朝食後、各々自分のやるべきことを始めていく。午前の哨戒や農作業、漁といつもの施設の行動に加え、中間棲姫が鎮守府への連絡を始める。春雨と海風は中間棲姫に頼まれているので、ダイニングに残った。
ここ最近の報告は、堀内提督のみならず、大将と大塚提督も加わることになる。春雨達はそういう場の対談に参加するのは初めてではないが、怒りも溢れた状態で参加するのは当然初めて。そのことについても提督達に報告するつもりでここにいる。
それに、漣から聞き出した情報をはっきり知っているのはこの2人。他にも戦場にいたものはいるが、この場に相応しいのは尋問を執り行った春雨である。
「ごめんなさいねぇ。また話さなくてはならないことが出来たの。急ぎの用だからそちらのことも考えずに連絡させてもらったわぁ」
中間棲姫の第一声。画面内の人間達は、急いできたわけでもないようで、いつも通りの冷静な表情。その隣に立つ秘書艦達も、いつもの調子である。
ただ、堀内提督の秘書艦である五月雨だけは、異変にすぐさま口を出した。
『あの、春雨……どうかしたんですか?』
そもそも以前に見た時と制服が違うため、対談の前に聞いておきたかったようである。堀内提督も春雨の変化には気付いており、聞いていいものかどうか決めあぐねていたらしい。
「そのことも説明させてもらいます。姉姫様、これは私から説明した方がいいですかね」
「そうねぇ。私は現場にいたわけではないし、春雨ちゃんが全部聞いているのだから、春雨ちゃんが説明した方が伝わるかもしれないわぁ」
「それでは、ここからは私が。海風、
「はい、お任せください」
話している間に怒りが溢れていく可能性があるので、事前に海風に念を押しておいた。そうしておけば海風も躊躇わない。
「端的に話しますね。昨晩、泥に侵蝕された者達と交戦しました。その人数は3人。漣、曙、朧になります」
先日に潮を保護したと聞いているため、ここに姉妹艦が揃ったことに驚きを隠せなかったのは大将である。漣と曙については聞いていたが、朧まで取り揃えているとなると、偶然ではないと考えるのが普通。おそらく相性の良さで組ませただけだろうが、出来過ぎにも思えた。
「そこでその、詳細は後から話しますが、私が漣ちゃんの侵蝕が治療されていない状態で尋問をし、敵部隊を指揮していた者、龍驤の居場所を聞き出しました。正確な場所はわかりませんが、大まかな場所はわかりましたので、皆さんに展開しておきたいと思います」
そう言うと、漣から聞き出した方向や距離から大体の場所を3人の人間に計算してもらい、ほぼ居場所は確定というところまで持っていくことが出来た。
そのままの流れで、敵の戦力や今の龍驤の姿、そして敵の使える力の説明をしていく。
龍驤が本当に泥に変えられてしまっており、他者の身体を器として扱えるという状態に複雑な気分になりつつも、現在は空母棲姫の身体を使っていることがわかった分、対策は考えられるだろう。
それに、ドロップ艦ですら熟練の者と同様の戦力として扱えるように出来るコスチュームは正直厄介極まりないモノ。見つけた艦娘も深海棲艦も、侵蝕してしまえば即戦力。それがドロップ艦でない熟練者だった場合は、手がつけられないモノになりかねない。
『明石に対策を強化するように話をしておこう。そのコスチュームが泥で出来ているのなら、今使っている機材でも対策が出来るんだね?』
「はい。それは実際に可能であることは確認済みです。泥刈機の波長を当てたところ、コスチュームが消し飛ぶことを確認しています。そのため、対処のためには必須かと」
あのコスチュームは消し飛ばしたところで次から次へと再生するため、波長を当て続けることが必要になるだろう。その辺りは、その仕組みさえ明石に教えておけば対策をしっかり作ってくれる。それだけ信頼出来る存在である。
『質問なのだが、そのコスチュームとやらは、泥で出来ていると言っていたな。ならば、艦娘でも深海棲艦でも、触れてしまったらアウトということか』
