薄雲が発作を起こしたものの、ジェーナスのアドバイスを基に春雨が適切な処置を施すことが出来たため、そこでは事なきを得た。悪夢から起きた発作だったが、二度目の眠りはそういった夢を見る事なく、スヤスヤと気持ちよく眠れているようだった。
その薄雲は飛行場姫が運び、春雨とジェーナスはビニールシートを片付けた後にその後ろをついていく。薄雲の発作が抑えられたことを素直に喜びつつ、目が覚めるまでまた傍にいてあげようと話し合う。
「夢は避けられないもんね……私もそうだったし」
「忘れた頃に突然来るんだもの。それも、結構
ここにいるものは一度ならず何度も経験したことのあること。その度に発作を起こして、その場にいるもの、もしくは姉妹姫のお世話になってどうにか抑えてもらう。
リシュリューやコマンダン・テストはその内容がかなり限定的であるため、悪夢を見ても発作まではいかないらしいが、この3人組はそういうところで難しい問題を抱えていると言える。発作の
「何かしら不安定になる周期っていうのはあるわ。そういうのは諦めてちょうだい。なるべくアタシとお姉でフォローするから、アンタ達は普段通りを崩さなければ問題ないわ」
「はい、そうします。また私も起こしちゃうと思いますが……その時はよろしくお願いします」
「ええ、任せてちょうだい。頼れる相手がいれば、その分気も楽になるでしょ。遠慮せずにどんどん甘えればいいわ」
こういう言葉を何の恥ずかしげもなく言ってのけるのが飛行場姫である。羞恥心が欠如しているのではなく、単純に本心のままに語っているに過ぎないのが、さらに凄いところ。
姉妹姫は管理者というのもあり、施設の全員からの信頼が厚い。その性格上、一切嘘をつかないため、言うこと成すこと全てが信用出来る。だからこそ、こういう施設の管理が出来るのかもしれないが。
薄雲はそのままベッドルームに運ばれ寝かされ、春雨とジェーナスは先程と同じように両サイドに寝転がる。これなら目覚めたときに必ずその姿が目に入って寂しい思いをすることは無い。
「それじゃあ、薄雲のこと、頼んだわよ。今のアンタ達なら大丈夫よね」
「はい、お任せください」
「
万が一、また薄雲が発作を起こしたとしても、今なら大丈夫だと胸を張って言えた。春雨はまた飛行場姫の服装を使わせてもらうと冗談交じりに話し、それが有用ならバンバン使えと本人から了承まで得ることに成功。
「妹姫様の格好ってちょっとドキドキしちゃうけどね」
飛行場姫が部屋から出ていった後、春雨がボソリと呟いた。今までにない姿なのは間違いなく、少し新鮮だった様子。以前までの春雨だったら、まず確実に羞恥心が全開だっただろう。しかし、今の春雨はそう言った感情は存在しない。ドキドキするというのは、おそらく興奮の類い。
対するジェーナスは、ほんの少し不貞腐れたような、羨むような視線で春雨をつつく。
「私がこれくらいスタイル良かったら代わってあげたんだけどね。残念ながら、私はちっちゃい状態で艦娘になっちゃったし、深海棲艦になっても据え置きだったから無理なの。ハルサメに全面的に任せちゃうわ」
「うん、大丈夫。私が任されるね」
その反応に、ジェーナスは苦笑せざるを得なかった。
しばらくして、薄雲2度目の起床。この時には大分落ち着いており、慰めてくれた春雨とジェーナスにお礼と謝罪。以前から気にしないことと自分でも言っていたこともあり、土下座するようなことまではしない。
「ごめんね、突然発作を起こしちゃって。どうにかしてくれてありがとう」
「いいのいいの。私も前にやっちゃってるし」
「そうそう。みんなおんなじだもの」
以前の中間棲姫の教えをしっかり守っている。謝られたら、慰める。そして全部が元通り。みんながそうやって割り切っている。
