施設は一時的な平和な時間を過ごし、堀内鎮守府では保護された3人の艦娘の育成を開始することで、黒幕への対策を進めている。
そんな中、近海に黒幕が潜伏しているということで調査を続けている大塚鎮守府は、そろそろ手詰まりとなりそうだった。
鹿島を旗艦とした調査隊が、今のところ毎日のように出撃しては、毎回別方向へと向かって何かおかしなところがないかと見て回っているのだが、それらしい痕跡は何も無かった。
「今日も何も無し……ですか」
近海を行けるところまで行って周囲を見ながら、鹿島がボソリと呟く。まだ調査を始めてたった数日ではあるのだが、まるで成果がないとなると残念な気分に。
泥を見ることが出来る眼鏡を使うのは鹿島と夕雲、そして雷。3人の目を使って余すところなく確認しているので、本当に泥を感知しないことは全員がわかっている。
「これで北と南は行ったのよね。だったら、あとは東?」
雷が眼鏡を拭きながら鹿島に問う。何回見ても何も変わらないのだが、なるべく綺麗な状態で見なくては判断が出来ないため、定期的にレンズは綺麗にしていた。
「そう……ですね。東側には行けていないところはあります。まだ時間があるので、このままそちらの方へと向かいましょう」
「そっちってさ、確か遠洋航海の帰り道じゃなかった?」
周辺警戒をしながらも川内が思い出したかのように話す。鹿島が旗艦をやっているからか、無意識に遠洋航海のルートを外してしまっていたかのようにすら思える。
事実、鎮守府から真正面を進むルートは後回しにして、陸に近いところからグルリと回るように見て回っている。
黒幕は曲がりなりにも陸上施設型であるため、なるべく小島が多い場所を確認し、陸に住む人間達の平和を守ることを優先していた。ただ、その奥底には、またあの航路に向かったら、あの時のように侵蝕されてしまうのでは無いかという恐怖も孕んでいた。
「あの場所は、最後に向かうつもりでした。今は人々の平和を優先したかったので」
「それは確かに。こっちの方は地図もちゃんとあるわけだし、ここで辿り着けない島とかあったら困るもんねぇ」
当然ながら、こうやって調査をしているときは、近海の地図や海図は確認しながら行動している。陸に近ければ近いほどその地図は正確になるわけで、
そうなると、黒幕がいるなら地図にも海図にも載っていない島ということになる。実際、施設のある島はそれに該当する島となるため、黒幕が同じような島を使っている可能性は非常に高い。
とはいえ、万が一陸に近い島、むしろ
「でもコレで、人間側が危ないってことは無いんだよな」
「それは保証出来ます。持っている地図の通りに陸があることは確認出来ていますからね」
「んなら、あとは残ったとこを全部見ていくしか無いってことだ。まだ時間があるなら早く行きたいね」
そう言うのは長波。警戒をしていても敵が出てくるわけでもなく、少し暇そうにしているのが見て取れた。
「このまま行きましょう。でも、充分に気をつけて」
一度あった場所なのだから、もう一度同じことが起きてもおかしくない。またあんなことになったら、間違いなく心が折れる。それが怖くて仕方なかった。
だが、そんな感情で躊躇っていては事件の解決には全く貢献出来ない。それはよろしくない。
だからこそ、鎮守府のやり方をしっかり思い出す。自分は兵器であり、感情を強く持たず、やるべきことを正しくやり通す。
小さく深呼吸をし、その在り方へと自分をシフトしていく。私怨などなく、平和のために戦う兵器となる。そうすれば、恐怖なんて何処にも無くなるのだ。死ぬことさえ無ければいい。
そこからさらに進み、人間の住まう陸は水平線の遥か向こう側に消えたところ。
「一応念のため」
ここから大和が泥刈機を装備。緊急事態に備えて、その頭の部分を前側に構える。万が一泥が確認出来たとしたら、即座に対応出来るようにしておく方がいいだろう。
「見た感じは何も無いけど、どうなの?」
眼鏡を使っていない3人は、この空間に来たところで何かわかるわけでも無い。もし泥があったとしても、それは無味無臭。しかもそれを靄のように散布しているとしたら、目に見えない。何も知らない間にゆっくりと侵蝕し、黒幕のいる方へ向かわないように無意識のうちにルートを変えてしまう。
6人がやらされた侵蝕とは別物の、ただ近付かせないという。だけど薄いモノであるとはいえ、洗脳は洗脳である。長時間その場に居続けたら、それこそまた
「反応らしい反応は無い……んですが、何かおかしな感じがします」
眼鏡をつけたり外したりしながら話すのは夕雲。裸眼で見る風景と眼鏡越しに見る風景に差異がないかの確認をしているようだ。
当然ながら、そうしても見えるモノは変わらない。この眼鏡はまだ初期型。ここにいる者は知らないことだが、泥が泥として成立していないと反応が見えないため、空間に引き伸ばされた泥はわからない。
しかし、夕雲はその空間のことを
「夕雲姉、おかしな感じって?」
「そうですね……激しい戦いの後に爆煙とかで肌が煤塗れになる時があるじゃないですか。そんな感じというか……」
「埃が纏わりついているような感覚、ですか」
夕雲のその言葉に、鹿島は少し考えた後、上着を脱いで袖を捲り上げる。夕雲の表現を基に、それに面する肌の面積を拡げてみようと考えたのだ。元々それなりの露出がある大和と川内も、それを聞いて意識を集中してみる。
