「……あ、宗谷さんのクルーザー見えた」
休憩ということで海風とたわいない話をすることが出来た山風が、施設裏手からクルーザーが動き出したことに気付く。想定より時間はかかっていたが、無事に乗り込んでくれたようだった。これにより調査隊の任務は終了となる。
「海風姉……また来るから」
「うん、待ってる。本当に頼もしくなったね」
「……うん、頑張ってる」
最後に頭を撫でられて、あまり見せないホニャッとした笑顔を見せる山風。海風に褒められることが一番の喜びであり、そのためにこの調査隊の隊長が頑張れるのだ。
それに、調査隊をしていれば、海風がこうなってしまった根本的な原因である黒幕を斃すことだって出来るはず。そう考えれば、いつもは内向的でヒトの前に出ることがどちらかといえば苦手な山風も、これだけ大勢の部隊の旗艦、隊長としてやっていけた。
「ニヒヒ、よかったなぁ山風の姉貴。このために頑張ってンだもンな」
「……江風煩い」
少し意地の悪い笑みを浮かべる江風に山風が苦言を呈するが、海風はそんな2人のやり取りも楽しく見守る。
頭の中は当然春雨第一なのだが、山風達のことだって大切。春雨も、山風のことを労ってあげることは大事だと常々伝えているため、こういう時は必ず話をする時間を作っているくらいだ。
「姉姫さんは……いないね、妹姫さん……」
「ああ、はいはい。そろそろ撤収なのね」
中間棲姫は最後まで3人に付き合い、裏手から出ていくのを見守っているのでここにはいない。代わりに飛行場姫が潮のためにここにいたため、山風が撤収の挨拶。
潮もなんとか調査隊の面々には慣れることが出来たため、恐怖が薄れるところまで来た。次にまた調査隊が来ても、こうやって顔を合わせることが出来るだろう。
特に島風は、友人と言えるくらいに仲良くなっている。潜水艦姉妹も、島風相手だと安心して潮が任せられるようで、常に傍にいるにしても、島風の行為を妨害するようなことはない。
「それじゃあ、そちらも気をつけて。こちらはこちらで自衛するから」
「うん……鎮守府も狙われてるってことだから……こっちはこっちで頑張る……」
ペコリとお辞儀して、そのまま全員を引き連れて帰投になる。最後まで明石が粘ろうとしたものの、春雨から貰えるものは貰ったので、大淀が襟首を掴んでそのまま引っ張って帰った。
「春雨、久しぶりに妹達と会えたわけだけど、どうだった」
飛行場姫の問いに、春雨は少しだけ笑みを浮かべた。
「やっぱり、いいものですね。怒りが薄れる感じがします。仲間達と楽しく話をするのが、今の私には一番落ち着けるのかもしれません」
それでも、全盛期のような満面の笑みではない。叢雲よりは控えめかもしれないが、常に沸々と沸き立っている怒りがそれを邪魔してしまっているようだった。
「山風はすごく頑張ってるみたいですし、江風や涼風も山風をしっかりサポートしてるみたいで。五月雨はもう言わずもがなですよね。ふふ、本当に頼もしくなってます。五月雨には追いつけたことありませんでしたけど。さすが初期艦って感じです」
姉妹達のことを話す春雨は、やはり怒りが溢れる前に近いくらいに明るい。海風もそんな春雨に引っ張られるのか、春雨への依存が発症する前のように妹達のことを気にしながらも楽しくしている。
叢雲には食べ物を渡すように、春雨には定期的な仲間との交流が怒りを抑えるのに必要なことのようである。仲間の尊厳を踏み躙られたことで溢れた怒りだからかもしれない。
そんな様子を見て、一番ホッとしていたのは、哨戒から帰ってきて調査隊にも付き合っていた白露である。海風はさておき、春雨の根本的な部分が変わっていないことがよくわかる。叱ったのもいい方向に向かったようだ。
「潮も楽しそうだった」
「恐怖が薄れていた」
「定期的に実施するべき」
「今後も積極的に参加するべき」
潜水艦姉妹も、鎮守府の仲間達との交流は潮にとっていい影響を与えると絶賛。次の調査隊の時も今日と同じようにお願いしたいと飛行場姫に訴える。対する飛行場姫は潮の意思次第だと伝えた。
