『観測者』は春雨からの申し出──監視するのは構わないが、施設に留まり目につく場所で監視しろという脅迫めいた提案──の答えを保留にし、一時的に施設に滞在することとなった。少し考えさせてくれと伝えたようだが、春雨は直感的にどう答えるかはわかっているようである。
「姉さん……『観測者』様はどうすると思いますか?」
海風が問う。それに対して、春雨はニコッと笑って答える。
「あのヒトは多分、ここを一時的に拠点にしてくれるよ。今回の件が終わるまでは」
確信を持った言葉に、海風は驚く。そうなるように仕向けたと言わんばかり。
「だってここには、姉姫様がいるからね」
「姉姫様……ですか」
「今の状態で中立を保つなら、あちらがどう出てくるにしても狙われるのは姉姫様。昨日の夜だって、駆けつけてくれたのは私達が危なかったっていうのもあったと思うけど、最終的に一番危ないのは姉姫様だよね」
昨日の夜の戦いで参戦してくれたのは、複数個の理由がある。
1つ目は、摂理に反する行動を取る漣達を排除すること。元凶の排除は鎮守府の者達や施設の者達に任せるとしても、剪定をすると宣言した以上、ある程度手を回してくれる。
2つ目は、新たに摂理に反する存在となりそうだった春雨を止めること。暴走する春雨はその『望み通りの答えに辿り着く力』を存分に使い、その身が消滅するまで暴れ続けただろう。いや、身体を失ってもそれこそマグマというカタチとなって怒りを振り撒く存在に成り果てていたかもしれない。
そして3つ目は、そのどちらも放置していては、施設の者達──中間棲姫に危害を加えるため、それを防ぐこと。漣達黒幕の軍勢も、暴走した春雨も、最後は手近な場所を破壊し尽くすために行動する。前者は最悪だし、後者でも酷いことになるのは間違いない。
結局、『観測者』は中立と言いつつも最初から若干中間棲姫に寄り添っているのだ。黒幕のいいようになった場合に中立が崩れ、摂理が壊れるからというのもあるが、
「立場的にそういうことは言えないだろうし、本腰を入れて姉姫様に寄り添ったら、『観測者』様は多分泡になって消えちゃうんだと思う。だから、私がちょっとだけきっかけを作ったの。苛立ってるのは本当だよ。私だって欲しくて持ってるわけでもない力を摂理に反するって言われるのは嫌だから、少しばかりの望みくらいは聞いてほしい」
話しながらも少しずつ苛立ちを顔に出していく春雨。溢れた怒りを抑える術を正しく知っているわけではないので、どうしても溢れたモノが表面に出てきてしまうようだ。
海風はそんな春雨の表情に複雑な思いを馳せながらも、ただ優しいだけでない、強く気高い姉の姿を垣間見て、より尊敬し、より依存を深めることとなる。そして、隣に侍ることで溢れる怒りを抑え、寂しさを失わせる存在となるべく、気を入れ直した。
施設の中に戻ってきた春雨と海風。その時にはおおよそ殆どの仲間達が目を覚ましており、朝食の準備などの朝の作業に勤しんでいた。
しかし、ダイニングに入った春雨の姿を見て驚くものは多い。話に聞いていただけで、どうなっているか知らない者もいたため、腕が義腕になっているのを見るのはどうしても反応してしまう。そしてそれ以上に衣装チェンジしたことにも驚かれた。
「アンタはあの時の癖みたいなのがついたのかしら。随分とイメチェンしたわね」
「かもしれない。もう少し慣れたら白露型の制服にするつもりだよ」
「別にいいんじゃない? アンタもどちらかといえば接近戦のタイプになりそうでしょ。スカートって動きにくいんじゃないかしらね」
「どうだろ。お構いなしだし。ちょっと慣らしてから考えてみるよ。叢雲ちゃんもイメチェン?」
「私は薄雲のため」
そう話すのは叢雲なのだが、実は叢雲も制服を変えていた。今までのバニーガールのようなスーツを一新し、艦娘時代のモノに大分近いワンピースタイプに。動き回ってもいいように、その下にはいつものようなスーツを身につけているようだが、ぱっと見ではそうは感じ取れないような見た目。
その理由は全て薄雲にある。海風と同様、