すると、本当に僅かだが、
「あ、ホントだ。何かある」
「ですね……今の今まで気付きませんでした」
川内に続いて鹿島も肌にそれを感じた。大和も少し時間がかかったが気付いてしまえばそうかもしれないというくらいには感じる。
「ここは私が遠洋航海に使う航路から少し外れたところですね。それに、ここはもう近海とは言えないような場所です。当たり前ですけど、目視で何かあるわけではないですし……」
360度全てが海に囲まれたその場所では、正直何も無いようにしか見えなかった。しかし、肌は何かあると感じる。
この現象、ここにいる6人で無ければわからないモノだった。理由は簡単、
それでも意識しなくては僅かにすら感じることが出来ないくらいに微量ではあるのだが。一度も侵蝕されていないほぼ全艦娘は、この空気に気付くことは出来ない。
結果的に、大塚提督の采配、精神的なダメージから吹っ切れさせるために、一度侵蝕された者達を使ったのは大正解だった。
「鹿島さん、一度鎮守府と連絡を取ってみたらどうかしら。確か、侵蝕されたりしてると通信が出来なくなるって言ってなかった? それを確かめるためにも」
「それは深海棲艦が侵蝕されている時に発生するみたいです。現に、私達が侵蝕されているときには普通に外と連絡が取れましたから」
「あー、そっか、確かに。じゃあやっぱり、今の私達の感覚だけが証拠になるんだ」
雷もようやくこの妙な感覚を肌で感じることが出来たようだが、残念ながら通信でこの空間がおかしいかどうかは判別出来ない。これが黒幕にかなり接近しているというのなら、あちら側の存在で通信妨害が発生するかもしれないが、おそらくそれもないだろう。
「でも、報告するのはいいことですね。そこからの指示を仰ぎましょう」
実際、ここにいる6人が全員同じ感覚を得ることが出来たのだから、それについての報告はしておくべきだ。
このままここに居続けるのは問題がありそうなので、この感覚が失われる場所まで移動してからとした。それこそこの僅かな感覚でも、積もり積もればまた侵蝕されるという可能性が無いとは言えない。
「調査隊旗艦、鹿島です。応答願います」
誰もが肌に何も感じなくなったところで鎮守府に通信。その間も周辺警戒は欠かさない。案の定、通信はまともに出来たため、あの空間の近くでも通信妨害は受けないようである。
『俺だ。何かあったか』
「はい。ここにいる6人全員が、肌に何か感じる海域を発見しました。おそらくこれが……」
『敵対する者を弾くという空間か』
マイク越しの大塚提督の声が、僅かにだが昂揚したように聞こえる。おそらくだが、今回のこの調査は難航すると考えていたのだろう。何せ、目に見えない敵にのみ有利に働く空間と言われてもピンと来ないのだ。
それが発見出来たことは、喜ばしくもあるが緊張感を高めることにもなる。本当に近海に黒幕の拠点があったということなのだから、いつどうなるかわからない。
『ならば、出来る限りその空間がどれだけの範囲なのかを確認してくれ』
「了解しました。もう少し調査を続けます」
『ああ、頼んだ』
短く端的な報告ではあるが、これで大きく進展することになる。調査隊は、地図や海図と睨めっこしながら、この空間の場所を確実なものとしていく。
鹿島からの報告を受けた大塚提督は、表情には出さなかったが、内心ガッツポーズでもしそうなくらいだった。今までこの件に関しては何の成果も無かったが、ここでようやく一歩前進出来たのだから。
「お疲れ様なのです、司令官さん。鹿島さんからの報告はどうだったのですか?」
「黒幕がいる可能性のある海域を発見したそうだ」
電もわっと喜んだが、業務中であるためにハッとすぐに表情を戻す。
「まずは敵対する者を弾く空間とやらの範囲を調査してもらう。やろうと思えば、その中心が敵の本拠地と考えることも出来るだろうからな。しかし、わかっていても辿り着けるかはわからない」
「ですね。そうなると、堀内司令官さんの鎮守府で開発されているという装備がどうしても必要になるのですか」
「かもしれないな。俺達でも出来ることはやっていくつもりだが、手詰まりになる可能性はある。そうなったら、協力してもらうのが無難だろう。無理をして足を突っ込み続けても、良いことは無いだろうからな」
ここからは慎重に行くことも必要だ。これ以上の被害を出すわけにはいかない。
「これについては、大将と堀内提督にも連絡をしておかねばならないな。あとはあの施設の深海棲艦……姉姫にも伝える必要はあるだろう」
「すぐにでも連絡するのですか?」
「早ければ早い方がいい。時間をかければかけるほど、あちらの思うツボだろう。ただでさえ、黒幕と同じ力を持つ者が1人増えているんだからな」
黒幕の居場所がわかったところで、まだいろいろと難題は残っている。しかし、前進するための情報は確実に仕入れることが出来ているのだ。こうなったらもう、後ろを向いている暇なんて無い。そんな時間すら惜しい。
「我々も協力出来ることはしていかねばならない。こういうカタチで貢献出来たのはいいことだ。この調子で、先に進むぞ」
「はい!」
そして、早速大塚提督からの発信で情報を共有していくことになる。敵の本拠地をようやく見つけられたことは、この戦況を大きく動かすことになるだろう。
ついに本拠地発見。しかし、その姿を見ることが出来たわけではないため、ここからが本当の戦いとなるでしょう。