空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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不要な力

「この戦いが終わったら、私は私自身のこの力を捨てようと思っています」

 

 人間との対談の最中、春雨はそう言った。得てしまった『望み通りの答えに辿り着く力』は要らないと、春雨自身が考えていた。

 

『捨てることなんて出来るのかしら。手に入れたのも自分の意思では無かったのでしょう?』

『俺ならば、そもそも捨てようとは思わない。それを恒久的な平和に使おうと考えてしまう。野心と言われてもおかしくはないが、今の世界を正すにはあまりにも効率的なのでな』

『大塚提督の言いたいこともわかるわ。ただ、そもそも捨てられるか、春雨にその意思があるのか、そこに尽きるわね。こういう言い方は申し訳ないのだけれど、いくら貴女が今まで正しいことをしてきたとしても、今は怒りが溢れているのでしょう。その言葉が口先だけでないとは限らないわ』

 

 当然の疑問が大将から飛び出す。大塚提督も、そんな力があれば捨てることなんて選択しないと言う。

 

 深海棲艦の特性というのは、こういう力が欲しいと思って手に入るモノではない。ただでさえ、何かしらの力が欲しいと思っていても手に入らない者もいれば、手に入った力が無用の長物である者もいる。あまりにも限定的で使い方がわからない者すらもいる。

 そんな中、春雨が手に入れた力は、いわば()()()()()()()()()()()()()()()()だ。普通の人間、艦娘、深海棲艦ですら、その力は不要とは感じることは無いだろう。むしろ、そんな力を持って慢心しないわけがないし、野心が芽生えてもおかしくないのだ。それこそ、春雨が黒幕に代わって世界を我が物にしようと考えてもおかしくない力。

 それが無いように『観測者』は春雨を監視するとしているし、大将も僅かにでもその不安があるのなら対策を取るべきと考えはしていた。

 

「わかりますよ。自分で言うのも何ですが、こんな便利な力……まぁ私自身使いこなせているとは言えませんけど、望み通りになるだなんて、普通は失いたくないと思いますもん。それに、手元に置いておきたいと思うヒトは沢山いるでしょうね」

 

 そんな相手にも春雨は臆さない。むしろ、冷ややかな表情はそのままに、全てを見透かすような瞳で画面を眺める。

 

「私の言葉を信じてくれとは言えません。今の私に信憑性は無いと言われても、私は何も言い返せません。でも、一応私の言葉を聞いてもらえれば」

 

 ここまで否定する理由は無いので、大将も春雨の言葉を聞く。それが上っ面の言葉かどうかは聞いてみなくてはわからない。

 

「今の私が望んでいることは、この施設で平和に楽しく暮らすこと。この身体になってしまった以上、鎮守府に戻ることは出来ません」

 

 この選択をさせなくてはいけないのは悲しいこと。表には出さないように、堀内提督と五月雨はより強く拳を握りしめる。

 

「私達が戦う必要が無い世界になれば、こんな力は要りません。そもそもこの施設は戦うことなんて望んでいないんですから。その一員として、私も同じ気持ちです。戦わないならば戦わない方がいい。そして、戦わないならば、こんな自分の思い通りに出来る力なんて全く必要無いんですよ。仲間達と楽しく生きていくためには、むしろ邪魔な力ですから」

 

 元々部下だったことを抜いても、この春雨の言葉には嘘が交じっているようには思えなかった。本心から施設の平和を望み、戦わずに済む状況を望んでいる。

 艦娘の時とは違う平和ではあるものの、春雨は何も変わっていない。怒りと寂しさが溢れ、心が二度も壊れてしまっていても、根幹の部分は何も変わっていないのだ。

 

「今この施設の脅威である2つ、黒幕と龍驤をどうにか出来れば、こんな力は必要無いです。それとも何ですか。もしかして、今の脅威が失われれば、次の脅威として私やこの施設を見定めて、平和を望む私達に攻撃を仕掛けますか。そんなこと、しませんよね」

 

 強い力を持つ者はいつだって脅威になる。今は共通の敵として黒幕がいるために協力出来ているが、それが終われば次は艦娘達よりも強力な力を持つ施設の者達が脅威となる。そう考える者は確実にいるだろう。

 春雨としては、今こうやって話している人間達には、そんなことを考える者はいないと信じている。しかし、ここにいない者、春雨も知らないような者達がどう考えるかなんて、今この場で知ることは絶対に出来ない。

