空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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それぞれの進み方

 いろいろあったが壊れかける程に落ち込んでいた漣が立ち直り、鎮守府への受け入れはスムーズに行くようになる。ずっと塞ぎ込んでいるような者を運ぶのは難しいし、自分から歩いてくれれば全ての楽になるだろう。

 ただ、()()()()()()に若干の難があり、前を向いたのは良かったのだが、漣も春雨に対してわかりやすく好意を見せるようになっていた。海風ほど露骨では無いとはいえ、春雨のおかげで元に戻れたという気持ちを隠そうともしない。どちらかと言えば、大鳳に近いイメージである。

 

「まぁ、開き直ってくれたのはいいんだけれど……」

 

 春雨もここまでされると困ってしまう。困惑は溢れた怒りも引き寄せてしまいかねないので、そういう意味でもなるべく適切な距離を見計らってもらいたかった。そういう意味では、春雨とベタベタ出来るのは海風の特権。

 

「漣は春雨氏が平和に暮らせるように誠心誠意頑張るって決めたんですわ。んで、黒幕をぶっ倒したら定期的にここに聖地巡礼として」

「ここに来るんだったら調査隊に入れるように頑張ってね……今からここに来るけど、私の妹達がメインの部隊だから」

「ほほう、ならばまずは妹さん達と仲良くしなくちゃですなぁ」

 

 先程までの下り切ったテンションから打って変わって喧しいくらいになっている漣。

 これが本来の漣の性格。侵蝕の素体となっていた時は、この人懐っこさを感じる態度に悪意が交じるせいで嫌味にしかならなかったが、今は純粋に明るいお調子者というイメージに。調子には乗っても、嫌味を感じないという稀有な存在である。

 

「気を取り直したのはいいけど、クソ喧しいわ。漣、あんまり声上げんな」

「何さぁぼのたん、いいじゃないのさぁ」

「あまり喧しくすると、潮に気付かれるかもしれないでしょうが」

 

 潮の名前が出ると、どうしても漣も黙ってしまう。漣が曙を手に入れたタイミングの話であり、真っ先に始末しようとした相手。しかも、そのせいで恐怖が溢れて深海棲艦化しているのだから、引け目は相当なものである。

 曙としては、姉妹艦というだけではなく、一緒にドロップしたというなかなか無い縁もある。そのため、どうしても気にかかるようである。しかし、自分の存在そのものがトラウマであることも理解しているため、会いたいと思っても会わないことが潮のためになるのなら、それが辛い決断だとしても優先する。

 

「あのさ、朧その辺のことよく知らないんだけど、やっぱり会ってから鎮守府に行くのはやめた方がいいのかな」

 

 ある意味部外者となっている朧が2人に問う。ここから鎮守府に引き取られた場合、次にここに来ることが出来るのは当分先と考えてもいい。運良く早い段階で調査隊に加わることが出来たとしても、練度の問題から戦いが終わった後くらいにはなりそうである。

 だとしたら、今生の別れになるわけでは無いにしろ、挨拶くらいしてから出て行った方がいいのではと朧は話す。こういう繋がりを絶った状態は後悔するのではと。

 

「少なくとも、あたしと漣はやめた方がいいわよ。だって、潮がこうなった原因なのよあたし達。そんなの、(ツラ)見せただけで暴れ回るでしょ。それは、潮のためにもならないわ」

「漣もぼのたんと同じ意見かな……ボーロは後々仲間にしたクチだから関係ないけど、ほら、一緒にドロップしたぼのたんを奪った上に、殺そうとしたわけだしねぇ。最悪、姿どころか声や名前だけでも発狂するんじゃね?」

「あり得るわ。恐怖が溢れたっつってんだもの。原因に関わること全部が怖いでしょ。実際潮がどんな感じか知らないけど」

 

 朧はともかく、漣と曙は()()()()()()会わないでいきたいと考えている。そのため、鎮守府からの調査隊が到着しても、どうにか顔を合わせないように施設を出て行くつもり。

 潮側も、飛行場姫と潜水艦姉妹がうまく隠してくれる算段である。うっかり顔を合わせないように、コマンダン・テストとリシュリューがこの部屋での動向をしっかり伝えて、上手くいくように手を回す。今も春雨と海風に3人を任せて、コマンダン・テストは飛行場姫に現状を伝えに行っている程だ。漁に参加していても、艦載機でちょっと呼び出すくらいは出来る。

 あとはここに来た調査隊の面々が息を合わせてくれれば良し。これで潮の発狂は抑えられるはずである。

 

