空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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互いの譲歩

 夕食を終え、施設はそのまま1日が終わっていく。春雨は深夜の哨戒のためにここからが本番。海風、コロラド、伊47と共に、夜の海へと出て行くことになる。

 だが、春雨としてはその前にやらねばならないことがあった。

 

 夜の岸、毎日変わらない暗い海の前に全員が揃うが、春雨がキョロキョロと周りを見た後、一点を凝視する。それは、少し海中の方。

 

「ハルサメ、何かあったの?」

 

 朝の出来事を知っているのは海風のみ。故に、コロラドが怪訝な顔で春雨に問う。伊47も首を傾げていた。

 

 叢雲とはいつも小競り合いのような喧嘩をしているが、同じように怒りが溢れてしまった春雨とそういうことになることはない。

 春雨の溢れたモノも怒りではあるが、いつも熱くなっている叢雲とは対照的に、静かに苛立つタイプの春雨はコロラドとの衝突はなかったりする。

 

「今朝、ここで『観測者』様と話をしたんです。そのときに、解答を後回しにされていることがありまして」

 

 スンと冷ややかな瞳を海に向けて、小さく息を吐き、少しだけ大きな声で『観測者』を呼びつける。

 

「見てますよね。出てきてもらえますか」

 

 すると、ザパッと波を作りながらも道化達が現れた後、2人で大きな布をバサッと振ったかと思いきや、そこに『観測者』が立っていた。相変わらずおかしな登場方法。突然現れるのはいつものことではあるが、毎度毎度その方法を変えてくる辺り、何を考えているかがよくわからない。

 流石にこんな登場をされると、春雨以外の3人はビックリしているようだが、春雨だけは殆ど睨み付けるような目で見据えていた。

 

「私が言いたいこと、わかってますよね」

「勿論だとも、辿り着く者。君には理解してもらえていると思うが、私はここにずっといた。幸いにも、今日は()()の活動が活発では無かったものでね」

 

 そして、その間は春雨の監視──調査もしていなかったことは気付いている。『観測者』からの調査がある場合は、春雨は直感的に見られていると勘付くことが出来るはずだが、今日丸一日を終えてもその感覚は無かった。にもかかわらず、『観測者』がこの島から出ていっている感覚も無い。

 朝から今まで、ずっと島の海底にいたのだろう。昼前後のタイミングで漣達を引き取りに鎮守府の者達が来島していたため、姿を隠す必要はあった。その延長線上として、島の近くにいつつも視界から消えていた。

 離れて考えていないという屁理屈にも思えるが、春雨としてはこれでもここにいたわけなので、文句を言うつもりは無かった。出来れば視界に入ってもらいたかったし、施設の中にいてもらいたかったというのもあるのだが、そこまでワガママを言おうとは思っていなかった。若干苛ついても。

 

「今朝の君の提案に対して、大方君の考えている通りだが、話した方がいいかい?」

「はい、お願いします。言質としますので。私だけでは信用は薄いでしょうし、海風ならば私と口裏を合わせていると思われるかもしれませんが、コロラドさんとヨナちゃんまでいるんですから、その発言の信用度はかなり高くなります」

「なるほど、そのためにこの時間まで待っていたのか」

「自分から施設の中に来てくれれば手っ取り早かったんですがね。まぁ答えを聞きたい私達はその時この時間のために眠っていたので、そういう意味ではごめんなさい」

 

 春雨が当たり前のように『観測者』と対等に話す姿に、コロラドは言葉も無かった。

 前回の再来の時も、最初に『観測者』と遭遇したのは春雨、海風、コロラドの3人。海中担当は伊47ではなく潜水艦姉妹ではあったが、海上担当は全く同じ。そのときの春雨の『観測者』への態度は、明らかに上の者を見る目で敬意を示しているようなモノだった。

 しかし、今はまるで違う。怒りが溢れていることがわかるように、あまりにも冷たい。

 

「端的に話そう。私はこの施設を拠点として、君の調査をさせてもらう」

 