「薄雲ちゃんの様子は?」
「大分落ち込んでるわよ。昨日の夜も酷いもんだったわ」
そこは泥に侵蝕された者の宿命なのか、夢で反芻させられ、悪夢のせいで寝不足気味になり、テンションも駄々下がり。海風は春雨に対しての恩義と、依存からの決意もあるため、いつも通りと言ってもいいほどに回復しているが、薄雲は目の下にクマが見える程だった。相当参っている様子。
「私は出来る限りのことはしたわ。あとは薄雲次第。ここには幸か不幸か同じ境遇の連中が沢山いるもの。私よりも話をわかってくれるわよ」
「だね。私も叢雲ちゃんも、その時の薄雲ちゃんの気持ちを理解してあげるのは難しいかもしれない。海風、薄雲ちゃんのこと」
「はい、勿論。私もまた、薄雲さんの気持ちがわかる1人ですから。本当に、本当に辛いのはわかります」
植え付けられた気持ちでも、その時だけは自分の本心となってしまうのがタチが悪い。本当はそんなことをカケラも考えていないのに、侵蝕されてしまえばどう足掻いても敵となる。あの戦艦棲姫ですら、普段は見せないような甘ったるい声を出したくらいだ。
その戦艦棲姫はもう気にしていないような素振りでここにいる。だからといって触れてもいいことではないし、表に出さないだけで内心では黒幕達に対する煮え滾る怒りが渦巻いているため、むしろ
「ウスグモ、大丈夫よ。みんな私達のことを嫌わないんだもの。必ず立ち直れるわ」
「……うん、気にしないでおきたいって思ってるよ。でもね……夢に見ちゃったからまだ立ち直るには時間がかかるかな……」
「わかる、わかるわ。私もそうだったんだもの。だから、辛かったら私達を頼ってね。力になるからね」
今の薄雲にはジェーナスが親身になっていた。同じ辛さを知る者として、慰めるポイントも把握している。
一緒にいるミシェルは薄雲が何に悩んでいるのかはわかっていないものの、触れてはいけないところに触れないように楽しもうとしているのはわかった。
正直なところ、昨日の戦い1回だけで、施設内の一部がガタガタになっているのは間違いなかった。
「一応叢雲に聞いていたから、アタシ達も刺激しない見た目にしておいたわよ。これで良かったかしら」
「ええ、助かるわ」
「Wow. みんなとっても似合ってるわ! こういうのが見られるなら、私の時もお願いした方がよかったかも」
飛行場姫達もダイニングへ。精神的ダメージが大きい薄雲のために、今はいつものボディスーツ姿を控える方針となっている。それでも今までの姿が趣味と実益を兼ねていると話していたため、あくまでもスーツ状なのは変わらない。
飛行場姫はワンピースタイプではなくセパレートタイプにすることで大きく変化。潜水艦姉妹も水着が刺激する可能性があるとのことなので、国外の潜水艦がよく使うウェットスーツ状の水着に。そして伊47は見た目がかなり近かったこともあって、少しオシャレなビキニタイプの水着。
薄雲が立ち直れるようになるまでは、全員が気にかけることにしていた。ジェーナスはこういう意見を主張出来ないタイプだったが、薄雲は本人ではなく叢雲が手を回すタイプだったため、施設全体に影響が出ることに。
「す、すみません……私の我儘を……」
「別にいいわよこの程度。何も苦じゃないわ。たまにはこういう気分転換もいいと思うしね。みんなも着替えるのは好きにすればいいんだから」
こういうこともあり、施設内で着せ替えが流行りかけるのはまた別の話。
「あ、あの……昨日の夜に……敵を鹵獲したと聞きました……」
潮が恐る恐るそれに触れる。鹵獲ではなく保護なのだが、今の潮にはどちらにせよ、敵対していた者が同じ施設内にいるというだけでも恐怖が湧き上がる。
そして飛行場姫は、それが潮の姉妹艦であることを伝えていないようである。特に漣は潮の中で最大級のトラウマ。恐怖を溢れさせた原因と言っても過言ではない。いくら漣が正気に戻っているとしても、顔を合わせたら発狂が間違いないレベル。
そのため、潮とは顔を合わせることなく鎮守府に引き取ってもらう予定だった。朝食の後に鎮守府に連絡し、昨晩の戦いの詳細を聞いてもらいつつ、今後のことを話し合うことになるだろう。