自分もそうなのだから、1回や2回の発作でとやかく言うことも無いし、むしろ自分が起こしてしまう可能性も考えたら口が裂けても言えない。それにそもそもが優しく仲間に尽くすタイプなのだから、そんな悪意が交じったような言葉は頭の中に思い浮かぶことすら無かった。
しかし、春雨には薄雲が悪夢を見るきっかけが1つだけ思い浮かんでいた。もしかしたら、
「……もしかして、私が姉妹の話を出したから……引っ張られちゃったのかな」
昨日の対談や、一昨日の海風の件で、ほとんど同じ境遇である春雨が姉妹仲のいいところをこれでもかと見せつけている。海風に至っては一晩を共にした程であり、普段とは違い自室に行くほどだった。
実際、それに対してトラウマを穿り返されるような感覚は無いとは言い切れなかった。薄雲は特に姉妹仲が良かったようで、春雨と一緒にいた海風に当時の自分を投影しかけていたのもあった。
自分も艦娘のときにはあんな感じだったなぁと、添い寝までは行かなくとも、一緒の鎮守府、一緒の部隊で戦っていたなぁと、ただただ思い返していた。それで発作を起こさなかったのは、薄雲も深海棲艦になってそれなりに時間が経過しており、未練を切り捨てるなどの思考変化が起きているからである。
しかし、自分の知らないところでストレスにはなってしまっていたのかもしれないと、薄雲自身も思ってしまった。
「その……正直なことを言うと、それが関係無いとは言えない……かな。姉姫さんと妹姫さんや、松ちゃんと竹ちゃんの関係は見慣れちゃってるからもう何も感じないけど……初めて見る姉妹だったから……」
こういうところは嘘偽りなく本心を曝け出す。そう思ってしまったことは事実。こういうところで隠したりする方がよろしくないと、施設で生活していくうちに教訓として染み付いている。それに、深海棲艦化の影響か、嘘がつけない。
だからと言って春雨のせいとは絶対に言わない。そんなことはカケラも感じていない。むしろ自分がそんなことを考えてしまったせいで春雨に嫌な気持ちをさせてしまっていると自己嫌悪を感じてしまうほどである。
これがジェーナスだったら、まず間違いなく発作が出ていただろう。自分のせいで春雨が悲しむと感じて。
「でも、それは春雨ちゃんのせいじゃないからね! 春雨ちゃんが幸せになったのは私も嬉しいし、ほら、艦娘と交流出来るっていうのはこの施設でも嬉しいことでしょ? 私だって嬉しいもん。いつもと違うヒトがここに来るの、楽しかったから!」
わたわたとしながらも本心を次から次へと曝け出していく。妬み嫉みを春雨に抱いたわけではなく、単純に刺激されただけだと。
薄雲自身も、春雨が姉妹と再会出来たことは、心の底から祝福していた。叶わなくなった望みが、ひょんなことから叶ったのだから、そんなことで気分を悪くするほど心は狭くない。
薄雲も元が優しく真面目な性格も相まって、仲間を悲しませるようなことはしたくないと考えているためか、そもそもそういう思考に至らないようになっている。
「だから、だからね、春雨ちゃんは気にしないで! これは私の責任だから。ちょっといろいろ思い出しちゃっただけだし、それが溢れちゃっただけだから、ね?」
「……うん、わかった。多分私も同じようになっちゃうと思うし。薄雲ちゃんと私、いろんなところが似てるもんね。だから、わかるよ」
同じように、薄雲の姉妹がこの施設に現れていたら、春雨はどうなっていただろうか。おそらく薄雲のように悪夢を見ていた、もしくは姉妹の交流を目の当たりにした時点で発作を起こしていたかもしれない。
それがわかるから、薄雲の今回の発作に対して不快感のようなものは感じていない。むしろ共感しかなかった。そんな相手に対して、悪い感情なんて浮かぶはずがない。同族嫌悪なんてあり得ない。
だから、気にしない。この施設の教訓としてもそうだし、自己防衛としてもその方がいい。いざ自分が同じ立場になったときに、何も言えなくなってしまう。