 今朝の春雨の予想通りの解答である。監視する代わりに施設に留まるか、ここから出て行く代わりに監視を諦めるか、その2択は前者、春雨の監視を優先する方針とした。

 

「しかし、1つだけ約束が出来ないことがある」

「というと?」

「常にここにいることは出来ない。我々にも使命がある。それ故に、定期的にここに戻るということで手打ちとしてもらいたい」

 

 この施設を()()()()()というのはそういうことだ。基本的には施設に滞在する方針とし、しかしやらねばならない『観測者』としての役目のために出て行くこともあるということを認めてもらわなければ困ると『観測者』は春雨に話した。

 特定の時間となったら施設を出ていき、さらに特定の時間となったら施設に戻る。12時間外で活動をしたら、12時間施設で春雨の監視をするということだ。そして、『観測者』自身がこの施設から離れている間は、監視そのものをしないと約束する。見られているかどうかを直感的に気付くことが出来るのだから、この約束が反故にされたかは瞬時にわかるだろう。そして、この施設に戻ってきた時に堂々と咎めることも出来る。

 

「そうですね、そこは仕方ないでしょう。『観測者』様を縛りすぎて、ここではない別の海が泥塗れにされる可能性もあります。お前が拘束したせいだと罵られようものなら、普通に腹立たしいですから」

「ああ、理解してもらえると、我々としても助かる」

「1日1回はここに帰ってきてもらえるのなら何も問題は無いでしょう。私もワガママを言いすぎるつもりはありませんから」

 

 実際はこれくらいが関の山だなと春雨も思っていた。何せ相手は『観測者』。度が過ぎると今みたいな対話が出来なくなる可能性がある。最悪、道化達による実力行使も無くはない。

 故に、節度をもって交渉する。怒りに呑まれていてもその辺りを弁えることが出来るのが、春雨の溢れ方。2回溢れたことによる冷静さもある。

 

「では、その期間は」

()()()()()()()()()()()()、というのはどうかな?」

 

 鎮守府の面々に話したことは、海底からでもしっかり聞いていたようである。『観測者』の観測は、見るだけではなく聞くことも可能なようだ。

 

 そもそも春雨がこの力を持っているから監視対象になっているだけ。失ってしまえば監視する必要は無い。そして春雨自身、この力を不要としているのだから、捨てることを一切躊躇わない。

 そんな春雨の性格を把握しているからこそ、『観測者』はこの場でこの期間の設定が出来た。最後になって力を手放すことを躊躇うような者では無いと、今までの在り方から理解出来る。

 

「はい、それで構いません。それに、貴方が()()言ってくれるのなら1つ安心出来ました」

「それならよかった」

 

 むしろ、春雨は()()()()を引き出すためにこれまでの交渉を続けているようだった。春雨も『観測者』も意味ありげな含み笑い。

 

「では、姉姫が眠っている間は私の仕事をさせてもらおう。朝には戻る」

「了解しました。明日は姉姫様と顔を合わせてくださいよ」

「善処……いや、それは約束しよう。君とのこのことについて、彼女にも伝えておかねばならないだろうからね。君の口からでは無く、私の口から」

 

 小さく手を振ると、道化達がまた大きな布を振るった。それが消えると同時に、3人の姿はその場から消え失せていた。

 こうしている間に春雨は『観測者』からの視線は感じない。約束を守ってくれているようで、本当に施設の島にいる時にのみ監視をするようにしてくれるようである。

 これはこれで『観測者』からの信頼が感じられるため、春雨としてもありがたいところだった。信用してもらえているというのは、どういう状況でも悪くない。

 

「……はぁ……あのヒトと話すのはちょっと疲れます」

 

 いなくなったところを見計らって、心底疲れたと言わんばかりに大きな溜息を吐く。海風も少し心配そうに寄り添った。

 

「アンタ、本当に肝が据わってるわね。アレ相手にあそこまで啖呵切るなんて」

「あれくらい強気で行かないと、あのヒトのやり方に呑まれてしまいそうですから。こちらのことを全て知っている相手なんて、基本的にはやり込められておしまいですから」

 