「そっか。それが2人なりの()()()なんだ」

「そんな大層なものじゃないわよ。そもそも、あたし達だってこうなりたくてなったわけじゃないんだもの。漣はどうか知らないけど」

「望んでるわけないでしょうが! 漣はぼのたんやボーロ以上に抵抗出来なかったんだから!」

 

 漣のこの言葉を聞いて、春雨がそういえばと何かを思い出したような表情を見せる。

 

「そうだ、あの時は消えるだろう記憶の部分を優先したけど、そこも聞いておきたかったんだ」

「うす、春雨氏の質問なら何でも答えさせていただきますぜ」

「漣ちゃんはどうやって侵蝕されたのかな。曙ちゃんのことは潮ちゃんにある程度聞いてるけど、漣ちゃんのことは全く知らないから」

 

 曙は漣に泥を吐き出されて、それが全身に纏わりつくカタチで侵蝕していく様をマジマジと見せつけられたことを潮から聞いている。漣の体内に入れられていた泥は増殖型であり、おそらく昨晩の戦闘で使われていたものと同じ。

 朧もおそらく同じだろう。海上で漣と出会い、泥を吐かれて侵蝕された。ドロップ艦であるが故に。

 しかし、漣は()()()()と戦場で口走っている。初めて龍驤に侵蝕されたもの、そして、初めて龍驤を()()()()()()()という他にはない経験がある。そこは知っておいて損はないだろう。龍驤との直接対決の際に、仲間達の身体を奪おうと考える可能性もあるのだから。

 

「えーっとですねぇ、正直なところ結構あやふやにされちゃってんスけど、その瞬間だけはやたら覚えてんスよ……。漣もご存知ドロップ艦だったわけですが、鎮守府に向かって動いてる時に、コールタールって言うんですかね、それっぽいものを見つけまして」

 

 漣はコールタールと表現したが、要するに泥だ。それが龍驤本体だったからこそ、泥というイメージには結びつかないくらいのモノに見えたのかもしれない。

 

「近付かんどこって思って迂回したんスよ。なのに、それそのものが近付いてきて、一気にやられちまいました。パッと思い出せるのはこんなもん。そこからの記憶が綺麗に飛んじゃってる。使われてる間の記憶……になんのかなぁ。漣達を使ってた()()()(ツラ)も思い出せないし」

「なるほど、その侵蝕のされ方って、やっぱり口?」

「いや、覚えてる限り、顔面に飛び掛かってきた後、穴という穴からガバガバと。うわ、なんか思い出したら気持ち悪くなってきた……」

 

 コールタールが顔面に纏わりつくとか、体験したことが無くても嫌な気分になるだろう。曙も漣にそれをされたようなものなので、侵蝕された時のことを思い出して嫌そうな顔をする。

 

「つまり、龍驤は既に自分のカタチを持っていない……?」

「その辺りが全く思い出せなくて。ぼのとボーロも?」

「全然。会ったことがあるはずなのに、どんな姿かもまるで思い出せないわ」

 

 朧も同じようで、無言で首を縦に振る。相変わらず、自分に繋がる情報だけは泥と一緒に抜け落ちて行く性質は変わらない。どんな侵蝕をされたかは覚えているのに、その元凶となる者には辿り着けないというのは、黒幕もそこから派生するカタチとなった龍驤も変わらない。

 この性質に対しても今の春雨には苛立ちに繋がり、明確に怒りを露わにする。艦娘や深海棲艦を心身共に弄んでおきながら、足がつかないように対策まで取っている狡猾さに嫌気が差してくる。

 

「姉さん、気持ちはわかりますが今は抑えましょう。私も姉さんの苛立ちはわかります。実際私も狂わされた者ですから」

「……そうだね。もっと制御出来るようにならなくちゃ。先駆者の叢雲ちゃんにいろいろ教えてもらおう」

 

 叢雲という名前を聞いてもピクリと反応する。特に曙は、侵蝕されていた間とはいえ、叢雲に散々な目に遭わされているため、嫌でも思い出してしまうようである。

 

「と、ともかく、話が逸れに逸れたけど、あたしは潮と顔を合わせるのは反対。あたし達のためでもあるし、潮のためでもあるわ」

 

 叢雲の話題に向かわないようにするためか、無理矢理話を潮の件に戻す曙。そもそもはその話から始まっているのだから、これはこれで正しい。

 潮に会わない理由が理解出来たため、朧も2人の考えには納得して賛成した。実際は朧くらいは顔を合わせられるかもしれなかったが、そこからどうしても漣と曙のことに繋がってしまうだろうから、3人揃って会わないという方針で行くことに決めた。