「はい、本人からも聞いていますが、素肌に触れられたら侵蝕が始まります。そしてそれだけでなく、泥をばら撒く魚雷など使ってきますので、こちらを始末することよりも、仲間を増やすことに特化しているようにも思えました」
大塚提督からの質問には即座に答える。効率重視で考える大塚提督にとっては、それを使う者がどうなるかも知っておく必要がある内容ではあるが、それ以上にどのようにして被害を最小限にしつつ勝利するかが重要。
泥持ちに触れられた時点で、仲間が1人減り、敵が1人増える。そしてそれは、鼠算式でどんどん増えていくのだ。苦心して育て上げた部下が相手の戦力になるなんて言語道断。
『触れず、触れられずに、どのようにして対処した』
「あの泥は叢雲ちゃんと
『耐性持ちなんているのか。それについては覚えておこう』
後付けで耐性を持たせる手段を研究することは、大塚鎮守府では難しい。それもまた堀内鎮守府の明石による研究が進むことで、何かしらの対策が出来そうではある。
それだけ聞いて、大塚提督はこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。
『俺の鎮守府でも侵蝕騒ぎがあったが、敵は随分と
「全くです。強化出来るとはいえ、育成の手を抜いているとしか思えません。横着者ですよ」
春雨のこの物言いに違和感を覚えたのは、やはり堀内提督と五月雨である。大将や吹雪も、春雨という艦娘はこういうことを人前でやるような娘ではないことは知っていた。見た目だけでなく、中身も何処か変わってしまっていることが、これで明確になる。
『それで、春雨に変化があるのは、その戦いのせいなんだね』
「はい。私はその戦いで、感情を溢れさせました。艦娘から深海棲艦へと変化した1回目は『寂しさ』でしたが、2回目に溢れた感情は『怒り』です。叢雲ちゃんと同じ、ですね」
やはりと堀内提督は納得した。確かに春雨は艦娘だった頃どころか、つい最近まではこんな
「五月雨が思ったのはこれだと思うんですけど、その、溢れた代償で両腕を失ってしまいました」
画面越しに両腕を消した。一部欠損がある者がいることは知っていても、現実に目の前でこういうことをされるのは初めてである大塚提督は、驚きで目を見開いていた。隣の電も口に手を当てて言葉もない。
それを知っていても、
『春雨がそれほどの怒りを感じたことが、その戦闘で起きたということか。君は僕が知る限り、あまり怒りを表に見せないようなタイプだった。それでも、感情が溢れてしまうほどのこととなると……まさか、海風が』
「……はい。私の目の前で、侵蝕されました。海風だけではありません。薄雲ちゃんと、戦艦様も同じように。仲間の、妹の尊厳を穢されたのが、どうしても許せなかった。そして、それがどうにも出来なかった私自身に怒り狂った。だから……だから、私は、こうなりました」
当時のことを思い出し、表情に明確な怒りが灯った。それを抑えるため、海風がすぐその手を握り、落ち着いてもらえるように力を込める。もう温もりは感じなくとも、握られているという感覚だけは残っているため、それだけでも心が多少は落ち着く。
「怒りの溢れた私は、その場で暴走しました。目に見えるものを全て破壊し、自らの身を滅ぼしながら、両腕だけでなく、理性も、感情も、記憶も、全て燃やし尽くしながら暴れて、暴れて、暴れ尽くしました。そのまま続けていたら、私は身体全てを失っていたと思います」
しかし、春雨がここにいるということは、それを食い止めることが出来た何かがあったということ。そしてそれは、画面越しで見てもわかりやすいこと。海風が何らかの手段で侵蝕を打ち払い正気に戻って、暴走する春雨を止めた。そこまでは辿り着けた。
「詳細は省きますが、私は海風のおかげで暴走がこの程度で収まりました。腕の1本や2本で済んだなら、全てを失うよりはマシですね。それでその時に、今は保護されている3人に対して、私が尋問をしました。あとは先程の情報を聴き出して、3人を治療し、保護しました。戦いについては以上です」