 

 あちらが保険をかけるなら、こちらも保険をかける。ただそれだけ。施設の平和のために。心の平和のために。

 

『勿論、そのつもりは無いわ。今の戦いが終われば、貴女達の平和を約束する。良き協力者として。生活の基盤が元に戻るまでは、出来る限りの援助もしたいと思っているもの』

「はい、そうしていただけると、こちらとしてもありがたいです」

 

 少なくとも、今の春雨からはその力を自分のために振るうようには見えなかった。自分のことはどうでもよく、仲間達のために物事を考えていく性質はそのまま。

 そして、本心を押し隠しているようにも見えない。春雨は壊れていても、隠し事も嘘を吐くようなこともしなかった。それは艦娘の時から何も変わっていない。

 

「ただ、自分でこう言っておいて何ですが、本当にこの力が捨てられるかはわかりません。望む通りに出来るのなら捨てられると思いますけど、何かしらの理由で不可能だった場合は、私は脅威として判断されてもおかしくないので、お好きなようにしてください。『観測者』様からの監視も仕方ないことですし、拘束されても始末されても文句は言えません」

 

 自分で言いながらも、やはり上手く行かなかった時のことは想定しているようで、保険もかけている。

 むしろ、まず大将からある程度の言葉を引き出しておいてから保険の話をし出した辺りは、強かになっている。堀内提督は複雑な気持ちでそう感じた。

 

『その時はその時に考えましょう。貴女は考えを曲げることは無いでしょう?』

「勿論。その分、私はこの力を敵を倒すことにしか使わないことを誓いますし、もし私の力で仲間達が害を被るようなことがあったら、即拘束でも始末でもいいと約束出来ます」

『それならば、貴女は自由にしてくれて結構。仲間であってくれるなら、これまでと同じだもの。勿論信じるわ』

 

 大将も春雨に対しては少しだけ強気に出る。艦娘時代の上下関係は関係なく、対等として見ているからこそ、あちらの強かさにはこちらも同じように接するとしたからである。

 当然ながら、大将だって嘘を吐かない。春雨を信じるという言葉には、隠れた本心など存在しない。言葉通りの意味合いで口にした。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけて、心の底から安心出来ました。今までの傾向から、絶対に信じてくれるとは思っていたんですが、今の私の心では信頼が置ける貴女方でもどうしても疑いが出てしまうんです。怒りが溢れたせいだと思います。気に障ったのならすみませんでした」

 

 ここで謝罪の言葉が出るのも、春雨が完全に壊れたわけではない証拠。どうしても苛立ちが表に出そうになり、そこから繋がる負の感情が次から次へと引っ張り上げられるのは厄介なのだが、その奥底には本来の優しさは残っている。

 

『いいえ、貴女には貴女の考え方があるし、怒りが溢れてしまったことも理解しているわ。気に障るなんてとんでもない。驚きはしたけれど』

「ありがとうございます。もう少し、溢れる怒りに慣れたいと思います。ここには先達もいますので」

 

 先達とは無論、叢雲である。昨晩の戦闘後に怒りとの付き合い方を伝授すると話していたくらいなので、叢雲としても自分と同じ感情を溢れさせた春雨を気にかけているようである。

 

「……提督、私はこんなことになってしまいました」

 

 最後に、堀内提督に声をかける春雨。顔色が悪く見えたものの、春雨の声にしっかり反応して視線をちゃんと合わせる。

 

『どうであれ、君は僕達の知っている春雨だ。何も変わらない。確かに怒りが溢れているのは理解出来たが、だからといって全てが塗り潰されているわけでもない。今の君は僕達にも怒りが湧くのかい?』

 

 画面の中に、堀内提督のみならず、五月雨もしっかり映り込む。春雨の豹変に驚きつつも、ここまでの話を静かに聞いていたことで、今の春雨を受け入れた表情。

 春雨としても、この堀内提督の力強い目と五月雨の優しい視線は、一切忘れていない。自分のことを、艦娘春雨として見てくれている。

 

「そんなわけないじゃないですか。提督はいつまでも私にとっては尊敬する上司ですし、五月雨は頼れる妹です。それは変わりません」

『よかったぁ……これで『五月雨のことは別に』とか言われたらどうしようかと』

「言ってほしかった?」

『そんなわけないでしょ! 私にとっても、春雨は誇らしい姉なんだから』

 