 

「向こうから会いたいって言ってきても、断った方がいいのかしら」

「そこは何とも言えない。望みは叶えてほしいとは思うけど、そうすると苦しむのが確定しているからやめてもらいたいし。私は潮ちゃんの意思を尊重したいんだけどね。そこは妹姫様とかがどうにかしてくれると思うから」

「ふぅん……まぁ成り行き任せにしておく。あたし達にそういうこと言う資格は無いと思うし」

 

 物分かりがいい風に見えて、曙も現状には大分苛立っているようだった。

 

 

 

 

 その頃、潮の側にはいつものように飛行場姫と潜水艦姉妹がついていた。恐怖に打ち勝つためという名目で、今までやってこなかった漁にも参加し、飛行場姫の教えの下、釣り糸を垂らしている。

 艤装も出すことは出来るものの、飛行場姫から離れることが怖いため、一緒に大発動艇に乗っての釣り。潜水艦姉妹も率先して追い込み漁に力を入れ、潮に成功体験をさせようと躍起になっている。

 

「……妹姫さん」

「なに?」

 

 そんな中、潮が飛行場姫に話しかける。目を合わせることは出来ず、垂らした釣り針の方を見つめているだけなのだが、飛行場姫は穏やかな口調で応える。

 

「……もう少ししたら……春雨ちゃんの鎮守府のヒト達が来るんですよね」

「そうね。その予定。多分昼頃になると思うから漁を終わらせた後になると思うし、そもそもその航路はこことは違う場所だから、顔を合わせることはないわ」

 

 戦闘の影響で漁獲量が減ってしまっている今までの漁場とは島を挟んで反対側で漁をしているので、もし今すぐに来たとしても調査隊とかち合うことは無い。ただし、漁を終えて施設に戻っているところで顔を合わせてしまう可能性はあるので、その辺りは慎重に進めるつもりである。

 

「……会ってみても……いいでしょうか」

 

 ここで潮は勇気を振り絞った。怖くて怖くて仕方ないが、頑張ってみると宣言したのだから、有言実行したい。そう思い、無理を承知で思いを口にした。

 

 飛行場姫としては、正直まだ早いのではと思っていた。恐怖のコントロールが出来ていない状態で、施設の者以外の者達と顔を合わせるのは、恐怖を駆り立てる何かに繋がるかもしれない。それに、何かの間違いで漣達と顔を合わせてしまった場合、発狂は免れない。

 逆に、漣達と顔を合わせなければ、まだ耐えられる。最終的には鎮守府の艦娘達とも顔を合わせることになるのだから、早い段階で耐性をつけ始めた方がいい。トラウマの元凶よりは恐怖も軽いはずである。

 

「アタシとしては、潮の意思を尊重してあげたい。でも、本当に大丈夫? ある程度はカバー出来るけど」

「……遅かれ早かれ、関係を持つことになると思うんです……なので……どうせ怖いなら早い方がいいかなって。待っている時間も怖いので……早く終わらせたいというのもあって……」

 

 気持ちはわからなくも無かった。どうせ怖い思いをするというのがわかっているのなら、さっさとそれを終わらせたい。

 

「わかった。アンタの勇気を買うわ。お姉にも話しておく。もし何かあったら、すぐにアタシがその場から引っ込めるから、それでいいわよね?」

「……は、はい、それで、お願いします」

 

 潮も前に進もうと力を入れた。その瞬間、垂らしている釣り糸に反応。潜水艦姉妹の追い込み漁のおかげで、潮の竿に当たりが出た。

 

「わ、わ……こ、これ……っ」

「落ち着いて釣り上げましょ。初めてのヒットなんだから、絶対に成功させなくちゃね」

 

 この成功体験も、潮を前向きにさせる。本来の潮に戻ることは出来なくとも、違うカタチの潮をここで作り上げるために。

 

 

 

 

 それぞれの思いが交錯する中、鎮守府からの調査隊到着の時間は、刻一刻と近付いてきていた。

 




漣達は潮に会わないように終わらせようとしていますが、潮は調査隊と会う決意を固めました。顔を合わせないように妹姫も考えているけど……?


支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/98256961
MMDアイキャッチ風大鳳。春雨親衛隊みたいになっている大鳳ですが、漣も加わることになるので、ある意味気が合うかもしれません。
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