空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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会えない理由

 鎮守府から調査隊が到着し、保護された艦娘を引き取りにやってきた。その準備は施設の裏で行われる。

 五月雨に渡された3人分の制服は中間棲姫が受け取り、施設の中で待つ漣達に持っていく。その間に、明石に春雨の調査をしてもらったり、潮の交流を進めるつもりだ。

 

「はい、これ持ってきてもらったわぁ」

「助かるっス!」

 

 制服を渡され、早速着替える3人。今までのことを考えると、これでようやく元の艦娘に戻れたと思えた。

 ドロップしたばかりの時に侵蝕され、漣とは違ってすぐに作戦行動をさせられていた曙と朧は、制服を着ることも久しぶりに思えてしまう。

 

「やっぱりこれがしっくり来るわ。つーか今までなんつーカッコさせられてんのよ」

「動きやすい格好だとは思ったけど、今考えると結構恥ずかしいよね」

「ホントよ。黒幕の趣味だって言うなら、ただのクソねクソ」

 

 胸元のリボンを結んでホッと一息吐く曙。朧も身嗜みを整えて、正しく艦娘に戻れたことを素直に喜ぶ。

 

「ん、漣もオッケー。じゃあ、潮に気付かれないように施設から出なくちゃなんだよね」

「裏口から出てちょうだいねぇ。そこに、宗谷ちゃんがクルーザーをつけてくれてるから、岸にいる子達に気付かれることなく行けると思うわぁ。コソコソさせてごめんなさいねぇ」

「いえいえいえ、大丈夫っス。本はと言えば、漣が悪いんで。ぼのも巻き込んじゃったからとばっちりですなぁ……ホントごめんね」

 

 あまり軽い口調ではない漣の謝罪に、ほんの少し気持ち悪そうにしつつも、はいはいと軽くあしらう。漣が沈んでいると、どうも調子が狂うようだ。漣は常に明るく、若干調子に乗ってるくらいが丁度いいと、鼻で笑いながら話していた。

 

「……本当に会わないで行くの?」

 

 ここで朧が最後の確認。ここに姉妹艦がいるとわかっているのに、顔も合わせずに鎮守府に向かうのは、朧にはどうしても抵抗があった。

 生真面目であるが故に、そこが変に割り切れない。潮以外とは顔を合わせているのに、これでは潮を無視しているみたいでスッキリしない。

 

「ボーロも巻き込んじゃったから申し訳ないんだけど、潮のためなんだよ」

「あたしらの顔を見たら、まず間違いなく暴走するだろうし、良くても発作を起こして酷いことになるわ。あたしはそんな面倒くさい(可哀想な)ことになってもらいたくはないわね」

 

 漣も曙も、潮の恐怖が溢れたきっかけ。今の潮を作ってしまった張本人である。当然それを自ら望んでやったわけでは無いのだが、2人にしてみれば昨晩の戦い以上に罪悪感のある出来事であるのは間違いない。抵抗すらさせず、自分達が返り討ちに遭うなんてこともなく、ただただ一方的に殺そうとした。嬉々として。

 漣に至っては、腹が立つことにその時の感情すら覚えている。それを指示した者の顔も声も思い出すことが出来ないのに、()()()()だけは忘れたくても忘れられない。ハッキリと鮮明にその時のことが思い出せるほどだ。巻き込まれて侵蝕された曙とは段違いである。

 

 そして、潮の方は2人の罪悪感を足しても越えられない程の恐怖を味わっているのだ。泥という得体の知れない恐怖。目の前で曙が侵蝕されていく恐怖。漣に裏切られた恐怖。そして、死の恐怖。深海棲艦化してしまう程の恐怖なんて、想像もつかなかった。

 

「罪悪感があるならさ、一言謝った方がいいんじゃないの? 漣もこの状態がストレスにならない?」

「ストレスになるかならないかで言えば、なるかもしれない。でもさ、謝って漣がスッキリすると、そのせいで潮が物凄く苦しむんだよ。漣が謝りたくても謝れない状況でストレス感じても、潮がここで立ち直っていくんだから、それでいい。むしろ漣達のことは忘れてくれた方がいいの」