 コロラドは春雨のこのやり方にずっと驚き続けていた。まだ施設の一員として時間が短いが、今までの春雨がこういう舌戦や搦め手をするようなタイプでは無いことは理解していたつもりである。しかし、今の春雨は静かな怒りを常に孕んでいるために、こういうことも当たり前のようにやってのける。

 だが、今の春雨はコロラド的には割と好感触のようだった。あの『観測者』の胡散臭さに対して、ここまで強気に出られるのは、見ていて楽しいと感じていたからである。

 

「姉さん、さっき少し気になる発言があったんですけど……」

 

 海風が春雨に問う。心配そうにしつつも、やはり最後の意味ありげな顔については気になっていた。

 

「ああ、うん。『観測者』様のおかげで、私のやりたいことがやれるってことが保証されたんだ」

「やりたいこと……ですか?」

「うん。私が私の力を捨てられるかどうか」

 

 春雨は軽く話していたものの、実際はそれが出来るかどうかの確信はそこまで無かった。直感的にそういうことも出来そうだとはわかっていたものの、いざ捨てようとした時に実は出来ませんでしたという可能性だってあり得た。

 だが、『観測者』が直々に、春雨が力を捨てるまでと宣言したということが非常に大きい。嘘をつくこともなく、ただ必要なことでも話さないような者が、それについては断言したのだ。春雨はやろうと思えばいつでも力が捨てられると保証してくれたようなもの。

 

「これで余計に決意が固まったよ。私、全部終わったらこの力を捨てる」

「……そうですね。ここでみんなと一緒に仲良く楽しく生きて行くのには、邪魔でしか無いですしね」

 

 春雨の決意に、海風も同意する。海風としても、春雨が持つあまりにも大き過ぎる力は不安の1つであった。

 望み通りの答えに辿り着くだなんて、身を滅ぼすことに繋がりかねない。海風としては、春雨がいなくなることが一番避けたいことだ。だったら、そんな力を持っていて欲しくない。明確に口には出さないが、海風の中では唯一の我儘でもある。

 

「まぁ、いいんじゃない? 私としても、そんな力を持たされたら自分の欲望のために使っちゃいかねないし。そうなったら平和も何も無くなるでしょ。黒幕の後はお前だーって、この施設巻き込みかねないものね」

「わかってもらえて嬉しいです」

 

 コロラドも春雨のその決意には賛成。終始無言を貫いていたが、伊47も一切否定をしなかった。

 

「あ、じゃあ、本題に入りましょう。深夜の哨戒、しっかりやらないとですね」

 

 少しだけ時間を使ってしまったが、今からはこの島を守るための哨戒任務である。春雨を筆頭に、海に入るための艤装を展開。

 

「時間をつかわせてもらって、ありがとうございました。私としても有意義なものになりましたので、今からは誠心誠意、施設のために働こうと思います」

「まぁ気負わない方がいいわ。イライラするかもしれないけど、もう少し力を抜きなさいよね。ウミカゼ、アンタがハルサメの癒しになってやりなさいよ」

「勿論です。私が姉さんに支えてもらっているんですから、逆に私が姉さんを支えなければ今がありません。互いに互いを支え合い、そして先に進めることを切に願っています。そしてゆくゆくは互いに愛し合え……いえ、これは私の我儘ですのでやめておきましょう。まずは姉さんの溢れる怒りを抑えられるように、この海風、全力で姉さんのサポートをさせてもらいたいと思います。苛立った時には私を頼ってください。姉さんのためになら、私は一肌でも二肌でも脱げますので」

 

 止まらない海風に苦笑しつつも、苛立ちは一切無かった。

 

 

 

 

 春雨の進退はこれである程度は保証された。『観測者』からの監視は逃れられないかもしれないが、春雨自身も望むカタチに持っていけているので、その辺りは問題ない。

 もう残りの問題は、この施設の平和を脅かす者のみである。

 




春雨と『観測者』はもうほとんど対等と言ってもいいかもしれません。春雨が強気に出ているためにこうなっているだけかもしれませんが。
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