「……私は……その……また会っても、いいかな、って」
おずおずと、しかしはっきりと、自分の意思でまた調査隊と話をしてもいいと思えた。それくらい、島風は良い影響を与えたということになる。
嫌味のない社交性は、恐怖に呑み込まれていても通用するようだった。そういう意味では、今後も似たような者が現れた場合、まず島風と対面させるのが最もいい方向に向かえるのではないだろうか。
「そうね、調査隊の子達は定期的に来てくれるから、毎回アタシ達で出迎えましょうか。お姉も潮がそうしたいって聞いたら、喜んでそうしてくれるわ」
「そ、そう、ですか……。それじゃあ……お、お願いします」
次の機会がいつになるかはわからないが、そこまで遠い未来では無いだろう。調査隊が来るまでは飛行場姫達が心身共に鍛え、来たら心に安らぎを与えるために交流。潮にはこれがベスト。
「それじゃあ、少し遅くなっちゃったけど、アタシ達もお昼にしましょ。きっともう用意されてるわ」
調査隊も水平線の向こう側に消えたため、施設側はここでようやく昼食となる。だが、漣達が無事に引き取られたため、安心して休息することが出来た。
調査隊も、水平線の向こう側にある施設が目視出来ない場所まで来れたことを確認してから、一旦止まる。
「もう……いいかな……」
ここで一度、クルーザーの中を確認する山風。そこには、潮に知られていないかドキドキしながら奥の方に待機していた3人の艦娘。
クルーザー内の生活スペースはそこそこの空間が確保されているため、3人で座っていてもまだまだ余裕はあるのだが、念のためということで漣と曙が朧を拘束した状態だった。いざ中間棲姫の視界から外れた後に、やっぱり潮と顔を合わせたいとクルーザーから飛び出されたらもう取り返しがつかない。
罪悪感から割り切っている2人と違って、朧は理解も納得もしているが割り切ることは出来ていない。何かの間違いで気が変わる可能性も考慮していた。
「……約束破って出ていこうだなんて考えてないよ」
そんな状況に文句を言う朧だが、漣も曙もギリギリまで両腕をガッチリ掴んでいる。
「今なら外に出られるけど……」
もう施設の目にも入らないところであるため、3人は自由になれる。いくらドロップ艦であっても、艤装が出せないわけではないため、ここからは海上移動も可能。自分の足で鎮守府に向かうか、クルーザーに乗ったまま向かうかを選択させる。
漣はこのままでもいいか程度に考えていたようだが、曙と朧は自分の足で行くと言い出したため、しぶしぶクルーザーから降りた。
「……今日から世話になるわ」
まずは曙。脚部艤装の調子が悪いわけでもなく、当たり前のように海上に立ち山風に軽めの挨拶。
生まれてすぐに侵蝕を受けたようなものである曙は、海そのものに恐怖を覚えるということも考えられたが、幸いにもそういうことは無い。負けん気の強さが、恐怖を感じることすらも許さないようである。
「あまり気負うなよー。ガタガタだと余計に文句言われるぜ」
「わかってるわよ。あの叢雲にとやかく言われるのは気に入らないわ」
いや、むしろ恐怖や苛立ちはあるのだろうが、それ以上に叢雲の存在が引っかかっているというのが正しい。それだけ、侵蝕されていた時の仕打ちがわだかまりとして残っているのだろう。こんなところで立ち止まっていたら、また叢雲にどやされ槍を突きつけられるのではないか。そう思うと、見返してやると逆にやる気が出てきていた。
そんな曙の姿に、ちょっかいをかけた江風もニカッと笑って肩を組んだ。鬱陶しそうにしていたが、小さく溜息を吐く程度で終わらせている。
「まぁ、そのー、よろしく頼んますー」
海風のおかげで調子を取り戻した漣も、やはり罪悪感からは逃れられない。特にこの中では最も活動期間が長く、多くの艦娘を侵蝕させられた挙句、その罪をなすり付けられているようなもの。笑顔にも覇気はない。
「漣ちゃん、何か困ったことがあったら話を聞くわ〜。たぶん、私が一番理解してあげられると思うから〜」
「あ、そうなんスか、じゃあちょいちょいお願いしますわ」
