しばらくして、おおよそ昼前。そろそろ哨戒部隊が戻ってくるかという辺りで、叢雲の感知範囲に鎮守府の者達が入る。時間としては大体予想した通りであり、それも見越して、飛行場姫は漁を早めに切り上げている。
「哨戒してる奴らが合流したみたいよ。纏めてこっち来てるわ」
「白露ちゃんが機転を利かせてくれたのかしらねぇ。それじゃあ、私はお出迎えに行ってくるわぁ。春雨ちゃんと海風ちゃんも来る?」
「はい、ちゃんと顔を合わせておきたいので」
中間棲姫と春雨、そして海風がお出迎え。これはなんだかんだいつも通りの流れ。
「潮、本当にいいのね?」
今回はそこに潮も加わる。勿論、飛行場姫や潜水艦姉妹も側にいるため、独りで初めての相手と顔を合わせろと言うわけでは無いのだが、やはり初対面となるとどうしても通常以上の恐怖が湧き上がってくる。
しかも、誰が来るかまでは聞いていないので、潮と相性が悪い者が交じっている可能性もあるのだ。例えば、社交性の塊である島風の友人になりたいオーラは、今の潮には少々キツイかもしれない。そして、ジェーナスに
「……はい、行きます。行ってみます。自分で決めたこと、ですから」
それでも、潮の決意は固い。そんな前に進もうとする潮を止めるのはよろしくない。
ここから明るくなるかと言われれば、おそらく難しいだろう。これがきっかけで、鎮守府に対して強い恐怖を感じることになるかもしれない。だが、会ってみなくてはわからないというのもある。
「話をするのは私達がするから、潮ちゃんは近くで見ているだけでいいからねぇ。わざわざ自分から話をしなくてもいいし、姿を見たらすぐに施設に戻ってくれてもいいのよぉ」
「は、はい……大丈夫、です……身の程は弁えているつもりですから……」
「でもね、今から来る子達はみんなとってもいい子だから、潮ちゃんも仲良くなれるはずよぉ」
笑顔で潮の頭を撫でる中間棲姫。手が伸びてきたところでビクッと震えるが、撫でられるうちに恐怖とは違う感情、おそらく喜びらしい感情が湧き上がってきた。
「保護した子達の引き渡しの準備もお願いねぇ」
「Oui. 手筈通りに進めるわ」
漣達の件は、基本的にリシュリューが執り行う。外の者達とうまく連携を取りながら、潮と漣達が顔を合わせないように専念する。
準備と言っても、そこまで時間のかかるようなことではない。おそらく持ってきてくれるであろう3人の制服に着替えてもらい、裏口から調査隊の面々と合流し、そのまま鎮守府へ向かうという流れとなる。
「それじゃあ、行きましょうかぁ」
そういう意味では、今回の調査隊派遣はいろいろと忙しいことになるだろう。
中間棲姫達が岸まで来ると、調査隊はもう直に見えるくらいにまで近付いている。いつものように、江風と涼風が目に入った者達に対して大きく手を振ってきていた。
それに対する潮は、やはり腰が引けていた。施設の者達ならば自分と同じ境遇の者などもいるために心を開きやすいのだが、艦娘となると話が変わる。いくら理解者であったとしても、恐怖の方が勝る。
「大丈夫だよ潮ちゃん。あれ、私と海風の妹なんだ」
「明るくて元気な子なので、仲良くしてあげてください」
春雨と海風がそう言うものの、潮はどうしても震えが止められなかった。
今回の調査隊のメンバーは、少し軽量編成。山風、江風、涼風のメインとなる調査隊の3人と、レギュラーとなる荒潮。春雨の調査をするためにやってきた明石と、そのストッパーである大淀。保護された艦娘を連れて帰るためのクルーザーを駆る宗谷に、その護衛として配備された北上、大井、島風、サラトガ。そして、五月雨。計12名。
サラトガしか空母がいない上に、戦艦が1人もいないのは、それくらいの方が潮が親しみやすいだろうと考えた采配。とはいえ戦力としては充分すぎるくらいになっている。今は施設側の哨戒部隊も加わっているため、過剰戦力。
「ほい、哨戒もおしまい。今回もありがたいことに何も無かったよ」
「Jinxは振り切れたみたいよ。Michelleのおかげだと思うわ」
