてしまっているようだった。怒りが溢れていることで、若干攻撃的な見た目になる。春雨としては今の姿が怒りのスタイルというイメージなのかもしれない。そのうちまた前と同じ白露型の制服が作れるようになるはず。

 

「脚と腕も一応隠しておこうかな」

「そう……ですね。多分、私や薄雲さんが……その、()()()()()()()()()()

 

 言われて春雨も気付いた。春雨の義腕と義脚の位置は、よくよく見返してみればロンググローブとニーハイソックスに見えないこともない。つまり、侵蝕されていた時と同じような姿に近いということになる。これで春雨が何かしらの理由でレオタードなんて着ようものなら、少なからず海風は当時のことを強く思い出してしまうだろう。

 勿論、春雨だってそんな格好は死んでもしたくないモノだ。考えただけでも抑え込んでいた怒りがより溢れるようだった。黒幕と龍驤への怒りが抑えられない程に溢れ、明らかに表情に出ていた。

 

「す、すみません、そんなつもりで言ったわけじゃ無いんです」

 

 そんな春雨の表情を見たことで、海風は慌てて訂正する。春雨もハッとしてすぐに顔を揉み上げるようにして怒りの表情を崩した。怒りが顔に出るようになったのは自分でも困ると、小さく溜息まで吐いた。

 

「ううん、むしろ教えてくれてありがと。あんな格好に見えるってだけでもイライラするし、隠すにしてもちゃんと隠すよ。下はいつも通りで、腕は海風を真似させてもらおうかな」

 

 下半身はいつも通りの黒いタイツ。上半身も腕を覆い尽くすタイツのようなインナーを着用することに。知らない者が見れば、今の春雨は少し変わった制服の下に全身タイツを着込んでいるようにも見える。ヘソは見えているが。

 

 これだけでも今までと比べれば随分とイメージが変わっていた。優しさよりも活発さが表に出ているように見えて、海風は目に見えて喜んでいる。

 

「今までの可憐さや優雅さとは違う強さを感じますね。斬新で、とても似合っています。新たな春雨姉さんを垣間見ることが出来て、海風感激です」

「あはは……ありがと。私もなんだか気持ちも新たにって感じだよ。スカートじゃ無いのってなかなか無かったしね。運動着の時くらいだし。じゃ、行こっか」

「はい、お供します姉さん」

 

 海風を引き連れて部屋の外に出ると、そこには2人が出てくるのを待ち構えていたかのように道化達が立っていた。

 

「……えっと」

 

 困惑する2人を尻目に恭しくお辞儀をしつつ、こちらへと案内するように先陣を切る。疑問に思いつつもついて行った方が良さそうだと直感的に判断して、春雨は道化達の向かう方、施設の外にへと向かった。

 

 

 

 

 そこに立っていたのは『観測者』。2人の姿を見て、すまないと一言謝罪をした。

 

「私達に用があるということですよね」

「ああ、私が君達の部屋に出向くのはマナー違反と思ってね。道化達に呼んできてもらった次第だ。少々、話しておかなくてはならないことがあったものでね」

「……私のことですか」

 

 コクリと頷く『観測者』。こういうところも直感的に気付けるのが辿り着く力の断片。進化してもこの辺りは据え置きのようである。

 

「昨日の今日で申し訳ない。春雨、君を我々の監視対象とさせてもらう」

「えっ!?」

 

 強く反応したのは春雨ではなく海風の方。『観測者』から監視されるということは、中間棲姫や黒幕と同等の扱いになるということ。むしろ監視という言葉の音から、春雨が悪いことをしないように見張ると言っているようにしか聞こえなかった。

 

「な、なんでですか。春雨姉さんは今の戦いに貢献し続けている功労者でしょう。それなのに突然監視とかどういう意味なんですか!?」

 

 声を荒げる海風を、まあまあと宥める道化達。それでも怒りが治まらないのか、『観測者』に掴みかからんとする勢いで飛びかかろうとした。しかし、道化達にはそれもお見通しだったらしく、『観測者』に近付くことが出来ずに取り押さえられた。その表情は申し訳なさそうだった。

 

「説明させてほしい。今の春雨の進化した力のことを」

 

 ここからは昨晩に話をしたことと全く同じことを春雨に伝えた。今の春雨は、望み通りの答えに辿り着くことが出来てしまうこと。その力が、世界の摂理に反してしまっていること。それ故に、春雨の性格をわかりきった上で、悪事に使わないように監視がしたいということ。全て包み隠さず伝えている。