「大丈夫よ。潮には危害を加えないし、その子達はもう敵では無くなってるの。春雨がちゃんと治療したわ」
「うん、そこは大丈夫。元の艦娘に戻ってるから安心して」
飛行場姫と春雨が潮を宥めるように説明するが、それだけでは潮の恐怖は払拭されない模様。目に見えない恐怖なのでそんなものである。
だからといって春雨の怒りがさらに溢れることはない。潮のことを正しく理解しているために、その態度で苛立つことはなかった。
「まぁアンタは気にしなくていいわ。顔を合わせるのも怖いでしょうから、内密に処理しておく。鎮守府から引き取りに来るでしょうけど、その時もアタシ達が傍にいてあげるから」
「は……はい、ありがとう、ございます……」
鎮守府からの来訪者にも恐怖を感じてしまうだろうが、飛行場姫と一緒にいれば大丈夫だろう。
「で、でも……私、頑張って……みます。怖くて怖くて仕方ないですけど……妹姫さん達が私のためにいろいろしてくれますから……」
それでも勇気を振り絞って前を向こうと努力する。昨晩の戦いのことを伝えられていないにしても、この施設を守る者として、そして自分を守るために、潮は少しずつ勇気を手に入れていく。
「潮ならやれる」
「潮は強い」
「我々も手伝う」
「なんでも言って」
潜水艦姉妹もそんな潮の頑張りを評価し、後押しするように両手を握る。昨晩もずっと一緒にいたようで、潮が飛行場姫の次に安心出来る存在となっていた。
潜水艦姉妹も何処となく柔らかい雰囲気を出すようになっており、まるで潮とも姉妹のように接する。
だからだろう、潮は潜水艦姉妹に対して、僅かにだが恐怖とは違う、笑顔を見せるようになっていた。壊れているので恐怖からしか自分の感情がわからないのだが、この感情は喜びであるとすぐに判断出来ているようだ。
本当の姉妹であり親友である者達がすぐ近くにいることは、最後まで隠し通すつもりのようだが。
「はぁい、それじゃあ朝ごはんを食べましょうねぇ。今日もちょっと忙しいわぁ」
ここで最後に中間棲姫がダイニングへ。若干疲れているようだが、今の今まで漣達の部屋に行っていたからである。
曙はまだマシなのだが、漣と朧は今までやらされてきたことを反芻してしまって錯乱しかけたため、コロラドと大鳳が手伝って押さえつけていた。今は落ち着いているものの、ガックリと項垂れて本来の明るさなどが完全に失われているようだ。
「鎮守府には朝に連絡を取るわぁ。春雨ちゃんと海風ちゃんは、また同席してもらってよかったかしらぁ」
「はい、問題ありません。提督に今の私を知ってもらう必要があるので」
「卒倒しなければいいんだけれどねぇ」
つい先日からあまりにも変化している春雨を見て、堀内提督がどういう反応を示すかはわからない。
「その後は、保護した艦娘ちゃん達を引き取ってもらうために、いつもの調査隊の子達がここに来ると思うわぁ。潮ちゃん、ご挨拶しておく?」
「……その……状況次第で」
「そうねぇ。無理はしないようにしましょうねぇ。妹ちゃん、潮ちゃんのことはお願いねぇ」
「ええ、任せて」
調査隊として来る者達も、春雨の変貌に驚くことは間違いない。特に山風達白露型の妹達は、豹変とも言えるくらいの違いにどんな反応を見せるか。
「哨戒は白露ちゃん、ジェーナスちゃん、ミシェルちゃん、大鳳ちゃんねぇ。昨日の今日で何かあるかわからないけど、気をつけて行ってきてちょうだいねぇ。それじゃあ、1日よろしくお願いね」
どうであれ、昨晩の大混乱から一転して平和な1日が始まる。しかし、平和なのは今だけとなるだろう。
イメチェン勢詳細
春雨:ショートパンツ姿の駆逐棲姫+腹は出てる初月インナー。
叢雲:改までのセーラー制服だが密着度高め。ミミノア-レは相変わらず無し。
妹姫:類似している超重爆のようなスーツ。袖とお札は無し。
姉妹:U-511やUIT-25のようなウェットスーツでほぼ差異なし。
ヨナ:改の夏グラ、私物の夏水着。色合いだけは深海仕様。