「ジェーナスちゃんが喜んでるなら、ミシェルも嬉しいぴょん!」
哨戒も無事に終了。午前中に何かあったことは今までそんなに無いのだが、漣達を捕らえたことで尚更何も起きない。今の施設は平和であると言えるだろう。嵐の前の静けさであることには間違いないのだが。
「で、合流した時にちょっとだけ説明しといた。五月雨は対談に便乗してたから大体知ってたみたいだけど、まぁご覧の通りだよ」
調査隊の視線が一斉に春雨へと集まる。艦娘の春雨とも、つい最近まで見ていた深海棲艦姿の春雨とも違う、新たな春雨の姿に、驚きつつも受け入れられていた。
大きく反応していたのはやはり姉妹達。江風と涼風に至っては、その腕を触らせてほしいなんて言い始めた。五月雨と山風はやめておけと言いたそうだったが、やけに目をキラキラさせた2人の圧に負けてしまう。
「海風と同じだよ?」
「そうかもしンねぇけどさ、一応ね」
インナー越しにベタベタベタベタ触るため、春雨は溜息を吐きつつ優しく払い除けた。そういうこともなかなかしないのが春雨であるため、江風はそちらでも驚く。
寂しさに続いて、怒りが溢れてしまっているというのは、既に周知の事実。こういうところで今までの春雨とは違うことを思い知らされる。
「春雨、提督から私も言われてきたんだけど、後からちょーっと調査させてもらっていいかな? かな?」
そんな春雨にも一切臆することなく、今度は明石がグイグイと前に出てくる。江風以上に押しが強くなりそうだったため、大淀が首根っこを掴んで止めているが、その目には好奇心が溢れんばかりに煌めいていた。
「いいですよ。私も私が知りたいですし。明石さんはそういうことの解析に強いことは知ってますから、よろしくお願いします」
「よっしゃ、言質ゲットぉ! いやぁ正直古鷹の体液や荒潮から採取した泥だけじゃそろそろ限界が近かったんだよね。ここで深海棲艦の状態で溢れたっていう春雨の細胞が一部貰えれば、もっともっと研究が進むと思うんだ。聞いた感じ、黒幕と同じような体質みたいなモノだし、そこから泥の対策がさらに進みそうだからさぁ」
ヒートアップしそうだったので、大淀がしっかりと止める。春雨もこれには怒りよりも先に苦笑が出た。明石のことを知っているからこそであろう。
「おうっ、新人さんだ!」
今度は島風。オドオドしつつもこの場にいる潮に気付いて、予想通りにお友達になりに近付く。ニコニコしながらやってくる島風に、潮は少なからず恐怖を感じるが、あえて一歩も下がらなかった。この恐怖と付き合っていかなくては、先に進むどころかこの場に留まることも出来ない。
施設の者達とは付き合っていけるのに、外から来たというだけで怖がっていては、今後確実に身を滅ぼす。この施設が平和になったとしても、外の者と付き合いがないとは限らないのだ。
「私、島風! よろしくね!」
「よ、よろしく……お願いします……」
握手するために手を差し出す島風に、潮はおずおずと手を重ねる。島風は自分から無理矢理手を掴むようなことはしないが、差し出してくれたなら受け入れてくれたと考え、そのまましっかり握った。
小さく悲鳴は上げたものの、その温もりに癒される。恐怖が溢れているからこそ、
「アラシオ、貴女は今はちょっと控えてね。押しが強いから」
「ジェーナスちゃん、私のこととっても理解してくれてるのね〜。勿論、怖がらせることなんてしないわ〜」
潮と島風が仲良くしようとしているところを見て、荒潮もウズウズしているようだが、ジェーナスが事前に止める。
島風の友達になろうと思う心は磨き上げられた珠のように純粋だが、荒潮のそれは少々
「潮ちゃん、とってもいい子ぴょん。ミシェルともお友達になってくれたっぴょん」
「うふふふ、だったら私も友達になれるわね〜」
「みんな友達ぴょん! 荒潮ちゃんもきっと仲良くなれるっぴょーん」
今はまだ難しくとも、時間をかければ慣れてくるはずだ。そうなれば、荒潮も潮と仲良くなれるだろう。今でないだけで、無理とは一言も言っていない。