 

 漣も落ち込んでいる時にずっと考えていたことを朧に語る。

 

「漣は当事者だから絶対ダメ。ぼのも……現場にいたわけだから、多分ダメ。ボーロはもしかしたらセーフかもしれないけど……」

「なら、朧だけでも潮と顔を合わせたい。せっかくここにいるのに、挨拶もせずここから出てくのは、ちょっと我慢出来ない」

 

 それだけ言い残し、朧は潮と顔を合わせるために部屋から出て行こうとする。

 しかしここには艦娘だけしかいないわけではない。制服を持ってきた中間棲姫もいるし、部屋の前にはリシュリューも陣取っている。3人がかりで突破しようというのならまだしも、朧1人で向かおうとするのはほぼ無理。

 

「待ってちょうだい。それはこの施設の長として、簡単には認められないわぁ」

 

 当然、中間棲姫が立ち塞がる。朧の気持ちはわかるので、困った表情ではあるが穏やかな笑みを浮かべ、やんわりと朧を止めた。

 

「貴女のそういう気持ちはわかっているつもりよぉ。でもねぇ、今の潮ちゃんは、ようやく前を向けるようになってきたの。妹ちゃんと潜水艦ちゃん達のおかげで。昨日は自分を守るためにトレーニングとかしたし、さっきもこの施設のために漁だって参加してくれた」

「それが……」

「貴女と顔を合わせることで、前向きになった潮ちゃんの心をまた折ってしまうかもしれない。恐怖が溢れているということは、()()()()()()に敏感ということになるのよぉ。今の潮ちゃんは、貴女の知っている潮ちゃんじゃないと思ってもいいわぁ」

 

 極端な話、深海棲艦化した時点で、本来の艦娘としての性格や思考では無いと考えた方がいい。ドロップしたばかりの朧にはわからないだろうが、今の施設にはわかりやすい例(春雨と海風)がいる。

 朧にとっては見知った仲であっても、今の潮にとっては()()()()()では無い可能性だってある。何で喜んで、何で悲しむのかなんて、今この場でわかるはずがない。

 だが、()()()()()()()()()。それが漣と曙だ。そして、朧はそれに繋がる導火線みたいなもの。ダイレクトに起爆するか、連動して起爆するかの違い。そうならない可能性もあるが、まず恐怖で物事を計る潮には、かなり難しいと考えられる。

 

「……そ、それでも」

「それ、潮ちゃんのことは考えてる?」

 

 鋭い指摘を突きつけられ、朧はうぐっと息を呑む。今の朧の行動原理は、自分が潮と会いたいという、全て自分のことのみを考えたモノ。

 潮と顔を合わせ、挨拶をし、また会おうねと別れるところまで考えたのだろうが、それは全て()()()()と指摘されても何も言い返せない。

 

「ここにいる子達がどういう子なのか、貴女は知らないと思うから、少し教えておくわねぇ。端的に言えば、ほぼ全員心が壊れているの。そう見えない子もいるかもしれないけれど、トリガーを引かれたらそのまま発作を起こして、いろんな症状を見せる。泣きじゃくる子もいれば、暴れる子もいる。自分の命を絶とうとする子すらいるわ。潮ちゃんもその1人になっているのよ」

 

 朧はまだ、この施設がどういう施設であるかを正しく理解していない。ただ深海棲艦化した者達が、姉妹姫の下に集って身を寄せ合っているというだけではない。心が壊れた者達が、そのトリガーを引かないように協力し合い、平和に暮らすことを目的とした場所なのだ。

 今でこそ発作を起こさない者もいるが、常時発作を起こし続けているような者だっている。春雨と海風などがそれに含まれるのだが、潮もそれ。恐怖という感情に常に呑まれて生きていくのだから、なるべく外的要因の恐怖は取り除いてやりたいというのが中間棲姫の気持ち。

 