昨晩の少しだけの間で起きた出来事が、春雨の命運を変え、何人にもトラウマを刻み込み、そして勝利への道を作り上げた。勝利は勝利でも、辛勝としか言えないだろうが。
「提督くんには、その3人を引き取ってもらいたいのだけれど、良かったかしらぁ」
中間棲姫の問いに、すぐに反応出来なかった。変わり果てた春雨に強いショックを受けており、机の下、画面に見えない場所で、血が滲みそうなくらい強く拳を握りしめていた。
自分の与り知らぬ場所でとんでもない事件が起きており、元々部下だった者がより心を壊す結果になったことを悔やむ。知ったところでどうにも出来なかった可能性は高いものの、一切手が出せなかったのは悔しくて仕方ない。
それは五月雨も同じだった。五月雨も春雨の妹なのだから、鎮守府の中でも特に仲がいい相手。その春雨が、今までに見せたことのない暗く冷たい表情をしていることに、悔しさ以上に悲しさが湧き上がってくる。何故春雨ばかりこんなことにと、その境遇の悲惨さに逆に泣きそうになってしまった。
「提督くん?」
『……あ、いや、すまない。保護された3人の艦娘の引き取りだったね。勿論引き受けよう。この対談が終わり次第、いつもの調査隊を向かわせるよ』
「ありがとう。助かるわぁ」
2人の心境は中間棲姫にも伝わってきた。それ故に、深追いすることはしない。
『春雨、私からも質問いいかしら』
「はい、何でもどうぞ」
ここまでは聞き専となっていた大将がここで口を開く。
『貴女は二度目の感情の溢れが起きたと言ったわよね。それによって、貴女は何か変わったことは? あまりこういうことは言いたくないけれど、暴走して暴れ回っただけでは済まないんじゃないかしら』
核心を突こうとする大将の言葉に、春雨はほんの少しだけ眉を顰める。まるで、春雨の中で進化した辿り着く力のことを見透かしているような言い方。
「私の中の辿り着く力が変化、進化しました」
『進化?』
「はい。今までの私の特性は、『最善の答えに辿り着く力』だったんですが、今の私の特性は、『望み通りの答えに辿り着く力』だそうです。この力のおかげで、私には泥の侵蝕が通用しなくなっています。私が望んでいないので」
淡々と説明するが、言っていることはとんでもないこと。全てが春雨の思い通りになると言っているようなものである。実際に触れた瞬間に誰をも侵蝕する泥が効かないという時点で相当なモノ。
『……それは、常に発揮し続けているのかしら』
「いえ、今は出ていないみたいです。その条件はまだわからず。ただ、戦闘中は使えていました。効果の範囲は私の視界内ということらしいです。自分でもはっきり理解しているわけではないんですけど」
『そう……』
大将は考える。この春雨の力は、あまりにも強力で、あまりにも危険であると。春雨自身が制御出来ているようにも見えず、しかも怒りが溢れていることまで考えると、何かの弾みでまた暴走しかねないのではないかと。
「私は既に『観測者』様の監視下に置かれることになっています。私の力が摂理に反するということですので。なので、これ以上監視とかそういうのを受けるのは、ちょっと気に入りませんね」
そして、春雨からも大将の考えを見透かすような発言。
「私を危険視するのは私自身でもわかりますよ。今でこそ常に発動しているわけではないですけど、全てが私の思い通りなんて言われたら、敵だけでなく味方だって私のことを要注意人物として考えるのは当然です。でも、1つ約束出来ることがあります」
『それは?』
「『観測者』様にも伝えていないんですが、どうせ聞いていると思うので、ここで話しちゃいますね」
一呼吸置いて、決意を固めたような視線でカメラを見据える。
「この戦いが終わったら、私は私自身のこの力を捨てようと思っています」
『観測者』どころか、大将すら手玉に取りかけている春雨。直感から相手の考えてることをおおよそ見透かしているとかいうのは、流石にインチキ。