空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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可能性の塊

 本日は午後の哨戒部隊は叢雲、薄雲、古鷹。そして深夜の哨戒部隊は春雨、海風、コロラド、伊47。漣達の件が片付いたとはいえ、また新たな刺客が現れる可能性は考えているため、今回の戦いが完全に終結するまでは哨戒を続けるつもりである。明るいときより暗いときの方が危険として、潜水艦の投入は基本的に深夜組にしている。

 春雨達は深夜のために一時就寝。哨戒部隊も出て行っており、残された者達は自由に行動することになる。農作業や漁は午前中に終わらせているため、施設は比較的平和な時間を過ごす。

 

「さて、午後はトレーニングね」

「は、はい」

 

 潮は飛行場姫と潜水艦姉妹と共に、外で自衛の手段を学ぶことになっている。体力をつけるというのもあるし、身体を鍛えるというのもある。そして、身体を鍛えれば、心にも余裕が出来始め、心身共に鍛えられることとなる。

 潮が楽しく生きて行くためには、このトレーニングは必要不可欠になるだろう。これからなるべく毎日鍛えていく予定だ。

 

「怖いのは仕方ないこと。それと上手く付き合っていくことが大事。潮、今はどう? やっぱり怖い?」

「……はい、それは変わらないです……」

 

 恐怖が溢れている潮に、怖いか怖くないかを問うたら、当然怖いと返ってくる。

 

「でも……」

 

 だが、ここから変わってくる。

 

「さっき……鎮守府の皆さんと話をして……少しだけ、少しだけ変わった気がしました。怖さが薄れたというか……あのヒト達のためにも頑張りたいって……思えたんです」

 

 仲間達との交流が、潮の心を落ち着けていた。昨日からずっと親身になってくれている飛行場姫と潜水艦姉妹、トレーニングに付き合ってくれていた古鷹や、文句を言いながらもなんだかんだ見守っていた叢雲、それを宥める薄雲、目が覚めた時にすぐに来てくれた春雨と海風。他の者達も、何かと潮を気にかけている。

 そして、外からやってきた艦娘達も同じように潮のことを仲間として認めて、恐怖を和らげるように楽しく会話をしてくれた。深海棲艦化していても、まるで艦娘として扱うように。

 

 それが潮の恐怖をさらに和らげていた。切り捨てられることが恐怖の象徴だったが、ここで出会った者達は潮のことを絶対に切り捨てない。そう感じる程に温かな存在だった。

 それ故に、潮はさらに前に進めた。恐怖は勿論隣に居座っているが、怖がりながらもゆっくりと共に歩くことが出来始めている。

 

「いい傾向」

「素晴らしい」

「その調子」

「応援してる」

 

 潜水艦姉妹も小さく拍手するように潮を褒め称える。やはり恐怖を和らげるのは負の感情ではなく正の感情。

 潜水艦姉妹は()()()()()()()と言われても文句が言えないくらいに潮のことを肯定し続けているため、潮の恐怖は着実に取り除かれている。飛行場姫と潜水艦姉妹相手では、もう恐怖を経由しなくとも安心という感情が理解出来る程だ。

 

「あと今日は、トレーニングと聞いて是非とも参加させてほしいと率先してやってきた大鳳も一緒よ」

「よろしくお願いします潮。私も()のせいで体力不足にされていまして。トレーニングに参加し、心身共に鍛えたいと思いまして便乗させてもらいます。潮のトレーニングも手伝いますよ」

「うぇっ、あ、は、はい、ありがとう……ございます」

 

 そして今回のトレーニングには、午前中哨戒に出ていた大鳳が参加。春雨達が深夜のために眠りについているため、どうせならと自身を鍛え上げるために参加を申し出た。

 潮としては、こうやって付き合うのは初めての相手。食事時に顔を合わせて、一言二言言葉を交わした程度である。そのため、いくら仲間と言っても多少なり恐怖は感じてしまう。

 

 むしろ、飛行場姫と潜水艦姉妹以外には同じように感じるのだから仕方ないことだ。怒りが溢れている春雨と叢雲相手でも感じる恐怖は他と同じであるのだから、そこは若干肝が据わっているようにも思えるが。

 

「大鳳は基本的にスタミナ面だったわよね」

「はい。なので、暇があるときはこの島をランニングさせてもらっています。どうしても艦娘だった頃よりもすぐにバテてしまって困りますが。それと、技を鈍らせないように、これを振るうことも日課にしていますね」