「ボーロ、漣達も行きたいんだけどさ、何で行かないのかわかる? 自分達が元凶ってのもあるけど、もう1個理由があんの」

 

 ここでずっと見守っていた漣が口を出す。朧は無言で振り向くが、それに対して答えない。

 

「もし顔を合わせてさ、潮がわーって発作起こしても、漣達何も出来ないじゃん。で、そうなっても後始末せずに鎮守府に引き取られることになるわけっしょ。ぜーんぶここのヒト達に任せて、やることやって出てくって、流石にどうかと思わん?」

 

 発作を起こさないならば別に何でもいい。しかし、起こした場合、実害が出るのは朧ではなく施設側。そこにいるだけで発作を続けさせるのなら、早急にここから出ていくことになる。

 そうなると、発作を起こさせた張本人は何もせず、巻き込まれた施設がその()()()をするとなるだろう。中間棲姫を筆頭に、この施設にいるものは発作を起こした者に対しての処置が適切であり、嫌な顔をせずに懸命に対処するものの、それをさせて良い気分になるわけがない。

 

「あたしも似たようなもんよ。そもそも、潮がギャーギャー言うのが見たくないんだけど、あたしがきっかけでそれを起こして、あたしが何もしないってのは癪なの。だったら何も起きない方がいいじゃない。……何か起こしたら、叢雲辺りにまた槍突きつけられそうだし」

「春雨氏も来るよねそれ」

「でしょうね。叢雲に槍突きつけられるか、春雨に蹴られるかの二択よ」

 

 曙に関しては、おそらく後者の印象の方が強いのだろう。侵蝕されている時の経験が心に刻まれているようで、何かしたら叢雲の逆鱗に触れて面倒臭いことになると思うと、やはり控えた方がいいという判断。

 以前までなら叢雲だけだったかもしれないが、今ならもれなく春雨もついてくる挙句、春雨がやるなら海風もやる。叢雲だけでも厄介なのに、春雨まで加わったら、自分に害が出る。

 

「ここまでのことを踏まえて、それでも潮ちゃんに会いたいと言うのなら、私はもう止められないわぁ。もし潮ちゃんが発作を起こしたとしても、私達がどうにか出来るのは保証しておくわねぇ。昨日までの立ち直りは全て水の泡になるかもしれないけれど」

 

 中間棲姫にしては少し強めの言葉である。勿論朧の気持ちだって汲んであげたいのはあるのだが、それ以上に潮のことを考えているのだ。

 言ってしまえば、朧は部外者だが潮は施設の一員。身も蓋もない言い方をしてしまえば、管轄外と管轄内の違い。当然分け隔てない愛を振りまくのだが、優先順位がどうしても出てしまう。朧だって被害者なのだからケアをしておきたいという気持ちはある。

 

「だから、潮ちゃんがもう少し成長したら会ってあげてくれないかしらぁ。どれだけ時間がかかるかはわからないけれど、物凄く時間がかかるわけでもないと思うの。だから、ね?」

 

 優しく思いを伝えながら朧の頭を撫でる。

 

「……わかった。今は我慢しておく。でも、必ず会いに来るから」

「ええ、そうしてちょうだい。今はまだ無理というだけだから」

 

 不服そうではあるものの、朧も一応は納得するに至った。漣と曙は顔に出すほどホッとしていた。

 

 

 

 

 その頃、春雨は直感的にそれを察知していた。潮は今、社交的な島風や、ジェーナスとミシェルに制御されている荒潮と交流し、笑顔を取り戻そうとしている。そこにあの3人のうちの1人でも来ようものなら、これが台無しになっていただろう。

 

「姉さん、どうかしましたか?」

「ん? ううん、何でもない。多分、潮ちゃんの危機が去ったんだろうなって思って」

「潮さんの危機……ですか。ああ、なるほど」

 

 海風も春雨の言葉からいろいろ察することが出来た。

 




最後にギリギリで主人公が出てきたくらいなんですが、今作もついに300話となりました。いつもありがとうございます。黒幕は姿形どころか台詞すら出てきていませんが、今後ともよろしくお願いします。
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