 

「摂理に反するって……どういう基準なんですか! それに、姉さんが悪に染まるとでも!?」

「無論、我々もそうならないと信じているさ。ある程度その生き方を見させてもらっているが、それを見た上で、春雨はその使い道を間違えることはないと言い切れる。しかし、怒りが溢れているという点が加わったことで、何かの弾みで悪い方向に向かう可能性がある。その可能性が僅かでもあるのなら、我々は監視しなくてはならない」

「なんでですか!」

「その何かの弾みが、()()()()()()()()()()()であることも理解してほしい。何がきっかけで発動するかもわからないような力なんだ。監視という言い方は悪かった。我々がしたいのは、春雨の調()()さ」

 

 だとしても、海風には納得が行かなかった。最愛の姉が、起きるかもわからない暴走を危惧されて常に監視下に置かれるだなんて、納得出来るわけがない。

 

 一方春雨は、それを言われて不思議と納得出来た。自分の新たに得た力、望む答えに辿り着く力は、聞いている限りでは相当恐ろしい力だ。暴走するつもりは毛頭無いのだが、万が一のことを考えるのならそうして当然。もし自分が『観測者』と同じ立場ならば、同じような選択をするかもしれない。

 

「海風、大丈夫。別に私は監視されても構わないから」

 

 春雨は海風を諌める。簡単には止まりそうに無いくらい興奮していたが、春雨の言葉には素直に従って力を抜く。道化達は大袈裟に安心したような表情を浮かべる。

 

「でも姉さん、今このヒトは、春雨姉さんのことを()()()()と言っているようなものですよ。これは完全に侮辱です。春雨姉さんの苦悩も知らずに言いたい放題言っているだけです!」

「『観測者』様が私に面と向かって言ってきてるんだから、全部わかってる上で私に教えてくれたんだよ。だから、海風は怒らなくていいよ。私だってそこでは怒らないよ。溢れた苛立ちがあるだけ」

 

 海風に落ち着いてもらうと、春雨は『観測者』に向き直る。

 

「『観測者』様、監視するのは構いません。私が持つ羽目になった力が危険であることは、私自身もわかりますので」

「納得してもらえて助かるよ」

「でも」

 

 ここで、春雨はあえてとんでもない提案をする。

 

「基本的にこの施設にいてください。遠くから見られているだけというのは不公平じゃないですか。そういうの、今の私には苛立ちになります」

 

 自分を監視するのは構わないが、ならばそれを許す代わりに春雨の視界が届く場所で行動しろと言っているわけだ。

 まさか春雨が自分を人質にするような交渉をしてくるとは思っていなかったようで、『観測者』も少なからず驚いた。道化達に至っては感心するような仕草。

 

「すまないが、約束は出来ない。私も今は、()()達が撒く悪意の対処に動いているからね。ここに滞在している間に、世界の摂理は乱され続ける。本来対処出来るものも出来なくなるのはよろしくない」

「なら監視はやめてください。さっきも言った通り、私の与り知らぬ場所からジロジロ見られるのは気に入りません。貴方の裁量で私の進退を決めるわけですから、多少なり私の望みも聞いて然るべきでは」

 

 平行線である。春雨がここまで退かないこともなかなか無い。海風も春雨のこの言動には驚く程である。

 春雨は直感で遠くから見られていることにも勘付くだろう。それ故に、今ここで監視をしないと言って施設を離れてから、宣言通りに監視を始めても、春雨は気付く。そして、怒りを溢れさせて余計に悪い方向に向かいかねない。

 

「ふむ……私の行動が君の怒りに繋がるというわけか。そして、怒りが溢れれば暴走の危険性が増す」

「私にはどうなるかも分かりませんけどね」

「なかなか、天秤にかけるには難しいことを言う。少しだけ考えさせてもらえるかな」

「はい、でもここから離れて考えるのはやめてくださいね」

 

 

 

 

 『観測者』すらも手玉に取ろうとする春雨。怒りが溢れた結果、こういうところが強かになっていた。

 しかし、その根幹の優しさが失われているわけではない。春雨は、何も変わっていない。

 




今の春雨はもう妹姫様のボディスーツは着なくなるでしょう。なんかそれっぽく見えちゃうので、海風のトラウマを抉ることになります。
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