 

 話しながら大鳳が展開したのは、戦場で振るう刀。しかしそのままで使うと危険であるため、同じ重さであっても完全な(なまくら)である模擬刀である。

 そういう武器は潮にとっては切り捨ての象徴であるため、少し見せたらすぐに消していた。あくまでも潮に知ってもらいたいのは、自身を守る力。相手を切り捨てる力ではない。自分が扱う主砲にも恐怖を感じてしまう程なのだから、それはもう仕方ないことである。

 

「ですが、武道の方も多少は心得があります。あるのは私では無く、私の中にいる日向ですけどね」

 

 大鳳自身は武道なんてからっきし。空母故に近接戦闘なんて考えるまでもなく避けるべき戦法。しかし、大鳳の()()()()伊勢と日向は、航空戦艦であるが故に敵に肉迫する戦術も扱っていた。

 その中でも日向は、剣術のみならず、あらゆる武道を知識として学び、それを実践するようなストイックな性格だったらしい。それと水上機への愛は有名だったそうだ。その前者の部分は大鳳にしっかり受け継がれている。

 

 そして、潮に教えてあげたいものがあると提案したものが、飛行場姫も考えていたことと同じだった。

 

「拳を扱う武術、空手や拳法などは、潮のその性格としては向いていないかもしれません。ですが、合気道ならば、自分から攻撃せず、相手の攻撃をいなすことが出来ます。どうでしょう」

 

 あくまでも自分から殴りかかるのは怖い。関係を断ち切る行為となり得るため、攻撃という行為そのものに恐怖を抱いてしまう。

 だが、合気道ならばどうか。そもそもの理念──技の稽古を通して心身を練成し、自然との調和、平和への貢献を行うというもの──からして、今の潮には合っている武術と言える。

 

 艦娘や深海棲艦が武術とはと思うものもいるとは思うが、本人は至って真面目。施設を守るため、潮にとって最善を探し出した結果だ。相性の良い戦い方を見繕って覚えてもらえば、より上の領域に辿り着けるはず。

 

 あとは潮の意志次第。

 

「えっと、そ、その……」

 

 潮は混乱している。恐怖と共に歩くために心身共に鍛えるというのがこのトレーニングの根幹なのだが、自分の身を守るために武道がどうのこうのと言われるとは考えていなかった。戦える手段とさんざん聞いてきたとしても、それはなかなか考えづらいもの。

 

「深く考える必要は無いわ。名前が仰々しくなっただけで、やることは変わらないもの。要するに、相手を傷付けずに自分の身を守る手段みたいなもの。まぁそれを攻撃にすることは出来るけど、ともかく鍛えるってだけ」

「は、はぁ……」

 

 あまり理解はしていなかったようだが、飛行場姫の話すことなので、それが悪いことでは無いだろうと納得は出来た。

 

「……まだよくわかりませんが……が、頑張ります。自分の身も守れないのに……他のモノを守るなんて出来ませんから……」

 

 こんな関係を失うのが怖い。その恐怖を取り除くにはどうすればいいか。その全てを守れるくらいに力をつければいい。そうやって考えが纏まっていく。当然力をつけることだって怖いのだが、前に潮が自身で話した通り、何かをしても何もしないでも怖いのなら、何かをしたい。

 

「あとは、潮はもう少し自分に自信を持った方がいいわね。アンタはデキる子なんだから」

「そ、そんな……私は……」

「そこはおいおいやっていきましょ。心の自信は強さに比例するはずだもの。アタシがそうなんだから間違いない」

 

 飛行場姫はそもそも自分に自信が無いなんてことは無かったのだが、姉を守るために強力な力を得たことがより強い自信となっているおかげで、今のような性格になっていると言ってもいい。自信過剰というわけでもなく、それでいていつも自信に満ち溢れているようなもの。

 潮にこうなれとは言わないが、ほんの少しは見習ってもらいたいとくらいは思っている。口に出すことは無くとも。

 

「じゃあ、始めましょ。制服だと動きにくいでしょ。はい、着替えて」

 

 指をパチンと鳴らすと、飛行場姫はいつものボディスーツスタイルに。薄雲がいないため、姿形に遠慮はなく、最も動ける姿となった。

 それに合わせて大鳳もスパッツタイプのスポーツウェア姿に。潜水艦姉妹も海中で身体を動かすわけでは無いので、水着では無くいわゆる体操着へと姿を替える。

 