「でも……春雨ちゃんに抱きしめられてるとき、姉さんのような温かさを感じたのは確かなんだ」
「そうなの?」
「うん。だから……その、またやってほしいかも。すごく落ち着けたから。もし私がまた発作を起こしたら、お願いしていい?」
「勿論。発作が起きてなくてもやってもいいんだからね」
それはまたいろいろ思い出して発作を起こしかねないからと、この場でもう一度はやめることとなったが、薄雲の表情は明るかった。ジェーナス考案で春雨が施した処置は、薄雲には最善だったようだ。
そんな薄雲を見て、一番満足そうにしているのは、ジェーナスだった。自己嫌悪を刺激せず、友達が楽しそうに話している姿を見るのが、彼女にとってはこの上ない幸せとなっていた。
その日の夜、いつものようにベッドルームに集まるが、今までは春雨が中央で眠っていたものを、今回は薄雲が中央となる形で横になる。
発作を起こした日は真ん中になるというルールがあるわけでは無いのだが、一度悪夢を見ると連続する可能性もあるため、なるべく落ち着けるようにこの配置になった。絶対に悪夢を見ないということは無いのだが、こうされていると落ち着くのは確か。
「今日は大変だったのねぇ。ごめんなさいね、全部任せちゃって」
「い、いえ、大丈夫です。姉姫様もここの管理で忙しいと思いますし」
まだ春雨が深海棲艦化して日が浅いので、姉妹姫が一緒に眠ることは変わらない。眠る前にはこうして雑談のようなことをするのも日課になっていた。
今日の話題は、専ら春雨とジェーナスによる薄雲の処置の話になる。当事者の薄雲は真ん中でたははと苦笑し、春雨とジェーナスへの感謝を熱弁。中間棲姫はその場にいなかったというのもあり、それをしっかり聞いてから、褒めに褒めた。
「春雨ちゃんも、もう一人前ねぇ。この身体になってそろそろ1週間になるけど、もう大分慣れたかしらぁ」
「はい、おかげさまで。みんなのおかげで落ち着いてますし、こうして仲間を助けることも出来たので」
「ふふ、それは良かったわぁ」
一人前になったからと言って、仕事が増えたりするわけでは無いのだが、中間棲姫に認められたという事実が、春雨を少し昂揚させる。
「春雨ちゃんに抱きしめられると、なんだかすごく落ち着けるんです。また発作を起こしたときはお願いしようかなって思って」
「それがいいわね。アタシ達じゃないと落ち着かせてあげられないってことがないのは助かるわ。ジェーナスもよく機転を利かせたわね。褒めてあげる」
「んふー。これでも私、
とはいえ、春雨だって爆弾を抱えているのは確かなので、連鎖してしまった場合は姉妹姫が出るしか無くなる。あくまでも手段として、春雨は薄雲に力を尽くせばいいということになった。
実際、ここにいる3人は一緒に活動することも多い。春雨と薄雲がお互いの寂しさを緩和し、ジェーナスがそこに入ることでさらに纏まり、落ち着ける。寂しさも無くなれば、自己嫌悪を感じている余裕も無くなる。ある意味ベストメンバーでもあった。
「それじゃあ、これからも3人で仲良くしてちょうだいねぇ。私としてもとっても安心出来るわぁ」
「はい、勿論。みんな仲間で友達ですから」
これだけは断言出来た。境遇とか関係なく、この施設で共に生きていく仲間なのだから、仲良くしない理由がない。それが友達なのだから尚更だ。
お互いのことを理解出来るのだから、仲違いすらも存在しない。お互いがお互いを敬い、助け合う。ただそれだけで、これだけ幸せな空間が出来上がる。
こんな毎日がずっと続けばいいのにと願いながら、春雨はそのまま眠りについた。戦いから離れ、今までと違った幸せを得られたことで、それを手放したくないという欲が生まれていた。
この3人組は、全員がいい感じに相性がいいので、これからも一緒に行動させることが多いでしょう。たまに春雨が農作業で抜けるけど、夜には同じベッドですからね。