そんな漣のことを気にかけるのは荒潮。ドロップしたばかりで侵蝕され、施設の者を陥れるために行動させられていたという境遇だけで言えば、漣と荒潮はかなり近いものがある。話も合うだろうし、気も合うだろう。
そして、特定の施設の者──荒潮はジェーナス、漣は春雨──に
「……」
そして最後に朧。まだ思うところがあるか、水平線の向こう側にある施設の方をじっと見つめる。その視線の先には、潮がいる。見えなくても、そこにいるというのがわかる。
「朧、強くなりたい。すぐにでも強くなって、潮のいるあの施設を守れるようになりたい」
拳を施設に向けて決意する。今は力もないただのドロップ艦でも、心身共に強くなればこの調査隊の一員となって施設に向かえる。その時には潮も成長しているはずだ。
いや、むしろもう顔を合わせられなくてもいい。その代わりに、潮の平和を守るために尽力したい。朧はそんな気持ちでいっぱいだった。
「ほーん、だったらあたしが鍛えてあげよう。黒幕をぶっ斃すまでは鎮守府にいるから、その間に山風達と同じようにね」
「もう、北上さんったらすぐにそういうことしたがるんですから」
そんな朧の決意を目の当たりにした北上が、またもや特訓してやろうとニヤニヤし始めた。これには大井もニッコリ。
北上の特訓は、山風達の成果からして折り紙付き。すぐに強くなれるかは本人次第であるとはいえ、すぐに強くなりたいというならば、この申し出は受け入れるべき。
「お願いします。朧、すぐに強くなりたいです」
「そりゃああんた次第だ。あたしゃ普通に鍛えてやるだけだからね」
「北上さんの訓練やべぇから覚悟しとけよー」
涼風の言葉に恐怖心を駆り立てられるが、それ以上にやる気が漲っているのが朧だ。怖がるより、強くなることが先決。
「それにさ、あたしとしてもあんた達を使ってたヤツに因縁がある……っつーか、多分アイツもあたしのこと狙ってくると思うからさ。返り討ちにしてやらんとね」
朧達を使っていたのは龍驤。その龍驤が自分の手で潰したいと言っていた1人の艦娘というのは、間違いなく北上。龍驤本人からその話を聞いていた漣は、その言葉を耳にしていろいろと勘付いた。
「あたしさ、あんた達の元ご主人を、2回撃退してんのよ。実際やったのは山風達だけども、まぁ面白いくらいに煽れてさ。そのせいで確実にあたしに恨みを持ってるはずなんだよね。だから」
「その北上さんに鍛えられた漣達が返り討ちにしたら、めちゃ楽しいってことですな!」
「その通り。自分が使ってた奴らが、因縁の相手に鍛えられて、それに返り討ちに遭うとかギャグじゃん。まぁ流石に時間が足りなそうではあるけどね。荒潮だって1日2日で改二になったわけじゃあ無いからさ」
とはいえ、新人からレベルアップするのは簡単なことだ。それに、この3人は泥によるブーストコスチュームのおかげで熟練者とも渡り合える身のこなしを強制的に叩き込まれている。
今でこそそれは無くなっているとはいえ、それをやっていた経験は身体に残ったままだ。練度を上げればそれを再現することも可能になるだろうし、そもそもそこまで辿り着く時間も通常より短いとも考えられる。
「まぁあたしが勝手に決められることじゃあないけども。鎮守府行って、ちゃんとした手続きしてからね。オッケー出たら鍛えてやんよ。あとこういうこと話してたら、多分武蔵さん辺りがニコニコしながらやってくるから」
「あまり酷いことしそうになったらサラが止めますからお任せくださいね」
武蔵ならば強くなりたいという朧の言葉に感銘を受けて、荒潮の時と同じように激しい訓練を買って出るだろう。その時のことを思い出したか、荒潮も流石に苦笑していた。
「……じゃあ……帰投する。戻ったらいろいろやらなくちゃいけないから」
「うす、よろしくオナシャス」
「軽ぃなぁコイツ」
ここからはまた、施設と鎮守府は各々のやり方で先に進む。まずは龍驤という前哨戦に勝利し、黒幕を追い詰めていく。
春雨の怒りの抑え方は、寂しさが溢れているのも相まって、いろいろな仲間との交流となる様子。そういうところは叢雲とは違った。