「よ、よろしく、お願いします……」

 

 そして潮は控えめなジャージ姿に。身体を動かしていくうちに暑くなっていくだろうから、その時その時に薄着になっていけばいい。

 

「潮は筋がいいから、すぐに強くなれるわ。どんどん自信を持っていきましょ。過剰にならない程度に、ね」

 

 飛行場姫もなかなかにノリノリである。潮を鍛えていくのは楽しいようで、自分の()()が育っていく姿を見るのが喜びに繋がっていくようだった。

 

 

 

 

 そして夕方。哨戒部隊が帰投するくらいの時間。潮のトレーニングの結果が気になっていた叢雲が哨戒を早く切り上げようとしていた。事実、今回の哨戒部隊は何かと潮を気にしている者ばかりであるため、哨戒任務をしっかりとこなしつつも、終わりとなったらソワソワしていたのは誰の目から見ても明らか。

 

「姉さん……潮ちゃんは大丈夫ですから……」

「わかってるわよ」

 

 罪悪感のせいで少し不安定な薄雲も、この叢雲の様子は少し面白く感じていた。怒りばかりだった叢雲も、遠縁とはいえ自分以外の妹が現れ、それを気にする姿は、叢雲の中の妙に真面目で優しい部分を垣間見ることが出来ているからだ。

 

「叢雲ちゃんの気持ち、私もわかるよ。潮ちゃん、前を向くのに少し時間がかかりそうな子に見えたから、頑張れてるか心配になるよね」

 

 古鷹も叢雲と同じように、潮のことを気にかけている者。トレーニングで潰されることはないにしろ、潮自身が恐怖に潰される可能性はどうしても拭いきれない。そもそも、昨日のトレーニングで何度も発作を起こしているのだから。

 

「見てみないとわからないわよ。だから早く戻りたいのよね」

「哨戒を疎かにしちゃいけないけど」

「んなことはわかってるっつーの」

 

 叢雲と古鷹の関係も比較的良好。古鷹が誠実な姿を見せ続けていることもあり、こうやって同じ部隊となっても、諍いは起きない。

 

「あ……見えてきましたね。まだトレーニング中みたい……です」

 

 外にいることは叢雲の感知で気付いていたが、実際に何をしているかはわからなかった。それを実際に目にしたときに、3人は驚くことになる。

 

 そこでピンピンしていたのは潮だけ。他の者はトレーニングで疲れ果てていた。

 そもそもスタミナ不足である大鳳はもう立ち上がることも出来ず、潜水艦姉妹は揃って横になっており、最もスタミナがあるであろう飛行場姫すらも肩で息をしている程なのに、潮は息一つ乱していない。

 

「えっと、これ、なに」

 

 流石に叢雲も声が震えていた。

 

「わ、私にも、何が何だか……」

「潮はやっぱり才能があるわ。トレーニングが()()()()()()()()

 

 飛行場姫は心底楽しそうに語る。鍛えれば鍛えるほどそれを呑み込んでいくため、調子に乗っていろいろと教えて行ったらこのザマであると。

 とにかくスタミナがあり、さらには物覚えがやたらといい。さらには深海棲艦特有の、イメージが身体に影響を与えるという特性を十全以上に使えているとすら感じるようである。

 

「精神的な不安があるにしても、これは相当なものよ。むしろこれが潮の特性ね。恐怖が溢れた分、怖いものから身を守るために強くなりやすくなっているのかもしれない。しかも切り捨てることに恐怖を覚えるから、()()()()()()()()()()()()まである。潮は可能性の塊よ、これは割と本気で」

 

 とはいえ、恐怖からは離れられないので、妙なバランスが取れてしまっているという。これで恐怖を払拭したら、まず間違いなく最強となり得る器だった。潮の性格上、それは難しいというか不可能に近いが。

 

 

 

 

 潮の驚異的な成長スピードは、今後の施設の防衛に一役買うことになるだろう。しかし、自分に自信を持てず、戦うことを嫌う潮は、それをどう使っていくのか。

 




潮の特性は、成長率。切り捨てることを怖がるため、覚えたことが全て身につく。


支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/98348731
MMDアイキャッチ風電。電自体の戦闘シーンはまだですけど、そのうちお披露目はあるでしょう。大塚鎮守府の話も、近々やることになりますしね。
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