 2人して笑顔を見せる。五月雨はともかく、春雨もその笑顔からは怒りが溢れたとは感じられない、心の底からの笑顔だった。

 やはり、仲間達、そして姉妹と接すると怒りが薄れるようだ。海風はその辺りもしっかり覚えておく。春雨の心の平和のために、自分の全てを懸けて尽くしていくために。

 

 

 

 

 おおよその情報共有が完了したため、対談はここで終了。タブレットの画面が消えたことを確認してから、堀内提督は全身の力が抜けたかのように椅子にドップリと深く座る。そして、大きく息を吐いた。五月雨も疲れ切ったかのように息を吐き、その場にへたり込む。

 春雨が変わり果てていたことに大きなショックを受け、画面の前では平静を取り繕っていたものの、内心では倒れそうなくらいに辛かった。今はもう取り繕う必要が無くなったため、ここまでダラけてしまっていた。

 

「……正直、悔しくて仕方ないよ」

 

 ポツリと提督が呟く。

 

「私もです……。春雨があんなことになってただなんて」

 

 五月雨もそれに応える。

 

「我々にはまだ力が足りないということなのか。確実に一歩ずつ進めていると思っていたが……」

 

 施設と協力して黒幕をどうにかする手段を次々と作り上げ、施設の力を借りずとも鎮守府の戦力だけで全てが終わらせられるように進んでいたはずなのに、与り知らぬところでまた守るべき施設の者達が被害を受けていた。

 しかも、最もよく知るであろう春雨がああなってしまっていたのだ。無力感が凄まじい。

 

「だが、折れるわけにはいかないさ。我々はやれることを全力でやり続けなければ」

「ですね。出来ることはまだまだありますし」

 

 しかし、こんなことでは挫けない。ここで進むのを止めてしまったら、終われるものも終わらない。

 あの施設が守れなければ、他の全ての守りたい場所を守ることなんて出来やしない。

 

「まずは調査隊だ。3人の艦娘を保護するために準備しておこう。今の話を聞く限り、おそらくだが制服も用意した方がいいな。手配にどれだけかかる」

「妖精さんのことなので、頼めばすぐに出してくれますよ」

「なら、すぐに準備だ。……一応、明石にも行ってもらうか」

「そう……ですね。徹夜していないようなら、一度春雨のことを見てもらってもいいかもしれません。というか話題を出したらダメと言っても行きそうな気がしないでもないです」

「確かにな。今後の解決のためにも、明石に知見を広げてもらうか。大淀にも一緒に行ってもらえば制御も出来るし、一度研究から離れて休憩してもらうのも必要だ」

 

 こう話しながらも、五月雨は提督の体調を気遣っていた。確かに明石にも休息は必要だが、それ以上に休まなくてはいけないのは提督だ。

 だからと強硬手段に出る。

 

「提督、今回の調査隊、久しぶりに私も行きたいなって思ったんですけど、いいですか?」

「そう、だな。春雨のこともあるし、話をよく聞いてきてくれ」

「はい。じゃあその間は、提督は休んでいてくださいね。秘書艦不在ということで、小休止しましょう」

 

 かなり強引な手段だし、秘書艦がいないからといっても業務を滞らせる理由にはならない。故に、その言い分を無視することも出来る。

 だが、今の五月雨には提督を休ませるという強い意志を感じた。春雨の件で精神的に参っているのは確実であるため、ここで心身ともに休んでおかなくては今後の鎮守府運営に支障が出てしまう。

 

「……すまない。正直なところ、僕も一度休みを取りたかった。調査隊が出ていったら仮眠させてもらう」

「はい、それで。なるべく何事もないようにします。もし緊急で連絡しなくちゃいけなくなったら」

「気にせず連絡してくれ。仮眠もこの部屋でとるつもりだからね」

 

 今回の提督はやたらと素直だった。それだけ精神的な疲労が溜まっているということだろう。五月雨も今回の調査隊から帰ってきたら、一日休みを貰うということで落ち着いた。

 

 

 

 

 施設での一件は、鎮守府にまで影響を与えている。それでも前に進み続けなくてはいけないのだから、一休みは必要だろう。

 




人間である提督が一番危ういので、今は休んでもらいましょう。仮眠程度では疲れなんて取れないかもしれないけど、一度ここで心を落ち着けるためにも。
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