「……姉姫さん……艦娘の引き取りのこと……」
ここで山風が本題を切り出す。調査隊がここに来たのはそれが目的。本来ならそれだけやってさっさと帰るというのでもいいくらいなのだが、昨晩の戦闘のこともあるためにどうしても世間話が多くなる。
切り出した山風も、出来る限り海風と話がしたかった。積もる話もあり、むしろ出来ることならまた一晩ここで過ごしたいくらいと思っているほど。しかし、こういう時は業務最優先。
「そうねぇ、でもその前に、あの子達の制服って持ってきてくれてたりするかしらぁ?」
「はい、提督に言われて、3人分持ってきました」
今度は五月雨。宗谷のクルーザーに積み込んでいた3人分の制服を取り出し、中間棲姫に預ける。勿論、その制服が何者の制服なのかはわからないように不透明な袋に詰め込んでいた。
この場に潮がいるかどうかはわからなかったが、もしものために見えないようにしていたのは大正解。この制服が、艦娘時代の自分が着ていたものと同じであると気付いたら、保護されている艦娘が漣達であるということを察してしまう可能性がある。そして、そうなったら最後、潮は間違いなく発作を起こす。
「それじゃあ、これに着替えてもらってからにしましょうねぇ。それまでは自由にしていてちょうだい」
「……うん、わかった……そんなに時間はかからないだろうけど……休憩させてもらう」
休憩しつつも宗谷にクルーザーを裏口側に移動してもらい、着替えが終わった3人を積み込むということになる。その間がほんの少しだけの休憩時間。
「それじゃあ、その間に春雨のこと調べさせてもらいましょうかねぇ! あ、髪の毛とか貰っていっていい? 細胞レベルで調べておきたいし。あと艤装とかも見せてもらいたいかな。艦娘から深海棲艦に変わるのもビックリだけど、やっぱり溢れるっていうのが全然わからない現象だし、2回目なんてもっと稀なんだよね。だったらむしろ細かく見ていきたいなぁ。出来ることなら鎮守府に来てもらいたいけどそれは難しそうだし、やれること全部やってかなくちゃ!」
フリータイムとなった途端に、明石が春雨にさらに詰め寄る。大淀も呆れた顔で頭を叩くが、今の明石はその程度では止まる気配が無い。
「わかりましたから、少し落ち着いてください。私は逃げも隠れもしませんし、勝利に貢献出来るのなら喜んで手伝いますから。明石さんがそういうことすると、潮ちゃんが怖がるので」
そんな明石に対して苦笑しながら少々冷たい口調で戒める。明石はそんな言葉を聞いてもテヘッと舌を出すくらいで終わるのだが、姉妹達は春雨の豹変っぷりを目の当たりにして、やはり驚きを隠せずにいた。
事前に見ていた五月雨でも、画面越しでなく直に見るとその変わり方がよくわかった。いつも苛立ちを腹に抱えているような、表情とは違う感情を隠し持っているのが丸わかりの態度。
「……春雨姉、ちょっと怖い」
感情の機微に敏感な山風も、これには即座に反応する。知っている姉とは別人とまではいかなくても、ここまで変わっていると怖くも感じる。
「あー、わかった。今の春雨の姉貴、ガチギレした時の時雨の姉貴に近いンだ」
「そうかもしんないねぇ。あれだろ、静かに燃えてる感じ」
「そうそう、それがまた怖ぇンだ。敵に回したくないっつーか」
江風の言葉に納得したのは、自分の中にその時雨が入っている白露である。確かにそんな感じかもと思いつつ、そこまでかと疑問も抱いたりしていた。
「まあ、春雨は春雨だから。根っこの部分は何も変わってないから安心しな。ちょいとお姉ちゃんが説教することもあったけど、大丈夫だよ」
白露がちゃんとフォロー。姉妹達はひとまずそれで納得した。
調査隊の到着により、保護されている艦娘は引き取られることになる。準備に準備を重ねているため、おかしなことが起きることは無いはずだ。
慎重にことを進めていますが、上手くいくでしょうか。漣達は裏口からクルーザーに乗り込む方向なので、岸にいる潮とは顔を合わせることは無いはずですけど。